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『ごめんなさい』


 ――――誰……?


 真っ暗な瞼の裏に薄らとぼやけて映る綺麗な橙色の髪の女性。その揺れる柔らかな髪の毛が頬にあたってこそばゆい。同じ橙色の瞳から溢れる雫。

『愛してるわ、ツェイ』


    ――――あなたは誰なの?


 溢れて流れ落ちた雫が髪の毛とともに頬に触れた――……。




「……ッ!!」

 頬に伝う冷たい感触に起き上がれば、見慣れた部屋。いつの間にか眠っていたようで蝋燭が短くなりつつも最後の炎を灯している。

(あれは誰なんだろう……)

 自分と同じ瞳と髪の色をしていた気がする。母だろうかと一瞬だけ頭をよぎったけれど、幼い頃の記憶にある僅かな記憶の母の姿とはまったくの別人だった。

「大丈夫?」

 隣から聞こえた声にはっと意識を取り戻す。顔をあげて横を向けば、ベッドに腰掛けて魔術書を読むテオドールが心配そうにこちらを見つめている。

『大丈夫です』

   そう笑顔を作ってボードに書けば、テオドールも安心したように笑う。そんな彼の手元の開かれた魔術書に目が行く。明け方が近いのになぜだろうと思えば「読みかけだったから」と質問せずとも返事が返ってきた。

 テオドールと寝台をともにするようになってから数週間。最初の頃は緊張して寝れなかったものの、ツーツェイの短絡的なところの良さなのかテオドールが手を出さないということに安心して眠れるようになってきた。

 それに目を瞑りたくなるほどの彼の美貌にも慣れてきた気がする。慣れというとは素晴らしいと思うくらい、前よりも緊張がなくなってきていた。

『そんなに面白い本なのですか?』

 ボードにそう書き記せば、なぜかテオドールが困ったように笑う。ここ数週間、テオドールは本を読むことが増えた。ツーツェイが寝静まったあとに読んでいるようで綺麗な顔の目の下にくまが入ることを心配して止めたが『続きが気になるから』と返された。

 案の定、今日も同じ返事しか返ってこなかった。

(また寝不足で顔にくまができてる)

「多少眠らなくても治癒できるから」

 心配そうに顔を見つめたツーツェイに笑顔をみせたあと、自らに手をかざして魔唱を唱えると、光の粒が降って目の下のくまが綺麗に消えた。

(綺麗な光……)

 テオドールがみせる白魔術。それはまるで星が降るような美しさだった。
 何度見ても感動してしまう。それが見たかったのもツーツェイが彼を強く止めなかった理由の一つだった。

『テオドール様の白魔術はとても綺麗です』

 ボードに書いて見せれば、光の粒を放っていた手を閉じて光を消してしまう。

「そんなことはないよ」

 そう伝えても悲しそうに笑うだけ。これも毎回同じ返事だった。

(なんでだろう? 私の気持ちが伝わってない?)

 少しむっとしてしまったツーツェイはプレートをポケットから取り出して、落ちにくい油性のペンを走らせる。

「ツーツェイ?」
『テオドール様の白魔術はとても綺麗です』

 プレートに書いた同じ文章。このプレートはよく使う定例文が書いてあるものだということはテオドールも知っている。枚数は限られており、残りの予備は数枚しかなかった。

「あぁ、そこに書いちゃったら消せないのに。そんなこと書くなんてもったいないよ」
『テオドール様の白魔術はとても綺麗です』
「ツーツェイ……」

 言葉を無視してプレートを前のめりに出すのに、困ったようにプレートを見る。そんなテオドールの顔の前にまたかざす。

「うーん、それは嬉しいんだけど……」
『テオドール様の白魔術はとても綺麗です』
「う、うん、もうわかったから。それ下げて?」
『テオドール様の白魔術はとても綺麗です』

 悲しそうな表情が消えて、少し恥ずかしそうに耳が赤らんできたことにツーツェイの気持ちがぱぁっと軽くなる。止めるテオドールをまた無視して、これみよがしにプレートをかざす。


「ッ……ふ、ははっ、ツーツェイ。わかった、わかったから。そんなに真剣な表情してかざさなくて大丈夫だよ」

(伝わった?)

「君って見た目に反して押しが強いよね?」
『伝わりましたか?』
「伝わらないわけがないでしょ? そこまで必死になってそのプレートを見させられたらね」

 いつも通りの柔らかい笑顔に戻ったテオドールに安心してプレートをポケットに戻す。
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