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 ツーツェイが空になったカップをソーサーに置けば、テオドールがまた立ち上がる。それにビクリと身体が震えたのに困ったように軽く笑う。

「大丈夫だよ。なにもしないから」

(あ……)

 そう一言だけ呟けば、ベッドにある枕と毛布を一セットだけ持って戻ってくる

「僕のことは気にしなくていいから、ベッドを使って」

 部屋の電気を消せば、ベッドサイドの蝋燭の灯火だけが部屋を照らす。
 そう、これは侯爵夫妻からの命令だった。『寝室は共にすること』との命令。だからリチャードもツーツェイが部屋に入るのを監視するように見張っていた。

 夫婦となるのならば寝室を共にするのは当たり前のこととの信条からか、それとも他に思うことがあるのか。ツーツェイがいくらリチャードに困ると伝えても、『お伝えはしましたが、許しはでておりません』との返事しかなく決して許してもらえなかった。

『ありがとうございます』
「うん。本当に気にしないで? 戦場だったらもっと酷いとこで寝てるから平気だよ」

 プレートを掲げてまた頭を下げるツーツェイを安心させるようにテオドールは微笑んでソファに腰掛ける。
 テオドールは紳士だった。屋敷に来て、この命令をされてから一ヶ月。あの喉の確認以降、ツーツェイに指一本触れることはなかった。だけれど……。

(さすがに一ヶ月もソファで寝てもらってるのは私の心が耐えられないわ)

 最初はありがたくベッドで寝かせてもらっていたが、それはすぐに別の寝室となる許しがでると思っていたから。まさか一ヶ月経ったいまでも許されないとは思っていなかった。

 そうしているうちにツーツェイの心が痛むようになってきた。勝手に屋敷にやって来て、半ば強制のように婚約し、さらに寝床まで奪っている。
    ましてや向こうは高位魔術師だ。それに養子とはいえど侯爵令息。あきらかにベッドを使うべきなのはテオドールなのだと。

(やっぱり無理だわ! もう耐えられない!!)

 布団をソファに広げようとしていたテオドールにボードを差し出す。

「ん? どうした……ッ!?」

 そのボードを見てテオドールの笑顔が一瞬で消える。

『一緒に寝ましょう!!』

 そこにはでかでかとそう書かれていた。

「いや、だめだよ。本当に僕のことは気にしなくていいから」
『いけません! でしたら私がソファで寝ます!!』
「それはだめ。ツーツェイは女の子でしょう」

 この会話は一ヶ月前から繰り返されている。ソファで寝ると言ってもテオドールは首を縦に振ることはなかった。

(……こうなったら)

 ベッドの横の床に、胸元にボードを抱えて寝転ぶツーツェイ。その姿にテオドールが目を丸くする。

『ベッドで寝ないのなら、私はここから動きません!』

 地面に張り付くのは得意だった。何度も屋敷から追い出そうとされたときに学んだ張り付き技。

「こ、困るよ、ツーツェイ。お願いだから床で寝ないで」

 ブンブンと首を振れば、テオドールがまた困ったようにため息をつく。困らせているのはツーツェイも重々にわかっている。

(だけど……私の心も物凄い罪悪感で困ってるのよ!)

 ぎゅっとボードを握りしめる。ツーツェイにとっても心が痛んで仕方なく死活問題だった。
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