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ふふんと鼻息を漏らして屋敷が埃ひとつなくなったのに満足気に微笑む。そんなツーツェイの後ろで使用人たちがげっそりとしている。
使用人たちが止めに入ろうとしてもツーツェイは頑なだった。『大丈夫です。私が好きでやってるので』という姿勢を一切崩さなかった。それに彼女は一日中なにもしないというのは性にあわなかった。
「すっごい美人が床を拭いてるのは罪悪感しかないんだけど……」
「テオドール様も諦めて、もうツーツェイ様の好きにさせていいと言われてたから仕方ない」
綺麗になっていくのをうっとりとした目で見ながら、床を磨くツーツェイの後ろでまた使用人たちがため息をついた――……。
『やはりどうしてもダメでしょうか?』
夕食後、お風呂をあがってから傍に控えていた口ひげを生やした年配の執事長リチャードにボードを差し出す。そのボードを読んでからリチャードは無表情に首を横に振った。
「なりません。旦那様と奥様の言いつけです」
(うぅ……やっぱりだめか……)
仕方なく項垂れて部屋の扉をノックする。中から入るように声が聞こえておずおずと扉を開いた。その様子をリチャードがしっかりと見張っているのを、ツーツェイは横目に見てから部屋に入った。
『今日も許して貰えませんでした』
ボードを掲げて頭を下げていれば、笑う声が聞こえる。
「ふふ、だろうね。優しそうにみえて意外と頑固なんだよ、もう諦めるしかないね」
顔をあげればシャツにスラックスのラフな姿のテオドール。仕事をしていたのか、持っていた万年筆をインクの瓶に差してゆっくりと椅子から立ち上がった。
『ごめんなさい』
ポケットに入っていた定例文のプレートを出す。小さな長方形のプレートの左端上にリングがついていて捲りやすい。ボードと共にすぐに用意してもらえたものだった。
「大丈夫。ツーツェイはなにも悪くないよ。ちょうど仕事も終わったからお茶でも飲もうか」
(あぁ、申し訳ない……)
ソファに促されて座ると、テオドールは慣れた手つきで部屋にあるポットでハーブティーを入れてくれる。安眠の促進効果があるようでリラックスできる落ち着いた香りが部屋を漂う。
「屋敷には慣れた?」
『はい。みなさんとっても優しいです』
「そう、よかった」
ボードを横に置いてから、ふうと息を吐いて冷ましながら差し出されたカップに口をつける。
セオドア侯爵家の使用人たちはみな優しかった。前のように無視をされたり、会話が返ってこないということもなかった。筆談で会話のテンポが遅れてしまうのに、嫌な顔ひとつせずに笑顔でツーツェイが書き終わるのを待ってくれていた。
それどころか使用人たちはツーツェイにたくさん質問を投げかけるし、日常の出来事なども話してくれる。
(たくさん話しかけてくれる、会話というのはとっても楽しいものだったのね)
嬉しそうに頬を緩ませてハーブティを飲むツーツェイにテオドールは安心する。本来であればゆくゆくは侯爵夫人となる奥方に質問や日常会話などを話しかけてくることはありえない。現にテオドールは使用人からそんな会話はされたことがない。
これはテオドールの指示だった。『ツーツェイを普通の女の子として接して欲しい』と使用人たちに密かに伝えていた。きっと今までまともな交流をしてこなかっただろうからと、せめてここにいるときくらいは普通の女の子として過ごしてほしかったのだ。
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