愛することはないと言った婚約者は甘い罠を仕掛けてくる〜声なし少女と訳ありの結婚〜

前澤のーん

文字の大きさ
上 下
11 / 80

11

しおりを挟む
 

「いやぁ、めでたい! やっとテオドールの満足するお相手が見つかったようで安心したよ」
「私たちの目に狂いはなかったわね」

 その夜、セオドア侯爵家では豪華な晩餐会が開かれた。豪華なといってもツーツェイには初めてみる食事ばかりだったので豪華に見えただけで、本当はいつもの夕食だったのかもしれない。

『お役に立てるように頑張ります』

 メモ帳を差し出すとモーガンとセリニアが笑い出す。わけがわからなくてぽかーんと口を開いてしまう。

「頑張らなくていいんだよ。この息子と結婚してくれるだけありがたいからね」
「本当に。このままテオドールは独身のまま死ぬのかと心配してたのよ」
「お父様、お母様。恥ずかしいのでそこまでにしてください」
「なにを言うんだ。二十七にもなって恋人も作らず仕事ばかりしていたお前が悪いんじゃないか」

 ナイフとフォークを手にうぐっとテオドールがなにも言い返せず口を噤んでいる。

(旦那様と奥様には伝えていないのね。心配をかけたくなかったのかしら)

 二人の口ぶりからは、テオドールがただ仕事が好きで恋愛を疎かにしていると思っているようだった。

『声も出せない私でよろしいのでしょうか?』

「ふふ、それはなにか問題があるの? 意思の疎通はちゃんとできているじゃない」
「そうだ。気にするな。なぁ、テオドール?」
「はい。ツーツェイ、僕もまったく気にしてないから大丈夫だよ」

 にっこりと笑った三人にツーツェイの目頭が熱くなる。ここまで優しい言葉を人から掛けられたのは初めてだった。シュナウザー伯爵家の屋敷では気味悪がられて会話が続くこともなかった。

『ありがとうございます』

 メモ帳の最後のページに記された使いこんだ一文。それを掲げてまた頭を下げれば、優しい笑い声が耳に入る。

「ふふ、それは定例文としてあるんだね? 面白いね、ツーツェイ。他になにがあるの?」

 テオドールの質問にツーツェイが慌ててメモ帳をめくれば『ごめんなさい』『大丈夫です』『お願いします』『嫌です』『難しいです』『了解です』という一文が並べられた数々のページ。それを見てまた三人が笑う。

「それはいい。もっとしっかりしたプレートを使用人に作らせよう」
「まぁ、それならツーツェイが書きやすいようにメモ帳も新調しましょう。そういえば巷で、何度も消して書けるボードがあったはずだわ」
「いいアイデアですね、お母様。リチャード、それをすぐに探してきて」
「はっ。早急に明日探してまいります」

 執事に指示を出して楽しそうに話す三人にまたツーツェイは『ありがとうございます』の一文を掲げて頭をさげた。

(なんて優しい人たち……)

   初めての人から与えられた優しさに瞳からいっぱいに溢れてくる涙。その涙を隠すように頭を下げていれば、みな理由がわかったのか頭を上げるようにとは言わなかった。そのままツーツェイが落ち着くまで背中を撫でてくれたのだった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

処理中です...