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しおりを挟む『私はツーツェイです。歳は二十歳、ミレイア国の生まれです。ミレイア国のシュナウザー伯爵家で……』
「大丈夫だよ。全部聞いてるから」
カリカリと一生懸命に文字を書いて自己紹介をしていれば、テオドールに止められる。
「父と母は強引だったでしょう? 本当にごめんね」
申し訳なさそうに眉を歪めたテオドールに慌てて首を振る。
『そんなことありません』
そうメモ帳に記せば、安心したように笑う。にしてもツーツェイには疑問が残る。
(こんな綺麗な男性が独身だなんて有り得るのかな?)
帝国内には女性がごまんといるはず。それにテオドールは侯爵令息なうえに高位魔術師、引く手数多なはずだ。
その疑問にまた気づいたようにテオドールが口を開く。
「はぁ、まさか父と母がここまでしてくるなんて。もう逃げようがないな……巻き込んでしまって、ツーツェイには本当に申し訳ない」
『そんなことありません』と先程のメモ帳をまた差し出すと少しだけ口の端をあげて微笑む。
「こうなってしまったから……もう君にだけ話すよ」
自身の指先を絡めながら、今度はゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。
――――「僕は女性が苦手なんだ」
そうツーツェイだけに聞こえた小さな声。
(苦手……女性が苦手……)
なるほどとツーツェイは瞬時に理解した。最近はそういうセクシャリティも増えている。現にツーツェイも隠れてそういった小説を読むのが大好物だった。
「あっ、男が好きっていうことじゃないからね? そこは勘違いしないでね」
(違うの?)
少し残念に心の中で思ってしまったのがわかったのだろうか、テオドールが恥ずかしそうに眉を歪める。
「人を好きになれないっていうか……性行為はできるけれど愛せない」
『性行為』
綺麗な顔をした男性の口から出る直接的な言葉に、思わず顔を赤らめてしまう。
「そんな僕が誰かと結婚だなんて考えられなくて……だから縁談も断ってきたんだけど……相手が可哀想でしょう」
――――『結婚しても愛することはないのに』
その直後に出た残酷な言葉に赤らんでいた顔が冷えていく。その暗く俯く瞳に嘘ではないことを感じ取る。
「両親にはなんとか断ってみるよ。ツーツェイも嫌がれば破談にできるかもしれないからね」
(破談に……)
破談になることが最良の判断なのかとツーツェイは考える。
ツーツェイも誰かと結ばれることは望んでもいなかった。声は出せず、出したとしても危険しか及ばない。誰かを愛し、自分の声で殺したらと思えば、愛すことが恐ろしかった。
それに向かいに座るテオドールは遠回しに『私を愛することはない』と伝えている。
(……これは利害関係が一致しているのでは?)
この男性と結婚すれば生活に不自由はない。あの侯爵夫妻は人格者であることは間違いないことで、ツーツェイを殴る蹴るなどの暴行はしない。目の前のテオドールもそのようなことをする雰囲気は微塵も感じられない。
「じゃあ話はそれだけだから。あとはこっちでなんとかす……」
立ち上がったテオドールの白のローブを掴む。俯きながらローブを掴むツーツェイになにかあったのかと不思議そうに見つめている。
すぅと覚悟を決めて息を吸って、ペンを走らせたあと震える手で差し出すメモ帳。
――――『私も愛しません』
その一文をテオドールに見せれば少し目を開く。またツーツェイはペンを走らせる。
『私は人を愛したくありません』
開かれた瞳がさらに大きく開かれる。
「きみ……」
『結婚いたしましょう』
指で隠してあった、その下に続く一文を見せる。じっと強く瞳を上向けば沈黙が部屋にひろがった。笑みが消えて少し考えるようにそのメモ帳を見つめていたテオドールがゆっくりと顔を上げる。
そして……。
「わかった。君と結婚しよう」
そう小さな返事だけが部屋に響いた。
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