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第二章 婚約

3 婚約の贈り物

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 翌日、オリヴィエールはたくさんの贈り物を持ってカルサティ侯爵邸に現れた。

「まぁ! 素敵ね!」

 居間に運び込まれたいくつもの贈り物の箱を開けたベルティーユは、そのひとつひとつに目をみはった。
 中に入っていたのは、ベルティーユの片手に乗るていどの大きさのがらの馬車だ。
 五つある箱の中には、それぞれ硝子の馬車が入っており、中には金細工の薔薇や銀細工の鈴蘭、宝石を散りばめた首飾り、真珠の腕輪、そして鮮血のように輝くビーめこまれた指輪が乗っている。

「大きな馬車いっぱいに積めるだけの金銀財宝がすぐに集められなかったんだけど、侯爵は馬車の大きさは指定されなかったから、僕の気持ちはいくらでも乗せられるこの硝子の馬車を用意してみたんだ。どうかな?」
「嬉しいわ!」

 馬が二頭立てになっている硝子の馬車は、せいな細工が美しい代物だった。

「昨日、あれから急いで用意した物って感じじゃないよな」

 オリヴィエールの横に立ったシルヴェストルが小声で訊ねると、オリヴィエールは無言で完璧な作り笑いを浮かべた。

「用意周到すぎるぞ」
「おめにあずかり、光栄だな」
「……褒めてない」

 結局、オリヴィエールが持参した贈り物を見たカルサティ侯爵は、ベルティーユとの婚約をひとまず認めた。
 ただし、オリヴィエールの祖父の喪が明けてから正式に婚約するという条件付きだ。

「侯爵は、まだ陛下がロザージュ王国王女と結婚しない可能性を視野に入れているのかな」
「え? なにか言った?」

 大理石の円卓の上に硝子の馬車を並べて嬉しそうに眺めていたベルティーユは、オリヴィエールの独り言を聞き逃した。

「いや、なんでもないよ」

 完璧な笑顔でオリヴィエールは答えた。

「君に贈る婚約指輪は、正式に婚約するときまでに用意しておくよ」

 シルヴェストルの「そうは言っても、どうせもう用意してあるんだろ」という視線は無視して、オリヴィエールはベルティーユの手を優しく掴む。

「……っ!」

 また手に口づけをされるのではないかと、ベルティーユは思わず身構えてしまった。

(いえ、別に期待しているとかそういうわけではないのだけれどっ!)

 オリヴィエールは挨拶するように手に口づけをしてくるのだが、当然ながらベルティーユにはそのような習慣がない。
 ダンビエール公爵家では普通の行為なのだろうかと訊ねるのも失礼だろうが、兄に聞いてみるわけにもいかない。
 結局、ベルティーユは戸惑いながらもオリヴィエールの好きにさせるしかなかった。

「ところで、君の計画は侯爵には話してないよね」

 オリヴィエールはベルティーユの耳元に唇を寄せると、囁くような声で確認する。
 温かい吐息が耳や首筋にかかり、ベルティーユは緊張と羞恥で身体が硬直するのを感じた。

「い、言ってないわ」

 わずかに声を上擦らせ、ベルティーユは首を縦に振る。
 兄からも「お前が陛下の愛妾になりたいなんて言って父様がどんな反応をするか、さすがに想像が付かないから絶対に言わないこと」と忠告されているのだ。
 確かに、王の愛妾になって政治に参加しようなどという野心を持っていると父に知れたら、かんばしい反応は返ってこないだろう。

「秘密にしておかなければならないんでしょう?」
「そうだよ。僕たちだけの秘密だ。侯爵にも、宰相にも」

 秘密、と告げるオリヴィエールの声音がやたらとなまめかしく耳に響いた。

「特に宰相は、君の計画を知ったら、すぐさま君を利用しようとするだろうからね」
「伯父様はそんなことはなさらないわ」

 オリヴィエールはやたらと宰相の動向を気にしているように感じ、ベルティーユは伯父をかばった。

「伯父様はとても優しい方よ。今日だって、わたしが王妃になれないことを知って気落ちしていないかと心配してお手紙をくださったわ」

 今朝届いた手紙は、便箋一枚という短いものではあったけれど、宰相である伯父の優しさが文面からあふれていた。

「宰相から手紙が? ふうん……それで、僕と結婚することにしたことを知らせたりした?」
「まだお返事は書いていないわ。あなたとの婚約が決まったってことは書こうかどうしようか悩んでいるところ。お父様が認めてくださったとはいえ、まだ正式に婚約しないなら伯父様に知らせるべきではないかもしれないし。お父様に相談してみようと思ってるの」
「そう――」

 顎に手を当ててオリヴィエールは考え込んだ。
 立っているだけなのに王宮の回廊を飾る彫刻のように美しいのはさすがとしか言い様がない。

(これまであまりよく見なかったから気付かなかったけれど、オリヴィエールってかなり――美しいわね)

 平々凡々な容姿の兄と並んでいるところはこれまで何十回と見てきたが、まともにオリヴィエールの容姿を観察したのはこれが初めてだった。
 いままで男性の容貌など、ベルティーユの眼中には入っていなかったのだ。

(こんなに美人で公爵で資産もあって陛下にも重用されているのに、浮いた噂って聞いたことがないわよね。どこかの御令嬢に求婚したという話もないし、未亡人にそうしているようでもないし、なんでいままで恋人のひとりも婚約者のふたりや三人もいなかったのかしら?)

 よくよく考えれば、不思議な話ではある。
 オリヴィエールは以前から前ダンビエール公爵の後を継ぐことが決まっていたのだから、国内外から見合い話は山のように持ち込まれていたはずだ。

「ねぇ、オリヴィエールってこれまで結婚しようって思った御令嬢はいなかったの?」

 素朴な疑問を感じ、ベルティーユは素直に訊ねてみた。

「いるよ」

 オリヴィエールは即答した。

「カルサティ侯爵令嬢」
「昨日今日の話ではなくて……」
「三日前までは、一生独身で過ごそうかと思ってたからね」
「えぇ? そうなの?」

 独身主義だったのか、とベルティーユは彼の意外な一面に驚いた。

「僕が結婚すると知ったら、祖父も草葉の陰で喜んでくれているはずだよ。それはそうと、せっかく婚約したのだからベルからもなにか贈り物をくれないかな」
「あ、あらそうね! お返しをしなくてはね!」

 普段からほとんど贈り物を貰ったことがなかったベルティーユは、返礼をしなければならないことをすっかり失念していた。

「どんな物がいいかしら?」
「君がくれるなら、どんな物でも嬉しいよ」

 一番厄介な返事に、ベルティーユは顔を引きらせた。
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