14 / 23
中里修二の影
しおりを挟む
中里亜衣加。
おそらく沙都希と赤子を入れ替えられた人だろうと看護師長が予想した人だ。
「なんでそう思うんすか?」
「気づかれない……というか、騒がれないからよ」
「それは……あ、そっか」
そう。
亜衣加はオージーモール火災事故の日に亡くなっている。
もし、赤子を入れ替えられたとしても、気づけないし、言うこともできない。
まさしく死人に口なしだ。
「けど、父親の方が気づいたりしないっすかね?」
「もちろん、その可能性もあるわね。でも、気づけなかったから、こんなことになってんじゃないの?」
確かにそうだ。
全てはこの取り違え……赤子のすり替えからこの事件が始まったと言える。
17年。
そう、17年の間、霧山は気づけなかったのだ。
「あの、この中里亜衣加さんの結婚相手……旦那さんの名前はわかるっすか?」
「……これはあくまでカルテだからね」
「そうっすよね。名前だけでもわかっただけで十分、進展したっす」
「あくまで、私の予想なんだから条件に当てはまる人の名前は覚えておいた方がいいんじゃない?」
「……そうっすよね」
「あなた、本当に刑事?」
「うっ」
暁は一度思い込んだら、わき目を振らず突き進んでしまうことがある。
そのことが良い方向に傾くこともあるが、大抵は失敗することが多い。
そのことでよく安曇にも注意されるのだ。
「ちなみに、中里亜衣加さんの死因はなんだったんすか?」
「……出血多量みたいね」
「出産時に、ってことっすか?」
「いや、カルテを見る限り産後数時間経ってからみたい」
「そうっすか……。まさか、医療ミスとかじゃないっすよね?」
「その台詞をここで言う?」
ギロリと看護師長に睨まられる。
「あーいや、何でもないっす。じゃあ、ありがとうございました」
暁は看護師長たちに頭を下げ、足早に病院の出口へと向かう。
本来であれば、当時のことを知る医師にも話を聞くべきだろうが、早く霧山についての情報が欲しかったのだ。
暁は署に戻り、さっそく中里亜衣加のデータを調べた。
結論を言うと、ビンゴだった。
「単純っすね」
「まあ、偽名なんてそんなもんだろ」
安曇にも手伝ってもらって、大体1日で調べることができたのだ。
中里亜衣加の夫の名前は中里修二。
そして、亜衣加の結婚する前の苗字が霧山だった。
つまり、名前はそのまま使い、苗字は妻の元の苗字を使ったというわけだ。
「子供の名前は――亜里沙」
ここで完全に繋がった。
暁が駅前で由依香と霧山修二を見た時、霧山は由依香のことを亜里沙と呼んでいた。
そして、パート先でも娘である由依香を亜里沙と紹介している。
霧山……いや、中里修二から見れば、由依香こそが本当の亜里沙なのだ。
だからこそ、由依香のことを亜里沙と呼び、由依香も亜里沙と呼ばれることを受け入れたのだろう。
「ってことは、あの死体は――」
「ああ、中里亜里沙だろうな」
DNA鑑定で沙都希の娘だと証明されている。
「それにしても、なんで殺す必要があったんすかね?」
「なにがだ?」
「だって、血が繋がっていなくても、17年間、一緒に過ごしたんすよ? それを……」
「血が繋がっていても人は人を殺す。そんなの今まで何度も見てきただろ?」
「そ、そりゃそうっすけど……」
血が繋がる家族を殺す事案は意外と多い。
それはわかっているが、理解できない。
「なにが原因なんすかね? 桐ケ谷さんへの復讐だとしたら、おかしいっすよ。子供には罪はないじゃないっすか!」
「それは本人に聞くまでわからねーよ。当事者にしかわからない苦しみだってあるだろ」
「……そうっすけど」
「それより、今度は中里修二を調べるぞ。桐ケ谷沙都希に先を越されないためにもな」
「はいっす」
そう。沙都希は血が繋がっていない由依香をあんなに愛していた。
今も、由依香を探すために中里修二を血眼になって追っているのだろう。
そして由依香は実の父親である中里修二が必死になって探し当てている。
これも、深い愛情がなければできないだろう。
由依香を取り戻すために、2人も殺しているのだ。
対して、中里亜里沙はどうだろうか。
17年間一緒に暮らしていた、父親だと思っていた相手に殺され、実の母親である沙都希に放置されている。
同じ日に生まれた女の子。
片方は愛され、片方は愛されなかった。
なぜ、そうなったのだろう。
亜里沙から見れば、勝手に入れ替えられ、勝手に育てられ、勝手に殺された。
子供からの視点で考えると、こんなにつらいことはない。
「おい、八神、ボーっとすんな」
「は、はいっす!」
頭のモヤモヤした気持ちを振り払うため、暁は両頬を叩き、気合を入れた。
中里修二はIT会社の社長だった。
大企業というわけではないが、中里自体は金持ちの分類に入るだろう。
「おそらく阿比留に強請られたんだろうな」
「依頼後に、報酬を跳ね上げられたんすかね?」
「だろうな。振れば振るほど金が出てくると踏んだんだろ」
「社長の立場で、こんな依頼をしたなんて雑誌にでもタレこまれたら大打撃っすからね」
「それもあるだろうが、おそらく桐ケ谷沙都希に知らせると言ったんだろうな」
「……?」
「桐ケ谷沙都希に伝えたら、どうなると思う?」
「あー、えと、警戒するっすよね?」
「警戒って、具体的にどうするんだ? 娘に気を付けてとでも言うのか?」
「あ、そうっすよね。桐ケ谷さんは由依香さんに事情は話せない」
「なら、どうする?」
「……姿をくらましますよね」
「今度は念入りに消すだろうな。下手をすると他県へ行くことも考えられる」
そうなると中里はまた由依香を探し始めなければならない。
そして、今度は見つけられない可能性も出てくる。
「……あれ? けど、桐ケ谷さんの情報を貰ってしまえば、もう阿比留は用無しっすよね?」
「中里修二の目的はなんだ?」
「え? 由依香さんを取り戻すことっす」
「入れ替えられたから返せと言って、返ってくると思うか?」
「……警戒されて終わりっす」
「中里は時間が必要だったはずだ。桐ケ谷由依香との信頼を得るまでのな」
「その間の口止め料を払えって言ってきたんすかね?」
「ま、何か口論になってやっちまったという線もあるからな。どっちにしても中里を捕まえりゃわかる」
「合理的っすね」
「合理的って言え……って、俺の台詞取るんじゃねーよ」
「じゃあ、俺、中里の会社に行ってきます」
「ま、頑張れや」
「うっす」
勢いよく立ち上がり、走り出す暁だった。
ヒイラギ探偵事務所。
沙都希は担当者である小太りで眼鏡の探偵から、書類を渡されていた。
「写真に写っていた中里亜衣加の配偶者である中里修二はネバーズという会社を経営しています」
「……娘の方はどうですか?」
「はい。中里亜里沙は中学生の頃から引きこもりをしていたみたいですね」
「そうですか……。その、原因はやっぱり……?」
「ええ。口唇口蓋裂ですね。幼年期に手術したらしいですが、完治しなかったらしいですよ」
「……」
「それが原因で小学校の頃にイジメがあり、自分で傷口を切り裂いたという噂があります。……まあ、イジメでやられた可能性もありますがね」
沙都希はなんとも複雑な気分になった。
もし、自分が育てていたとしても同じような結果になっただろう。
いや、中里よりも経済的な余裕がない分、もっと酷いことになっていた可能性が高い。
ふと、出産の際の入院の時のことを思い出す。
「親の愛があれば子供はまっすぐ育つはずよ」
亜衣加の言葉である。
沙都希が娘の口唇口蓋裂に絶望していた時に、ヘラヘラとしながら言ったことを今でも忘れていない。
結局、親の愛なんて関係なかったんだ。
それか、口唇口蓋裂の娘を愛せなかったのか。
どちらにしても亜衣加の言葉は間違っていたと証明されたわけだ。
「中学がそんな状態だったので、もちろん高校にも行ってないようですね」
「……ということは働いていた、ということですか?」
探偵のいうことに首を傾げる沙都希。
学校に行くよりも働く方が大変なのではと思ってしまう。
「いやいやいや。もちろん、引きこもりですよ。引きこもり」
「引きこもり?」
「外に出ないで、ずっと部屋の中に閉じこもることですよ」
「……一日中、部屋の中で何をするんですか?」
「さあ? 今はインターネットがありますからね。時間を潰すにはことかかないと思いますよ」
「……」
沙都希には理解できなかった。
学校に行くか、働くか、その2択しかなかった沙都希。
いや、その2択さえも許されなった。
高校を中退し、夜の店に働きに出た。
由依香にはあんなことを、絶対にさせないと誓い、17年間必死に働いてきた。
そして、由依香もそんな沙都希に応えるように、真っすぐに育ってくれた。
由依香は沙都希にとって誇りそのものだった。
逆に亜里沙は変に金持ちの家に行ったことにより、学校にも行かず働きもせずに過ごすなんて生活が出来たのだろう。
そう考えると、娘を入れ替えたことは正解だと確信できる。
間違いなのは、自分の娘を愛せなかった中里の方だ。
「あの、住所の方は?」
「こちらになります」
探偵がファイルの中にある紙を取り出して、沙都希に渡す。
「ご要望通り、会社と個人で契約している家と倉庫の住所も記載しています」
「……ありがとうございました」
座ったまま深々と頭を下げる沙都希。
そして、カバンから封筒を出して探偵に渡す。
貯金のほとんどを使ってしまった。
由依香の大学進学ために貯めていたお金だ。
だが、そんなことは沙都希にとっては些細なことだった。
由依香が戻ってくるのなら、安いお金だ。
由依香さえ戻ってくればやり直せる。
最悪、また夜の店で働けばいい。
昔ほど稼げないかもしれないが、掛け持ちで昼も働けばなんとかなるだろう。
由依香には自分の歩めなかった道を進んで欲しい。
沙都希が味わうことができなかった青春も楽しんで欲しい。
由依香を立派に育てあげることが、沙都希にとっての人生そのものになっている。
絶対に由依香を取り戻す。
そう決意を固め、沙都希は立ち上がり、探偵事務所を後にした。
沙都希は初めに中里の家へと向かうために電車に乗る。
おそらく、由依香はそこにはいないだろう。
亜里沙の死体を見せつけた。
それは「俺は気づいたぞ」という警告だろう。
つまり、沙都希が、由依香が生きていることに気づくというのは想定内のはずだ。
なのに、悠長に家に由依香を連れて行くとは思えない。
それでも最初に中里の家に向ったのは、この目で家を見たかったのかもしれない。
無意識に実の娘が17年間過ごした場所を見たかったというのがあったのだろう。
亜里沙に対しての情はない。
今の娘は由依香だからだ。
ただ、唯一、実の母親として思うことは、「あんな家に置いてきた」ことに対しての自責の念のみである。
この事件が解決したら、お墓くらいは用意してあげよう。
そう考えた後、沙都希は外を眺めながら由依香の無事を祈り始めた。
おそらく沙都希と赤子を入れ替えられた人だろうと看護師長が予想した人だ。
「なんでそう思うんすか?」
「気づかれない……というか、騒がれないからよ」
「それは……あ、そっか」
そう。
亜衣加はオージーモール火災事故の日に亡くなっている。
もし、赤子を入れ替えられたとしても、気づけないし、言うこともできない。
まさしく死人に口なしだ。
「けど、父親の方が気づいたりしないっすかね?」
「もちろん、その可能性もあるわね。でも、気づけなかったから、こんなことになってんじゃないの?」
確かにそうだ。
全てはこの取り違え……赤子のすり替えからこの事件が始まったと言える。
17年。
そう、17年の間、霧山は気づけなかったのだ。
「あの、この中里亜衣加さんの結婚相手……旦那さんの名前はわかるっすか?」
「……これはあくまでカルテだからね」
「そうっすよね。名前だけでもわかっただけで十分、進展したっす」
「あくまで、私の予想なんだから条件に当てはまる人の名前は覚えておいた方がいいんじゃない?」
「……そうっすよね」
「あなた、本当に刑事?」
「うっ」
暁は一度思い込んだら、わき目を振らず突き進んでしまうことがある。
そのことが良い方向に傾くこともあるが、大抵は失敗することが多い。
そのことでよく安曇にも注意されるのだ。
「ちなみに、中里亜衣加さんの死因はなんだったんすか?」
「……出血多量みたいね」
「出産時に、ってことっすか?」
「いや、カルテを見る限り産後数時間経ってからみたい」
「そうっすか……。まさか、医療ミスとかじゃないっすよね?」
「その台詞をここで言う?」
ギロリと看護師長に睨まられる。
「あーいや、何でもないっす。じゃあ、ありがとうございました」
暁は看護師長たちに頭を下げ、足早に病院の出口へと向かう。
本来であれば、当時のことを知る医師にも話を聞くべきだろうが、早く霧山についての情報が欲しかったのだ。
暁は署に戻り、さっそく中里亜衣加のデータを調べた。
結論を言うと、ビンゴだった。
「単純っすね」
「まあ、偽名なんてそんなもんだろ」
安曇にも手伝ってもらって、大体1日で調べることができたのだ。
中里亜衣加の夫の名前は中里修二。
そして、亜衣加の結婚する前の苗字が霧山だった。
つまり、名前はそのまま使い、苗字は妻の元の苗字を使ったというわけだ。
「子供の名前は――亜里沙」
ここで完全に繋がった。
暁が駅前で由依香と霧山修二を見た時、霧山は由依香のことを亜里沙と呼んでいた。
そして、パート先でも娘である由依香を亜里沙と紹介している。
霧山……いや、中里修二から見れば、由依香こそが本当の亜里沙なのだ。
だからこそ、由依香のことを亜里沙と呼び、由依香も亜里沙と呼ばれることを受け入れたのだろう。
「ってことは、あの死体は――」
「ああ、中里亜里沙だろうな」
DNA鑑定で沙都希の娘だと証明されている。
「それにしても、なんで殺す必要があったんすかね?」
「なにがだ?」
「だって、血が繋がっていなくても、17年間、一緒に過ごしたんすよ? それを……」
「血が繋がっていても人は人を殺す。そんなの今まで何度も見てきただろ?」
「そ、そりゃそうっすけど……」
血が繋がる家族を殺す事案は意外と多い。
それはわかっているが、理解できない。
「なにが原因なんすかね? 桐ケ谷さんへの復讐だとしたら、おかしいっすよ。子供には罪はないじゃないっすか!」
「それは本人に聞くまでわからねーよ。当事者にしかわからない苦しみだってあるだろ」
「……そうっすけど」
「それより、今度は中里修二を調べるぞ。桐ケ谷沙都希に先を越されないためにもな」
「はいっす」
そう。沙都希は血が繋がっていない由依香をあんなに愛していた。
今も、由依香を探すために中里修二を血眼になって追っているのだろう。
そして由依香は実の父親である中里修二が必死になって探し当てている。
これも、深い愛情がなければできないだろう。
由依香を取り戻すために、2人も殺しているのだ。
対して、中里亜里沙はどうだろうか。
17年間一緒に暮らしていた、父親だと思っていた相手に殺され、実の母親である沙都希に放置されている。
同じ日に生まれた女の子。
片方は愛され、片方は愛されなかった。
なぜ、そうなったのだろう。
亜里沙から見れば、勝手に入れ替えられ、勝手に育てられ、勝手に殺された。
子供からの視点で考えると、こんなにつらいことはない。
「おい、八神、ボーっとすんな」
「は、はいっす!」
頭のモヤモヤした気持ちを振り払うため、暁は両頬を叩き、気合を入れた。
中里修二はIT会社の社長だった。
大企業というわけではないが、中里自体は金持ちの分類に入るだろう。
「おそらく阿比留に強請られたんだろうな」
「依頼後に、報酬を跳ね上げられたんすかね?」
「だろうな。振れば振るほど金が出てくると踏んだんだろ」
「社長の立場で、こんな依頼をしたなんて雑誌にでもタレこまれたら大打撃っすからね」
「それもあるだろうが、おそらく桐ケ谷沙都希に知らせると言ったんだろうな」
「……?」
「桐ケ谷沙都希に伝えたら、どうなると思う?」
「あー、えと、警戒するっすよね?」
「警戒って、具体的にどうするんだ? 娘に気を付けてとでも言うのか?」
「あ、そうっすよね。桐ケ谷さんは由依香さんに事情は話せない」
「なら、どうする?」
「……姿をくらましますよね」
「今度は念入りに消すだろうな。下手をすると他県へ行くことも考えられる」
そうなると中里はまた由依香を探し始めなければならない。
そして、今度は見つけられない可能性も出てくる。
「……あれ? けど、桐ケ谷さんの情報を貰ってしまえば、もう阿比留は用無しっすよね?」
「中里修二の目的はなんだ?」
「え? 由依香さんを取り戻すことっす」
「入れ替えられたから返せと言って、返ってくると思うか?」
「……警戒されて終わりっす」
「中里は時間が必要だったはずだ。桐ケ谷由依香との信頼を得るまでのな」
「その間の口止め料を払えって言ってきたんすかね?」
「ま、何か口論になってやっちまったという線もあるからな。どっちにしても中里を捕まえりゃわかる」
「合理的っすね」
「合理的って言え……って、俺の台詞取るんじゃねーよ」
「じゃあ、俺、中里の会社に行ってきます」
「ま、頑張れや」
「うっす」
勢いよく立ち上がり、走り出す暁だった。
ヒイラギ探偵事務所。
沙都希は担当者である小太りで眼鏡の探偵から、書類を渡されていた。
「写真に写っていた中里亜衣加の配偶者である中里修二はネバーズという会社を経営しています」
「……娘の方はどうですか?」
「はい。中里亜里沙は中学生の頃から引きこもりをしていたみたいですね」
「そうですか……。その、原因はやっぱり……?」
「ええ。口唇口蓋裂ですね。幼年期に手術したらしいですが、完治しなかったらしいですよ」
「……」
「それが原因で小学校の頃にイジメがあり、自分で傷口を切り裂いたという噂があります。……まあ、イジメでやられた可能性もありますがね」
沙都希はなんとも複雑な気分になった。
もし、自分が育てていたとしても同じような結果になっただろう。
いや、中里よりも経済的な余裕がない分、もっと酷いことになっていた可能性が高い。
ふと、出産の際の入院の時のことを思い出す。
「親の愛があれば子供はまっすぐ育つはずよ」
亜衣加の言葉である。
沙都希が娘の口唇口蓋裂に絶望していた時に、ヘラヘラとしながら言ったことを今でも忘れていない。
結局、親の愛なんて関係なかったんだ。
それか、口唇口蓋裂の娘を愛せなかったのか。
どちらにしても亜衣加の言葉は間違っていたと証明されたわけだ。
「中学がそんな状態だったので、もちろん高校にも行ってないようですね」
「……ということは働いていた、ということですか?」
探偵のいうことに首を傾げる沙都希。
学校に行くよりも働く方が大変なのではと思ってしまう。
「いやいやいや。もちろん、引きこもりですよ。引きこもり」
「引きこもり?」
「外に出ないで、ずっと部屋の中に閉じこもることですよ」
「……一日中、部屋の中で何をするんですか?」
「さあ? 今はインターネットがありますからね。時間を潰すにはことかかないと思いますよ」
「……」
沙都希には理解できなかった。
学校に行くか、働くか、その2択しかなかった沙都希。
いや、その2択さえも許されなった。
高校を中退し、夜の店に働きに出た。
由依香にはあんなことを、絶対にさせないと誓い、17年間必死に働いてきた。
そして、由依香もそんな沙都希に応えるように、真っすぐに育ってくれた。
由依香は沙都希にとって誇りそのものだった。
逆に亜里沙は変に金持ちの家に行ったことにより、学校にも行かず働きもせずに過ごすなんて生活が出来たのだろう。
そう考えると、娘を入れ替えたことは正解だと確信できる。
間違いなのは、自分の娘を愛せなかった中里の方だ。
「あの、住所の方は?」
「こちらになります」
探偵がファイルの中にある紙を取り出して、沙都希に渡す。
「ご要望通り、会社と個人で契約している家と倉庫の住所も記載しています」
「……ありがとうございました」
座ったまま深々と頭を下げる沙都希。
そして、カバンから封筒を出して探偵に渡す。
貯金のほとんどを使ってしまった。
由依香の大学進学ために貯めていたお金だ。
だが、そんなことは沙都希にとっては些細なことだった。
由依香が戻ってくるのなら、安いお金だ。
由依香さえ戻ってくればやり直せる。
最悪、また夜の店で働けばいい。
昔ほど稼げないかもしれないが、掛け持ちで昼も働けばなんとかなるだろう。
由依香には自分の歩めなかった道を進んで欲しい。
沙都希が味わうことができなかった青春も楽しんで欲しい。
由依香を立派に育てあげることが、沙都希にとっての人生そのものになっている。
絶対に由依香を取り戻す。
そう決意を固め、沙都希は立ち上がり、探偵事務所を後にした。
沙都希は初めに中里の家へと向かうために電車に乗る。
おそらく、由依香はそこにはいないだろう。
亜里沙の死体を見せつけた。
それは「俺は気づいたぞ」という警告だろう。
つまり、沙都希が、由依香が生きていることに気づくというのは想定内のはずだ。
なのに、悠長に家に由依香を連れて行くとは思えない。
それでも最初に中里の家に向ったのは、この目で家を見たかったのかもしれない。
無意識に実の娘が17年間過ごした場所を見たかったというのがあったのだろう。
亜里沙に対しての情はない。
今の娘は由依香だからだ。
ただ、唯一、実の母親として思うことは、「あんな家に置いてきた」ことに対しての自責の念のみである。
この事件が解決したら、お墓くらいは用意してあげよう。
そう考えた後、沙都希は外を眺めながら由依香の無事を祈り始めた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
少年少女たちの日々
原口源太郎
恋愛
とある大国が隣国へ武力侵攻した。
世界の人々はその行為を大いに非難したが、争いはその二国間だけで終わると思っていた。
しかし、その数週間後に別の大国が自国の領土を主張する国へと攻め入った。それに対し、列国は武力でその行いを押さえ込もうとした。
世界の二カ所で起こった戦争の火は、やがてあちこちで燻っていた紛争を燃え上がらせ、やがて第三次世界戦争へと突入していった。
戦争は三年目を迎えたが、国連加盟国の半数以上の国で戦闘状態が続いていた。
大海を望み、二つの大国のすぐ近くに位置するとある小国は、激しい戦闘に巻き込まれていた。
その国の六人の少年少女も戦いの中に巻き込まれていく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/mystery.png?id=41ccf9169edbe4e853c8)
聖女の如く、永遠に囚われて
white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。
彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。
ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。
良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。
実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。
━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。
登場人物
遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。
遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。
島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。
工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。
伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。
島津守… 良子の父親。
島津佐奈…良子の母親。
島津孝之…良子の祖父。守の父親。
島津香菜…良子の祖母。守の母親。
進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。
桂恵… 整形外科医。伊藤一正の同級生だった。
秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。
推理の果てに咲く恋
葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽が、日々の退屈な学校生活の中で唯一の楽しみである推理小説に没頭する様子を描く。ある日、彼の鋭い観察眼が、学校内で起こった些細な出来事に異変を感じ取る。
ビジョンゲーム
戸笠耕一
ミステリー
高校2年生の香西沙良は両親を死に追いやった真犯人JBの正体を掴むため、立てこもり事件を引き起こす。沙良は半年前に父義行と母雪絵をデパートからの帰り道で突っ込んできたトラックに巻き込まれて失っていた。沙良も背中に大きな火傷を負い復讐を決意した。見えない敵JBの正体を掴むため大切な友人を巻き込みながら、犠牲や後悔を背負いながら少女は備わっていた先を見通す力「ビジョン」を武器にJBに迫る。記憶と現実が織り交ざる頭脳ミステリーの行方は! SSシリーズ第一弾!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
尖閣~防人の末裔たち
篠塚飛樹
ミステリー
元大手新聞社の防衛担当記者だった古川は、ある団体から同行取材の依頼を受ける。行き先は尖閣諸島沖。。。
緊迫の海で彼は何を見るのか。。。
※この作品は、フィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
※無断転載を禁じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる