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山城病院
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「いやいやいやいや、ちょっと待ってくださいっす!」
女性から衝撃的な発言を聞き、混乱する暁。
一度、深呼吸をして状況を整理する。
ということは、由依香はその客との間の子供ということになる。
そう考えれば、結婚……籍を入れていないことも頷ける。
霧山はその当時の沙都希の客だということだろうか。
であれば、17年間、霧山に由依香を会わせなかったというのも話が通る。
だが、ここで1つ疑問が出てくる。
霧山がその当時の客だったとして、風俗嬢との間にできた子供と会いたいと思うだろうか?
由依香の担任の元宮や和夫の印象では、どちらかというと堅物という印象を受ける。
相手が風俗嬢であるなら、逆に隠しておきたいと思うタイプだと思っていた。
だがもし、霧山が沙都希に入れ込んでいたというのなら、十分考えられることではある。
ただ、今は情報が少なすぎて、あくまで予測しか立てられない。
逆に、間違った予測に引っ張られると、真実は遠くなってく。
「あの、その客の相手って、霧山って名前じゃないっすか?」
「え? さあ? さすがにそこまでは聞けないわよ」
「あー、そりゃ、そうっすよね……」
暁は女性に礼を言って、家を後にした。
「……まいったな」
新しい情報を得たが、逆に手がかりが途切れてしまった。
ここに来れば、何かしら霧山の影が見つけられるかもしれないと思っていたが、完全に空振りとなったわけだ。
暁は車の前で考える。
「桐ケ谷さんが働いていた風俗店を探して話を聞く……。いや、現実的じゃないな」
となると父親を捜して話を聞くという手も考えれるが、果たして情報を持っているかとなると疑問が残る。
第一、 沙都希はその父親の元を出て行っている。
おそらくはその父親のことを沙都希は恨んでいたかもしれない。
そんな相手に、自分を孕ませた客のことを話すとは思えない。
暁は目頭を揉みながら、今後の捜査の方向を考える。
が、そのとき、スマホが鳴る。
安曇からだ。
「あ、いわさんっすか?」
「おう、八神、今、どこにいるんだ?」
「鏡我原市っす。隣の県の」
「おお、ちょうどいい。山城病院に向ってくれ」
「もしかして、桐ケ谷さんが見つかったとかっすか?」
「いや、阿比留の件だ」
「……」
「露骨な態度をとってんじゃねえ。人手が足りてねーんだ。たまにはこっちの仕事も手伝え」
「……了解っす」
通話を切り、スマホで山城病院の場所を検索する。
考えてみれば安曇には無理して我がままを聞いてもらっている状態だ。
本来であれば、こんなに自由に動き回れるわけはない。
今頃は捜査本部の指示に従って、聞き込みどころか、本部のお茶くみをやらされるなんてこともあり得る。
先ほどはつい、嫌な態度を取ってしまったが、改めて心の中で安曇に感謝しながら山城病院へと向かうのだった。
山城病院の駐車場へ到着した暁。
結構大きく古い病院だ。
広い駐車場の端の方へ車を停め、受付へと向かう。
看護師長へと話を通してもらう。
看護師長は50代の女性で、細身でありながらもどこか威圧感のある人だった。
「急に申し訳ないっす」
「いえいえ。今はそこまで忙しくないので、大丈夫よ」
「それで、話を聞きたいんすけど、ここに阿比留邦広って男が働いてたようなんすけど、覚えてるっすか?」
「ああー。あの男」
看護師長は明らかに嫌そうな表情を浮かべた。
どうやら、この病院……少なくとも看護師長には良くは思われていなかったようだ。
「何考えてるかわからない人でねー。清掃員ってことで雇ったみたいなんだけど、全然仕事しなかったのよ」
「……どういう経緯で雇われたのかは、わかるっすか?」
「んー。院長の知り合いだとかなんとかって噂だったんだけど……。詳しいことはわからないわ。なんなら院長に話、通すかい?」
「ありがとうございます。ただ、先に、色々話を聞かせてもらってからでいいっすか?」
「いいけど……あんまり関わらないようにしてたから、わからないことが多いわよ」
元々、阿比留はなんでも屋としても恨みを買っている男だったが、病院でも嫌われていたようだ。
「阿比留と仲が良い職員とかいるっすかね?」
「さあ。言っちゃ悪いけど、私の周りはみんな、避けてたからねぇ」
「そうっすか……」
「あ、でも、守衛さんとかは仲が良かったみたいね。よく守衛さんとおしゃべりして仕事サボってたから」
「守衛さん……か。ちょっと会わせてもらってもいいっすか?」
「ええ。こっちよ」
看護師長に連れられ、守衛に会いに行く暁。
「……ああ。阿比留さんね。まあ、よくここに来てましたよ」
守衛は60代の白髪が混じった、いわゆる普通の男性だった。
人の良さそうだが、少し気が弱そうな感じもする。
「どんな話をしてたんすか?」
「え? いや……普通に、雑談ですよ」
「なんか、変わったことを言ってたとか、気になるようなことを言ったとかないっすか?」
「んー。そう言われても、かなり前のことですからね」
ここでも空振りかと諦めてたときだった。
守衛がそういえばとつぶやいた。
「阿比留さん、妙に資料室のことを聞いてた気がしますよ」
「資料室?」
「ああ、患者さんのカルテなどを置いている部屋よ」
そう言ったのは看護師長だった。
「今はパソコンでデータを打ち込んで管理しているんだけど、昔は紙ベースでカルテを作ってたから」
「じゃあ、古いカルテが資料室に置いてあるってことっすか?」
「ええ。そうね」
「……その資料室って、阿比留が入ることってできるんすか?」
「それはできないわよ。患者さんの個人情報だからね。清掃員が見れるわけないわ」
「そうっすか……」
「でも……無理やり入ることは可能かも」
「え?」
「なんていうか、その、鍵さえ手に入れれば入れるというか……」
「なるほどっす」
いくら資料室に入る権限がなかったとしても、鍵さえあれば入ることは可能だろう。
そして、その鍵を24時間見張ることをしなければ、入手することは不可能ではない。
ましてや、阿比留は清掃員として病院内を自由に行き来できるのだ。
部屋を掃除するという建前で、鍵がある部屋に入ることもできたのだろう。
それを防ぐというのは難しいというのはわかる。
「念のため、資料室を見せてもらってもいいっすか?」
「ええ。もちろん。……病院側としても、紛失してないか確認しないといけないし」
今度は看護師長に連れられ資料室に向う。
資料室は完全に倉庫みたいな部屋で、地下にあった。
この場所なら、人が出入りしても他の人間に見られる可能性は低い。
図書館のような棚に、びっしりと患者のカルテが納められたファイルがずらっと並んでいる。
それは年毎に綺麗に並べられていた。
とりあえず、紛失していなかを調べるため、暁と看護師長は棚を確認していく。
すると――。
「あっ!」
看護師長が声を上げた。
暁は看護師長の元へ駆け寄る。
すると、ごっそりとファイルが抜かれている箇所があった。
「……やられた」
看護師長が頭を抱える。
先ほど看護師長が言っていた通り、個人情報を抜き取られたのだ。
暁は抜き取られた棚に貼ってあった年を見る。
――17年前の棚だった。
看護師長はさらに抜き取られたファイルの左右の残ったカルテを開く。
「……盗られたのは17年前の……産婦人科の資料みたい」
産婦人科。
おそらく、阿比留は依頼者に頼まれて、その情報を得るためにわざわざこの病院の清掃員になったのだろう。
暁は安曇に電話を掛ける。
隣の看護師長がものすごく嫌な顔をしているが、今は気にしている場合ではない。
「あ、いわさん、ちょっと聞きたいんすけど、阿比留の部屋から病院のカルテは見つかってたりするっすか?」
「ああ? 病院のカルテ? ……ちょっと待ってろ」
15分後。
安曇から病院のカルテなんて部屋になかったと確認が取れた。
ということは、阿比留を殺した犯人が持ち去ったということになる。
つまり、犯人は阿比留に、そのカルテを入手して欲しいと依頼したというわけだ。
これは大きな手掛かりになる。
とはいえ、紛失してしまっている患者を調べるのは時間がかかる。
というより、覚えている人間がいるとは思えない。
なにせ、17年前のカルテの情報だ。
「念のため、聞きたいんっすけど、紛失したのが誰のカルテかはわからないっすよね?」
「……いえ、わかると思うわ」
「え?」
予想外の返答に、思わず間の抜けた声を出してしまった暁。
「カルテのデータ化を外部に委託してたの。カルテを処分したくてね」
確かに紙で残すとなれば、このように倉庫が必要になる。
それをデータ化さえすれば、一台のパソコン内に収められる。
病院からすると、この倉庫のような部屋を違う用途で使うことができることと、今回のようなセキュリティの観点からしても、データ化は合理的な考えだろう。
「すいません。それじゃ、その紛失したのが、誰のデータ化を見せていただきたいっす」
「……じゃあ、担当者に連絡するわね」
沙都希の情報を得るのはあれだけ苦労したのに、阿比留の場合はトントン拍子に話が進んでいく。
暁は心の中で、不公平だと呟いたのだった。
「これが盗まれた患者の一覧よ」
ナースステーションで看護師長がパソコンからデータを読み込み、画面に映し出す。
「ちょっと失礼するっす」
看護師長に席を代わってもらい、パソコンに向かう暁。
あとでデータとしてもらうつもりだが、とりあえずざっと目を通してみる。
結構、時間がかかると思ったが、予想と反してその数は少なかった。
わずか、30人ほど。
「あれ? これだけっすか?」
「産婦人科の患者だけだから、これくらいよ」
「なるほどっす……」
暁はざっと名前だけを見ていく。
なぜ、阿比留に依頼した犯人は17年も前のカルテデータなんて欲しがったのか。
そんなことを考えながら画面をスクロールしていく。
「でも、産婦人科のカルテでよかった。外科だったらこんな数じゃ済まなかったわよね」
周りにいた看護師たちが一瞬、なんのことかわからなそうな顔をしたが、年配の看護師が「ああ」と声を上げた。
「この時期ならオージーモールの事故がありましたもんね」
「そうそう。ほとんどの患者がここに運ばれてきたのよね」
「懐かしいですよね。あのときは、まだ新人で、何もできずてんてこ舞いでした」
「あれを経験していれば、今、どんなに忙しくてもアレと比べればって思えるよね」
看護師長と年配の看護師との会話が盛り上がっている。
その話を聞いて、若い看護師が苦笑いを浮かべる。
看護師長たちの会話を小耳にしながら、オージーモールの火災事故の患者がここに運ばれてきていたというのなら、おそらく上代もここに運ばれていたのかもしれない。
とはいえ、ここに載っているのは産婦人科の患者なので、上代の名前はないだろう。
とりあえずはざっと最後まで見るつもりだったが、スクロールする手がピタリと止まった。
「え?」
その名前を見た時、暁は困惑した。
まさか、ここでこの名前を見るとは思っていなかった。
――桐ケ谷沙都希。
その名前を。
女性から衝撃的な発言を聞き、混乱する暁。
一度、深呼吸をして状況を整理する。
ということは、由依香はその客との間の子供ということになる。
そう考えれば、結婚……籍を入れていないことも頷ける。
霧山はその当時の沙都希の客だということだろうか。
であれば、17年間、霧山に由依香を会わせなかったというのも話が通る。
だが、ここで1つ疑問が出てくる。
霧山がその当時の客だったとして、風俗嬢との間にできた子供と会いたいと思うだろうか?
由依香の担任の元宮や和夫の印象では、どちらかというと堅物という印象を受ける。
相手が風俗嬢であるなら、逆に隠しておきたいと思うタイプだと思っていた。
だがもし、霧山が沙都希に入れ込んでいたというのなら、十分考えられることではある。
ただ、今は情報が少なすぎて、あくまで予測しか立てられない。
逆に、間違った予測に引っ張られると、真実は遠くなってく。
「あの、その客の相手って、霧山って名前じゃないっすか?」
「え? さあ? さすがにそこまでは聞けないわよ」
「あー、そりゃ、そうっすよね……」
暁は女性に礼を言って、家を後にした。
「……まいったな」
新しい情報を得たが、逆に手がかりが途切れてしまった。
ここに来れば、何かしら霧山の影が見つけられるかもしれないと思っていたが、完全に空振りとなったわけだ。
暁は車の前で考える。
「桐ケ谷さんが働いていた風俗店を探して話を聞く……。いや、現実的じゃないな」
となると父親を捜して話を聞くという手も考えれるが、果たして情報を持っているかとなると疑問が残る。
第一、 沙都希はその父親の元を出て行っている。
おそらくはその父親のことを沙都希は恨んでいたかもしれない。
そんな相手に、自分を孕ませた客のことを話すとは思えない。
暁は目頭を揉みながら、今後の捜査の方向を考える。
が、そのとき、スマホが鳴る。
安曇からだ。
「あ、いわさんっすか?」
「おう、八神、今、どこにいるんだ?」
「鏡我原市っす。隣の県の」
「おお、ちょうどいい。山城病院に向ってくれ」
「もしかして、桐ケ谷さんが見つかったとかっすか?」
「いや、阿比留の件だ」
「……」
「露骨な態度をとってんじゃねえ。人手が足りてねーんだ。たまにはこっちの仕事も手伝え」
「……了解っす」
通話を切り、スマホで山城病院の場所を検索する。
考えてみれば安曇には無理して我がままを聞いてもらっている状態だ。
本来であれば、こんなに自由に動き回れるわけはない。
今頃は捜査本部の指示に従って、聞き込みどころか、本部のお茶くみをやらされるなんてこともあり得る。
先ほどはつい、嫌な態度を取ってしまったが、改めて心の中で安曇に感謝しながら山城病院へと向かうのだった。
山城病院の駐車場へ到着した暁。
結構大きく古い病院だ。
広い駐車場の端の方へ車を停め、受付へと向かう。
看護師長へと話を通してもらう。
看護師長は50代の女性で、細身でありながらもどこか威圧感のある人だった。
「急に申し訳ないっす」
「いえいえ。今はそこまで忙しくないので、大丈夫よ」
「それで、話を聞きたいんすけど、ここに阿比留邦広って男が働いてたようなんすけど、覚えてるっすか?」
「ああー。あの男」
看護師長は明らかに嫌そうな表情を浮かべた。
どうやら、この病院……少なくとも看護師長には良くは思われていなかったようだ。
「何考えてるかわからない人でねー。清掃員ってことで雇ったみたいなんだけど、全然仕事しなかったのよ」
「……どういう経緯で雇われたのかは、わかるっすか?」
「んー。院長の知り合いだとかなんとかって噂だったんだけど……。詳しいことはわからないわ。なんなら院長に話、通すかい?」
「ありがとうございます。ただ、先に、色々話を聞かせてもらってからでいいっすか?」
「いいけど……あんまり関わらないようにしてたから、わからないことが多いわよ」
元々、阿比留はなんでも屋としても恨みを買っている男だったが、病院でも嫌われていたようだ。
「阿比留と仲が良い職員とかいるっすかね?」
「さあ。言っちゃ悪いけど、私の周りはみんな、避けてたからねぇ」
「そうっすか……」
「あ、でも、守衛さんとかは仲が良かったみたいね。よく守衛さんとおしゃべりして仕事サボってたから」
「守衛さん……か。ちょっと会わせてもらってもいいっすか?」
「ええ。こっちよ」
看護師長に連れられ、守衛に会いに行く暁。
「……ああ。阿比留さんね。まあ、よくここに来てましたよ」
守衛は60代の白髪が混じった、いわゆる普通の男性だった。
人の良さそうだが、少し気が弱そうな感じもする。
「どんな話をしてたんすか?」
「え? いや……普通に、雑談ですよ」
「なんか、変わったことを言ってたとか、気になるようなことを言ったとかないっすか?」
「んー。そう言われても、かなり前のことですからね」
ここでも空振りかと諦めてたときだった。
守衛がそういえばとつぶやいた。
「阿比留さん、妙に資料室のことを聞いてた気がしますよ」
「資料室?」
「ああ、患者さんのカルテなどを置いている部屋よ」
そう言ったのは看護師長だった。
「今はパソコンでデータを打ち込んで管理しているんだけど、昔は紙ベースでカルテを作ってたから」
「じゃあ、古いカルテが資料室に置いてあるってことっすか?」
「ええ。そうね」
「……その資料室って、阿比留が入ることってできるんすか?」
「それはできないわよ。患者さんの個人情報だからね。清掃員が見れるわけないわ」
「そうっすか……」
「でも……無理やり入ることは可能かも」
「え?」
「なんていうか、その、鍵さえ手に入れれば入れるというか……」
「なるほどっす」
いくら資料室に入る権限がなかったとしても、鍵さえあれば入ることは可能だろう。
そして、その鍵を24時間見張ることをしなければ、入手することは不可能ではない。
ましてや、阿比留は清掃員として病院内を自由に行き来できるのだ。
部屋を掃除するという建前で、鍵がある部屋に入ることもできたのだろう。
それを防ぐというのは難しいというのはわかる。
「念のため、資料室を見せてもらってもいいっすか?」
「ええ。もちろん。……病院側としても、紛失してないか確認しないといけないし」
今度は看護師長に連れられ資料室に向う。
資料室は完全に倉庫みたいな部屋で、地下にあった。
この場所なら、人が出入りしても他の人間に見られる可能性は低い。
図書館のような棚に、びっしりと患者のカルテが納められたファイルがずらっと並んでいる。
それは年毎に綺麗に並べられていた。
とりあえず、紛失していなかを調べるため、暁と看護師長は棚を確認していく。
すると――。
「あっ!」
看護師長が声を上げた。
暁は看護師長の元へ駆け寄る。
すると、ごっそりとファイルが抜かれている箇所があった。
「……やられた」
看護師長が頭を抱える。
先ほど看護師長が言っていた通り、個人情報を抜き取られたのだ。
暁は抜き取られた棚に貼ってあった年を見る。
――17年前の棚だった。
看護師長はさらに抜き取られたファイルの左右の残ったカルテを開く。
「……盗られたのは17年前の……産婦人科の資料みたい」
産婦人科。
おそらく、阿比留は依頼者に頼まれて、その情報を得るためにわざわざこの病院の清掃員になったのだろう。
暁は安曇に電話を掛ける。
隣の看護師長がものすごく嫌な顔をしているが、今は気にしている場合ではない。
「あ、いわさん、ちょっと聞きたいんすけど、阿比留の部屋から病院のカルテは見つかってたりするっすか?」
「ああ? 病院のカルテ? ……ちょっと待ってろ」
15分後。
安曇から病院のカルテなんて部屋になかったと確認が取れた。
ということは、阿比留を殺した犯人が持ち去ったということになる。
つまり、犯人は阿比留に、そのカルテを入手して欲しいと依頼したというわけだ。
これは大きな手掛かりになる。
とはいえ、紛失してしまっている患者を調べるのは時間がかかる。
というより、覚えている人間がいるとは思えない。
なにせ、17年前のカルテの情報だ。
「念のため、聞きたいんっすけど、紛失したのが誰のカルテかはわからないっすよね?」
「……いえ、わかると思うわ」
「え?」
予想外の返答に、思わず間の抜けた声を出してしまった暁。
「カルテのデータ化を外部に委託してたの。カルテを処分したくてね」
確かに紙で残すとなれば、このように倉庫が必要になる。
それをデータ化さえすれば、一台のパソコン内に収められる。
病院からすると、この倉庫のような部屋を違う用途で使うことができることと、今回のようなセキュリティの観点からしても、データ化は合理的な考えだろう。
「すいません。それじゃ、その紛失したのが、誰のデータ化を見せていただきたいっす」
「……じゃあ、担当者に連絡するわね」
沙都希の情報を得るのはあれだけ苦労したのに、阿比留の場合はトントン拍子に話が進んでいく。
暁は心の中で、不公平だと呟いたのだった。
「これが盗まれた患者の一覧よ」
ナースステーションで看護師長がパソコンからデータを読み込み、画面に映し出す。
「ちょっと失礼するっす」
看護師長に席を代わってもらい、パソコンに向かう暁。
あとでデータとしてもらうつもりだが、とりあえずざっと目を通してみる。
結構、時間がかかると思ったが、予想と反してその数は少なかった。
わずか、30人ほど。
「あれ? これだけっすか?」
「産婦人科の患者だけだから、これくらいよ」
「なるほどっす……」
暁はざっと名前だけを見ていく。
なぜ、阿比留に依頼した犯人は17年も前のカルテデータなんて欲しがったのか。
そんなことを考えながら画面をスクロールしていく。
「でも、産婦人科のカルテでよかった。外科だったらこんな数じゃ済まなかったわよね」
周りにいた看護師たちが一瞬、なんのことかわからなそうな顔をしたが、年配の看護師が「ああ」と声を上げた。
「この時期ならオージーモールの事故がありましたもんね」
「そうそう。ほとんどの患者がここに運ばれてきたのよね」
「懐かしいですよね。あのときは、まだ新人で、何もできずてんてこ舞いでした」
「あれを経験していれば、今、どんなに忙しくてもアレと比べればって思えるよね」
看護師長と年配の看護師との会話が盛り上がっている。
その話を聞いて、若い看護師が苦笑いを浮かべる。
看護師長たちの会話を小耳にしながら、オージーモールの火災事故の患者がここに運ばれてきていたというのなら、おそらく上代もここに運ばれていたのかもしれない。
とはいえ、ここに載っているのは産婦人科の患者なので、上代の名前はないだろう。
とりあえずはざっと最後まで見るつもりだったが、スクロールする手がピタリと止まった。
「え?」
その名前を見た時、暁は困惑した。
まさか、ここでこの名前を見るとは思っていなかった。
――桐ケ谷沙都希。
その名前を。
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