トイ・チルドレン

鍵谷端哉

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由依香の隠し事

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 スマホに着信があり、沙都希さつきは相手が誰かを確認することなく通話ボタンを押した。
 
由依香ゆいか!? 今、どこなの?」
「あ、いや、柏木かしわぎだけど……」
「あ、マネージャー……」
 
 相手は最近増やしたパートの方の責任者からだった。

桐ケ谷きりがやさん、明日出れない? あの新人が急に辞めちゃってさ……」
「すみません、マネージャー。今、取り込んでて!」
「そ、そうなんだ。わかったよ」
「失礼します!」
 
 焦っていたとはいえ、強引で失礼な対応をしてしまった。
 だが、今はそんな場合ではないと気持ちを切り替え、沙都希は警察へと電話を掛けた。



「……つまり、娘さんが何の連絡もなく、帰りが遅いと?」
「はい……」

 安曇あずみは困ったように頭をガシガシと掻いた。
 そんな安曇の横で、あきらは沙都希の様子を窺う。
 
 年齢は40歳前後だろうか。
 結構、美人だとは思うがどこか疲れたような感じがする。
 母子家庭ということで、苦労が絶えないのかもしれない、などとぼんやりと考えていた。
 
「で、特に犯人等から連絡もないってことですね?」
「……そうです」
「すみませんが、現時点で誘拐と断定することはできませんね。……なにかあったら連絡ください」
 
 誘拐事件だと意気込んで来てみれば、娘が帰って来ないのだという。
 今は21時過ぎ。
 娘は17歳の高校生とのこと。
 今時、街に行けばこの時間に高校生がいることなんて珍しくもない。
 
 正直、肩透かしを食ったと思っているのは暁だけではないだろう。
 安曇も既に帰ろうとしている。
 
「何かあってからじゃ遅いんです!」
 
 しかし、沙都希が食い下がる。
 その必死な顔と声に、暁はぼんやりと自分の母親のことを思い出していた。
 今は亡き、過保護な母親を。
 
「そう言われましてもねぇ」
「……いわさん、俺が担当するっす」
 
 面倒くさそうな態度を取る安曇に、考えるよりも先に言葉が出た暁。
 
「誘拐事件かもしれないからか?」
「……違うって言ったら嘘になるっすけど、なにかあってからじゃ遅いっていうのは確かっすよね?」
  
 ガリガリと頭を掻く安曇は、さらに面倒くさそうな顔をする。
 そして、観念したように大きく息を吐いた。
 
「……これも経験になるか。なにかあったら必ず連絡入れろ。あと、呼び出しは絶対だぞ」
「あざっす!」
「ま、しっかりと無駄骨、折ってこい」
「うっす!」



 安曇が帰ってしまい、家には沙都希と暁の2人だけになった。
 
「……あの、ありがとうございます」
 
 気まずそうに沙都希が言った。
 本当は2人とも残って捜査して欲しかっただろう。
 しかも残ったのは若造の方だから、内心は面白くないはずだ。
 
「……あれだけ大見得切っておいて、なんすけど、実はご期待には応えられないっす」
「え?」
「もう22時っす。今から聞き込みにも行けないっす。せいぜい、運転手くらいっすけど、心当たりがあるところはもう行ってるっすよね?」
 
 そう。
 実は残るとは言ったものの、暁には今後の捜査方針が頭の中に描けていなかった。
 本当は安曇に聞いておくべきだったが、啖呵を切った後ということで、変なプライドが邪魔をして聞けなかったのだ。
 
「……」
 
 そんな暁の言葉に沙都希はハッとした表情をして、何やら考え込んでしまった。
 
「どうかしたんすか?」
「私、知らないです。あの子の友達や行きそうなところ。…何も、知らない」
 
 まるで母親失格だと言わんばかりに自分を責めるような言葉だった。
 
「…これは子供の視点っすけど、高校生にもなれば、親に友達のことは話さないっすよ」
「でも、あの子は、今まで隠し事なんか…」
「いやいや。隠し事じゃないっす。わざわざ言わないだけっす」
「……」
 
 それでも納得していないようで、沙都希は悲痛な表情を変えない。
 
「とにかく、明日の朝まで待って、帰って来なかったら、聞き込みを始めましょう」
「……はい」
「辛いのはわかるっすけど、今は出来ることがないっす。闇雲に探すわけにもいかないっすから」
「……そうですよね」
 
 こうでも言わないと、今にも家を出て探しに行きかねない。
 無理やり納得させて、暁は振り返ってドアを開けて帰ろうとした。
 が、立ち止まり振り返る。
 
「あ、由衣香さんのこと、聞かせてくれないっすか? あと、写真もあれば」
 
 暁は探す対象となる由依香のことを何も知らないことに気づいたのだ。
 
「スマホで撮った写真があるんですが……」
「携帯に送ってもらってもいいっすか?」
「……送りました」
「あざっす」
 
 先ほど連絡先を交換したのがさっそく役に立った。
 沙都希から送られて来たメールを開き、添付されている画像を見る。
 
 美流渡高校の制服を着た由依香がこちらを見て微笑んでいる。
 中学生と言っても違和感がないくらい、高校生としては幼い容姿とカジュアルで大人っぽいデザインの制服がややアンバランスに見えた。
 
「あれ?」
 
 由依香の顔を見た時、自然と声が出た。
 
 ……どこかで見たような気が。

「どうかしました?」
「いえ。それより、由衣香さんがここまで帰りが遅くなるってことは、今までで一度ものなかったんすよね?」
「はい。……週に3回、手芸部の活動で遅くなることがありますが、絶対に21時には帰ってきてました。それに、19時過ぎるときは、メールを入れてくれます」
「……今も由衣香さんの携帯は電源が切られてるんっすよね?」
「さっきも電話をかけてみたんですけど…」
「もしかしたら、友達のうちに泊まることになって、連絡を入れようとしたときに携帯が壊れたかもしれないっすよ?」
「それなら、友達の携帯からかけませんか?」
「あー、意外と自分以外の電話番号って覚えてないものっすよ。電話帳から掛けるんで」
 
 暁も父親の携帯の番号がすぐ出てくるかと言われると、首を横に振らざるを得ない。
 頻繁に掛けている安曇の番号さえも覚えていない。
 
「とにかく、俺は近くのホテルに泊まるので、何かあったらすぐに連絡してくださいっす」
「……わかりました」
「じゃあ、明日、6時に来ますんで」
 
 本当は8時でも早いくらいだろう。
 それでもなるべく早くから捜査すると言っておいた方が、少しは安心するはずだ。
 
「……ありがとうございます」
 
 深々と頭を下げる沙都希に対して、何もできないことに罪悪感を覚える暁だった。



 次の日の朝6時。
 再び、沙都希の家のドアの前に立つ暁。
 
 昨日は近くのビジネスホテルに泊まり、いつ連絡が来てもすぐに出られるように待機していた。
 結局、仮眠といえるくらいの睡眠を3時間ほどとったくらいだ。
 
 インターフォンを押すと、間もなくドアが開き、沙都希が出てきた。
 その顔は暁よりも疲れ果てている。
 おそらくは一睡もできていないのだろう。
 
「……昨日は何か連絡あったっすか?」
 
 沙都希は首を横に振る。
 この答えは最初からわかっていた。
 もし、帰ってきたのであれば、すぐに連絡が着ていたはずだ。
 
「じゃあ、聞き込みに行くっす。桐ケ谷さんは学校に行って、担任や友達周りに話を聞いてみてくださいっす。俺は由衣香ちゃんの通学ルート周りの聞き込みをしてみるっす」
「はい。お願いします」



 7時前に高校に到着した沙都希は職員室に向う。
 すると既に担任である元宮もとみやは登校していた。
 不思議そうな顔をする元宮に沙都希は娘のことでと言うと、すぐに談話室へと案内された。
 
 
「今どきの高校生にはよくあることなんですよ。親に黙って外泊することなんて」
 
 あれから娘が帰っていないと言うと、何とも軽い感じで返されてしまった。
 
「でも、今まで連絡くれなかったことなんてないんです!」
「何の前触れもなく急に始まるものですよ。反抗期」
「ですが!」
 
 バンとテーブルを叩く沙都希に、まあまあとなだめるように手を振る元宮。
 
「もう少し様子を見ましょう」
「先生!」
「桐ケ谷さん。……これは教師として、ではなく、親としての助言です。桐ケ谷……由衣香さんが帰ってきたとき、あまり怒らないでやってください。理由も問い詰めない方がいいですよ」
 
 元宮は若く見えるが沙都希よりも年上で、中学生の娘がいると聞いたことがある。
 人生経験は上かもしれないが、親としての経験は自分の方が上なのにと思う沙都希。
 ただ、普通の親よりも自分が過保護だというのは自覚している。
 
「……無事に帰ってきてくれれば、私はそれでいいんです」
「クラスの連中にも、何か知らないかそれとなく聞いてみますよ」
 
 あまりにも軽い。
 沙都希はそう思った。
 高校生が一晩家に帰っていないという状況なのに、こんな悠長に構えていられるものなのだろうか。
 学校の先生とはいえ、他人事だからこんなことを言うのかもしれない。
 
 沙都希はこれ以上話したところで無駄だと感じ、立ち上がる。
 
「早朝からすいませんでした」
 
 軽く頭を下げて入口へと向かう。
 だが、ふとあることを思い出して、足を止める。
 
「あ、先生! 手芸部の顧問と部員の人にも話を聞きたいんですけど」
「……手芸部? そんな部、うちにはないですよ」
「……え?」
 
 どういうことかわからず、頭の中が真っ白になる沙都希であった。



 一方その頃、暁は駅で聞き込みをしていた。
 出勤や登校中の人に、由依香の写真を見せ、見た覚えがないかを聞いて回っている。
 もう、2時間近く聞き込みをしているが収穫はゼロだ。
 
 さすがに一人じゃ効率が悪いな。監視カメラでもあれば、いいんだけど……。
 
 暁は周りを見渡すが監視カメラが設置されていそうなところはない。
 強いて言えば、昨日、万引きの子供の件で来たコンビニがあるが、監視カメラは店内にしかないだろう。
 
 念のため、あとでコンビニに寄ってないか、監視カメラを見せてもらった方がいいかもな。
 
 そのとき、女子高生2人が暁の横を通り過ぎた。
 美流渡みると高校の制服だ。
 
「あ、すいません。ちょっといいかな? 警察なんだけど」
「はい?」
 
 暁の声に反応して立ち止まったのはギャルっぽい方だった。
 ギャルっぽい、やや茶髪っぽい子といかにも優等生という真面目そうな、アンバランスな2人だ。
 
「昨日の夕方以降、この子、見なかった?」
「いえ、知らないです」
 
 暁がスマホの画像を見せたが、すぐに真面目そうな女の子の方がやや早口で返答した。
 しかし。

「あれ? この子、あれじゃない? 噂の」

 もう一人のギャルっぽい方の女の子がスマホの画像を興味津々に見ながら言った。

「噂?」
「うん。パパ活してたって」
「え? パパ活? 嘘!? この子だよ? ホントに?」

 何度もスマホの画像を見る。
 そこには間違いなく由依香の画像が映し出されている。
 
「うん。間違いないと思うよ。学校で、結構、問題になったもんね」
「ちょっと! それ、言わないようにって言われてるでしょ!」
「あ、そうだった」
 
 真面目そうな女の子が顔をしかめながら、注意するようにギャルっぽい女の子に突っ込みを入れる。
 そう言われてギャルっぽい女の子が焦った様子を見せる。
 
「ちょちょちょ! 詳しく聞かせて!」
「すみません。学校、遅刻するんで」
「行こ行こ!」
 
 唖然とする暁をよそに、そそくさと歩き去っていく女子高生の2人。
 
「マジか……。見かけによらないな。桐ケ谷さんには黙っておこう……」
 
 そう呟きつつも、暁自身も信じられない気分だった。
 一度も会ったことはないが、沙都希の話を聞く限り、そんなことをするような印象は受けなかった。
 だが、親から見る娘の話ほど充てにならないことも知っている。
 
 それにしても、パパ活か……。恋愛トラブルの可能性も出て来たぞ。
 
 そのとき、手に持っていたスマホに着信が入った。
 安曇からだ。
 
「あ、いわさんっすか? 今、聞き込みしてるんすけど…」
「八神。すぐに戻って来い……」
「何かあったんすか?」
「……死体が見つかった」
「え?」
  
 暁の胸に嫌な予感が走り抜けていった。
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