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演じるということ
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「どうして私のためなんかに、そこまでしてくれるのですか?」
誰もいない教室の中で、私の声だけが響く。
なんか違う。
私のは単なる台詞だ。
だけど、舞台に出ているみんなはなんか違う。
台詞なのに、言葉だ。
そのキャラクターが話しているように感じる。
この差は一体なんだろう?
「どうして私のためなんかに、そこまでしてくれるのですか?」
もう一回、台詞を言ってみたけど、やっぱり違う。
そのとき、教室のドアがガラガラと開いた。
「やっぱり、葵の声だったかー」
「あ、沙也加……」
「お弁当を食べ終わってすぐに出て行ってからどうしたのかなーって思ってら、倉庫でなにしてんの?」
「あー、いや、ちょっと……」
ここは使われなくなった教室で、主に物置に使われている。
だから、生徒たちはここを倉庫って呼んでいるのだ。
「あれ? もしかして、舞台の台本?」
沙也加がパラパラと台本を開く。
「葵、もしかして演劇部に入ったとか?」
「違うよ。ちょっと知り合いにそれ貰ってさ、それで」
「ふーん。ん? これ、レッセプ?」
「沙也加、知ってるの?」
「今も激ハマり中―」
「そうなんだ」
「むむっ!」
沙也加のページをめくる手がピタリと止まる。
「どうしたの?」
「わかってない! この人、全然、わかってない!」
「え? なにが?」
「ソフィアはこんなしゃべりしないよ」
「そうなの?」
「そうだよ。ソフィアは思いを内に秘めるタイプだからさ、こんなに説明っぽいことしゃべらないから!」
「それは……舞台だからじゃない? 多少、説明っぽい台詞にしてるんじゃないかな?」
「それでキャラブレしたら意味ないしー」
「そういうもんなの?」
沙也加はページをめくるたびに、ドンドンと口が尖ってくる。
「書いてる人、全然、キャラ知らないね。絶対、エアプだよ」
「エアプ?」
「エアプレイ。つまり、ゲームやってないってこと」
「別に台本を書くのに、ゲームはプレイしなくてもいいんじゃないの?」
「何言ってるの! キャラを知らないのに、キャラを書けないでしょ」
確かに言われてみればそうだ。
私はプロが書いたものだから、そういうところはちゃんと書かれているものだと思い込んでいた。
「こりゃ、役者に期待するしかないねー」
「え? 役者? なんで?」
「役者がちゃんとキャラを掴んでアレンジしてくれるのを祈るばかりだよ」
「ちょっと待って、アレンジって? そんなことしていいの?」
「へ?」
「だって、台本があるんだよ? それ通りに演じないとダメなんじゃないの?」
「えーっとね、台本はあくまで話の流れを書いたものなんだよ。だから、それを役者の中で飲み込んで、そのキャラクターとして演じるのが役者なんだってさ」
「……へー。沙也加、演劇に詳しいの?」
「ううん。なんかの番組で見ただけ」
「……あ、そう」
テレビの受け売りか。
沙也加らしいっちゃらしいね。
……でも、確かに圭吾が通っている演劇トレーニングの講師が同じようなことを言っていたような気がする。
演じるんじゃなくて、その人間になるだって。
そのときの私は何を言ってるのかわからなかったけど、たぶん、そういうことなんだろう。
「台本に書いてあることをただ演じちゃダメなんだ……」
「オリジナルのお話ならそれでいいと思うけど、それでも、役者は自分でその人間を創るっていうよね」
「……そうなんだ」
そのとき、チャイムが鳴る。
「あ、やば。昼休み終わるよ。教室、戻ろ」
「うん」
……私はただ、台本の台詞を自然に言うことばかりを考えていた。
でも、自然っていうには、そのキャラクターを知らなくてはならない。
だって、台本の台詞自体が不自然だと沙也加が言っていたから。
「ねえ、沙也加。私もレッドレセプション、プレイしてみたいんだけど」
「お、いいね。じゃあ、後で入れてあげるね」
それからは、時間があるときはずっとレッセプをプレイした。
幸い、ソフィアはメインストーリーに出てくるキャラクターで、無料で入手できた。
そして、よく登場するから、なんとなくソフィアの性格がわかってきたのだ。
「ようやく俺の出番だな! 全員でかかって来い!」
夜の稽古場。
皆川さんが声を張り上げる。
ビリビリとその場の空気が震えた。
凄い発声量。
ここまで声を出せるなんて凄い。
さすが舞台役者だ。
……でも。
ビリーはこんなふうに言わない。
ビリーというキャラはソフィアと同じように口数が少ない。
お互いがそんなんだから、ビリーとソフィアはすれ違ってばかり。
だけど、似た者同士だから惹かれ合った。
それがゲームでの2人だった。
恥ずかしいけど、私はゲームをプレイしながら思わず泣いてしまった。
そのくらい、キャラクターがしっかりと作られているゲームだったのだ。
なのに……。
沙也加が台本を見て、口を尖らせた気持ちがわかった。
「ごめんね、赤井さん。今日もソフィア役をお願いできるかな?」
「は、はい!」
最近はミーナさんが忙しいらしく、ほとんど稽古に来ていない。
もう、本番まで2ヶ月を切っているのに。
だから、ピンチヒッターとして、私が代わりに演じることが多い。
「じゃあ、シーン8から」
高尾さんが指示出しをする。
そう言えば、監督はほとんど練習に顔を出すことはない。
なんでも、ほぼ名前を貸す程度だということらしい。
麗香さんの話では、このメンバーなら力を入れる気にならないんだと思うとのことだ。
「ソフィアの台詞からね」
「はい」
このシーンは魔物に襲われていたソフィアを、ビリーがボロボロになってでも助けたという場面だ。
私は深呼吸をして、目を瞑る。
……ソフィアになる。
なりきる。
ソフィアなら、きっとこう言うはずだ。
「なんのつもりですか?」
こんなセリフは台本に無い。
でも、ソフィアは初めて会った人にそうそう気は許さないはずだ。
ビリー役の皆川さんが一瞬、目を大きく開いたが、すぐに一瞬だけ笑った。
「……やりたいようにやった。それだけだ」
この台詞もビリーの台詞にはない。
私の……ソフィアの問いへの答えだ。
「なんのためです?」
「さあな」
「助けられても、困ります」
ここの台詞は、本当は「どうして私のためなんかに、そこまでしてくれるのですか?」だ。
「気まぐれだ。気にするな」
ここで「ありがとうございます」という流れになっている。
だけど、ソフィアは言葉よりも態度で示す。
私は座り込んでいるビリーの前に片膝を付く。
そして、回復魔法の詠唱を始める。
すると、突然、周りから拍手が巻き起こったのだった。
誰もいない教室の中で、私の声だけが響く。
なんか違う。
私のは単なる台詞だ。
だけど、舞台に出ているみんなはなんか違う。
台詞なのに、言葉だ。
そのキャラクターが話しているように感じる。
この差は一体なんだろう?
「どうして私のためなんかに、そこまでしてくれるのですか?」
もう一回、台詞を言ってみたけど、やっぱり違う。
そのとき、教室のドアがガラガラと開いた。
「やっぱり、葵の声だったかー」
「あ、沙也加……」
「お弁当を食べ終わってすぐに出て行ってからどうしたのかなーって思ってら、倉庫でなにしてんの?」
「あー、いや、ちょっと……」
ここは使われなくなった教室で、主に物置に使われている。
だから、生徒たちはここを倉庫って呼んでいるのだ。
「あれ? もしかして、舞台の台本?」
沙也加がパラパラと台本を開く。
「葵、もしかして演劇部に入ったとか?」
「違うよ。ちょっと知り合いにそれ貰ってさ、それで」
「ふーん。ん? これ、レッセプ?」
「沙也加、知ってるの?」
「今も激ハマり中―」
「そうなんだ」
「むむっ!」
沙也加のページをめくる手がピタリと止まる。
「どうしたの?」
「わかってない! この人、全然、わかってない!」
「え? なにが?」
「ソフィアはこんなしゃべりしないよ」
「そうなの?」
「そうだよ。ソフィアは思いを内に秘めるタイプだからさ、こんなに説明っぽいことしゃべらないから!」
「それは……舞台だからじゃない? 多少、説明っぽい台詞にしてるんじゃないかな?」
「それでキャラブレしたら意味ないしー」
「そういうもんなの?」
沙也加はページをめくるたびに、ドンドンと口が尖ってくる。
「書いてる人、全然、キャラ知らないね。絶対、エアプだよ」
「エアプ?」
「エアプレイ。つまり、ゲームやってないってこと」
「別に台本を書くのに、ゲームはプレイしなくてもいいんじゃないの?」
「何言ってるの! キャラを知らないのに、キャラを書けないでしょ」
確かに言われてみればそうだ。
私はプロが書いたものだから、そういうところはちゃんと書かれているものだと思い込んでいた。
「こりゃ、役者に期待するしかないねー」
「え? 役者? なんで?」
「役者がちゃんとキャラを掴んでアレンジしてくれるのを祈るばかりだよ」
「ちょっと待って、アレンジって? そんなことしていいの?」
「へ?」
「だって、台本があるんだよ? それ通りに演じないとダメなんじゃないの?」
「えーっとね、台本はあくまで話の流れを書いたものなんだよ。だから、それを役者の中で飲み込んで、そのキャラクターとして演じるのが役者なんだってさ」
「……へー。沙也加、演劇に詳しいの?」
「ううん。なんかの番組で見ただけ」
「……あ、そう」
テレビの受け売りか。
沙也加らしいっちゃらしいね。
……でも、確かに圭吾が通っている演劇トレーニングの講師が同じようなことを言っていたような気がする。
演じるんじゃなくて、その人間になるだって。
そのときの私は何を言ってるのかわからなかったけど、たぶん、そういうことなんだろう。
「台本に書いてあることをただ演じちゃダメなんだ……」
「オリジナルのお話ならそれでいいと思うけど、それでも、役者は自分でその人間を創るっていうよね」
「……そうなんだ」
そのとき、チャイムが鳴る。
「あ、やば。昼休み終わるよ。教室、戻ろ」
「うん」
……私はただ、台本の台詞を自然に言うことばかりを考えていた。
でも、自然っていうには、そのキャラクターを知らなくてはならない。
だって、台本の台詞自体が不自然だと沙也加が言っていたから。
「ねえ、沙也加。私もレッドレセプション、プレイしてみたいんだけど」
「お、いいね。じゃあ、後で入れてあげるね」
それからは、時間があるときはずっとレッセプをプレイした。
幸い、ソフィアはメインストーリーに出てくるキャラクターで、無料で入手できた。
そして、よく登場するから、なんとなくソフィアの性格がわかってきたのだ。
「ようやく俺の出番だな! 全員でかかって来い!」
夜の稽古場。
皆川さんが声を張り上げる。
ビリビリとその場の空気が震えた。
凄い発声量。
ここまで声を出せるなんて凄い。
さすが舞台役者だ。
……でも。
ビリーはこんなふうに言わない。
ビリーというキャラはソフィアと同じように口数が少ない。
お互いがそんなんだから、ビリーとソフィアはすれ違ってばかり。
だけど、似た者同士だから惹かれ合った。
それがゲームでの2人だった。
恥ずかしいけど、私はゲームをプレイしながら思わず泣いてしまった。
そのくらい、キャラクターがしっかりと作られているゲームだったのだ。
なのに……。
沙也加が台本を見て、口を尖らせた気持ちがわかった。
「ごめんね、赤井さん。今日もソフィア役をお願いできるかな?」
「は、はい!」
最近はミーナさんが忙しいらしく、ほとんど稽古に来ていない。
もう、本番まで2ヶ月を切っているのに。
だから、ピンチヒッターとして、私が代わりに演じることが多い。
「じゃあ、シーン8から」
高尾さんが指示出しをする。
そう言えば、監督はほとんど練習に顔を出すことはない。
なんでも、ほぼ名前を貸す程度だということらしい。
麗香さんの話では、このメンバーなら力を入れる気にならないんだと思うとのことだ。
「ソフィアの台詞からね」
「はい」
このシーンは魔物に襲われていたソフィアを、ビリーがボロボロになってでも助けたという場面だ。
私は深呼吸をして、目を瞑る。
……ソフィアになる。
なりきる。
ソフィアなら、きっとこう言うはずだ。
「なんのつもりですか?」
こんなセリフは台本に無い。
でも、ソフィアは初めて会った人にそうそう気は許さないはずだ。
ビリー役の皆川さんが一瞬、目を大きく開いたが、すぐに一瞬だけ笑った。
「……やりたいようにやった。それだけだ」
この台詞もビリーの台詞にはない。
私の……ソフィアの問いへの答えだ。
「なんのためです?」
「さあな」
「助けられても、困ります」
ここの台詞は、本当は「どうして私のためなんかに、そこまでしてくれるのですか?」だ。
「気まぐれだ。気にするな」
ここで「ありがとうございます」という流れになっている。
だけど、ソフィアは言葉よりも態度で示す。
私は座り込んでいるビリーの前に片膝を付く。
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