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マネージャーとしての決意

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 正直、その日もどうやって帰ったかはあまり覚えてない。
 
 ……最近、こういうことが多い気がする。
 
 家に帰ってそのまま部屋へ直行。
 雑に服を脱いでスエットに着替えてベッドの中に潜り込む。
 
 ドアの外からお母さんに話しかけられるが、「今日はメチャクチャ疲れた」と言って誤魔化した。
 
 布団の中で一息を付くが、まるで夢の中にいるかのような感覚だった。
 
 もちろん、それは夢見心地という嬉しい気持ちも入っていたけど、信じられないという感覚の方が大きい。
 理解に気持ちが追い付かない。
 というより、防衛本能が働いて気持ちをマヒさせているのかも。
 
 だって、冷静になって状況を考えたらおかしくなってもおかしくない。
 もう、自分で何を考えているのかすらわからなくなってきている。
 
 だってだって。
 
 人気急上昇中のアイドルに告白されたんだよ?
 
 こんなの卒倒もんだよ。
 普通なら、考えるまでもなく、2つ返事でOKを出すだろう。
 
 じゃあ、なんでOKを出さなかったのか。
 あの場では感覚的に返事をしなかったけど、改めて、落ち着いて考えてみよう。
 
 それにはまず、お兄ちゃんの存在が大きいと思う。
 推しアイドルの圭吾であり、私の義理のお兄ちゃんだ。
 
 ……お兄ちゃんが好きだから、盛良くんとは付き合えない?
 
 ううん。
 それはきっと違う。
  
 お兄ちゃんに対しての感情はあくまで好きであって恋じゃない。
 好きであることと付き合うと言うことは別の感情だと思う。
 
 ……じゃあ、盛良くんに対しての感情も、好きであって恋じゃない?
 
 贅沢だけど。
 正直にいうと、たぶん、そういう部分もある。
 
 盛良くんは私にとってアイドルであって、身近な存在に思えないのかもしれない。
 アイドルと付き合うなんて、普通の女子高生は、想像はできても実際に付き合えるかと問われれば、それはまた別問題だろう。
 言ってしまえば、尻ごみしているって感じかな。
 
 はあー……。
 チキンだなぁ、私は。
 
 でも、やっぱり私の中にある一番大きいものは別にある。
 
 マネージャー。
 
 勢いとなし崩し的に始めたマネージャーだったけど、今はちょっと楽しくなってきている。
 今まで私にはやりたいこと、なんてなかった。
 バイトしてお金を貯めて、ケモメンのライブに行く。
 これくらいしか、生活の目的がなかった。
 
 だけど、今はケモメンのマネージャーとして、麗香さんやメンバーのみんなに必要とされている。
 今まで私は人に必要と思われることなんてなかったのかもしれない。
 だから、なんていうか、今はすごく充実している。
 
 あれだけ嫌いだった勉強だって、マネージャーを続けるためだったらできる。
 寝不足でフラフラしてても授業をサボったりしない。
 
 今、私からマネージャーという立場をとられてしまったら、私はきっと抜け殻になってしまう。
 
 ……だから、盛良くんとは付き合えない。
 
 そう。
 マネージャーとして、メンバーと付き合うなんて最低の行為だ。
 麗香さんや圭吾、望亜くん、ファンのみんなに対しての裏切りになる。
 
 今は恋愛よりもマネージャーとしての仕事を優先したい。
 
 ようやく気持ちの整理をつけることができた。
 
 結構、無理やりだけど。
 でも、漠然とした気持ちで盛良くんと接するのは、盛良くんに対しても失礼だ。
 
 だから、ちゃんと盛良くんにはこの気持ちを伝えよう。
 
 答えが出て気持ちが落ち着いたのか、急に眠くなってくる。
 スマホを手に取り、時刻を見たら朝の4時だった。
 
 ヤバい。
 あと5時間も寝られない。
 
 私はスマホのアラームをセットして、目を瞑ったのだった。
 
 
 
「うっ、くふ……」
 
 顔を手で抑えて、無理やり欠伸をかみ殺す。
 
 その場には役者の人たちだけじゃなく、多くのスタッフさんもいる。
 こんなところで、呑気に欠伸なんてしていたら、圭吾の印象が悪くなってしまう。
 
 私は圭吾のマネージャーなんだからしっかりしないと。
 二の腕をギュッとつねる痛みで気合を入れる。
 素人の私が、圭吾のためになにかできることはないのかもしれない。
 だけど、これから圭吾がどんなことをするのか、どんな人たちと仕事をするのかだけでもしっかりと見て、覚えておかなければならない。
 
 もしかしたら、私にも何かできることがあるかもしれないんだから。
 
「小突いてあげようと思ったけど、その必要はなさそうね」
 
 隣にいる麗香さんがにこりと微笑む。
 
「少しはマネージャーっぽい顔つきになってきたわね」
「そ、そうですか?」
「……今、得意げな顔になったから、減点ね」
「そんな~」
 
 麗香さんはうまい具合にアメとムチを使い分けてくれる。
 私のテンションを上げてくれるのも、気を引き締めてくれるのも上手い。
 
 ……私、完全に手玉に取られてる?
 
 でも、まあ、百戦錬磨の麗香さんが相手なら仕方ないだろう。
 
「それじゃ、監督も到着しましたので、顔合わせもかねて説明を始めます」
 
 スタッフさんの一言で、現場がビリっと引き締まった。
 
 今回は有名なソシャゲの舞台化だ。
 圭吾は主役じゃないけれど、見せ場のある台詞の多い役みたい。
 主役じゃないことに、私は最初残念がったけど、麗香さんは出来すぎだと喜んでいた。
 
 活動の幅を広げるため、圭吾はこれから毎日、演技の勉強会に参加するらしい。
 
 うーん。
 アイドルも色々と大変だなぁ。

 なんて思ってたら、「もちろん、赤井ちゃんも付き添うのよ」と言われてしまった。
 
 そりゃそうだよね。
 マネージャーだもん。
 
 私もなるべくスタッフさんや役者さんの人の顔を覚えようと必死に、目と脳を動かしてメモリの少ない頭に頑張ってインプットさせていく。
 
 麗香さんは練習に参加していくうちに覚えるから大丈夫と言っていたが、もし、違う場所で会った時に「はじめまして」なんて、絶対に言うことは許されない。
 せめて、会ったことの、ある、ないはだけでもしっかりと覚えておかなくっちゃ。
 
 そうしているうちに、説明も終わり、その日は解散となる。
 どうやら、今日は単なる顔合わせだったらしい。
 
 一気に、その場の緊張が解け、空気が緩くなる。
 私もホッと一息をついた。
 
 その時だった。
 いきなり後ろから、ガバっと抱き着かれた。
 
「あなたが、赤井ちゃん!? 初めまして、会いたかったんだよー」
 
 ビックリしながらも、横を向く。
 私に抱き着いてきたのは可愛らしい、女の子だった。
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