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由依香さんの過去
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若い刑事さんの名前は八神暁で、数年前に由依香さんが関係した事件を担当したらしい。
八神さんにとっては初めての大きくて印象的な事件だったようだ。
ただ、事件の性質上、世間ではあまり騒がれなかった事件とのこと。
なので、調べても由依香さんの事件は出て来ないんだとか。
少なくとも、当時、由依香さんは未成年であったことから、名前は世間には一切出ていない。
「その事件で、由依香さんは家族を得ると同時に失ったんす」
「えっと、それって……?」
「……由依香さんには妹がいたんすけど、その事件で亡くなったんす」
「……」
「由依香さんはそのことをずっと悔やんでいるっす。守ることができなかったって。今も、ずっとね」
あのとき。
由依香さんが私を守ってくれたとき。
震える声で由依香さんはこう言っていた。
「……亜里沙ちゃん。今度は守るから……」
きっと、亜里沙って人が妹さんだったんだろう。
そこで八神さんはため息交じりに大きく息を吐いた。
「けど、あの当時、由依香さんがあの子を守るなんてことは不可能だった。……いや、由依香さんだけじゃない。他の誰も。唯一、止めることができたのは犯人だけだった……。それでも由依香さんはずっと、自分を責め続けている」
あの瞬間、由依香さんは救えなかった妹と私を重ねた。
だから咄嗟に今度は守るとつぶやいたのだろう。
「あの……その妹さんと、私ってそんなに似てたんですか?」
「いや、全然っす。共通点を見つける方が難しいっすね」
八神さんが苦笑いを浮かべた。
そして、腕を組んで、少しだけ迷ったように上を向いた後、私の方に顔を向ける。
「そもそも、由依香さんは一度も妹さんに会ってないっす。それどころか、顔すら見たことないはずっすね」
「会ったことも、見たこともないってことですか?」
「……由依香さんがその子の存在を知ったのは、その子が死んでからっす。だから守ることなんて絶対に不可能だったんすよ」
すると、それまでずっと沈黙していた盛良くんが口を開いた。
「全然、わからねー。ちゃんと説明してくれよ」
「あー、いや、自分から話し出しておいて、すいませんっす。事件のことはあまり話せないっすよ。言えることは2つ。由依香さんには妹がいて、由依香さんはその妹の死を自分のせいだと思っている」
「会ったこともない人なのに、なんで、由依香さんは自分のせいだと思っているんですか?」
「由依香さんは愛されていた。そして、妹は愛されていなかった。そのせいで妹は死ぬことになった。……もし、自分が愛されない側だったら、妹は死ななかった……」
「え? でも、そんなのって……」
「どう考えても、由依香さんのせいじゃないっす。でも、由依香さんは何もできなかった自分を今でも責め続けている。たとえ、意味がないことでも」
きっとそこには理屈は関係ない。
感情論だからこそ、整理がつけられないんだろう。
「でも、どうして私だったんですか? 妹さんと共通点はないんですよね?」
「これは由依香さんの言動からの推測っすけど……。おそらく葵さんが理想の妹像だったんだと思うっす」
「理想……。由依香さんの、ですか?」
「由依香さんがよく言ってたんっす。凄くいい子に出会えた。きっと妹ってああいう子みたいなんだろうって」
「それで、私と妹さんを重ねたってことですか?」
「そういうことっすね」
八神さんが嬉しそうに笑う。
「こんなこと、俺が言うのも変なんすけど……」
一回、咳ばらいをしてから姿勢を正す。
そして、座った状態で頭を下げた。
「改めて、お礼を言わせてほしいっす。ありがとうございました」
「……え?」
「そこが、最初に繋がるってことだろ? 由依香さんの重荷が軽くなったって」
「そうっす。由依香さんは葵さんを守ることで、疑似的とは言え、妹を守れたんす。あの事件から、由依香さんの笑顔が明るくなったっす。それは、きっと、少しだけ自分を許せたってことだと思うっす」
話はなんとなくわかったけど、なんだかむず痒い。
私からしてみれば、助けられた上に感謝されている。
本来、守ってもらったことに感謝するのは私の方なのに。
「で、あの……。自分勝手なことで申し訳ないんすけど、これからも由依香さんとの交流を続けて欲しいっす」
「え? あ、はい。それはもちろん……」
「それと、その……。一回でいいんで……由依香さんを……お姉ちゃんと呼んであげてくれないっすか?」
恥ずかしそうに八神さんが言った。
赤の他人がそんなことを頼むのは、確かに変だ。
でも、私は元々、由依香さんのことをお姉ちゃんのような人だと思っていた。
だから……。
「わかりました。ありがとう、お姉ちゃんってお礼を言いたいと思います」
「……ありがとう。感謝するっす」
もう一度、頭を下げた八神さんは少しだけ涙ぐんでいた。
警察署を出るとき、八神さんから交通費と謝礼と言うことで一万円の入った封筒を渡された。
謝礼と言われても、私たちは全然事件のことを話していない。
というか、事情聴取をされなかったんだけど、よかったんだろうかと心配になった。
もしかしたら、由依香さんや麗香さんからほとんど、事情を聞いているのかもしれない。
「重いもん、背負ってるんだな。……由依香さん」
隣を歩く盛良くんがぽつりと言う。
「……そう、ですね」
それからしばらく沈黙が続く。
なんとなく重い雰囲気。
そこで明るい話題に切り替える。
「でも、私、妹ポジションになったんで、これからガンガン、盛良くんのフォローができますよ」
「……あー、その件だけど。もういい」
「え?」
「お前は由依香さんに、普通に接してくれ」
「でも……」
盛良くんが深いため息をついた。
「俺さ……。ずっとモヤモヤしてたんだ。……この気持ちは本当に恋なのかって」
「……」
「でも、今日、あの刑事の話を聞いてわかったんだ。由依香さんへの気持ちは恋じゃなくて……憧れだったんだって」
そういえば、萌さんも同じことを言っていた。
盛良くんの由依香さんへの思いは憧れだと。
「だからさ、もう俺と由依香さんの恋を応援してくれなくていい」
「……そう、ですか」
それはそれでなんか寂しい。
盛良くんのためになにかするっていうのは、ワクワクして嬉しかったのに。
ふと、盛良くんが足を止めた。
もちろん、私も立ち止まる。
「どうしたんですか?」
「……俺、好きな奴が出来たんだ。……今度はそいつとの仲を取り持ってくれないか?」
「え? いいですけど……誰ですか?」
すると突然、盛良くんがキスしてきた。
――私に。
そして、笑顔を浮かべて言った。
「お前」
八神さんにとっては初めての大きくて印象的な事件だったようだ。
ただ、事件の性質上、世間ではあまり騒がれなかった事件とのこと。
なので、調べても由依香さんの事件は出て来ないんだとか。
少なくとも、当時、由依香さんは未成年であったことから、名前は世間には一切出ていない。
「その事件で、由依香さんは家族を得ると同時に失ったんす」
「えっと、それって……?」
「……由依香さんには妹がいたんすけど、その事件で亡くなったんす」
「……」
「由依香さんはそのことをずっと悔やんでいるっす。守ることができなかったって。今も、ずっとね」
あのとき。
由依香さんが私を守ってくれたとき。
震える声で由依香さんはこう言っていた。
「……亜里沙ちゃん。今度は守るから……」
きっと、亜里沙って人が妹さんだったんだろう。
そこで八神さんはため息交じりに大きく息を吐いた。
「けど、あの当時、由依香さんがあの子を守るなんてことは不可能だった。……いや、由依香さんだけじゃない。他の誰も。唯一、止めることができたのは犯人だけだった……。それでも由依香さんはずっと、自分を責め続けている」
あの瞬間、由依香さんは救えなかった妹と私を重ねた。
だから咄嗟に今度は守るとつぶやいたのだろう。
「あの……その妹さんと、私ってそんなに似てたんですか?」
「いや、全然っす。共通点を見つける方が難しいっすね」
八神さんが苦笑いを浮かべた。
そして、腕を組んで、少しだけ迷ったように上を向いた後、私の方に顔を向ける。
「そもそも、由依香さんは一度も妹さんに会ってないっす。それどころか、顔すら見たことないはずっすね」
「会ったことも、見たこともないってことですか?」
「……由依香さんがその子の存在を知ったのは、その子が死んでからっす。だから守ることなんて絶対に不可能だったんすよ」
すると、それまでずっと沈黙していた盛良くんが口を開いた。
「全然、わからねー。ちゃんと説明してくれよ」
「あー、いや、自分から話し出しておいて、すいませんっす。事件のことはあまり話せないっすよ。言えることは2つ。由依香さんには妹がいて、由依香さんはその妹の死を自分のせいだと思っている」
「会ったこともない人なのに、なんで、由依香さんは自分のせいだと思っているんですか?」
「由依香さんは愛されていた。そして、妹は愛されていなかった。そのせいで妹は死ぬことになった。……もし、自分が愛されない側だったら、妹は死ななかった……」
「え? でも、そんなのって……」
「どう考えても、由依香さんのせいじゃないっす。でも、由依香さんは何もできなかった自分を今でも責め続けている。たとえ、意味がないことでも」
きっとそこには理屈は関係ない。
感情論だからこそ、整理がつけられないんだろう。
「でも、どうして私だったんですか? 妹さんと共通点はないんですよね?」
「これは由依香さんの言動からの推測っすけど……。おそらく葵さんが理想の妹像だったんだと思うっす」
「理想……。由依香さんの、ですか?」
「由依香さんがよく言ってたんっす。凄くいい子に出会えた。きっと妹ってああいう子みたいなんだろうって」
「それで、私と妹さんを重ねたってことですか?」
「そういうことっすね」
八神さんが嬉しそうに笑う。
「こんなこと、俺が言うのも変なんすけど……」
一回、咳ばらいをしてから姿勢を正す。
そして、座った状態で頭を下げた。
「改めて、お礼を言わせてほしいっす。ありがとうございました」
「……え?」
「そこが、最初に繋がるってことだろ? 由依香さんの重荷が軽くなったって」
「そうっす。由依香さんは葵さんを守ることで、疑似的とは言え、妹を守れたんす。あの事件から、由依香さんの笑顔が明るくなったっす。それは、きっと、少しだけ自分を許せたってことだと思うっす」
話はなんとなくわかったけど、なんだかむず痒い。
私からしてみれば、助けられた上に感謝されている。
本来、守ってもらったことに感謝するのは私の方なのに。
「で、あの……。自分勝手なことで申し訳ないんすけど、これからも由依香さんとの交流を続けて欲しいっす」
「え? あ、はい。それはもちろん……」
「それと、その……。一回でいいんで……由依香さんを……お姉ちゃんと呼んであげてくれないっすか?」
恥ずかしそうに八神さんが言った。
赤の他人がそんなことを頼むのは、確かに変だ。
でも、私は元々、由依香さんのことをお姉ちゃんのような人だと思っていた。
だから……。
「わかりました。ありがとう、お姉ちゃんってお礼を言いたいと思います」
「……ありがとう。感謝するっす」
もう一度、頭を下げた八神さんは少しだけ涙ぐんでいた。
警察署を出るとき、八神さんから交通費と謝礼と言うことで一万円の入った封筒を渡された。
謝礼と言われても、私たちは全然事件のことを話していない。
というか、事情聴取をされなかったんだけど、よかったんだろうかと心配になった。
もしかしたら、由依香さんや麗香さんからほとんど、事情を聞いているのかもしれない。
「重いもん、背負ってるんだな。……由依香さん」
隣を歩く盛良くんがぽつりと言う。
「……そう、ですね」
それからしばらく沈黙が続く。
なんとなく重い雰囲気。
そこで明るい話題に切り替える。
「でも、私、妹ポジションになったんで、これからガンガン、盛良くんのフォローができますよ」
「……あー、その件だけど。もういい」
「え?」
「お前は由依香さんに、普通に接してくれ」
「でも……」
盛良くんが深いため息をついた。
「俺さ……。ずっとモヤモヤしてたんだ。……この気持ちは本当に恋なのかって」
「……」
「でも、今日、あの刑事の話を聞いてわかったんだ。由依香さんへの気持ちは恋じゃなくて……憧れだったんだって」
そういえば、萌さんも同じことを言っていた。
盛良くんの由依香さんへの思いは憧れだと。
「だからさ、もう俺と由依香さんの恋を応援してくれなくていい」
「……そう、ですか」
それはそれでなんか寂しい。
盛良くんのためになにかするっていうのは、ワクワクして嬉しかったのに。
ふと、盛良くんが足を止めた。
もちろん、私も立ち止まる。
「どうしたんですか?」
「……俺、好きな奴が出来たんだ。……今度はそいつとの仲を取り持ってくれないか?」
「え? いいですけど……誰ですか?」
すると突然、盛良くんがキスしてきた。
――私に。
そして、笑顔を浮かべて言った。
「お前」
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