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綺麗な星空

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「ごめん。今日はこの後、ちょっと寄りたいところがあるから」
 
 水族館を回り終わった後、18時になっていたので、何かご飯でも食べようという話になった。
 考えてみれば、お昼もカラオケで少しおつまみみたいなものを食べただけだから、結構お腹が減っていた。
 ここは前もって、盛良くんに話していた流れで、既に行く場所は決めてある。
 で、そんなときに萌さんが帰ると言ったのだ。
 
 もちろん、用事があるというのは嘘であることは聞いてある。
 つまりは盛良もりよしくんと由依香ゆいかさんの距離を近づけようという作戦の内だ。
 
 本当は私も一緒に帰ると言って、もえさんと一緒にご飯を食べたいと思っていたけど、それは前もって萌さんに止められた。
 というのも、ここで私も帰るとなるとそのままお開きになる可能性があるからだ。
 だから、萌さんには残ってご飯までは付き合うように、と助言を受けていた。
 
 しかも、先に私が抜けた場合、やっぱり萌さんが帰ると言ったときに由依香さんも帰ると言う可能性が高くなるから、先に萌さんが帰ることに意味があるんだとか。
 
 本当に萌さんは恋のキューピットとしての腕前は凄い。
 
 ご飯を食べ終わった後は、19時か20時近くになるので、それからは盛良くんに由依香さんを送らせるという流れになっている。
 ここで2人きりになれるので、あとは盛良くん次第だ。
 
 今日で距離が近くなれば、この後は盛良くんの方でデートに誘うこともできるようになるはず。
 
「由依香、そのお店が美味しかったら、今度2人で行こうね」
「うん」
 
 萌さんは最後まで完璧だった。
 こう言うことで、由依香さんが帰ると言い出さないように念を押したわけである。
 
 うーん。凄いなぁ。
 
 私たちが予約しておいた鍋の店に向う。
 これはそれぞれ別々のものを食べるより、一緒の物を食べることで一体感を演出しようという狙いがあった。
 
 そして、その狙いは成功した……と思う。
 由依香さんは上機嫌な気がしたし、なにより「なんか、家族でお鍋してるみたいだね」なんて言葉も出てきた。
 
 盛良くんは夫婦と言って欲しいみたいだったけど、私がいたから、それは仕方ないと思う。
 
 そのお店でも盛良くんと由依香さんはすごくたくさん話していた。
 大学のこととか、最近のニュースこととか、テレビ番組のこととか、色々。
 
 私も話に入りたくなったけど、あれだけ萌さんが頑張っていたのに、ここで私が台無しにしたらダメだと思って、我慢した。
 
 ううー。話をしたいのに話せないって、結構ストレス溜まるんだなぁ。
 帰ったら、お兄ちゃんといっぱい話そうっと。
 
 鍋を食べ終わり、時間は20時近く。
 まだ、もう1つくらい行ける場所はあると思うけど、あまり由依香さんを連れまわしてもマイナスのイメージになっちゃう。
 盛良くんに誘われたら、遅くまで帰れないなんて思われたら、今後、誘い乗ってくれるハードルが高くなってしまう。
 
 あとは、盛良くんが由依香さんを家に送っていくまでの時間で勝負をかけてもらうしかない。
 
 ……なんて思っていたら。
 
「ねえ、もう少しだけ付き合ってくれないかな?」
 
 なんと由依香さんの方から誘ってきたのだ。
 その言葉に私と盛良くんは顔を見合わせてしまった。
 
 もしかしたら、今日で付き合うまで行けるかもしれない。
 となると、私は完全に邪魔ものだ。
 帰るタイミングはここしかない。
 
あおいちゃんもいい?」
 
 帰ると言おうとした瞬間、私も誘われてしまった。
 私の隣にいる盛良くんを見ると、がっくりと肩を落としている。
 
「はい。大丈夫ですよ」
 
 帰った方がいいのかな、って思ったけど、もし私が帰ると言って「じゃあ、今度にしようかな」なんて言われてしまったら元もこうもなくなってしまう。
 
 由依香さんに連れられたところはビルの屋上にあるテラスだった。
 時期的に、そろそろ休業に入るところらしく、その前に来ておきたかったらしい。
 
「ごめんね。……ちょっと寒いかな?」
「そんなことないですよ」
「そうそう。鍋食って、少し体が熱かったから、ちょうどよかったよ」
「ありがと」
 
 由依香さんがはにかむ。
 その表情は可愛らしくて、大人っぽくて、綺麗だった。
 思わず私は由依香さんに見惚れてしまう。
 
 そして、もちろん、盛良くんも見惚れて……というより呆けている感じになっている。
 
「ここね。すごく星が綺麗に見えるんだ」
 
 そう言って、由依香さんが空を指差す。
 その指につられて私たちは空を見上げた。
 
 そこは満点の星空が広がっている。
 その星が凄く近く見える。
 手を伸ばせば、届きそうなほどに。
 
「綺麗……ですね」
「……すげーな」
 
 2人とももう少し気の利いたことを言えたらよかったんだけど、咄嗟のことだったので仕方ないと思う。
 
「今日は誘ってくれて、ありがとうね」
「え? あ、はい。っていうより、私の方がお礼を言う方っていうか……」
「ううん。私だよ。お礼を言うのは」
「……」
 
 私も盛良くんも沈黙してしまう。
 なんていうか、由依香さんが少しだけ、寂しそうな顔をしていたから。
 
「私ね、妹がいたんだけど……。なにもできなかったんだ。守ってあげることができなかった」
 
 確か、前にも妹という単語が出てきた気がする。
 あのときは何て言ってたんだっけ?
 
「あの子を……もっと、色々楽しい場所に連れて行きたかった。人生って楽しいんだよって、教えたかった……」
「由依香さん……」
「ごめんね、葵ちゃん。葵ちゃんをその妹を重ねてたんだと思う」
「べ、別にそれは構いませんよ。というより、これからも私は由依香さんをお姉ちゃんって思いたいです」
「……ありがとう」
 
 ポロリと一筋の涙が由依香さんの頬を伝って落ちる。
 
 きっと、由依香さんは私が思うよりももっと重い物を抱えているのかもしれない。
 そんな由依香さんに、私が掛けられるような言葉は見当たらなかった。
 
 でも、そんな重い雰囲気を変えるために、盛良くんが口を開こうとした瞬間だった。
 
「きゃあああああ!」
 
 女の人の悲鳴が響き渡ったのだった。
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