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逆転

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望亜のあ、どういうことなの?」
 
 麗香れいかさんが望亜くんの方を向いて、首を傾げる。

「2日、待ってて」
「2日も? でも、すぐに謝罪に行かないと」
「僕を信じて」
「……」
 
 望亜くんがここまで自己主張をするのは珍しい。
 だから麗香さんも困惑しているようだった。

「いいんじゃねーの。何か考えがあるんだろ」
「こういう場合、初動は大事なのよ」
「だからだろ」
「え?」
「今、謝りに行けば、負けを認めることになる」
「……」
 
 盛良もりよしくんの言葉に、麗香さんが腕を組みながら目を瞑って、考え事をしている。
 ここで対応をしくじれば、ケモメンが終わる可能性も高いはず。

「麗香さん。私、訴えられても大丈夫ですから」
 
 後押しするために言ったはずの言葉は震えてしまい、返って不安を感じさせてしまったかもしれない。
 そんな私の肩を抱き寄せてくれる圭吾けいご
 こうしてくれるだけで、安心できる。
 
 そして、絶対にケモメンを潰したくない、潰させないという気持ちが高まっていく。

「ダメだったとしても、最初からやり直せばいいよ。時間がかかるかもしれないけど、それでもファンはわかってくれるんじゃないかな」
 
 その圭吾の言葉に後押しされたのか、麗香さんが目を開く。
 決意が固まったような目だった。

「望亜、任せたわよ」
「うん」
 
 麗香さんの言葉に、望亜くんが無表情で頷いたのだった。

 
 
 それから2日間は本当に長く感じた。
 
 SNSやメディア、そしてあの掲示板でさえ、ケモメンを叩き始めた。
 そして、その半分くらいがマネージャーである私に向いている。
 
 ケモメンが解散したら、赤井あかいのせいだ。
 早く出てきて謝罪しろ。
 そもそもこんな非常識がマネージャーをやっているのがおかしい、などなど。
 
 叩かれに叩かれまくった。
 
 炎上するってこういうことなんだと、嫌というほど実感した。
 
 ネット上なのに、悪意を向けられる怖さ。
 危害を加えるなんて書かれた日には、本当にやってくるんじゃないかと思って、怖くて家を出られなかった。
 
 もちろん、学校は休んだ。
 お兄ちゃんには風邪を引いたと嘘を付いて。
 
 そして、そんな仮病を使う私を必死に看病するお兄ちゃん。
 いつもなら、鼻血が出るくらい嬉しいんだろうけど、逆に嫌悪感が2倍になった感じがする。
 
 そして、望亜くんとの約束の日。
 
 望亜くんの言う通り、今回の騒動は沈静化した。
 いや、見事に世間の反応がひっくり返ったと言った方が正しいだろう。
 
「半信半疑だったけど……凄い威力ね」
「やるじゃん、望亜」
「まさか、望亜があんなことしてるなんて、思いもしなかったよ」
 
 望亜くんを囲んで、麗香さんや盛良くん、圭吾が絶賛する。
 それもそのはず。
 望亜くんが打った一手はまさに起死回生のものだったのだ。
 
「ありがとう、望亜くん!」
 
 思わず、望亜くんに抱き着いてしまう。
 それくらい、嬉しかった。
 
「……別に」
 
 そう言った望亜くんの頬は少し赤い気がした。
 みんなから絶賛されて、気恥ずかしいのかも。
 
「あー……。望亜だけ、ズルい」
 
 そう言ったのは圭吾だった。
 
 ……何の話だろう?

「でも、まさか、してたなんてね」
「ホント、ナイスだ、望亜」
 
 そう。望亜くんが打った手というのは、あの日のインタビューのときの声を録音して、それをネットに流したのだ。
 
 世間は一気に手のひら返しをした。
 
 私に対しては、逆に賞賛さえされたくらいだ。
 よくやった、と。
 
 あの掲示板では英雄扱いだった。
 
 元々、『excavationエクスカベイション』に不満を持っていた読者も少なからずいたみたいだ。
 エクスに潰されたアイドルも決して少なくない。
 逆に、持ち上げられて売れたアイドルもいるけど、それを面白く思わないアンチも多かったのだろう。
 
 そしてなにより、あの感じ悪いインタビューの内容。
 
 火が付かないわけがなかった。
 今も、出版社に抗議の電話がかなりの数がきているらしい。
 
 マスコミもこの流れに乗り、雑誌叩きに舵を切った。
 
 そして、この件によりケモメンの名前も広く知れ渡ることになったのだ。
 
 
 
「ありゃ、明日は二日酔いだな」
 
 横を歩く盛良くんが、肩を震わせて笑いながら言う。

 あれから事務所でささやかなお祝いパーティーをした。
 さすがにこのタイミングで浮かれて打ち上げをしているとこを雑誌にすっぱ抜かれたら、また状況がひっくり返る可能性もある。
 
 だから、今は粛々と活動を続けるということで、浮かれた行動は慎むという方向性になったのだ。
 
 事務所にピザやオードブルを頼み、パーティーを開いた。
 麗香さんはプレッシャーから解放された反動か、お酒をガブガブ飲んでいた。
 
 麗香さん以外は未成年なので、結局麗香さんだけが飲んで、浮かれていた。
 
「お前は飲まねえの?」
「え? あー、お酒弱いんで」
 
 盛良くんから突っ込まれて、慌ててそう言い訳をした。
 
 そうだった。
 私、21歳って言っていたんだった。
 あとで麗香さんにも伝えておかないと。
 口裏合わせておかないと面倒なことになりそうだ。
 
 1時間もすると麗香さんが潰れてしまい、寝てしまった。
 
 そして、気づくと望亜くんがいなくなっていた。
 多分、開始15分くらいで帰ったんだろう。
 相変わらず、アイドルとは思えないくらいの影の薄さだ。
 
 圭吾は酔い潰れた麗香さんを介抱するため、事務所に残っている。
 そんな中、私は盛良くんに「送ってけ」と言われたというわけだ。
 
 
 夜の町中を盛良くんと並んで歩く。
 最近はよく、この構図になることが多い気がする。
 
 ……他の人から見たら、恋人同士に見えるのかな?
 
 ふと、そんな考えが頭を過った。
 と、同時に、私はあることを思い出した。

「ねえ、盛良くん」
「ん? なんだ?」
「私に隠し事してませんか?」
 
 私は何気なく、いきなり核心に踏み込む質問をしてしまったのだった。
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