上 下
10 / 46

日常に迫る異変

しおりを挟む
 学校。
 そこは私にとっての日常で、私は単なる一般生徒である場所だ。
 
 ほんの数週間前までは、私は学校に行ってちょっとしたバイトに行く。
 帰ってお兄ちゃんがいないときは一人寂しくご飯を食べる。
 寝る前に掲示板をチェックして、ベッドの中でケモメンに萌える。
 ライブがある日は、楽しみで前の日はなかなか眠れず、当日は寝坊して遅刻しそうになる。
 そんな、ただのファンだった。
 
 本当に一般的なアイドル好きなただの高校生。
 
 それがお兄ちゃんの一件があってから、マネージャーになった。
 ケモメンのメンバーと普通に話すこともできた。
 盛良くんの家にまであがりこみ、裸体さえ拝むことができたのだ。
 
 なんていうか、それはもう夢の中のような出来事に思える。
 普通の高校生がアイドルのマネージャーだなんて、まったく現実味がない。
 
 いっそ、夢だったほうがよかったのかもしれない。
 
 結成当時からずっと好きだったケモメンが解散になるきっかけを作ってしまった。
 そんな罪を背負いながら生きるのは、正直つらい。
 
「はあ……」
 
 昼休み。
 私は咥えていた箸を置き、ほとんど手つかずのお弁当箱を閉じる。
 
 まったく食欲がわかない。
 
 女子にとっては嬉しいことなのかもしれないが、そんな嬉しさよりも腹の奥に溜まっている罪悪感のほうがつらいのだ。

あおい、最近どうしたの? ダイエットでもしてるの?」
「えー、必要ないじゃん。てか、逆に痩せすぎ」
「まあ、ちょっと色々あってさ」
 
 私を心配してくれている方が美希みきで、冷やかしているのが沙也加さやかだ。
 美希は控えめな性格と容姿で、四つ編みツインの眼鏡の女の子。
 実はかなりの腐女子で3次元には興味がないらしい。
 
 沙也加の方はややぽっちゃり型のいわゆるギャルって感じだ。
 髪も軽い赤が入った感じで染めてるし、バリバリ化粧もしている。
 スカートも短めにして、胸元もかなりボタンを開けている。
 最近は急に肌寒くなりつつあるのに、頑張ってるなぁって思う。
 いつも、なんでモテないんだろうと悩んでいるようだ。
 
 この2人の中に、アイドルオタクの私が入っている。
 他から見たら、なんとも異色な3人組だろう。
 
「もしかして、圭吾けいごくんと望亜のあくんが熱愛してたのが発覚したとか?」
「いやいやいや。そういう腐女子が湧くようなことはそうそうないから」
「そうだよ、美希! 大体、イケメン同士がくっ付くなんてそんな勿体ないこと、私が許さないから!」
「いや、沙也加が決めることじゃないから」
「けど、あれでしょ? リアルに盛良もりよしくんが恋人いたって話で、落ち込んでるんでしょ?」
「え?」
「沙也加、葵の推しは圭吾くんだから」
「あ、そっか」
 
 美希も沙也加も私に毒されてか、すっかりケモメンに詳しくなってしまった。
 まあ、あんだけ話題にしてれば、そうなるか。
 私も美希の影響で腐女子業界に少し詳しくなっちゃってるし。
 
 ただ、それよりも気になる発言があったけど。
 
「沙也加、どういうこと? 盛良くんに恋人って」
「あれ? ご存じない? SNSで若干、話題だよ。一緒に女の子と歩いてたって」
「残念。女の子なんだ」
「美希は腐女子世界から戻ってこい。……で、話は戻るけど家にまで行ってるとかなんとか」
「そ、それ、わたっ!」
「へ?」
「わ……わ~はぁ~」
「なんじゃそりゃ?」
 
 危ない危ない。
 当然だけど、私がマネージャーをしていることは2人には秘密にしてある。
 というより、信じてもらえないだろうな。

「でも、それマネージャーなんじゃない? 確か、新人のマネージャーが付いたって話だったよね?」
「そうそう。そうだよ、それそれ!」
 
 美希の話に乗っかる私。
 っていうか、美希ってそこまでケモメンの情報通になっていたとは。
 恐るべし。

「いや、違う違う。ほら、これだよ。全然、顔違うじゃん」
「……え?」
 
 沙也加がスマホでSNSの画面を見せてくれた。
 サングラスをかけた盛良くんと女の人が並んで歩いている写真だ。
 
 確かに私じゃない。
 盛良くんは楽しそうに笑っている。
 なんていうか、私に見せるような揶揄うような笑顔じゃない。
 ……幸せそうな、そんな笑顔だ。
 
 隣の女性は地味っていうよりは、清楚って感じの印象を受ける。
 髪は肩までで綺麗に切りそろえられていて、体つきは華奢っていうところだろうか。
 化粧気もなく、自然な感じの美人さん。
 優しそうな笑顔だけど、どこか儚そうな感じだ。
 
 誰だろう?
 
 投稿されたSNSの日付は今日の11時。
 ほんの1時間くらい前だ。
 掲示板にも書かれていなかったから、本当にリアルタイムで撮られたものだろうか?
 
 ヤバい。
 それでなくても、スキャンダルは致命傷になりかねないのに、ここにあのネガティブな記事が出たら、もう終わりだ。
 
 既に知ってる可能性が高いけど、麗香れいかさんに相談しなくっちゃ。
 
「ごめん! 美希、沙也加! 私、体調悪いから早退する!」
 
 机を叩いて勢いよく立ち上がる。
 すぐに弁当をカバンに詰めてから、そのカバンを持って教室のドアに向ってダッシュ。
 
「凄い元気だな」
 
 そんな沙也加の台詞は無視することにした。


 
 校門から出て、小走りをしながらスマホを取り出して麗香さんに電話を掛ける。
 すると、すぐに麗香さんが電話に出てくれた。

「あ、もしもし、麗香さんですか?」
「赤井ちゃん、私も今、電話しようと思ってたところなのよ。今から事務所に来れるかしら?」
「はい、今、向かってます。あれですよね? SNSの盛良くんのことですよね?」
「……何の話?」
「え? 違うんですか?」
「出たのよ、ついに。あのインタビュー記事が」
「……っ!」
 
 その言葉を聞いて、一気に息が詰まる。
 思わず立ち止まってしまった。

「それで、その……反応は……どう……ですか?」
「……最悪ね。とにかく、すぐにきてちょうだい」
 
 電話が切れて、ツーツーツーという音が頭に響く。
 
 一瞬にして頭の中が真っ白になった。
 
 その後、なんとか事務所に辿り着くことができたが、その間の移動しているときの記憶はほとんどなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

押しが強いよ先輩女神

神野オキナ
キャラ文芸
チビデブの「僕」は妙に押しの強い先輩に気に入られている。何もかも完璧な彼女に引け目を感じつつ、好きな映画や漫画の話が出来る日々を気に入っていたが、唐突に彼女が「君が好きだ」と告白してきた。「なんで僕なんかと?」と引いてしまう「僕」だが、先輩はグイグイと押してくる。オマケに自分が「女神」だと言い出した。

八百万の学校 其の参

浅井 ことは
キャラ文芸
書籍化作品✨神様の学校 八百万ご指南いたします✨の旧題、八百万(かみさま)の学校。参となります。 十七代当主となった翔平と勝手に双子設定された火之迦具土神と祖父母と一緒に暮らしながら、やっと大学生になったのにも関わらず、大国主命や八意永琳の連れてくる癖のある神様たちに四苦八苦。 生徒として現代のことを教える 果たして今度は如何に── ドタバタほのぼのコメディとなります。

AIアイドル活動日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!  そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

そこらで勘弁してくださいっ ~お片づけと観葉植物で運気を上げたい、葉名と准の婚約生活~

菱沼あゆ
キャラ文芸
「この俺が結婚してやると言ってるんだ。  必ず、幸運をもたらせよ」  入社したての桐島葉名は、幸運をもたらすというペペロミア・ジェイドという観葉植物を上手く育てていた罪で(?)、悪王子という異名を持つ社長、東雲准に目をつけられる。  グループ内の派閥争いで勝ち抜きたい准は、俺に必要なのは、あとは運だけだ、と言う。  いやいやいや、王子様っ。  どうか私を選ばないでください~っ。  観葉植物とお片づけで、運気を上げようとする葉名と准の婚約生活。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...