アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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閑幕 4

閑幕 世界の裏側に育つ芽 ⑦

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「千紗なんかのことはどうでもいい……気にする価値も無い。それより今は月見さんのことが最優先。朝になったら〝ルシファー〟が出発しちゃうからその前には帰らないといけない」

 辛辣に自分を吐き捨てる千紗。
 夜空は『そんなこと言わないで』と食い下がろうとしたが、千紗から明確な話題の拒否を感じてしまい尻込みして苦し紛れに話題を変えて場を繋ぐ。

「あ、うぅぅ……で、でも、すごいね千紗ちゃん。こんなに街中が焦げ臭い匂いで一杯なのに、本当にお父さんとお母さんの居場所が〝匂い〟で分かるの?」

「うん、千紗も自分でびっくり。でも、月見さんの匂いに似てる匂いがちゃんと分かるよ。あの遠くに見える塀に囲まれた建物の中にいる」

 そう言って千紗が指を差し、二人の視線がまだ数キロは距離がある建物に向く。
 巨大なコンクリートの塀に覆われ、雲まで届くサーチライトが何本も闇夜に伸びて周囲を昼間の様に照らしている。

 一時デーヴァですら死にかけたほどの暴挙に晒された千紗。
 その影響で起きた体質変化を良善が調整し直したことで彼女は、七緒の温度視認や真弥の生体電流加速に近しい身体能力の異常強化が現れて驚異的な嗅覚を手に入れた。

 基本的にデーヴァの保有能力は一人一種であり、以前までの千紗の能力は一度に放出出来るナノマシン量が抜きん出ている固有の放出力を活用した低弾数の大砲役が主な役割だったが、その能力は保持したまま新しく嗅覚能力を手に入れ、今の千紗はデーヴァの中でも極めて稀な複数能力所持者になっている。

 ただ、もう千紗にその能力を今までと同じ主義で使う気は微塵も無く、敵だった良善の思惑と指示に従い能力を使うことに大して抵抗は感じなくなっていた。

「月見さんのパパとママって……軍人さんなの?」

「えっと、軍人さん……ではないの。あれは〝正義監督局〟っていう施設で、私のお父さんとお母さんはあの監督局で働いてるんだ。他にもいくつか支部があって行ったり来たりしてるんだけど、今日はあの本部にいるみたい。と、ところで……スンスン、私……ひょっとして、臭い?」

「ううん、良い匂い。でもちょっと不思議。なんでお夕飯がクッキーなの? しかも全然甘くないヤツ」

「ふぇ!? そ、そんなことまで分かるの!?」

 恥ずかしそうに頬を赤らめる夜空と近しい年頃のせいか波長が合い、思わず表情がリラックスする千紗。
 やはり良善の人を見る目に狂いは無かった様で、この二人にはすでに独特の距離感が出来つつあった。

「大丈夫、本当に嫌な匂いじゃないよ。優しい甘い匂い。ところで、その正義監督は誰が作ったの?」

「分かんない。物凄く昔からあったんだと思う。あの中では悪いことをした人が一生閉じ込められてて、良い人はそんな悪い人達をいつでも好きなだけ殴ったり蹴ったりして良い場所なの。床から顔だけを出して大勢で蹴ったり、縄で縛って吊り上げて床に叩き付けたりギリギリで止めて怖がる姿を笑ったり……ただ、時々やり過ぎちゃう人がいて、悪い人が……その、し……死んじゃうこともあるんだけど、みんな『世界がまた少し綺麗になった!』って拍手をして、やり過ぎちゃった人を褒めるの。わざとじゃないから悪いことじゃないって言って……」

「…………」

 悪党に情けは無用。
 そういう考えも分からなくはないが、流石にその内容はあまりにも倫理を欠いたモノではないだろうか。

「……月見さんも局員さんなの?」

「あ、ぅ……うん、私はお父さんの言い付けで夕方は週五で次の日の朝まで強制執行部隊っていう悪い人を殺してでも捕まえる民間部隊の準隊員をしてたの。今日も夕方からあそことはまた別の支部にある詰め所に居て、晩御飯に配給されたクッキーを食べてたら出動命令が出て、その……美紗都様達を……お、襲いに……」

「うん、もういいよ。千紗、月見さんのことを責めてる訳じゃない。だから怖がらなくていい」

 胸元で握り合わせられる手と声の震えにその心情を察した千紗が優しく声を返す。
 ただ、その胸の内は夜空に向ける優しい笑みとはまるで真逆の嫌悪に満ちていた。

(……気持ち悪い)

 再び正義監督局の方へ向いた千紗の眉間に皺が寄る。
 それのどこが正義だ? 

(あそこはきっと千紗が行き付く場所だ。悪人だから生かさず殺さず生殺しにして、間違って殺しちゃっても『まぁいいか』ってなる。千紗に責める資格なんてないけど、せめて月見さんの前で――――)

 良善の意図を千紗は何となく悟り始めた。
 勘違いして図に乗った偽善が如何に傲慢で醜悪か。
 それを夜空に見せ付け、自分の産まれた世界に未練を残させない様にして、今後の〝ロータス〟との戦いに夜空の気持ちがブレない様にしようと考えているのだろう。

 それこそがこの〝お使い〟の真の目的。
 そして、それを千紗にやらせるということは、暗に千紗にを振り返らせることにもなる。

(もう、分かった……分かったよ。千紗達……最低だ。正義だなんて絶対言っちゃダメなゴミ集団だよ)

 自分がかつて司に対して行っていたことを思い出して吐き気がする。
 流石にここまで極端ではなかったなんて言い訳にならない。
 あの時の自分の感覚がそのまま続いていれば、いつか自分もこの世界をニンマリと高みの見物をするおぞましい正義を語る悪魔になっていたと思えた。

(いやだ……帰りたい。でも、これは月見さんが〝Answers,Twelve〟に入るための儀式。千紗が上手くこの子に踏ん切りを付けさせたら千紗のことも受け入れて貰えるかも。そしたら、七姉ぇも……)

 真弥と一緒にどっち付かず状態が続き、敬愛する七緒にもずっと冷めた態度を取られ、もう千紗はこの疎外感に耐えられなくなっていた。この際もはや〝ロータス〟でさえなければどこでもいい。恨み続けていた〝Answers,Twelve〟でも七緒がいるだけマシだった。
 だが、もしも夜空が自分の気持ちに踏ん切りをつけ切れなかったらどうする?

(その時は……置いて帰る。そのあと良善様や美紗都様に殺されちゃっても……いい。もう千紗は誰かの人生を自分の都合で歪めるのヤダもん)

 寂しい……誰かの人肌が恋しい……。
 だが、もう千紗は自分の命に未練は無い。
 助けて貰ったので良善の命令には従うが、誰かの選択を歪めるくらいなら歯向かって殺されてしまってもいい。

(自分の好きに選んでいいからね……月見さん。千紗、あなたの命をこれ以上歪めたりしないよ)

「行こう……月見さん」

「……う、うん」

 冷めてるのにどこか優しい千紗の微笑に夜空は言い知れぬ不安を感じながらも従い、再度夜空を背負い直した千紗は真っすぐに正義監督局へと向かう。
 そして、いよいよ距離が近付いて来ると、千紗は一旦地上へと降り、一度アームズも解除して傍目には要救助者を背負い局へ助けを求めに来た風を装い、正門前の舗装路を歩きながら近付いて行くのだが……。


 ――ウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥッッッ!!!


 けたたましいサイレンの音が響き、正門に重ねる形で防護壁がせり上がり、その横の通用路から続々と武装した兵士達が現れる。

「空を飛んでない……アームズも解いてる……それなのにってことは、やっぱり千紗の顔はもうバレてるっぽいね」

「えッ!? どうするの?」

「強硬突破する。離したら死んじゃうかもってつもりでしっかり掴まってて」

「ええぇッ!? ――うぐッ!?」

 シレッと内部に入り夜空の両親と会えれば手間が少なかったのだが、早速出て来た兵士達がすでにこちらへ銃口を向けている以上もはや取り繕う意味も無い。千紗は瞬時にアームズをまとい直し、両手に狐頭を形成して真正面から兵士へ突撃する。

「ぐッ! なんだあの化物! う、撃てぇッッ! ――あッ!?」

 兵士の一人が号令を掛けた。
 しかし、その合図で兵士達が引き金を引く前に千紗は手が届く距離までその兵士の目の前に踏み込んでいた。

「〝撃て〟じゃないよ……月見さんいるでしょ? 平気で人を撃ち殺すなら千紗だって容赦しないから」


 ――バシュウウウウウゥゥゥゥゥッッッ!!

「ぎぃ――――」


 狐頭の口が開き、千紗が両手を左右に広げる動作に合わせて薙ぎ払う様に放たれたエネルギー砲が兵士達を断末魔の叫びすら叫ばさせずに光の塵にして消し飛ばす。

「もういい……もう千紗は、正義なんかじゃないんだもん」

 くるぶしから下だけ残り、それもすぐに消えて無くなる兵士達を見ても罪悪感は希薄だ。
 それよりもしばらくしたらまた彼らがこんな世界に再度生を受けて延々と狂った正義に身を焦がす運命を生き続けさせられてしまう様にしてしまったことの方が気の毒だ。

(ごめんなさい……許してなんて言わないよ)

 覚悟が決まった千紗は正面の防護壁に向けて再度砲撃。
 並の建造物とは比較にならないくらい見るからに分厚い防護壁はその一発で赤く爛れて二発目で貫通。そこを抜けて敷地内に入る千紗は自動防衛の機関銃や追加で現れる兵士達にあえて姿を晒してそれを軽くあしらい、ドンドン騒ぎを大きくして人を集めてから砲撃で一網打尽に処理していく。

(嗅覚能力……意外と便利。人の動きや密度がよく分かるし、建物の中の構造も空気の流れで何となく分かる。それに……砲撃を撃つのもなんだか前より楽かも。ナノマシンの総量が増えたのかな?)

「くそぉッ、この悪党が! 死ねぇッ!!」

 千紗の背後に回り込んだ兵士が発砲。
 しかし、その弾丸にまとわりつく火薬の匂いも嗅ぎ分けて、千紗は視線も向けずに身体を屈めてそれを回避。
 そこから元々フットワークには自信があり、振り向きからの駆け出しは淀みなく、弾丸を避けられたことに驚愕する兵士が錯乱してやたらめったらに撃つ弾丸も小刻みなステップで背負う夜空にも掠らせず距離を縮め……。

「……がぅ」

 冷めた表情で千紗が呟くのに合わせて狐頭が兵士を頭から丸齧りにする。ジュッと一瞬肉が焼ける様な音がして狐頭が口を開くともうそこに兵士の上半身は跡形も無く、残る下半身も光の粉になって消えていった。

(新しい能力……段々慣れて来た。前より断然外骨格が上手く制御出来る。これなら和兄ぃにも……いや、あのクソ野郎とももう少しまともに戦えてたかも)

 思想はともかく、ここにいる兵士はみんなただの人間。デーヴァである千紗にはまるで脅威にならないが、皆一切物怖じせずに千紗へ襲い掛かり本気で殺そうとして来ているので丁度いい能力慣らしになっていた。

(砲撃は……あと、十発くらいかな? 出力を下げたらもう少し行けそうだけど、そろそろ月見さんのパパとママの場所を…………あ、いた!)

 第二陣、第三陣と現れる兵士達の中には、いよいよ戦闘要員というより事務方っぽい見た目をした防具はなく武器だけ手にした者まで混じり始めていた。悪党如きに正義である自分達の拠点を襲われるのが余程我慢ならないのだろう。玉砕覚悟で混乱度外視の敵陣にただただ呆れる千紗だったが、ついにその増援に夜空の両親と思わしき匂いを嗅ぎ取り、千紗はそれを辿って建物へ飛び込み廊下を駆け抜けていく。
 すると……。

「急げッ! 敵はたかが小娘一人だぞッ! これ以上俺達の正義に泥を塗られるんじゃないッ!! 物量で押し潰して嬲り尽くして吊るし上げろッ!」

「簡単に殺してはダメよ! 辛うじて息がある様にしてそれを晒して見せしめにするの! でないと悪党共が付け上がるわ! 私達の正義が揺るぎないモノであることを見せつけるのよっ!!」

 局員達に檄を飛ばして無理矢理士気を炊き付ける三十代後半と思わしき男女。
 千紗はであるその二人を確認すると、壁を走り抜けて局員達を躱し、その男女の頭上を背面飛びで通過する。

「月見夜空さんのパパとママですか?」

「「――えッ!?」」

 背面飛びから身体を捻り床に着地して少し滑り制止する千紗は、相互確認に背後でしがみ付く夜空の頬を軽く叩いて目を開けさせる。

「えッ!? よ、夜空ッ!?」

「夜空ッ! 夜空なのかッ!?」

「うぅ……――え? あッ!」

 自分の名を呼ぶ聞き慣れた声に、千紗の背中に全力でしがみ付いていた夜空が顔を上げる。
 その視線の先には、唖然として立ち尽くす父と口元を手で覆い青褪める母の姿があった。

「お、お父さん! お母さ――――」


「いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

「夜空ぁぁッッッ!!! なんでお前が悪党と一緒にいるんだッッ!?」


 娘の呼び声を掻き消すほどの悲鳴を上げてその場に膝を付き頭を抱える母と、娘を叱る親の顔の度を越して憎悪さえ感じる怒号を上げる父。そのあまりに異質な反応に夜空は硬直し、流石の千紗も面食らった顔で声が出なくなった。

「あ、あの……月見主任? どういうことですか? あ、あの子……主任の娘さんですよね? 悪党なんかと一緒に……」

 夜空の両親の隣にいた男性局員が信じられないモノを見る様な目で夜空の父親を見る。
 すると父親はハッと我に返り慌てて喚き始める。

「ち、違うッ! 待ってくれ! 誤解だ! 俺の娘があんな汚らわしい悪党なんかと一緒にいる訳がない!」

「そうよッ! 違う! 違うわッ! 私達の娘は確かにまだ帰って来て無いけど、きっと正義に準じて立派に死んだのよ! あんな悪党なんかと一緒に局へ攻め込む汚物が私の夜空な訳がないわッ!」

「あ、あぁ! その通りだ! おい、貴様! ……曽我屋千紗だな!? 〝世界平和教育機構〟の如月氏から警戒指定として情報提供されていた大罪人! しかも俺の娘の偽物まで用意してなんて卑怯で姑息な奴だ! お前の様な――――」

 まだこちらからは何も言っていないのにベラベラとよく口が回るなと呆れながら、千紗は背負っていた夜空を一旦降ろして自分の前に立たせる。

「月見さん、両手を上げて人質っぽい感じにして。これじゃあ話が出来ない」

「あ、あの千紗ちゃん。私……」

「いいから早く。まだ周りを気にして焦って勢い任せに喚いてるだけの可能性もあるから」

「…………」

 正門前での無警告攻撃といい、その後の乱戦といい、いくら何でも正義狂信が過ぎるのではなかろうか? そして今、実の親が娘の姿を見て本物かどうかを確認するよりも先に周囲の疑念に過剰反応するのももはや知性の欠如すら疑いたくなる。
 ただ、この世界の倫理が狂っているのはすでに承知のこと。千紗は両手を上げさせ罪の無い捕虜であるかの様に振舞わせた夜空の首筋に狐頭の牙をあてがい、誰がどう見ても彼女が千紗に無理強いされてここまで連れて来られた感を出す。

「勝手に話を進めないで。千紗はこの子を――――」


「「撃てぇぇぇッッッ!!!」」

 ――ダダダダダダダダダダダッッッッ!!!


「――ッ!?」

 父と母が揃ってその場で娘に向け、手にしていた銃器のトリガーを引く。
 ここまで話を聞く気がないのか? 唖然としたのはほんの一瞬。千紗はすかさず夜空の肩を掴んで自分の背後に引き込み、狐頭の外骨格濃度を高めて盾にしてその弾幕を遮る。

「悪党と会話なんて汚らわしくて耳が腐るわッ! 私の夜空は悪党の人質になるくらいなら死を選ぶ賢い子よ! だからその小娘は偽物! もし仮に本物だったとしても悪党の人質になる様な腑抜けならどの道親である私達が粛清よッ!!」

「あぁ! その通りだ! ゴミとする会話なんぞあるものか! おい、お前ら何をしてる!? 早く撃て! 悪党の前で発砲を躊躇うんならお前達も悪党と見なすぞ!」

 父親の怒号に訝しんでいた部下らしき者達も慌てて弾幕に参加する。
 耳に突き刺さる様な銃声が連発し、勢い任せに撃っているせいで両側の壁も瞬く間に弾痕で砕け散っていく。
 ただ、その物量に少し千紗は膝を屈めて踏ん張るが……所詮そこまで。
 片腕で凶弾の幕を防ぐ千紗は沈痛な面持ちで背後の夜空を見る。

「つ、月見さん……大丈――――」

「ほ、ほらね? こうなるって、分かってたよ? お父さんもお母さんも……おかしいんだよ。最初から……分かってた……よ」

 俯き苦笑する感じに語る夜空。
 だが、その目元にはじんわり涙が滲んで握る拳は震えていた。

「…………」

 もしも両親が夜空の身を案じて引き渡しを懇願して来たら、命令無視の処刑が待っていようと構わず彼女を差し出していた。しかし、もうダメだ。もう夜空も円やツカサと同じ様にこの世界で生きる余地は無い。

(酷……すぎる、よ。クソ……過ぎるッ!!)

 それはオウム返しに自分にも当てはまる罵声。
 許されるべきじゃない。こんなことがまかり通っていいはずがない。

「月……夜空、ちゃん。全部消す?」

 気の毒で……可哀そうで堪らない。
 千紗は床につく夜空の手を握り涙を堪えて尋ねる。
 すると、もしかすると良善に言われた時から確信していたのか、夜空は微かに目尻に涙を滲ませる程度で千紗を見上げて来る。

「…………うん、消して。私を……まともな世界に連れて行って」

「分かった」

 今一度夜空の手を強く握り返してから、弾幕に晒されながらもゆっくりと立ち上がる千紗。
 その凶弾の先で狂信者達が何かを喚いているが、もうこちらも聞く気はない。

「月見夜空は〝Answers,Twelve〟に行く。本当はあなた達は何も悪くない。でも、ごめん……一旦死んで」

 盾替わりにしているのとは逆側の狐頭を振り被り前方へ突き出す千紗。
 その瞬間、狐頭が口を上げ、かつて品格世界で無理強いされて放出していた極大のエネルギー砲が、夜空の両親達どころか建物の半分を呑み込み全てを薙ぎ払って世界を一瞬真っ白に染めた。

 目を開けていたら焼けていたのではないかと思うほどの光の奔流。
 そして、徐々にその光が消えると、千紗の前には円筒状にくり抜かれた建物と外の風が吹き抜けていた。

「…………――うぐッ!?」

「あッ! 千紗ちゃん!!」

 思わず出力を上げ過ぎ、反動で倒れ込み手で押さえた口元からポタポタと血が滴る。
 断末魔も影も形も残さず消された両親のことはまだ実感出来ず、それよりも今はと千紗の身体を支える夜空。すると……。

「ぐぶッ……う、ぶぅッ! ご、ごめん……ごめ、ん……なさ……いぃ……」

 ボロボロと泣き出す千紗。
 実の娘を殺してでも体裁を守ろうとする親。
 そんな最低な者達よりも自分の方がよっぽど死ぬべきだ。
 謝って済む話じゃない。いっそ今ここで夜空が背後から自分を殺してくれたらどれだけ楽だろうか。
 しかし、そんな厚かましい千紗の願いは叶わない。

「ち、千紗ちゃん……千紗ちゃん、謝らないでぇ……謝らないで……よぉ……。悪いのは〝ロータス〟って人達なんでしょ? 千紗ちゃんは……もう、違うんでしょ?」

 千紗の肩を抱き擦る夜空。
 そんなのは詭弁だ。自分だってあんな狂信者達を作って悦に入っていた可能性は十分にあった。
 しかし……。

「あ、あぁぁ……あああぁぁッ! ああああぁぁぁぁぁッッ!!」

 暖かい。
 夜空の手が狂おしいほど暖かくて安堵してしまっている自分が居た堪れない。
 どうしたらいい? 自分はいったいどうすればこの小さな手の温かみにほんの少しでも安堵することを許して貰える?

「ち、違う……違う、のぉ……千紗ぁ……千紗は……こんな、つもりじゃ――――」


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁッッッ!!! 死ねぇぇッッ!!! 悪党共ぉぉぉッッ!!!」


「「――ッッ!?」」

 千紗と夜空の背後。
 エネルギー砲で撃ち抜かれていない側の廊下の先から、テープでグルグル巻きにされた長方形の物体に電極を刺した物を身体に巻き付けた男性局員が目を血走らせて突進して来る。
 夜空にはもちろんそれが何かは分からないが、千紗には恐らくそれが爆弾の類ではないかと瞬時に察したが、全身が痺れていて対処が間に合わない。

「――ぐッ! 夜空ちゃんッッ!!」

「きゃあッ!?」

 きっと何の意味も無い。
 だが、千紗はその手の暖かさの恩返しに夜空を押し倒して覆い被さる。
 そして、狂い叫び走り込んで来る男性局員がボディプレスをする様に二人へ飛び掛かった瞬間――――。


「失せろ」


 男性と二人の間に割って入る血色の軌線。
 その正体は鋭い回し蹴りで飛び込んで来た男性局員を蹴り上げて瞬時に黒い半球で自分と千紗と夜空を包む。
 そして、次の瞬間、真っ暗な半球の中でもまるで直下型地震が起きた様な衝撃が襲い掛かり、しばらくしてその衝撃が収まって半球が割れると熱風と土煙が周囲を覆い、それが晴れたあとの周囲は半壊した建物さえ消し飛び荒れた更地と化していた。

「う、ぐぅ……な、なにが……? ――あッ!」

 まだ夜空を抱きしめたままどうにか顔を上げる千紗。
 すると、目の前にはズボンのポケットに両手を入れ平然と立ち千紗を見下ろす血色眼の司が立っていた。

「……見てたぜ、曽我屋。さっきのエネルギー砲はお前なりの懺悔だったな」

「あ、あぁ……あ、ぁぁ……」

 闇夜に浮かぶ月をバックに立つ司が、千紗には直視も憚られる神々しい存在に見えた。
 そして、司はその場にしゃがみ込み、一時気が遠退いているらしい夜空を抱えたままの千紗に視線を合わせる。

「お前の感情はよく見えてた。口で百回言うよりよっぽど伝わる〝後悔〟と〝自責〟だったよ。…………はぁ、七緒に会いたいか? ――

 小さく微笑み千紗の頭に手を置いて撫でる司。
 その暖かさに千紗の中の堰が切れた。

「あああぁぁ……あッ! あッ、あぁッ! あああああああああああぁぁぁぁッッッ!!!! ご、ごめんなさいぃぃぃぃッッッ!!! ごめんなさいッ! ごめんなさいッ! ごめんなさいぃぃぃぃぃッッッ!!!」

 号泣する千紗。
 曉燕や七緒の時とはまた違う幼子の様なギャン泣き。
 その泣き声に目を覚ました夜空が目を白黒させているのも気付かず、千紗はそのまましばらく夜空を抱き締めたままボロボロと大粒の涙を零し声を枯らして泣き続け、司はまた一つ胸のつかえが取れた気がして、そのまま千紗が落ち着くまで頭を撫で続けてやった…………。

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