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閑幕 4
閑幕 世界の裏側に育つ芽 ⑤
しおりを挟む「もう、やだぁ……マジで、最悪……」
司の居室のソファーに腰かけ、顔を覆い項垂れる円。
その隣にはツカサが気不味そうに立ち、円の向かいで司の隣に座る美紗都はニヤニヤしていた。
「へぇぇ~~ッ! そんなことがあったんだぁ~~♪ 円ったらナチュラルポエマーね? すっごく詩的ぃ♪ 両親からほぼ任された実家の喫茶店を恋人と二人で……コーヒーの香りが漂う店の裏ではキスもほろ苦いのにどこか甘い……きゃああぁ~~ッッ♪」
座ったままソファーの上ではしゃぎ跳ねる美紗都。
どうやらこの手の話は大好物であった様で、その視線はウザい位に円とツカサを交互に見ていた。
「も、もうッ……やめてよ、美紗都! ツカサもなんとか言って!」
『いや、見られてたんだから……い、今更隠しても……』
「そうそう! はぁぁ~~良いぃ~~♪ お店自慢のコーヒーの味は、二人の間だけでは別の意味があるって訳なのね~~♪」
「美紗都ぉッッ!!」
身を乗り出して美紗都の両頬を摘まむ円。
ツカサの話とは随分と雰囲気が違う。
ただ、その理由はいつの間にか名前で呼び合う仲になっている美紗都が関係していた。
ツカサが司の部屋を訪ねてその胸の内を曝け出していた時、ツカサが円の感情を読み取れていたのと同じく円もツカサの苦悩を感じ取りシャワーを切り上げて司の部屋の前まで来ていたらしい。
その話を聞いた際、目の前に円の能力そのものであるツカサがいたせいで司は気付けず『なんでお前は気付いてないんだよ?』とツカサを見ると、彼は恥ずかしさに頭を抱えて項垂れていた。
相手の感情が感じ取れるというなら逆もまた然り。
ただ、それだけツカサの思考が円のことでいっぱいいっぱいになっていたのだろう。
そして、ツカサの溢れんばかりな自分に対する感情の吐露も感じ取り、司の部屋の前まで来たもののノックが出来ず居た堪れなくなって自室に逃げ帰っていたところで美紗都と鉢合わせたらしい。
美紗都はしどろもどろになる円の機微を感じ取り、二人はその場で壁に背を預けてしばらくその場で語らった。
歳もほぼ同世代、きっかけさえあれば普通に友達になっていても何ら不思議はない美紗都と円。
元一般人で女の子同士、この特異過ぎる環境では互いに近しい間柄になりたい気持ちが出て来るのは当然の流れだろう。
一応ここでの先輩として困っていることはないかと尋ねる美紗都。すると円は今後のことや今ツカサが司と会話している感情に関する話を次第に堰が切れる様に涙と思いが溢れ出し、美紗都はその泣き震える姿に以前自分が司に縋った時のことを思い出したそうだ。
そして、気付けば美紗都もかつて司に自分が泣きながら話を聞いて貰った自分の生い立ちを話し始めていた。
次第に美紗都の目にも涙が滲み始め、膝を抱える微かに震えた手に今度は円が手を置く。
二人に共通する『どうしてこんなことに……』という想いの共感。
二人の間に絆を結ばせるには十分な切っ掛けになった様だ。
(マジで感謝だよ……美紗都。空元気だろうが元気じゃないよりはマシだ。こうして喚けるだけでも今は十分過ぎる)
テーブルを挟んでじゃれ合う美紗都と円。
それをオロオロと仲裁するツカサ。
〝Answers,Twelve〟元・常人組のこの空気が、今の司には堪らなく心地良く尊いモノに感じられた。
そして、それは美紗都と円も感じ取ってくれていた様だ。
「あっはははッ! なんだか楽しい! この四人でいる空気、なんかいいね! 気持ちがポカポカする♪」
「あ、ぅ……う、うん、それは確かにそうかも。なんだか私も凄く気持ちが軽い。……い、いいのかな? 私、こんなあっさり笑える様になって……」
「はぁ? いいに決まってるじゃん!」
『そうだよ、円。この船に乗った以上、もうそういう考え方はやめよう。これから先、お前が一生お通夜みたいな顔でいる方が正しいとでも言う気か? お前は何か自分が悪い生き方をして来た自覚でもあるのか?』
「二人の言う通りだぜ……円。俺も、美紗都も、ツカサも、お前も……勝手に未来から来た自称人類の修正者達に奴らの都合で人生を狂わされた。かつて〝右の頬をぶたれたら左の頬を差し出せ〟なんて言ってた奴はボロ雑巾みたいに殺されて後々美談にされただけだ。所詮この世はやった者勝ち。後になって訂正されても圧し潰された者にとっては全部手遅れなんだ。ここにいるのは全員その圧し潰されて有耶無耶にされそうになっていた瞬間、たまたま通りすがりの悪党の目に留まってギリギリ生き残っただけだ」
「で、でも……やられたからやり返すって、なんだか……」
「気持ちが落ち着いて一般人の感覚が戻って来たか? 被害者はその立ち位置を守って理性的な態度を心掛けることで尊厳を保つべきだと? ……冗談じゃないぞ、円。人間は一方的に打たれるだけである方が正常だって言う気か? 抵抗したら両成敗だぞって打たれる側を牽制するのか? 殺されそうになろうとも相手に危害を加えないことが美徳? そんなのは最低でも法律が絶対的に人の生命を保証出来る環境でだけの話だ。人が真っ当に生きるためには真っ当な環境があってこそなんだよ。そうでない環境でもそうあろうとするのは寧ろ異常なことだと俺は思うぞ?」
司の胸の奥から黒い感情が微かに顔を覗かせる。
美紗都はすでに慣れつつあったが、円とツカサは明らかに狼狽えた。
多分、自称健常者な世の中の大多数は今の司の発言を『危険思想だ』と言って精神異常者扱いするのだろう。司は別にそれに声を荒げて反論する気は無い。
ただ、それを言うなら自分がテレビの視聴者や街中の野次馬といった安全圏から一歩前に踏み出し、物事の当事者の立場になった時でも心を乱さず、テレビの画面を見る様な、人垣に紛れてスマホのシャッターボタンを押す様な、そんな淡々とした顔で対応出来るんだろうなと問うてみたい。
「…………」
司の論理に明確な反論が思いつかない様子の円。
そして、しばらく俯き考え込んでようやく絞り出したのは……。
「…………難しいこと、いっぱい考えてるんだね」
覇気の無い白旗を上げる様な呟き。
どうやら円にももう耳障りの良い綺麗事を口にする気力は無い様だ。
「勘違いした正義なんかに言い負かされたくないからな」
司の言葉にも円を論破したなんて勝ち誇る色は無い。
こういう時には綺麗事が言えてしまえる方がまだいい。
平和ボケでも平和は平和だ。それすら無くなるというのは悲しむべきだろう。
司は少し大げさに膝へ手を打ち立ち上がると、円の前まで歩み寄って床に膝を付き彼女の手を取った。
「言っとくが、今の意見はあくまで俺の意見だ。お前は自分で自分なりの答えを出せばいい。俺に賛同するならそれでもいいし、違う道を見出しても俺はお前を肯定する。ただ一つだけ言いたいのは、その場で足を止めて頭を抱えてしゃがみ込んだまま辛いことが過ぎ去るのを神頼みすることだけはやめてくれ。そんな手段に未来はないし、そんな手段で解決する物事なんてない。あるのは他人なんてどうでもいいヤツらに踏み付けられて地面の染みになる結末だけだ。しかも、誰に踏み潰されたかも分からない本当の無駄死に……だから、どんなに遅くてもいいから顔を上げて前に進み続けることだけはやめないでくれな?」
「…………つ、司」
頬が赤らみまた目に涙が浮かぶ円。
そして、その顔が傍らに立つツカサを見上げ、ツカサは円の肩に手を置きその目を見詰め返しながら頷く。
(くそ……なんか妙に語っちまったぞ)
遅れてやって来た若干の気恥ずかしさ。
膝を付いて手を取る動作もキザったく思え、司はシレッと立ち上がり席へ戻ろうとしたが……。
「司様……素敵ぃ@」
頬を赤らめウットリと見つめて来る美紗都。
かなりフィルターが掛かっている様に思えるが、丁度いいのでこのまま少し鬱寄りになった空気を換えるのに一役買って貰うことにした。
「ちなみに美紗都、お前の能力って結局どういう仕組みなんだ? あの虫がブァってしてるみたいな感じのヤツ」
「――むッ、しぃッ!? ち、違うッ! そんなんじゃないッ!! ち、ちゃんと感覚は掴んでるの! ただちょっとコントロールが難しいだけッ! い、今もう一度見せるッ!」
憤慨する美紗都が目を血色にしてもう一度司の前で能力を披露する準備に入る。
円とツカサも虚を突かれた感じにその顔が苦笑へと変わり、良い感じに話題を逸らすことが出来た。
(下手に急いで今答えを出す必要なんてない。まだこの二人にはもう少しくらい自分達の傷を癒す時間があってもいいだろう)
思惑は心の内にだけ留め、司はソファーに座り直して美紗都の手元に目を向ける。
すると、やはり徐々に小さな点の様な物が無数に現れ始める。
「うわぁ……やっぱり虫じゃね?」
『え、えっと……集合体恐怖症の人には、結構キツいかもね……』
「……うぅッ!」
「ちょっと黙っててよッ!!」
露骨に顔を歪める司と、口元が引きつった苦笑いのツカサ。
そして、美紗都を邪魔しない様に声は出さないが、鳥肌が立っているのか身震いする円。
ただ、今回は割とコントロールが上手く行っているのか、段々とその無数の点に、変化が表れていく。
「お? 点が動いて……あれ? ちょっと待て。これって……」
点の集合をテーブルに向ける美紗都。
その間にも点同士が徐々に距離を調整してゆき、全体的に見ると……。
「あッ! これって、もしかして……テディベア?」
少し焦点をぼやかせて点の配列を繋げて見てみると、そこには座った体勢のクマのぬいぐるみに見える立体図が浮かび上がって来た。
『あぁ……そうか、凪梨さんの能力って3Dモデルみたいなイメージなんだね?』
無数の点を線で繋ぎ立体物を作り出す技術。
美紗都の〝D・E〟は自身の外骨格としてあの無数の点を生み出し、それを繋ぎ合わせることで物体を構築していく。雑居ビルの戦いでは武装していたとはいえただの人間が相手だったのでその戦闘力を図る上で大した参考にはならないが、戦闘の形跡から見てかなり制圧的な力を秘めている様だと紗々羅が言っていた。
「そ、そんな感じ……ただ、これ……滅茶苦茶難しくて……ビルでの戦闘の時はなんかハイになってたせいか頭の中でイメージしたらその通りに出来たんだけど、今は……この小さな点同士の配置とか維持するのに滅茶苦茶……神経……使……――かはッ!」
美紗都が仰け反る様にして息を吐くと、段々と滑らかな曲線まで再現されつつあったぬいぐるみは砂の様に崩れ消えてしまった。
「覚醒し立ての勢いで上手く行ってたけど、落ち着いたら案外難しかったって訳か。確かルーツィアに似てるみたいな話だったけど、この感じだと系統的には曉燕の方が近いんじゃないか? どっちにしても、丁度いい手本がいるのはラッキーかもしれないな」
「ハァ……ハァ……う、うん。私もそう思って、実はさっき曉燕の部屋に行ったの。だけど、留守で……仕方なく戻ろうとしたところで円と会ったの」
「留守?」
曉燕も何か今後のことを考え行動しているのだろうか?
とにかく、美紗都の能力を〝虫みたい〟と表現するのは些か失礼だったことが分かり、司達は素直に侘び美紗都は渾身のドヤ顔で胸を張って部屋の空気は再び朗らかさが戻った。
すると……。
――コンコンッ!
「司様……失礼します、七緒です」
またしても訪問者。
司が入室を許可すると扉が開き、七緒が少し頭を低くして入って来た。
「申し訳ありません、お休みのところ。実はご相談がありまし……――あッ!」
顔を上げた七緒は、美紗都、円、そしてツカサという面子で即座にこの場が〝元常人組〟で談笑していたことを察した。
「し、失礼しました! お邪魔でしたね。出直して……」
「いや、いいよ。なんだ? 相談って?」
ソファーから立ち上がり、扉の前で止まる七緒の元に歩み寄る司。
七緒は恐縮する様にモジモジとしながらも、改めて言葉を切り出した。
「じ、実は……真弥と千紗の件で、改めてお話の場を設けさせて頂けないかと思っておりまして……」
「…………」
そう言えば殆ど忘れていた。
真弥と千紗。
その心は折ったと思うが、その二人と司の関係は七緒の様な和解には至っていない。
ただ、正直もう司は『どうでもいいんじゃないか』とも思っている。
〝ロータス〟との話は先ほど円にも言った様に司の中でどうするかの結論はすでに出ている。
円に話すためにあれこれと言葉練りをしたが、あくまでそれは円に分かりやすくするためで個人的にはすでに飽きている。
自分はもう行動で示すと決めているので〝ロータス〟側とディベートをすること自体が不毛だった。
「真弥と千紗はこの前の和成戦である程度その心持ちは知れた。俺ももう今更罵声を浴びせる気も無いし、そもそもそんなに暇でも無い。このまま他のデーヴァ共みたいに〝ルシファー〟のクルーでもやらせといて〝ロータス〟の崩壊を見させて、自分達の末路をその目に焼き付けりゃいい」
「――ッ! そ、そうはいきません! 真弥にも千紗にも私と同じ様に司様の従僕として働き、これまでの行いに対する贖罪に服す義務があると思っています。それなのにあの子達……司様にはもう逆らえないと言っておきながら〝ロータス〟と戦うことには負い目を感じている節があって、それはつまりまだあの子達の中で〝ロータス〟に正当性があると見ている証拠だと思うんです。自分達の行いが如何に罪深いか……そのことを今一度司様から分からせてやって頂けないかと……」
「…………」
七緒の着眼点は理解出来た。
確かにそれだと司の力に屈服しただけでこれまでの行い自体を改めたとは言い難い。
「あいつらが〝ロータス〟側に義理立てする理由……助けて貰った恩義は裏切れないとか? それくらいならまだ理解出来る余地は……」
「それを言うなら私にももちろんあります。ですが、だからと言って被害者立場を逆手に自分達の好きな様に振舞う今の〝ロータス〟上層部の考えは絶対に間違っていて、それにまんまと乗せられていた私達の軽率さも重罪です。そもそも、私達【修正者】は、世界を良くするためと過去での活動を続けていたつもりでしたが、これはある意味〝Answers,Twelve〟よりも被害の規模が大きい。悪を成して巨悪を討つならまだしも悪を誅して巨悪となるなど本末転倒どころではありません。あの子達はまだそこを理解出来ていないのです」
「……なるほど、確かにその解釈は納得出来る。分かった……ちょっと場を設けようか」
七緒の提案に司は頷き、振り返ってこちらを見ていた3人を手招きした…………。
〝ルシファー〟の下部には、底部ハッチに併設された格納庫がある。とはいえ、艦載機なども特に無いので重機やフレームも無く完全に開けた空間があるだけ。その大きさはそれなり、小中学校の体育館くらいはありそうだ。
そんな場所へ七緒に連れられやって来た〝元常人組〟の四人。
すると、出迎えたのは曉燕と真弥だけだった。
「あ、あれ? 曉燕? 千紗はどこへ行ったの?」
「あ、七緒……それが、先ほど良善様がここへ来られて『ちょっと千紗を借りたい』と仰られて……」
「そんな……せっかく司様にご足労頂いたのに……」
司に真弥と千紗を分からせる。
どうやらその意向は七緒と曉燕が相談して決めたことの様だ。
(よく考えたこっちの面子は〝元デーヴァ組〟か。〝Answers,Twelve〟内部でも結構パターンが出来つつあるな)
何となくふと気付いたことをぼんやり考えつつ、司は狼狽える七緒の肩をポンポンと叩いた。
「別にいいよ。良善さんが言ったんなら曉燕に拒否出来る訳が無いし、そもそもここでは俺より良善さんの方が上なんだから当然だ。さて、とりあえず……あ! 曉燕? これからさっさとお前らの用事を済ませる。そのあとでちょっと美紗都の能力に関して助言をしてやってくれ。さっき改めて見させて貰ったんだが、多分お前の能力に近しいモノがあるっぽい。今後のために美紗都の強化に協力してやってくれ」
「え? そ、そうでしたか……。はい、もちろんでございます。承知しました、司様」
恭しくお辞儀する曉燕。
そして、司は向き直り気不味いげに格納庫の中央に立つ真弥の元へ歩み寄っていた。
「……よう、なんだか七緒と曉燕を困らせてるらしいな?」
出入口傍で固まっている五人を後ろ手に指差して無表情に真弥を睨み付ける司。
対する真弥には、もうただただ気圧されるだけだった。
「あ、あの……いや、えっと……ち、違ッ! わ、私は……」
しどろもどろになる真弥。
相手が弱ければ容赦無くコケにするくせに、いざ力の差が逆転したらこうも何も言い返せなくなるのか。
「……自分の無様さ、情けないとは思わないか?」
七緒に『もうどうでもいい』と言っておきながら、いざ目の前にすると段々感情が逆立って来る。
なんだかんだまだまだ自分も未熟だなと少し自己嫌悪。それも合わさり司の眼差しはドンドンと暗く冷たく鋭利に真弥へと突き刺さっていく。
「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ――んぐッ!? う、うぅ……」
腰が引け、身体も震え始める真弥。
こんな奴に……こんな奴にいいように弄ばれて、自分は笑いモノにされて来たのか?
「……おい、折角こんな広い空間があるんだ。ちょっと模擬戦……しようぜ?」
「えッ!?」
司の目が赫色に染まり、手に黒い外骨格の鞭が形成され、司の〝D・E〟が少しずつギアを上げる。
本人としては手始めの四割程度。しかし、彼以外の全員が司から放たれる存在圧でジリジリと後退させられていた。
「ま、待って……わた、私……た、戦う気なんて……」
「四の五の抜かしてんじゃねぇ……〝Arm's〟を出して剣を持て。……俺が命令してんだろ?」
「ひぃッ!」
真弥の身体が一瞬光に包まれ、黄色い〝Arm's〟が瞬時に着装され、手にした剣が正眼に構えられる。ただ、その身体はまるで凍えている様に震え、構えた剣の切っ先は笑えるほどにブレ続けている。
そもそも悪に脅され戦闘服を纏う正義? あまりにも無様だ。
自称だったとはいえ、もうすでに心が折れているとはいえ、もう少しくらい気合を見せたらどうだろうか。
「お前から来い」
段々とイライラして来た。
さっきまでいつ振りかも思い出せないほど心地良い雰囲気でいられたのに、かつて自分を思い付く限り最大の苦しみを与えた上で殺したいとまで言ってた奴のこんなにも腰抜けな姿を見せられるのは鬱陶しいことこの上なかった。
「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ! ――あぁッ!?」
――ドサッ!
震える膝が折れ、その場に尻餅を付く真弥。
その顔はもう真っ青で唇まで青褪めている。
極寒の地にでもいるかの様に震えるその姿はもう戦う以前の問題だ。
「ご、ごめ……な――……い……ゆ、許し……許して……く、くださ……」
「…………はぁ」
震えたままドンドンと縮こまり土下座より委縮する感じに丸まり震える真弥。
もうこれ以上は話にもならない。司は〝D・E〟をOFFにして、ため息を吐いて振り返る。
「おい、七緒。悪いがもう話に…………え?」
呆れ声で説明しながら七緒を見た司。
だが、そこで奇妙なモノを見た。
それは何故か七緒や曉燕、さらには一緒に着いて来ていた美紗都と円が肌寒そうに自分の腕を抱き軽く身を震わせていたのだ。
「え? お、お前ら……どうした?」
格納庫の空調が寒すぎる?
いや、少なくとも司にそんな感覚は無い。
肉体が無いので平然としているツカサは参考にならないが、明らかに不可解な状況になっている。
「ハァ……ハァ……なるほど、そういうことでしたか……流石です、司様」
「え? 何の話だ?」
腕を擦り身を震わせる七緒の何か納得した様な言葉に司が首を傾げて目を向ける。
すると、そんな司の態度が逆に疑問だったのか、七緒もまた首を傾げてキョトンしていた。
「え? いや……良善様が仰っていた〝感情の先〟です。あれからまだたった数時間ほどしか経っていないのに、司様はもうその感覚を掴まれたんですよね?」
「はぁ? え? な、なんで? 俺、別に何にも……え? ち、ちょっと待て! 七緒、お前……俺の何を見てそう思ったんだ!?」
何らかの小さな予兆でも見えたのだろうか?
それはもしかすると第三者目線の方が分かりやすかったのかもしれない。
不意打ちに遭遇したきっかけ。司はすぐさま七緒に歩み寄りより詳しい内容を尋ねる。
「え、えっと……あの、先程司様が真弥と模擬戦をすると言って圧を放たれた瞬間、私はそこですぐさま〝寒さ〟を感じました。相手に恐怖を抱いて身が竦んだり寒気がすることはあると思いますが、私が感じたのはそういう精神的な表現を越えてもっと直接的な本当の寒さです」
七緒の説明にすぐ隣にいた曉燕、美紗都、円が身を縮めて身体を擦りながらコクコクと頷く。
「司様もご存じかと思いますが、私の能力は物体の温度を視覚的に捉えることが出来ます。私はその能力で周囲を確認しました。すると司様の背後にいた私達の体表温度はその時すでにマイナス二十度、真正面から司様と正対していた真弥に至ってはマイナス五十度に迫るほどに身体の周りの空気が冷えていて、反対に司様の周囲は放射状に二百度近い熱波が溢れ出ていました。恐怖を寒さに、怒りを熱に……司様のお力は感情の先……与える精神的負荷を現実環境に再現する領域に達しられたのかと……」
一体どういうことだ?
自分がそんな能力を使った自覚など全くなかった。そもそも当の本人がまだ〝感情の先〟というモノがどういう意味なのか理解出来ていない。だが、温度を目で見ることが出来る能力を持つ七緒が言うなら間違いはないだろう。
「マ、マイナス……五十度って……――はッ!?」
慌てて振り返る司。
その視線の先で蹲っていた真弥は、すでに震えてすらいなかった…………。
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