アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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閑幕 4

閑幕 世界の裏側に育つ芽 ④

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「…………いや、分かんねぇよ」

〝ルシファー〟内部に用意された司の居室。〝ルーラーズビル〟に居た時の部屋と比べると半分程度の広さしかないが、それでも人一人の居住スペースとしては十分過ぎる。

ブリッジでの会議の締めに良善が次なる作戦のための出発をこの側流世界での明朝と定めたので各々はしばし休息の時間を取ることになったのだが、司は良善から言われた一言がどうしても気になり、シャワーを浴びてベッドで仮眠という気にもならず、何となく部屋の中央で座禅を組んでみてずっと思案を巡らせていたが、結局何の結論にも至れずただ足が痺れただけに終わってしまった。

「感情の先……そもそも感情に先ってあるのか? 喜怒哀楽……呆れとか驚き? いや、そう言うのは派生だろ? 先って言うくらいだがなんかこう……一段階別のモノになる感じだよな?」

腕を組み何度も唸り考えてみるが考え方の方向性すら定まらない。
ただ、あの良善があえて抽象的な言い方をしたのには何か理由があるのは間違いないだろう。

「良善さんお得意の『頭を使え、考えろ』ってヤツだよな。答えが出なくてもこうして考えて脳を使うことに意味があるんだろう」

腕組みを解き、自分の掌を見る司。
自分の身体の中に存在する無数のナノマシン……〝D・E〟
きっと今、司が考えて脳を活発に動かしていることがそのナノマシンにも色々な影響を与えているのだと思われる。

「うぐッ……なんか、改めて考えてみると自分の身体の中にウジャウジャとナノマシンがいるって結構キツいモノがあるよな……」

道端にある石をひっくり返すと出て来る蟻の大群の様なモノを想像してしまい怖気が走ってサァと全身が寒くなっだが、無駄なことを考えている場合ではない。良善や達真、さらにルーツィアも態度を改めた様に恐らく今の自分は能力の伸び盛りに差し掛かっている。

ここで確実に殻を破り新たな領域で〝ロータス〟との直接対決に持ち込みたい。
ただ、その気持ちは揺ぎないのだが、どうにも煮詰まりを感じずにはいられなかった。

「うぅぅ~~ッ! 一人で考え込んでも埒が明かないか。せっかくだし、誰かと……――ん? なんだ、この感じ……」

気分転換に誰かの部屋でも訪ねてみるかと思い身体を起こしたところで、司は部屋の外に妙な気配を感じ取り扉に目を向ける。
すると……。

『お邪魔します』

「うわッ!?」

扉をジッと見つめていた司の視線がふと扉の下部に向いたと同時に、そこにある紙一枚が通るかどうかの隙間からニュルッと自分と同じ顔をした真っ白なシャツとズボンを辛うじて着衣している風に見える姿をしたツカサが現れた。

「なッ!? お、お前! なんだよいきなり! っていうか、俺と同じ顔でキモいことすんなッ!」

『うッ……し、失礼だな。俺だって不本意なんだよ! でも、この身体になってから感覚が滅茶苦茶なんだ。扉もわざわざドアノブに手を掛けなくても普通に通れる気がして……』

確かにナノマシンを借りた身体なら人間の生活空間など隙間だらけに見えてしまうのかもしれない。
しかし、その発想に甘んじるのは少々危険ではなかろうか?

「お前、もうただでさえ普通の人間じゃないんだから、感覚くらいは人間だった時のことを忘れない様にした方がいいぞ」

『え? か、感覚?』

「あぁ、今お前は人間の形をしているよね? それは人間だった頃のことをちゃんと覚えてるからだと思う。でも、今みたいに人間には出来ないことを平然とやっていると、段々自分が人間だったっていう感覚が希薄になる。最初は小さな〝忘れ〟かもしれないけど、そういうのが積み重なると最終的にお前は人間だった時の形さえ忘れてしまうかもしれないぞ?」

『…………』

「ん? なんだよ?」

『あ、いや……ごめん。そうだな、意識しておくよ。やっぱり副首領なんて立場に抜擢されるだけあって、お前は頭が良いんだな。つい自分と同じで馬鹿だと思ってた。一緒にしてごめん』

「……大差ねぇよ。今のだって置かれた環境の慣れで当たり障り無いレベルの助言をしただけだ。確信のある情報じゃないけど、少なくともお前が人間だった時のことを忘れない様にすることにデメリットはないだろうからさ」

『いや、そう考えられるだけでもすげぇと思う』

「ぐッ! 自分に褒められると何だか自画自賛してるみたいで恥ずかしくなるな……それより、大分人前に出るに相応しい感じになったな?」

『あぁ、円に頑張ってくれたんだ。それに足もちゃんと出来てるだろ? まぁ、まだ膝も足首も全然曲がらないけどね』

そう言ってツカサは棒立ちのままスッと浮かび上がった。
確かにその身体は子どもの着せ替え人形に近い簡素さがあるが、能力に目覚めたばかりで細かな調整など出来るはずも無いのだからしばらくは仕方ないだろう。
ただ、そんなツカサの全身を流し見て司はふとあることに気付いた。

「ふぅ~ん……それで、そのがお前の命綱か?」

浮かび上がったツカサの片足から垂れる毛糸くらいの少し太めな線。
その線は床に垂れて扉の隙間から部屋の外に繋がっている。
恐らくその終点はこのツカサの身体を構築している円なのだろう。
少々誤解を招く恐れもあるが、まるでがあるのかもしれない。

『あぁ、さっきブリッジで解散した後にラーニィドさんからレクチャーして貰ったんだ。意味としては母親と胎児を繋ぐアンビリカルコードへその緒に近いモノなんだってさ。多少分離するくらいなら問題は無いらしいけど、基本的には発現者である円と発現物である俺は接点を残したままにしておかないと俺の意識が劣化するんだってさ。まぁ、逆にいうとこうして繋がっていれば基本的に俺も自由に動けるみたいだ』

「なるほどね……それは便利だな。んで? なんで俺の部屋に?」

『え? あ、ぅ……い、いや……た、ただ単にまだ他にこっちから話し掛けれる感じの人が居なくて……』

「くそコミュ障がよ」

『言っとくけど俺はお前だからなッ!?』

意味合い的には独り言でもある司とツカサの会話。
ただ、根底の感覚は同じなので、会話のテンポは実に波長が合い居心地は悪くなかった。
司はソファーに腰掛け向かいの席にツカサを促す。ツカサも断る理由はなくその誘いを受けるが、足が曲がらなかったので仕方なく背もたれに手を置く位置取りに落ち着いた。

「別に円と二人っきりでイチャイチャしてればいいじゃんか。文字通り一心同体なんだろ?」

少々ブラックジョーク。
ただ、いつまでも腫れ物の様に扱っていてはいつまで経っても変わらない。
司は率先して2人の現状を割り切れるモノにするべく茶化しに掛かっていた。

『お、俺達は……あ……いや、違うなんてことはないんだけど……あの、えっと……ちょっと、部屋に居辛いというか……』

「居辛いって……もしかして、少し落ち着いたらやっぱりあいつ……」

あり得る話だ。
事態の衝撃に押し流されていたが、自分用の部屋を割り当てられてようやく一息付けた所で傍らにいるのは人外になった恋人。家族も世界も失い改めて現状に絶望するには十分過ぎる。一度は受け入れたじゃないかと言うのは余りにも残酷だ。

「あいつの混乱はよく分かる。でも、そんな時にこそお前が傍に……」

司は眉間に皺を寄せ叱責を向けようとしたが、もしかすると今のツカサ自体を拒絶されたのかとも考えれて上手く言葉を繋げなくなる。しばらく重々しい無言の時間が続くが、ツカサが意を決する様にして口を開く。

『円がシャワーを浴びてるんだ……いや、まぁそれ自体は普通なんだけど、分かるんだ……今の俺とあいつは繋がってるから、全部分かるんだ。あいつ……今、シャワーで誤魔化して泣いてるんだ』

顔を覆い項垂れるツカサ。
どうやら司の想像はおおよそ的を射ていた様だ。

「何か……今のお前を拒否する感じがあるのか?」

『そうじゃない……寧ろ逆だ。あいつはあいつなりにこの状況を呑み込もうとして、今の俺を受け入れてくれてるのも伝わってる。それよりもあいつは今『自分は吹っ切れてるから心配しなくていい』って俺が思える様に振舞おうとすることばかりを考えてる。自分がこんな状態だと俺の負担になるって涙を流すことにも罪悪感を……そ、そんなことばかり……考えてるんだ』

ツカサは手で顔を覆い項垂れる。
その声にはすでに大分泣きが入っていた。

『俺はあいつに救われた……あいつがいたから今の俺があるって言っても過言じゃない。あいつの言葉が……あいつの笑顔が……俺に……『あぁ、俺は生きていていいんだ』って、思わせてくれた! 俺にとってあいつは全てだ! あいつが幸せになれるならなんでもするッ! それくらい俺はあいつからたくさんの幸せを貰った! な、のにぃ……なんであいつがこんな辛い想いをしないといけないんだッ!? おじさんを……おばさんを……何もかも失わないといけない理由がどこにあるッ!? 俺を助けたせいかッ!? そんな運命ありかよッ! だったら今すぐ俺を殺してあいつが失ったモノを返せぇぇッッ!!』

「…………」

神にでも罵声を浴びせているのだろうか。
そんな話をここで、司を前にして叫んだ所で何の意味も無い。
するとツカサもすぐに我に返ったのか、一気に声のトーンが下がる。

『ご、ごめん……いきなり押しかけて、俺……何を好き勝手に……』

「いい。全然いい……もっと吐き出せよ。胸の中に溜まってるもん、全部出しちまえ。俺は……俺だけは、お前の全てを理解してやれる。どんな精神科医やメンタリストよりも絶対に深くお前に同調してやれる。だって……俺は、お前だぜ?」

本心からの言葉。
自分こそが自分の一番の理解者。
かつての司にはそんなこと全く思うことは出来なかった。寧ろ自分が一番自分の敵だと思っていたまである。
だからこそ、司は目の前の自分を肯定する。その胸の内に寄り添ってやりたいと本気で思えた。

(一歩間違えばただの自己弁護のナルシストだな)

苦笑を胸の内に留め、司はさらにツカサの中の堪えているモノを吐き出させるために無言で待つ。
やや時間を置いて、ツカサは顔を覆う手の隙間から目の前の司を見た。
するとその瞳は、司の予想とは裏腹にどす黒い憤りの火が宿っていた。

『なぁ、この〝D・E〟っていう力、俺の意識でも使うことは出来ないかな? それか、ラーニィドさんに俺にも力を貰えないか交渉する余地はないか? 許せない……許せ、ない……んだよッ! あいつを……円をこんなに苦しめる〝ロータス〟がッ!! 一人……残さず、ブチのめして……やりたいッ! この手でッ!!』

本心が出た……司はそう思った。
どうやら居辛くて逃げて来たと言うよりは、ジッとしてられず直談判しに来たというのが本音に近い様だ。

(結局……こう、なるのか)

怒りに燃えるもう一人の自分を見るのが辛い。
この自分にはこんな怒りの感情など抱かずにずっとあの世界で極々平凡で幸せな日々を過ごして欲しかった。
だが、もうそれは叶わない。ならばいっそ……とは思う気持ちは察するに余りある。
だが……。

「多分……無理だ。もちろん俺だってこの力を完全に理解してる訳じゃない。知らないことの方が多いくらいだ。詳しい話は良善さんに聞いた方が絶対にいい。でも、そもそも今のお前の存在自体が円の〝D・E〟であいつの欲望……いや、あいつの望みそのものだ。そんなお前が自分の意志だけで能力を使うのは、言い換えれば能力の暴走と同じだ……と、思う。俺がこれまでこの〝D・E〟を使って来た感覚的に、お前能力が勝手に動くのはロクなことがない気がする」

欲望が暴走する。
ただでさえこんな人智を越えた力なのに、それが発現者の制御を外れるなんて素人目にも危ういと分かる。

「言ったはずだぜ? お前は一生生きて円を守るんだ。もし、そんな何が起こるか分んないことをしてその身体が維持出来なくなってお前の意識まで消えたらどうする? 今度こそ本当に円を独りぼっちにしちまうぞ?」

『ぐぅッ!? そ、れは……そうなんだけど……』

「〝あいつが幸せになれるならなんでもする〟んだろ? だったらその怒り……嚙み潰して飲み込め」

『………………はぁ、なんか嫌だよ、自分と話すのって。何一つ誤魔化しが利かないじゃないか』

「あぁ、それはマジで同感」

まるですでに出ている答えを改めて討論している様な二度手間感に嘆息する司とツカサ。
しかし、わざわざ訪ねて来た自分の言い分も司には十分に共感出来ていた。

「とにかく、安易にお前が何かをしようとするのは一旦やめとけ。発現者である円がしっかり〝D・E〟に適応してから良善さんに改めて相談してみればいいじゃないか。それに、もし問題が無いのであれば、俺だってお前が能力を使える様になってくれた方がいい……円の手を汚すくらいだったら、が……だよな」

『は、ははッ……もしかして、こういう〝言わなくても通じ合える〟っていうのが〝親友〟なのかな? だったらそれが自分とか……かなり闇深いよ』

「イマジナリーフレンドだっけ? でも、現実に目の前にいるから余計訳が分かんないよな」

『全くだ……。でも、理解者がいるってやっぱり本当有難いことだよな。なんだか円の家にお世話になることになった当時を思い出したよ……。おかげで少し気持ちが楽になった。うん、俺と円が繋がっている以上、俺に何かあればそれが円に影響する可能性もあるかもだし、もうしばらくは大人しくする。……ありがとう』

「あぁ……気にすんな、兄弟」

『プッ! 兄弟ぃ? なんだよそれ、任侠モノか?』

「なんかちょっと格好良いじゃん。男同士の絆みたいな感じでさ。あ、ちなみに俺が〝兄〟な?」

『ははッ! まぁ、精神的にはそっちの方が大分上っぽいし、副首領様と新入りなら妥当かな? じゃあ、しっかり面倒見てくれるんだよな……兄貴?』

「あっははッ! あっさりと自分が下で受け入れるんだな? やっぱり幸せを知ってると器がデカくなるのか? 羨ましい限りだよ。……あぁ、お前の幸せは俺の可能性だからな。ここだけの話……俺が死のうがお前が円の隣で生きてれば俺の勝ちだ。任せろ」

『重いな……じゃあ、盃でも交わす?』

「いや、俺達の場合、盃というよりはマグカップでコーヒーじゃね?」

『フフッ、それじゃあただの一服だよ』

「それくらいが丁度いいんだよ」

自分自身と語り合う。気持ちが悪いがどこか気が楽な感じもある。
何せ、相手は自分だ……話す言葉に嘘が無いし、含みが込められていようがすぐに分かる。
〝腹を割って話す〟の完全形の様で疑る必要が無い。
司は姿勢を崩し、ツカサも大分表情にゆとりが戻る。

そこからはもう単なる世間話のノリ。
当然同じ趣味であるコーヒー談義に花が咲き、司が持つ本格的な用具をツカサに見せて使い方のレクチャーを受けるなど本当に友達の様に語り合い親睦を深めていった。
そして、ツカサの指導で今までより格段に美味しく淹れられたコーヒーを飲みながら、司はふと話題を変えた。

「そう言えばさ、お前ら2人の仲ってどこまで進んでんの? 店番中にもこっそり裏でキスして『コーヒー味だね♪』とか砂糖吐きそうなことしちゃってるくらいだし、結構決定的なところまで行っちゃってる感じなのか?」

『はッ!? な、何で知って――』


――ダダダダダダッッ! ダンッ!!


「何で知ってるのよッッ!?」


「『は?』」

廊下を走る音が聞こえたと思った矢先、突然司の部屋の扉が叩き開けられる。
完全に不意打ちで固まる司と、同じく身を乗り出していた体勢で固まるツカサの視線が扉を向くと、そこに立っていたのは、顔を真っ赤にして肩を怒らせる少し目元が腫れた円と、その背後で苦笑している美紗都だった…………。
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