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閑幕 4
閑幕 世界の裏側に育つ芽 ①
しおりを挟む決めるべきではない覚悟が決まった。
「こんな子どもがバラバラに吹き飛んでもいいって思ったんでしょ? だったら……あんた達がそうなっても文句は無いわよねぇッッ!?」
美紗都が手にしていた奇妙な球体。
それが兵士達に向けて投げ付けられ、空中でガラスの様に砕けた。
――ドゴォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!
「「「ぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」」」
先程よりも明らかに強力な爆発が前方にした兵士数名を蹴散らす。
あの灰色と赤色の渦は美紗都達が襲われた爆発の大半を閉じ込めていたらしい。
そんな常識を無視した行為が出来るということは……。
「すぅ……――んッ!」
「うわぁあッ!?」
「な、なんだぁッ!?」
球体を投げ捨て空いた片手で美紗都はまるで空気を掴み引く様な動きを取る。
すると、後方で目の前に倒れた黒焦げの仲間を呆然と見ていた兵士二人が、まるで見えない手に胸倉を掴まれた様につんのめりながら美紗都の方へ引き寄せられて……。
「あんた達はバラバラの逆にしてあげる」
こんな声が出せたのかと自分でも驚くくらいに極寒の声音で、美紗都はその掴み手を握り締める。
「――ぶげぇあぁッッ!?」
「――ぼぎゃあがぁッッ!?」
――バキバキバキボキゴキボキグチャボキゴキブシャボキゴキィッッッ!!!
防具、皮、肉、骨、内臓。
身の毛のよだつ音を立てて人の身体が見る見る内に丸く潰されてゆき、最終的には人一人の身体がバスケットボールより一回り大きいくらいのサイズにまで圧縮され、水たまりに土嚢を落とした様な音を響かせて床をコロコロと少しだけ転がった。
「ひぃいぃぃッッ!! ば、化け物だッ!!」
「に、逃げろ! あんなの生身で戦える訳がないッ!!」
残された数人の兵士達は完全に戦意喪失。
手にした武器さえ投げ捨て、少しでも身軽になり全力で逃げを打つ。
もはや〝情けない〟とは言うまい。
今の美紗都は天災と同列。
人が挑むなど烏滸がましい存在へと辿り着いた。
「逃がす訳ないでしょ?」
美紗都が羽虫を払う様に片手を横に振ると、その動作で兵士二人が壁に叩き付けられて潰れた。
さらに残る数人も美紗都が再び空気を掴み引く動作をした途端、身体をくの字に曲げて廊下を背中から幅跳びをする様にして美紗都の眼前でピタリと空中に固定されてしまう。
「うわぁあぁぁぁッ! 待ッ! 待って! 謝る! 謝るから助けてぇぇッ!!」
空中で身を捩り、金切り声を上げて許しを乞う女性兵士。
どこか聞き覚えのある声に感じたが、もうそれもどうだっていい。
「いらない……あんた達の謝罪は私の人生に何の価値も無い。そもそも自分達がしようとしていたことを逆にされそうになった途端にその態度は何なの? 私はもう覚悟した……もしかすると自分でも気づかない内に自分が窮地になった時に命乞いを受け入れて貰いやすい理由を作るために加減してたのかもしれない。でも、そういうの卑怯だよね? あんた達のこと嫌いだけど私は私のことも嫌い。でも、自分を嫌い続けるのってしんどいから、ちょっと……少しだけ、それを誤魔化すために私はもう躊躇わないことにした。何一つ言い訳出来ない悪として、自分で定めた自分の気に入らない悪党を殺す。……じゃあ、お疲れ様」
「お、お願いぃ……やめ――」
――ブシャアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッ!!
拳を捻る美紗都の動作に合わせて捩じり潰される女性兵士。
撒き散らされる鮮血は、まるで見えない壁で遮られている様に空中で弾かれて無表情の美紗都にまで届かなかった。
「…………う、くッ!」
怖気を咀嚼して呑み込む。
拒絶する様に吐くのではなく、何もかもを受け入れその身に行き渡らせる。
握ったままの拳が震え始めた。
呆れてしまう……自分でやったことに何を今更竦み上がっているのか。
「ハァ……逃げたなぁ、私。でも、今はそれよりも……――んッ!」
頬を叩き、状況に自分を戻す。
殻を破れたとはいえ、大分時間を掛けてしまった。
美紗都は小脇に夜空を抱えたまま屋上へ向かう階段へ戻ろうとしたが、もうわざわざ階段を登るまでもなかろうと、もう一度拳を握り廊下の壁へと放つ。
――ドゴォォォォォンッッッ!!!
「う、わぁ……薄いベニヤ板みたいな感じ……」
鉄筋も入ったコンクリートの壁にあるまじき手応えの無さ。
〝D・E〟が目覚める目覚めないの差は、文字通り世界が違うほどの格差があるらしい。
そして、殴り抜いた穴から外へ出て屋上へ壁面を登ろうと顔を上げた瞬間――――。
「Geh mir aus den Augnッッッ!!!」
「いぃッ!?」
見上げた屋上から星空を覆う様な黒い花火が炸裂する。
それはまるで何百もの巨大な黒蛇の様に軌線を描く真っ黒なミサイル。
それが空を駆けて地上の戦車や歩兵、さらには遠くからこちらへ滑空して来る戦闘ヘリなどを次々に貫き爆散させていた。
「失態だッ! 失態だッ! 大ッ失態だぁぁぁッッッ!!! 無比様に負けるならいざ知らずッ! よもや敵の捨て駒風情にこんな無様を晒していたとはッッ!! 諦めろッ! 今この場にいた自分の運命を呪えッ! 今宵この場の芥は塵一つたりとも逃しはしないッッ!!」
屋上から数階分下にいても聞こえる怒号と共に再びナノマシンミサイルが放たれ、さらに無数の戦闘機が放射状に飛び立つ。ただ、そこまでしてもまだ足りないのか、ビルの壁面を黒い泥が覆ってそこから機関銃や砲塔が生えて周囲を蹴散らす。
自力で目を覚ましたらしいルーツィアの本気によって、単なる民間の雑居ビルは一瞬で難攻不落の要塞と化し、こちらが受け身の籠城戦は一気にこちらが攻め手の掃討戦へとひっくり返ってしまった。
「すごぉ……やっぱりこういう広い範囲で大人数との戦闘だとルーツィアさんが私らの中ならトップなのかも……――うわッ!?」
――ガキィィィンッッ!!
壁面で止まりルーツィアの本気を唖然としながら見上げていた美紗都の横に人影が飛んで来る。
その正体は、壁に太刀を突き挿し肘を引っ掛けて荒い息を吐くボロボロの紗々羅だった。
「ハァ……ハァ……ハァ……――ゲホッ! お早いお目覚めよ、全く……あら? 何かあった? 殻から顔が出てるじゃない、あんた……ゲホッ、ゴホッ!」
「さ、紗々羅ちゃん!? どうしたの!? さっきよりもひどい怪我じゃない!」
茜色の着物が所々切り裂かれ、その隙間から見える白い肌にも深い切り傷を受けている紗々羅。
ただ、銃火器や兵器を相手にしていたはずなのに、受けている傷が切り傷なのは少々不可解。一体何があったのかとは思いつつも、上でルーツィアが一帯を制圧してくれているので、美紗都は突き立てた刀に掴まっているのもやっとな紗々羅を下から抱え上げる様に手を動かす。
すると、紗々羅の身体は何もない空中に割座する様な体勢になり、幾分か楽になった感じの吐息を漏らす。
「ハァ……ハァ……何この力? 前の世界で使ってたあんたの能力的に、磁力とか引力とかそういう引き寄せたり弾き飛ばしたりする系なのかと思ったけど……これは、違うわね?」
「う、うん……私もまだよく理解出来てないけど、なんだか身体を大きく出来たり伸ばしたり輪郭を広げている感じ……ちなみに今は紗々羅ちゃんを掌に座らせているって感じかな?」
「外骨格に特化する系? ルーツィアと一緒じゃない……便利よ、それ。まぁ、詳しくは良善さんに聞きなさい。私は……ちょっと、疲れた……」
パタリとその場で横になる紗々羅。
息は少し落ち着いて来たが、全身の傷はかなり深い。
おまけにどの傷も治癒が美紗都よりも遅い。
「だ、大丈夫ッ!? ま、待ってて! 今、曉燕の所に!」
「大丈夫……っていうか、今上に上がるとハチの巣になるわよ? それに曉燕の治療はこの世界の司様が回復してから。心配いらないわ。全部急所は外してる……雑魚共に混じって懐かしい敵に遭遇しただけよ。それに全員返り討ちにしたしね」
そう言って紗々羅は着物の袖から丸に横刀の家紋の様なモノが彫られた少量の薬などを入れておく用の小さな印籠を三つ掌に出した。
「そ、それは……?」
「へへッ……私の実家の品だよ」
「え? じ、実家……?」
キョトンとする美紗都。
そして、屋上からの無差別攻撃は次第に周囲が更地になっていくに従いその勢いを徐々に落ち着かせ、十数分間一瞬も途切れなかった攻撃が完全に止まると、都心部の方から二つの気配が荒野にポツンと一棟だけ建っている様な有様になった雑居ビルへと飛んで来た…………。
「……ふぅ、なんだい司? 何故そんなに私を睨む?」
「教えないと分かんないですか?」
黒い兵団を退け……いや、皆殺しにしてようやく落ち着いた雑居ビル周辺。
どうやらさらに第二陣第三陣準備の動きが遠くであった様だが、未だにイライラが収まらず爪を噛んでいるルーツィアが爆撃部隊を編成してルーに指揮を執らせてすでに対処しており、こちらではもう『遠くで花火大会でもやってるのか?』という影響くらいしかなかった。
そしてそんな屋上では、座り込む紗々羅と七緒の背中に手を置き傷を治療している良善とその正面にあぐらを掻いて目尻を吊り上げている司。そんな二人を囲む様に目を覚ましたルーツィア、真弥、千紗。
そして、美紗都が立ち並んでいた。
「フフッ、新鮮な経験だ。まさか私が君に教えを乞う日が来るとわね。ぜひ、解説してく――」
「なんで鷺峰をここへ連れて来てるんですかッ!?」
食い気味に声を荒げる司。
その言葉にその場の輪から少し外れ、依然としてこの世界の司の治療を続けている曉燕の横に立つ円がビクリッと肩を震わせ縮こまる。
司と良善が到着してまず最初に注意を引いたのは傷だらけの紗々羅だった。
もちろん、最初に二人の注意が向いた美紗都の覚醒も話題にするべき事案だったが、傷の治癒が上手く出来ず苦しんでいる紗々羅と七緒の方が先に対処するべきとなった。
結論から言うと、二人の治癒不良は傷口に全く別のナノマシンが大量に潜伏して本人のナノマシンの働きを阻害していたからだった。その別のナノマシンとは〝ロータス〟に渡った司の〝D・E〟を狂わせ劣化させたモノ。
ただ、今回は明確な意図がありあえて劣化させるこの処置に良善は『面白い使い方だ』と意外にも好感を得た様で機嫌良く二人の傷口からその劣化したナノマシンの除去を進め、ようやく傷の治癒がまともに回り始めて顔色が落ち着く紗々羅と七緒にその手を取ってやっていた司は安堵する。
そして、そこでようやく司は彼の中ではここにいるはずの無い円と目が合ったのだ。
「おやおや、君は円嬢の恋人ではないのだろ? それなのに勝手にその者の行動を制限する権利が君にあるのかい?」
「こういう時だけ正論ですか? 悪の副首領が何言ってんだ! 状況を考えろよッ! 万が一こいつが標的になってたらどうすんだッ!?」
「フッ……この私が隣にいてその心配があると思うかい?」
「ついさっきまでここに置いて行ってただろ!!」
「おっと、それは確かに……これは一本取られたな」
「ふざけてんのかッ!?」
本当は今すぐ飛び掛かりたいくらいなのだが、生憎良善が二人を治療中のため前のめりにがなるしかない。
すると、いよいよ居たたまれなくなった円が一歩前に出て来た。
「ご、ごめん……司。私……私が悪いの! 私がラーニィドさんにお願いして連れて来てもらったの! だって……だって、司が……え、えっと……わ、私とこの世界にいたっていう方の司が危ないって聞いて、私にジッとしてろなんて無理だよ!」
「ぐッ! お前が捕まって、そこに寝てる俺みたいな目に合ってたかもしれないんだぞ!?」
「…………それ、私を止める理由になってないから」
「――ヂッ!!」
目に涙を溜めて口を真一文字に結び微かに震えながら睨み返して来る円。
その呆れた強情さに髪を掻き毟り視線を切る司。
「はっはっはッ! 君達が普段どっちが尻に敷かれているかがよく分かる。さて、真面目な話に戻そう。分かっていると思うが……司? 今の円嬢がもう人間でないことは気付いているね? 万が一奴らが円嬢に手を出していれば、恐らくやられていたのは相手の方だ。何せ、君と美紗都のよりもさらにバージョンアップしたモノ。はっきり言って私の過去最高の傑作だ。依り代をみすみす危険に晒すことは百%ありえない」
「やっぱり〝D・E〟を入れたんですか?」
「あぁ、それしかあの時の対消滅寸前だった彼女を助ける術はなかった。悪いがこれに関しては何と言われようがどうしようもない状態だったよ?」
「…………はぁ」
色々諦めた様なため息を吐き、怒らせていた肩を下ろす司。
円を助けてくれと言ったのは自分だし、この世界に連れて来た円から良善が離れた理由も自分が達真にやられかけていたから。
全て自分が蒔いた種なのだから、これ以上の癇癪はただただ無様を晒すだけだった。
「フフッ……そうして自分を顧みれるのはいいことだね」
「くッ! わざわざ口にしなくてもいいでしょ、そういうの……」
その場の中心から退く司。
ただ、そのまだ不愉快げな顔に円が委縮しながらも何かを言おうと口を開きかけたが……。
「むぐッ! むぐぐッ! はぁ……鷺峰、今は色々とっ散らかってるから、また落ち着いて話をしよう。今はそいつのことだけを考えていればいい」
「あ……う、うん、ごめんなさい。本気で私のこと心配してくれてたのは分かってる…………ありがとう」
顔を掌で揉んで強張っていた表情をどうにか解して今出来る精一杯の苦笑を返す司に、円は少し安堵して頭を下げ曉燕の傍に戻る。
そして、話は再び良善が舵を取り始めた。
「若人の葛藤や感情の起伏は実に複雑で見ていて飽きないね。正直、今の〝Answers,Twelve〟の方が以前よりも新鮮で楽しく思えるよ。さて……そんな中、君も一歩前に進んだ様だね、美紗都?」
良善に話を振られ、その場の視線が美紗都に集まる。
どこか満足げに少し口元に笑みが戻るルーツィア。大分治療が進み多少余裕が出て来たらしい曉燕は首だけ美紗都に向けて笑みを送る。紗々羅はニシシと笑い、七緒は胸元で小さく拍手。そして、ついこの前自分達がその命を狙っていたことにゾッとしている感じの真弥と千紗は半歩後ろに下がって委縮していた。
そんな奇妙な場の雰囲気に、美紗都はこだわりの身体の前に垂らす三つ編みをいじりつつ気不味げに視線を逸らして苦笑する。
「す、進んだっていうか……殆どヤケになって開き直っただけな気が……」
「問題無い。肝心なのは過程はどうあれ君が自分のあり方を自分で決断したという点だ。自分で自分を定めることが出来ず何者にもなれない者は掃いて捨てるほどいる。まぁ、社会的に誇る決断ではないかもしれないが、何も決めれない愚者共よりは幾分マシだと私は思うね」
「あ、ぅぅ……は、はい……どうも」
思いの他ストレートに褒められてしまい、美紗都は照れくさそうに三つ編みに手櫛を掛ける。
「さぁ、主からも何か言ってやったらどうだ?」
良善の視線が司に向く。
不意を突かれて驚く司だったが、彼が口を開く前にススッと美紗都が司の傍に寄った。
「あ、あの……司様? 私……多分、これからはもう少しお役に立てると……思う。この手、もう……汚れちゃったから、これからはどんな汚れ仕事でも私に任せ……――痛ッ!?」
自分の有用性をアピールしていた美紗都の額に司のデコピンが入る。
まるで硬球をバットで打ち飛ばした様な音が響いて円が目を剥くが、それ以外の者にはジョークで収まる威力だった。
そして、司は美紗都の頭を抱く様に胸元へ引き寄せる。
「汚れ役とか言うな。正直、お前まで俺みたいになる必要無いって思ってたのに、現状お前の方が覚悟決まっちまってるじゃんか……何してんだよ」
本当はもう少しキツめに言いたくあったが、言った所でもう美紗都は戻れない。
そもそも戻る道が無いのだから前に行くしかなかった。
同じ境遇としてそれを責めるなど司には出来ず、中途半端に受け入れる感じの言い方になってしまった。
「あはは……でも、このまま司様が手を汚さないってのも面白くない? 〝ロータス〟が言う未来の罪を全否定だよ?」
「ふむ、悪くない提案だ、美紗都。愚物にはそういう意趣返しが一番利く」
怪しく光る血色の眼でほくそ笑む美紗都に、まだ少しテンションが残っているのか、ルーツィアが珍しく歯を剥いた笑みを見せる。
しかし……。
「馬鹿言うな。なんでこっち側に来てまでそんな制限掛けられないといけないんだよ。仲間外れにすんな。地獄へ行くなら一緒に行こうぜ?」
自分達はもはや一蓮托生。
自分でも臭いセリフだとは思ったが、自然と湧き出た仲間意識の様なモノ。
出来れば下手に突っ込まずにサラリと流して頷くだけくらいが理想だったが……。
「くっさ……」
「おいッ! お前、覚醒してちょっと吹っ切れ過ぎてねぇかッ!?」
失笑顔で肩を竦める美紗都。
自覚があった上に指摘までされ、司は羞恥に頬を染めながら美紗都の頬をつねり上げた。
「いひゃいッ! いひゃいよ司しゃまぁッ! ご、ごめん! ごめんってばぁッ!!」
周囲の空気が一気に腑抜ける。
ただ、そんな空気を利用する強かな者がいた。
「綴真弥、曽我屋千紗……どう思う? あの二人の笑みを」
「うッ……」
「あ、ぅ……」
腕を組み視線は向けず隣に立つ真弥と千紗に語り掛けるルーツィア。
その声音は決して責めたニュアンスではなく、世間話の様な軽いモノ。
だが、その緩さが逆に二人の胸を締め付ける。
「その曇った瞳を磨き直してよく見ておけ。あの笑みは貴様らが関わらねば誰に恥じることもない日の下で掴めていたであろう笑みだ」
「…………」
「う、くぅ……う、ぅ……」
最後に横眼で睨むと、真弥と千紗が微かに頷くのが見えた。
ルーツィアは良善に治療されている七緒に目を向ける。
その視線に頷き返す七緒。
この二人に対する処置もいよいよ大詰めを迎えている様だ。
「やれやれ、締まらないね。まぁいいさ。さて二人とも、劣化ナノマシンの摘出は完了だ。あとは自分で治しなさい」
司と美紗都のじゃれ合いを見つつ、ルーツィアと七緒の目配せも見逃さなかった良善が二人の背を叩き立ち上がる。
「ありがとうございます、良善様」
「ありがとね、良善さん♪」
「うむ、それで……だ」
場の雰囲気が仕切り直される。全員が良善の方を向くが、その良善は誰とも目が合わず……。
「これから少々大事な話をしたいのだがね。その前に……そこのお嬢さんは誰だい?」
良善が指を差し、全員の視線が誘導される。
そこにいたのは、屋上の端で膝を抱えて縮こまっている少女。
縁あって美紗都が連れて来た月見夜空だった。
「あ、あの……ごめんなさい、私が勝手に……。最初はここまで連れて来るつもりは無かったんだけど……」
膝を抱え顔を伏せる夜空に近付く美紗都。
その肩に優しく手を置いて語り掛ける姿に、司達も事情が知れず首を傾げる。
ただ、その憔悴した顔が美紗都の呼び掛けで少し上がった瞬間……。
「ほぉ、これはこれは……面白い巡り合わせだ」
微かにほくそ笑む良善。
その囁きに司が眉を寄せる。
「良善さん、あの女の子を知ってるんですか?」
「ん? あぁ……君と会う前に別の側流世界で殺した覚えがある女の子と同じ顔だ」
「こ、殺し……別世界の同一人物ってヤツですか?」
「そうだね。しかし、それをあの子に教える必要は無いだろう。怖がらせてしまうだろうからね」
「確かに。『前に君を殺したことがあるよ』なんてどっちに転んでも怖いですよ」
司と良善がコソコソと話をしているうちに、美紗都は夜空と手を繋ぎながら輪の中に戻り事情を説明した。
この側流世界の狂わされ方やこの少女がどういう最後を迎えかけたか。
もはや驚く気にもなれない〝ロータス〟の他者軽視。
そして、夜空が粗方その身の上を終える。
それを聞いていた司には、夜空が随分とすっきりとした顔をしている様に見えた。
まるで胸の内に溜まっていた膿を吐き出せた様な、少なくともこんな小さな少女が抱えるべきではない苦悩が取り除かれた様に見えた。
すると……。
「良善さん。さっきこの子とも少し話したんだけど……私、この子をここにこのまま置いては行けない。一緒に連れて行かせて欲しいの」
「構わんよ」
「毎回毎回そんなことしようって訳じゃない! ただ、この子とあの場で巡り合ったのは単なる偶然とは思え…………え? い、いい……の?」
「あぁ、別に構わない。君がそうしたいと言うならすればいい。私は年齢で人間の有用性を決めることは無い。それにそのお嬢さんの中に何か光るモノが潜んでいる可能性もゼロとは言えない。ならば一度キープしてみるの一興だろう。ただ……君自身は納得しているのかい?」
相手の胸中を覗く様な良善の眼差しに怯え美紗都の背後で半身になる夜空。
ただ、ややあってしっかりと自分の口で夜空は答えた。
「は、はい……美紗都さん……ううん! 美紗都様に、付いて行きたい……です」
「……はい?」
美紗都が司を様付けしていたことに合わせたのか、改まって敬称で呼ばれた美紗都が目を点にする。
すると良善はクスクスと肩を揺らして頷いて見せた。
「はっはっはッ! 面白そうじゃないか。……お嬢さん、君の名前は?」
「え? あの……うぅ! つ、月見、夜空……ですぅ」
「ほぉ、風情のあるいい名前だ。よかろう、君に本流世界に行ける身体を提供しよう。こちらへ来なさい」
やはり血の繋がりか、名前の褒め方も少し美紗都と似ていた良善は手招きして、夜空は美紗都と手を繋いだままオドオドと良善の前まで歩み寄る。
そして良善はコートの内から小瓶を取り出し、その口を塞ぐコルクを外すと躊躇いも無くその中の透明な液体を夜空の頭に掛けた。
「うぷッ!?」
「うえぇッ!? ち、ちょっと! 何してるんですか良善さん!」
「心配するな、別に身体に害のある薬品という訳ではない。この子の身体はこの側流世界の住人としての身体だ。このまま本流世界へ連れて行くとこの子の身体は消えて無くなり本流世界に溶け消えてしまう。この溶液はそんな世界の仕組みを欺く裏技の様なモノだ」
最後の一滴まで浴びせ掛けて小瓶を仕舞う良善。
濡れた夜空は少し気味悪そうにしながらも良善に言われるまましばしジッとしていた。
「中年が少女に得体の知れない液体をかける……事案確定だな」
「やめてくれるか?」
「大丈夫、夜空ちゃん? 何か身体に変な感じ無い?」
司の突っ込みに嫌そうな顔を浮かべる良善。
その横で美紗都は夜空の隣にしゃがみ込み様子を伺う。
「うぅ……だ、大丈夫……です。ちょっとしょっぱいだけで……――あぅ!? め、目に染みるぅ……」
「しょっぱい? 塩水でも掛けたんですか?」
「惜しいね。正確には本流世界の〝海水〟だ」
「か、海水……?」
「海は命の源……この小瓶の中に入れていたのは生物の進化の転換期に合わせて数百回に分けて採取した海水をブレンドしている。要は生物の進化の過程を凝縮した命の溶液。それを受けた側流世界の仮初の命は一時的に命の情報量が増えて存在が難溶性になる。その間にあとは円嬢と同じ手法で存在を確立するのさ」
「……こんな子どもにも〝D・E〟を使うんですか?」
「子どもだからは関係無い。私は〝人間〟を新生児であろうが老衰寸前だろうが全て等しく〝人間〟としか見ていない。それよりも本流世界に戻ったら〝Answers,Twelve〟の組織改編を行う。この少女や円嬢も能力の覚醒次第では君の部下に置いて貰う。何せ首領が裏切るという本末転倒な事態になっているのだからね。早々に体制を再構築する必要がある。ちなみに……」
そこで良善は司の肩に上で回して引き寄せるあまりらしくない動きで司の耳元に囁く。
「あっちで治療しているこの世界の司に同じ手は使えない。かといってもうこの側流世界に彼の居場所は無いから本流世界へ連れて行くしかないのだが、君と彼……御縁司という存在を一つの世界に二人確立させるのは流石にリスクが大き過ぎる。私に出来る最善の処置は……――――」
「…………は?」
良善から開示。
他に方法が無いので提案ではない。
ただ、その内容は決してあの二人の仲を蔑ろにしたモノではないものの、あまりにも人間の感覚には馴染まない手段だった…………。
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主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
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