アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene11 〝正しい〟が持つ魔力

scene11-7 超越者の目線 後編

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 円達を残し、瞬時に戦場の中心に馳せ参じた良善。
 少し医療指南で時間を食ったが、それでも愛弟子が一方的にリンチされる前に現場に辿り着けた。

「り、良善……さん?」

「司……君は本当に何かに付けてケチが付く不運な星の下に産まれているね? せっかく自力で勝利を掴んでも無粋な横槍や闖入者で毎度その戦果が有耶無耶になってしまう。今回に至ってはバンダム級、フェザー級、ライト級と順調に階級を上げていく新進気鋭の若手ボクサーが道端でヘビー級チャンピオンに不意打ちを仕掛けた様な呆れた構図……実力が評価されにくい損な立ち位置だ」

 月下で赤い瞳になびくコートを合わせたその姿はまるでバンパイアだなと、司は少し間の抜けた突っ込みを胸の内で呟く。
 この過去側流世界に入る前『今回は君に任せる』と言っていた良善。
 当然、司も覚悟を決めて転移して来たので今回は流石に師匠の助けは無いだろうと思っていた。
 なので『どうしてここに?』と一瞬口を出掛けたが、よくよく考えればそんなことを尋ねるのはナンセンスだ。

 達真もそうだが、この良善も自分の行動を他人にあれこれと言われる筋合いは無い超越者。
 そんな彼らが気分次第で好き勝手に動くなど今更なこと。
 司的には正直ほんの少しだけ弟子の身を案じて様子を見に来てくれた面倒見のいい師匠なのか? という感想も浮かびかけたが、そんな良善の声音は若干苦笑を感じさせるもその目深めに被っていた中折れ帽子の縁から見える口元には彼の怒りバロメーターである咥え煙草が紫煙を流している。

(おいおい……不味いんじゃないか?)

 状況的には助けに来てくれたと思っていいだろう。
 口振りも抵抗出来ず押さえ付けられてしまっている自分の姿に幻滅している感じはない。
 だが、まだ放つ気配は穏やかなのに、司には良善がまるで今にも噴火しそうに揺らぐ火山の様に見えたし、目の前にいる達真もすでに司の顔を掴む手から力が抜けて背後の良善に意識が向いているのが感じられた。

 そして、司と達真のどちらからも警戒される良善はおもむろに帽子を脱ぎ足元へ落とす。
 良善にしては珍しい所作だなと思ったが、次の瞬間そんな意味の無い考えは吹き飛び意識さえも蹴散らされてしまいそうな衝撃が全身を襲う。


 ――ズンッッッ!!!


「ぐッッッ!? あ――――あ、ぁ――――ぁッ!?」

 割れたガラス片がさらに粉になるまで砕け散り、壁や床に亀裂が増えて電子機器がスパークを上げる。
 司の全身も小刻みに震える。だがそれは恐怖云々の話ではなく、見たことも無いほど深いもはや〝漆黒〟に近い血色の眼をした良善が放つ存在圧に司の身体が物理的に軋み上がっていた。
 そして、そんな良善の口元の煙草もまるで火が動揺でもしているかの様に急に先端の燃焼が加速し、あっという間に跡形も無く燃え尽きてしまった。

「達真。貴様……もう前回の話を忘れてしまったのか?」

「はぁん? あぁ……いやいや、忘れてねぇよ? 流石にもう『次は無いな』と思った。だから強行したのさ」

 司が仰向けで必死に衝撃に耐えている最中、達真は背後に化物が立っているというのに起こした動作と言えば精々司の顔から手を離したくらい。
 この状況でその顔が微笑を浮かべていることが司には理解出来ないが、そんな達真の瞳も良善に勝るとも劣らない黒血色の双眸で対等に圧をぶつけ合っていた。

 司は把握した。自分は今、ついこの間本流世界で起きた高層ビル一棟が跡形も無く消え去った爆心地と同じ状況に置かれているのだと。

「じ、ょ……う、だん……じゃ、ねぇ……ッ!」

 意識を保つだけで精一杯が、このままこの二人がここでタイマンを始めたら、周囲のビルもろとも自分が人の形を保っていられないかもしれない。
 しかし、そんな司を他所に二人はこの期に及んでまだ世間話の様なノリで会話を続ける。

「それにしてもどうして分かった? 俺の気配は完全に消せてたはずだし、こいつの気配もじんわり封じ込めて自然な感じに装ったんだが?」

「あぁ、司の気配の消し方はいい線をいっていた。戦闘が終わって彼が疲れて力を抑えた様にも見えた。しかし、お前の気配は完全に消し過ぎだ。私の視界には世界にポッカリと穴が開いて、その穴がウロチョロと動き回っている様に見えていたよ」

「あらら……それはやっちまったなぁ」

「大して知恵も無いくせに策を弄するからだ」

「は?」

「なんだ?」

(やめてくれッ! こっちの身が持たないってのッ!!)

 至近距離でぶつかり合う高密度の存在圧。
 司の感覚では鼻先数cmの所で高速回転するヤスリでもあるかの様な恐ろしさ。
 前回とは違い舞台が側流世界であるということから、二人にはもうあまり加減をする気も無さそうに見える。

「ふぅ……まぁ、とにかく……バレちまったもんは仕方ない。やるか、副首領?」

「あぁ、構わんよ。元々私が作った〝Answers,Twelve〟だ。先頭に立つのは性に合わず貴様を頭に据えたが、品の無い飾りはもう撤去することにしよう」

「ははッ! 言ってくれるぜ。じゃあ…………今度は俺がてめぇをよ」

 両手をコートのポケットに入れて仁王立ちの良善と、片膝を付いた状態で肩口から睨み上げ返す達真。
 司は渾身の力を込めて徐々に達真から離れて立ち上がろうとするが、重力が狂ったのかと思うほどの重圧が全身に掛かり、擦り動くのがやっとで未だに上半身を起こし切るのもままならない。

「司、そこで動くな。下手に動くと死ぬぞ? なに、今この場で立てない自分を恥じる必要は無い。ルーツィアが三秒と耐えれず失神するほどの圧がぶつかり合っているんだ。君の感情を制御する〝D・E〟はなかなか優秀だと現時点では合格にしてあげよう」

(うぐッ……やっぱり気付いてたんじゃねぇかよッ!)

 まだ何も言ってないのに司が新たに得た知見をすでに承知している良善。
 口惜しくあるが、今はもうそのことを考えている余裕も無い。

「行くぞ、司……上手く立ち回れ」

「頑張れよ? ボサッとしてると自分がいつ死んだのかも気付けず終わるぜ?」

「えッ? ちょ、待――――」

 合図をくれたのはせめてもの配慮。
 次の瞬間、一瞬良善と達真の間に黒い点が浮かび上がった様に見えて、途端に周囲は完全な無音になり、その黒点が弾けると同時に真っ白な閃光が司の視界を全て塗り潰す。

「――――――――ッッ!?」

 司の意識もその光に飲み込まれたかの様に真っ白に染め上げられていったが、その刹那の内に上着の襟を掴まれて上へと投げ飛ばされる感覚で意識が繋ぎ止められ、直後に爆音と爆風がまとめて司を突き上げる衝撃が襲い、ようやく視界が色を取り戻して正気に戻れた。

「――――うわあああああぁぁぁぁッッッ!? ぐッ!? う、ぐぅうッッ!! ――はぁッ!?」

 錐揉みしながら相当な距離を吹き飛ばされたのは察せれた。
 だが、それは横では無く上。
 司の身体は元々居たビルの高さを遥かに超える上空まで打ち上げられてしまっていた。

「うぐぉおッ!? ぐ、くぅぅッッ!! ど、どうなってんだッ!?」

 すでに空は真っ暗で遥か眼下に都心の灯り。
 明らかに酸素が薄く、全身がかじかむほどに寒い。
 ただ、そんな状況でもあの二人の存在圧がぶつかり合う至近距離にいた時よりも司の身体には自由が戻り、身体をひねって体勢を立て直す。
 そして……。

「……化物が過ぎるぞ、あの二人」

 ようやく空中で安定出来た司が見下ろす街。
 そこでは、さっきまで居たビルはもう影も形も無く、代わりに砕け散った瓦礫やまだおおよその形を残している数階分の他のビルの塊などを渦巻かせてその中心に立ち地上を見下ろす無表情の良善と、地上に降り両手を広げて局地的な直下型地震でも起こしているのか、自分の周囲を続々とコンクリート製の砂漠の様に更地にしていく口が裂けた様な狂笑を見せる達真。

 本流世界ではないからと加減を外した超越者二人によって引き起こされる天変地異。
 そこに何も知らないこの側流世界の住人達を添えると、瓦礫の竜巻に舞い上げられて蚊の様に潰される者や地面に亀裂が走って出来る奈落の底へと悲鳴を上げて落ちていく者など、見るに堪えない凄惨な光景が出来上がる。

「これが……地獄ってヤツか?」

 司はついに生きたままその本物を見たと思った。
 さっきまでの自分達が繰り広げていた戦いなどもはやおままごとだ。
 改めて感じる良善や達真の別格さ。

 ここから一体どう自分に立ち回れと言うのか?
 巻き込まれない様に距離を取りつつ後学のために見学?
 こんな規格外の状況で何を学べというつもりだ。
 助けに来てくれた良善には申し訳ないが、あとはもう二人で好きにやっててくれとさえ思えてしまい、司は額に手をやる。
 しかし……。


「そんな悠長に構えてちゃダメだろ?」


「――――は?」

 心臓が握り締められてしまったかの様な衝撃が走る。
 背後から聞こえる達真の声。
 司は混乱した……いつの間に回り込まれた?

「い、いや……ありえな――」

 あり得ない。
 そう、あり得ないはずだ。
 何故なら、司は今遥か眼下の地上で今なお良善と睨み合う達真の姿から目を離していない。
 そして、その視界にはちゃんとまだ達真がいる。
 なのにどうして?

「きははッ!!」

 耳障りな笑い方が背中に当たった。
 間違いなく達真の笑い方だ。
 超越者二人から目を逸らせないという緊張から反応が遅れたが、もう流石に確認せずにはいられないと司が二人から視線を切り背後を見る。
 そこにいたのは……。

「ど、う……なってんだ……よ?」

 居た。
 本当に自分の背後に達真がいて、片腕を振り上げてそれを司へ叩き込もうと迫っていた。
 ただ、武器の様な物は持っておらず、拳も握っていない。
 余計な力が入っていない普通の平手。
 しかし、その掌を見て司は〝恐怖〟した。
 今の司の〝D・E〟でも許容量を超える恐ろしい気配がその掌から溢れている。

(ダメだ……に触れられたら不味いッッ!!)

 見栄を張ってる場合じゃない。
 あとで笑われても仕方ない。
 司は即座に逃げる動作に入るが、もうすでに振り下ろされている達真の手が司の背中に触れる方が早い。

(やられるッ!!)

 どうやられるのかが想像出来ている訳ではない。
 ただ、あの掌が触れた瞬間、自分は死んだも同然になるという出所不明の確信があった。
 恐らく、良善が来る前に自分の顔面を掴んでいた手と、達真が言っていた『仕留めたつもり』という言葉から、あの時達真がやろうとしていたことを本気で放ったのが今迫るこの手だ。

「くそッ! ――うわッ!?」

 達真の手があと少しで触れるという寸前、司の身体が先に横から突き飛ばされ、そのまま位置を入れ替わる形で良善が現れて前のめりな達真に向けて指を鳴らす。

「――ぐぎゃッ!?」

「えッ!?」

 突き飛ばされた状態から司が見たのは、透明な円柱に閉じ込められた達真が水を絞った雑巾の様に捩じれた一本の棒になり、円柱内に鮮血を撒き散らすグロテスクな光景。
 さらに……。

「おらぁあああぁぁッッッ!!!」

「ぐはぁッ!?」

 達真を仕留めた良善が背中側から腹まで貫通されて仰け反り吐血している。

「え? えッ!? な、なんだッ!?」

 意味が分からない。
 立った数秒の間に
 混乱する司は再び眼下の一番最初に見ていた二人に目を向けると、やはりそこでは依然として良善と達真が睨み合っている。そして、もう一度視線を戻すと、もうそこにはグロテスクに捩じり殺された達真も、背中から腹まで貫かれた良善も、良善を貫いた第二の達真もいなかった。

「げ、幻覚……とか、なのか?」

 いや、最初の達真の攻撃から自分を助けてくれた良善に突き飛ばされた時の感覚は確かに残っている。
 間違いなく実体はあった。

「意味分かんねぇ……でも、分かんないまま突っ立ってたら殺されるってことは分かった」

 離れているから気を付けて観戦してればいいのかと思ったが大間違いだった。
 自分はもうすでにあの二人の攻撃範囲に入っている。
 立場的に良善に加勢出来ればいいのだが、そんなものは自惚れだ。
 まずはこの状況下で生き残る。それが明らかに踏むべき段階を飛ばしてこの場にいる今の司がするべきこと。
 そして、そう割り切って考えてしまえば司にもある程度状況に適応が進んだ。

「おらぁッ!!」

「くッ!?」

 空中に立ち、二人を睨みながらも周囲を警戒していた司の右側から突然殴り掛かって来る達真。
 右のこめかみを狙ったその一撃を司は上体を反らして躱し、カウンターで膝蹴りを叩き込んでやろうとしたが、その襲い掛かって来た達真はもうどこにもいない。

 すると今度は真上からの踵落としで迫って来る達真。
 だが、その達真は良善がすでに狙いを定めていたことに気付いていたので目を向けず、司は頭上で人が潰れる音を聞きつつ、正面からドロップキックを仕掛けて来た達真を身を翻して躱しながら、その腰の捻りを利用して外骨格の黒鞭を振り下ろし、その胴体を真っ二つに叩き千切ってやったが、二つに分かれた達真の身体はまたすぐに跡形も無く消え去ってしまった。
 ただ、その手応えで司の中に有力な仮説が立つ。

(さっきから俺の周囲にいる二人は本物じゃない。本物は今もずっと睨み合っている二人だ。俺の周囲にいるのは二人の外骨格で作られた分身。でもって、その分身で何をしてるかっていうと……くそッ! 

 お互いに圧の押し合いで戦いつつ、離れた場所にいる司を使って陣取りをしている超越者達。
 下々の命を随分と軽んじてくれている様だが、そんな片手間で相手にされてもこっちはギリギリなので分相応の扱いなのかもしれない。

「馬鹿にしやがって……でも、これでやられちまったらいよいよ無様だよな。絶対にやられて堪るか!」

 どうすれば決着なのかも分からないが、ペース配分などしていてはやられてしまう。
 司は一番小回りが利く外骨格の手甲を両手に装備し、全方位から無秩序に襲い掛かって来る達真の分身を全力で迎え撃つ。

 一人……二人……三人……順々に迫る達真をどうにか退け、たまに良善の分身に任せたりして何とか凌ぐ司。
 だが、数回に一回……確実に良善の分身がいなければ達真の分身に仕留められていた場面に遭遇してしまう。
 その必ず負けてしまう時の特徴と言うのが……。

(くそッ! 何なんだよあの掌を突き出してくる攻撃ッ! あれが来ると能力を使ってても身体が竦んじまう。俺の中の〝D・E〟がどうしてもあの掌にビビってる! 一体、あの手に触れられたらどうなるってんだよッ!?)

 間違いなくただの掌底ではない。
 あの攻撃には〝D・E〟第三階層以上の力が込められているということだろう。
 得体の知れないモノを目の前でチラ付かされている状況は、思った以上に精神に負荷が掛かる。
 このまま延々と続けられたらいずれやられる。
 二人の能力持続時間が司より短い訳がないことを考えると完全にジリ貧だ。

 しかし、幸いにもどうやらここで少し達真の気が変わったらしく、攻撃を仕掛けることなく司の数m先に静かに仁王立ちで彼の分身が現れた。

「ふぅ……やれやれ。司、やっぱりお前センスあるな。一杯一杯だけど、それでも何とか食らい付いて来てんだもん。あ~~あ、こんなことならもっと早くツバ付けとくんだったぜ」

 首筋を擦りやるせない風に愚痴を零す達真。
 すると、肩で息をする司の横に良善の分身が現れた。

「いい加減に諦めろ、司は私の弟子だ。そして……お前が。横取りなどみっともないぞ?」

「え? 俺の……戦利品?」

 一体何のこと言っているのか?
 司から見る目の前の達真は明らかに手ぶらだ。
 どちらの手にも何も持っていない。
 だが、当の達真はそんな良善の指摘にペロッと舌を垂らしておどけて返す。

「嫌だね♪ 取られる方が悪いんだよ。まぁ、司に比べればかなり質は落ちるが、俺もお前らみたいにちょっとをしてみたくなってな」

 首を傾げたくなる意味不明なことを言う達真。
 すると、そんな疑問符を浮かべている司が面白かったのか、達真は先ほどから散々司が神経をすり減らしている片手を掲げ、その掌を司へ向けた。


 ――ボコッ! ボコボコボコゴボボボボッッ!!!


「いぃッ!?」

 悍ましく泡立つ達真の掌。
 そして、それは次第に肉瘤へと変わってゆき、さらに複雑に混ざり合うと徐々に形が整い始める。

「え――?」

 今まで何度も恐ろしい場面、理解出来ない現象を目の当たりにして来た司。
 だが、それほどの経験値を積んでなお、司は全身から血の気が引く恐怖を感じた。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ…………ッッッ!!!!」



 達真の手から……が溢れ出て来た。
 まるで強引に剥ぎ取られた和成の顔を達真が掴み見せ付けているかの様な状況。
 血色の両目はグルグルと動き続け、口からは唾液と吐血が滴り落ちる。

「た゛……た゛す゛……け゛て゛ぇ……い゛、たい゛……苦し、い゛……あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ……ッ!」

 喋った……生きている?
 いや、あの状況で生きているという表現を当てはめていいかはかなり怪しい。
 司の手は自然と自分の口へ伸びる。
 込み上げる吐き気……しかし、一番恐ろしいのは、そんな和成の顔を握り満面の笑みを浮かべる達真の精神の方だった。

「教えてやる、司。俺の〝D・E〟のトリガーとなる。それはだ。俺は自分以外の誰にも負けたくない。頭がいいとか運動が出来るとか、そんな文明的な話じゃないぞ? もっと生物として本質的に他者を喰らって自分が生き延びる食物連鎖の頂点でありたいっていうクソシンプルな生物目線の優位性の話だ」

 達真が大口を開けて笑う。
 滴る唾液の糸が野性味を感じさせ、彼は今和成という弱肉を喰らった達成感を咀嚼しているのが分かった。

「この前見せた第三階層とは関連性が見えないか? 悪いがそれは良善に文句を言ってくれ。そいつの説明はいちいち学術っぽく当てはまる理論や現象に基いて解説されがちだ。実際はもっとシンプルに〝他の生物より速く〟〝他の生物より重く〟っていう生存競争を勝ち抜く優れた要素の顕現だ。そして……今見せてるこの咀嚼吸収が……俺の第四階層だ」

「うぶぇあぁぁッッ!?」

 達真の手が握り込まれて和成の顔が呻き、目や鼻や耳など至る所から血が溢れ落ちる。

「弱者は強者の糧になる。俺としちゃこのままこいつをクソにしてしまうのもそれはそれで面白いんだが、さっきも言った通り、俺もちょっと師弟ごっこをしてみたい。とりあえずこのままこいつはしばらくは俺の中で延々と心身共々嚙み砕いてやって、絶対に俺に逆らえない様に躾ける。頃合いになったら吐き出して俺流にこいつを一から鍛え直してみる。能力や性格の素質は俺好みだし、案外面白くなりそうじゃねぇか?」

 司の心臓が早鐘を打つ。
 どうしてあの迫る手が怖かったのか、ようやく察した。
 第四階層の力を使った達真の手に掴まれた者は、達真に吸収されてしまう。
 そして、彼の体内で延々と細かくその存在を嚙み砕かれゆき、最後は達真強者栄養にされてしまう。

「そ、そん……な……うッ! ぐぶッ!?」

 全身が震える。
 歯を食い縛って耐えようとしても震えが止まらない。
 不味い……今気圧されるのは一番不味い。
 ここで完全に気圧されてしまうとこの後の戦い……一瞬が明暗を分ける刹那で確実に競り負ける。
 だが、それでもどうしようもない恐怖が司の全身に広がる。


 ――トンッ!


「はッ!?」

「無理に耐えようとするな、司。自分自身が食べられるかもしれない……その恐怖は生物にとって本来耐えれるモノではない。出来ないことを無理にやろうとすると出来ることも出来なくなる能力低下に繋がるぞ? 怖いモノは怖いと素直に認めた上で『お前如きに食べられる俺ではない』の精神で迎え撃ちなさい」

 司の肩に手を置き諭す良善。
 その言葉に司の震えが止まり、達真が『うげぇ』と、舌を出してふざけた顔をする。

「はぁ……はぁ……は、はい。すみません、良善さん。ちょっと情けないと見せました。もう大丈夫です。ありがとうございます」

「ははッ、問題ない。あの大学の廊下で見た時の君よりはまだマシだったよ」

 こっちが素直に感謝しているのに、どうしていちいち引っ掛かる一言を返して来るのか。
 しかし、幾分か向き合う気力は戻り、歪みかけていた両手の外骨格手甲も形を取り戻す。

「はぁ~~あ……大抵の奴はこのファーストインパクトで雑魚落ちするんだが、そう上手くはいかねぇな。まぁいい! そろそろゲームも飽きたし、真面目にやろうぜ、良善。あぁ……せっかくだし、司にはこの力の応用でを用意してやるよ」

 そう言って、達真は掌の和成を握り込む。
 潰れた断末魔を上げて飲み込まれる和成。
 手首から二の腕、そして肩へと達真の腕の肉が波打ち、本当に和成が達真の糧になってしまったのだというのが生々しく見せ付けられる。

 だが、達真の能力披露はこれで終わらない。
 和成を呑み込んだ達真は目を閉じてしばし黙り、そこから軽く何度か咳払いをすると……。


「よう! 御縁ぃ! このクソ雑魚陰キャ野郎! 頼りになる師匠が傍にいてくれてよかったぁ?」


「はぁッ!?」

 一瞬……ほんの一瞬だけ、達真が和成に見えた。
 口調や声質は確かに和成に似ていたが、姿形は何も変わっていない。
 それなのに見間違えかけるなど、普通ならあり得ないことだ。

「くははッ! まぁ、これは軽い催眠術みたいなお遊びだがな。喰らった存在をちょっと表層に引き出してるだけさ。一度気付いちまえばもう見間違うヤツはいねぇ。でも、ある程度事前に仕込みをしておくと……結構面白いことが出来るんだ♪」

 種が知れている司はすぐにその認識阻害から逃れて、今はもう達真の口から達真と和成の声が同時に響いて来る薄気味悪いモノとして認識出来ていた。
 だが、その状態で達真は大きく息を吸い……。


「奏ぇぇぇぇッッッ!!! 手を貸してくれぇぇぇッッ!!!」


「……え?」

 奏? 何故ここで奏の名前が出る?
 思わず呆けてしまった司。
 だが、その声が響き渡ったあと、本物の良善と達真が戦っている場所から離れた崩れかけのビルからパステルグリーンの閃光が走り和成を真似た達真の横に止まる。

「あぁぁッッ!! 和君! 和君ッ!! よかった、無事だったのね! ごめんね? ごめんね? 七緒の馬鹿が元親友なのに全然加減して来なくて、おまけに№Ⅲまで邪魔して来たちょっと動けなかったの!」

 達真の腕にしがみ付く〝Arm's〟姿の奏。
 ただ、その姿は少々異質だった。

「あ、天沢……?」

 七緒と戦っていたはずの奏。
 その姿は相当激しい戦いを繰り広げていたらしく、全身は傷だらけで〝Arm's〟も所々砕けてしまっている。さらに顔半分が血で染まり、右腕はやや怪しい揺れ方をしていた。

「あぁ、大丈夫だ。奏……疲れている所悪いが、俺はこれからあの博士と戦う。お前にはその横の腰巾着を仕留めて欲しいんだけど……出来る?」

「腰巾着? あ……御縁司!? お前、性懲りも無くまだ…………うん! 任せて、和君! あのゴミは私がさっさと片付けるよ!」

「あぁ……ありがとう、奏。やっぱり君だけが僕のお嫁さんだね。七緒も真弥も千紗もダメだ。僕に君だけしかいないよ」

 奏を胸に抱き寄せる達真。
 あの男の能力は喰らった存在の記憶まで読み解けるのか、和成らしい言い回しがかなり自然に出来ている。
 そして、相手が自分達デーヴァの最大の敵とも気付かず奏はその胸に身を委ねて恍惚と目を細めているが、司と良善から見る達真の顔はベロンと舌を垂らした侮蔑の笑み。

「フッ……事前に慣らされて、もう和成を取り込んだ達真が和成としか認識出来なくなっているな。ここまで来ると敵ながら哀れに感じる」

「そっすね……まぁ、お似合いではあるんじゃないですか? それより……良善さん?」

「あぁ、私も七割方疑ってはいたんだが、そろそろ断定しても良さそうだ。仕込みが出来ているということは、達真は独自に〝ロータス〟と接触して、その一部に取り付いている様だな。あいつにしては周到だ。恐らく理由は……よっぽど私を殺してかつての恨みを晴らしたいらしい」

「あいつと良善さん、昔何があったんです?」

「フフッ……それは今の君には何の価値も無い下らない話さ。聞いたところで時間の無駄だ。それより向こうのリクエストだ。私も本気で達真とやるからあの天沢奏は任せるが……油断するなよ? 前に曽我屋千紗が改悪されていたのと同じ加工を受けている様に見受けられるが、今回はなかなか出来が良さそうだ。かなり強くなっているぞ」

「分かってますよ。良善さんがあの天沢を見て全然怒ってなかったんで、良い感じにパワーアップしてるんだなってのはすぐに察しました」

「フフッ、可能であれば生け捕りにしてくれ。後で調べたい」

 最後にポンッと司の背を叩き、良善の分身が消える。
 それに合わせて向こうでも達真が消え、そのことに引っ掛かる様子も無く、奏は血濡れた前髪を掻き揚げて司の方を向いた。

「さぁ、始めましょうか……ゴミカス」

 両手を振り広げて戦闘棒トンファーを形成する奏。
 その双眸は、良善と達真を除けば司がこれまで見て来た中で一番濃く深い血色を宿し、放つ圧は見た目の負傷の割に健在強烈だった。
 しかし……。

「マジでいつ死んでもおかしくない目に合ったがいい経験を積んだ。今のお前、さっき戦った和成より明らかに強いけど……あの二人に比べたら、まるで話になんねぇよ」

 手甲から細身の剣に外骨格を再形成して構える司。
 目はすでに格上で慣らした。次は実際の戦闘力をそこへ当てはめるべく、司の〝D・E〟が先ほどの失態を挽回するかの様に、司の戦意に合わせてその回転数を増して行く…………。
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時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

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