アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene11 〝正しい〟が持つ魔力

scene11-3 覚醒の引き金 前編

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 救護艦の底部に任務用の高速艇が到着した。
 奏と和成、そして奏が指名した数人の【修正者】が乗り込むが、内部の雰囲気は決して良いとは言えない雰囲気だった。

「へぇ……〝ロータス〟の時元艦って、基本的にはなんだか魚っぽい形をしてるんだね? 上の救護艦がジンベイザメで、この高速艇はコバンザメっぽい感じがする」

「うふふ♪ 和君はユーモアがあるね。じゃあこれって水族館デートかな♪」

「「「………………」」」

 馬鹿馬鹿しい。
 これからこの艦隊全てを無事に未来へ帰還させるための重要な陽動作戦に向かう小隊内で隊長がここまで何の役にも立っていない穀潰しの様な男の腕を抱いて肩に頬を乗せてくだらない惚気を見せている。選抜された【修正者】の少女達はそれなりの実力者であり〝ロータス〟への忠誠心も強く、上官である奏の命令に歯向かうことはないが、それでもその眼差しには不信感や呆れといったマイナスな感情が露骨に滲んでいた。

 ただ、そんな腑抜けた空気は、壁沿いに設けられた高速移動用の固定座席に座ると同時にその場に現れたホログラムによって一瞬で引き締められる。


『危険な任務に名乗り出た勇敢なる同志諸君、準備はよろしいかしら?』


 不機嫌な顔をしていた少女達だけでなく、何やら様子がおかしい奏さえも背筋を伸ばして和成の腕を離してそのホログラムに向き直る。そこにいたのは等身大なら間違いなく千紗よりも背が低く幼げな黒髪の少女。愛らしい顔立ちをしているが、身に纏うのは黒地に白い桜木の刺繍を施した着物というアンバランスな大人げ。ただ、その艶やかな黒髪を毛先が床に付くか付かないかギリギリのツインテールにしている全体のシルエットを総合すると、まるで怪談話に出て来る様な少し不気味な少女という印象になり、流石の和成にも『この少女の前で下手なことはしない方がいい』と思わせた。

「拝顔の悦、誠に感謝申し上げます……聖・雛菊様。すでに時元間移動のための座標定めでこの座席から降りれず、頭が高いことをどうかご容赦下さい」

 頭を垂れる奏。それにならい他の【修正者】達も頭を下げ、和成も慌ててペコリと浅く頭を下げる。

『ふむ……許そう。して……そこの小僧が菖蒲の子かしら? ……あまり冴えないけど、まぁこうして作戦に参加したのだからそれなりに覚悟は持っているのでしょうね』

 いっそ舌足らずな感じに喋れば幾分か見た目にマッチするのに、その小さな唇から紡がれる声音はどこか妖艶な色香を感じさせ、ますますその雛菊という名の存在の全貌を見失わせる。
その流し目と微笑に和成は気圧され、先ほどまでのちょっとお出かけでもする程度のつもりにしか見えない呑気を引っ込めて急に腰も低くなり始めた。

「あ、いや……ぼ、僕まだ作戦の内容を聞いてな――」

『さて、長々と話をしている時間は無い。早速これから向かう陽動地点の詳細を説明しよう。場所はここから約1T1年ほど川下過去へ向かった小規模な側流世界。調査の者を向かわせたところ、本流世界をほぼ鏡映しにした様な様相をしているらしい』

 声が被り押し黙る和成。
 奏は気にしていないが、他の少女達は皆『さっき隊長が説明しただろ』と苛立った睨みを向けている。

 任務の内容は、これから向かう側流世界にて悪性を極端に排除する〝強硬的正義〟をその側流世界内で実行するというモノ。側流世界は本流世界へ常に影響を流し込む性質上、この様に強い変化をもたらすと、本流世界にもその変化が表面化する。

『現在あのゴミ共が本流世界にいるのは把握している。そして奴らは〝正義〟と見るやそれを否定しに向かう単細胞。生ごみに集るカラスの如く意気揚々とその側流世界へ向かうはず。あなた達は奴らが側流世界へ入り次第すぐに離脱してよいです。その高速艇は時元航行速度に特化させた機体。大型の時元艦が最高速度に届く前には8~9T8~9年ほどは差を付けてこちらの艦隊が丁度最高速度に乗る辺りで速度を揃え回収しても十分離脱出来るでしょう』

「承知しました。しかし、ただ側流世界で正義を実行しても、あの矜持もプライドも無いゴミ達が必ず反応するとは限らない可能性がございます。何か決定的に奴らを引き付ける要素が必要になると思われますが……」

 奏の質問に雛菊の口元が小さく吊り上がる。

『いい質問です、天沢。実は先遣隊に下準備をさせていた際、がありました。なんとその側流世界には起源体№1――御縁司の別個体が存在している様です』

「「なッ!?」」

 奏と和成の目の色が変わる。
 他の少女達も驚くが、奏と彼女達は敵意をむき出しにしてであり、和成だけは明らかにその顔色が青褪めた感じになっていた。

『フフッ、落ち着きなさい……前置きした通り、その発見は誤報です。確かに御縁司という存在はいますが、それは本流世界の存在とは完全に別個体。殺したところで悪血の脈には影響がない。しかも何の能力も無い一般人の状態なので生け捕りにした所でサンプルとしての価値すらもない。ただ、見せしめには丁度いい。別個体とはいえ御縁司の顔と名前で息をしているならその存在は十分罪です。捕縛して痛め付け、その側流世界で晒し者にしなさい。そうすれば少しでも様子見をした時、間違いなく奴らは釣られ――――』

「お任せ下さい雛菊様ッ!! その役目! この僕が必ず成し遂げて見せますッッ!!」

 すでに固定席に付いているのに立ち上がろうとしてバタ付く和成に、奏や雛菊達が驚いた様に目を見開く。

「悪を晒して悪を釣る! いやぁ流石ですッ!! 素晴らしいッ!! 僕も〝ロータス〟に身を置く者としてしっかりとその正義を遂行する様に全力を尽くしますッ!!」

 両拳を握り振り一人はしゃぐ和成。
 その標的である別個体の司が一般人であると分かった途端その溢れ出すその自信はあまりにも浅はかで見苦しいモノがあるが、その残忍な笑みの双眸には爛々と血色の光が輝き、奏や周りの【修正者】達はその強大な存在圧に気圧されてしまった。

 そして、それはどうやらホログラムの先……この艦隊の旗艦【キャミニ】の艦内にいる雛菊の元にまでも届いたらしく、雛菊が首を横に向けその場の誰かから二~三言葉を交わした後、少し意外そうに和成の方へ目を向けた。

『菖蒲の身内贔屓としか見ていませんでしたが……意外や意外。小僧……名前は何と言いましたか?』

「和成ですッ! 如月和成です!!」

『ふむ、いいでしょう。その名は覚えておきます。では、そろそろ作戦を開始します。良い成果を期待しますよ』

「はいッ! お任せ下さいッ!!」

 勝手に返事をする和成。
 雛菊のホログラムが消えると、奏は両手を叩き雛菊にいくらか認められた様子の和成を褒めちぎり、和成もすっかり調子付く。

 ただ、その場にいた他の【修正者】の少女達は急に身を強張らせて、もう和成の方へ不満げな視線を向けることが出来ず『なんでこれだけの力があってあんなにボロ負けしていたんだ?』と、少なくとも和成が自分達よりは遥かに強いと認識して、もうとてもその機嫌を損なう真似は出来ないと委縮してしまった…………。







 それは良く晴れた昼下がり。
 ランチタイムを過ぎた喫茶店〝スミレ〟は、ちょっとポケットタイムに入り、店内にお客さんは一人もいない状態になっていた。

「ああぁぁ~~ううぅぅぅ~~! 疲れたぁ~~~~!」

 カウンターに突っ伏す一人の少女が呻く。
 綺麗な亜麻色をしたセミロングの髪を飲食店用に夜会巻きに束ねた愛らしい少女だ。
 しかし、店のあちこちにはまだお客さんが去ったあとの食器が残っており、それをカウンター奥にいる一人の少年が指摘する。

「おい、円。さっさと食器持って来てくれ! 早くしないとまたお客さん来ちまうぞ!?」

「あぁうぅぅ~~ッ! やっぱり父さんと母さんの旅行の日程に土日挟んどけばよかったぁ~~!」

「今更かよ! 俺最初にそう言ったのに、お前が『結婚記念日にじゃないと意味ない!』ってド平日に三日もおじさんとおばさんのシフト空けたんだろうが!」

「そうだけどぉ~~! ねぇ、司ぁ~~! 手伝ってぇ……足が棒みたいだよぉ~~!」

「甘えんな跡取り娘!」

 ぎゃいぎゃいと喚き合いながらも協力して午後のお客さんを迎える準備を進める二人。
 幸せな可能性に進んだ御縁司とそんな司の拠り所になった鷺峰円。
 忙しく暖かな空気に満ちた店内はお客さんに安らぎを与え、最近ついにマスターからお客へ出すことも許された司のコーヒーは十分に〝スミレ〟の看板を背負うに足る味として好評を広めていた。

「ふぅいぃ~~! ん? え、ちょっと司? あんたもしかして一人でキッチンしながらこれ見てたの?」

 店内の食器を集めてキッチンへと入って来た円は、お客さんには見えないキッチンの死角にビッシリと貼られた付箋を見てきょとんとする。そこに書かれていたのはコーヒーのスペシャリストであるバリスタとしての資格を取得する通信教育の問題。

「あぁ、俺馬鹿だからな……普通の人の倍勉強したって足りねぇからさ」

「いやいや、それにしたって……まぁ、それが司の良い所なんだろうけど……」

 食器を洗い水気をふき取り重ねるその単純作業の合間も付箋に目を向けている司に苦笑する円。
 だが、その顔はしばらくすると真顔になり、段々と頬に赤みが差していく。

「……司、凄いね」

「え? な、何? 急に……?」

 ふわっとした声が背中に当たり思わず振り返る司。
 そこにいた円の眼差しに司の顔も少し強張る。

「司は本当に頑張り屋さんだよ。どんなに忙しくて疲れた夜も豆の焙煎の練習したり、勉強したり……父さんの無茶振りにも全然音を上げないし。司が来る前はたまにバイトとか雇ってたけど、二週間保てばいい方だったよ?」

「あぁ、まぁ……確かにおじさんスパルタだしな。ははッ……でも、俺は感謝しかないよ」

 身寄りの無かった司は、この〝スミレ〟に初めて来た時に非行に走る少年少女の生活を保護観察する〝保護司〟という資格を持つ円の父親の計らいで下宿兼アルバイトの立場になった。
 そして、仕事をする中で円の父親は司に食べ物や飲み物の味を見極める〝舌の才能〟があることを見抜いた。

 学校に通うだけではなかなか見つからない隠れた才。
 自分には何もないと思っていた司が、初めて他人から才能を認めて貰え褒めて貰えた。
 司にとっては世界が変わった一言であり、以降はどんなに厳しい言葉を受けても円の父親に付いて行き、たまに円の母親に慰めて貰いながらも自分の才能を育てることに邁進。
 そんな彼の姿に、円が惚れ込むにはそれほど時間は掛からなかった。

「ねぇ、司? ちょっと休憩しようよ。私、司のコーヒー飲みたいな」

「……そこのポットに淹れ置きあるぞ」

「うっさい! 私のためだけに淹れろ!」

「痛だだだだッッ!! ほ、頬抓るなッ! 客商売中だぞ!? わ、分かった! 分かったから! ったく……」

「むふふ♪」

 食器を洗い終え、コーヒーを淹れ始める司。
 円はそそくさと店の看板を最近勝手に作った〝休憩中〟にして少しだけ時間を作り、二人でゆっくりしようとした。
 だが…………。


「あれ? お店やってないんですかぁ? 僕達腹減ってるんですけどぉ~~?」


 看板を手にしていた円の背後から声が掛けられる。
 振り返るとそこに綺麗な女性を片腕に侍らせる司と同世代の男性がニヤニヤと笑いかけて来ていた。

「え? あ、そのぉ……」

「いや、大丈夫ですよ。いらっしゃいませ。どうぞ中へ」

 キッチンから司が声を掛け、サッと円に目配せする。
 二人の時間を過ごしたいのは一緒だが、今はお店を任されている身。
 その辺の分別は弁えないといけないという視線に諭され、円は少ししょぼんとしながらも二人のお客さんを中へ招こうと入口を譲るが……。

「――えッ!?」

 男性が先に中へ入る。
 そこで円は、後に続く女性の顔がどう考えても昼食に彼氏と店に訪れたという表情ではなく、目尻を吊り上げて怒りに満ちた眼差しで奥のテーブル席へお冷を運ぶ司を睨んでいることに気付いた。

「ちょッ! あなた、待っ――」


「ういぃぃぃぃッッ!!!」


 けたたましい音が響き、先に入った男が突然司の背中に飛び蹴りを放った。

「ぐわぁッッ!?」

「ひぃッ!? つ、司ぁッ!!」

 入口前で固まる円。
 床に倒れ込む司に、男はさらに追い打ちを掛ける様に蹴りを入れ始め、さらに……。

「和くぅ~ん! 私もしたぁ~い♪」

「おう、いいよ。こっちおいで」

「わ~い♪ ……おりゃッ!」

「ぐはぁッ!?」

「ひぃッッ!?」

 司の腹部に容赦なくパンプスのつま先を叩き込む女性。
 あり得ない……狂っている。
 一体何を理由にそこまで酷いことが出来るのかと思うほど何度も何度も蹴りを入れ始める二人に、円は怯えて立ち竦んでいた。
 すると……。

「ぐはッ!? ま、円ぁッ!! 警察ッッ!!」

「――ッ!?」

 司が叫ぶ。『助けて』でもなく『逃げろ』でもなく『警察を呼びに行く』という名目を持って、円がすぐさまその場を離れることを躊躇わずに済む言い方が出来たのは大したモノ。おかげで円は即座に店の外へ飛び出し行った。

「和君、どうする? 追いかけて捕まえてこようか?」

「ははッ! 別にいいよ。もうこの世界はこっちの自由だ。それより今はぁッ!!」

 ウキウキで司の襟首を掴み、片腕であっさりと成人男性一人を持ち上げる男――和成は、そのまま手首を捻り司の首を締め上げていく。

「うぐぅッ!? が、はぁッ! な、なん……だよ、お前……らぁ……――おぇッ!?」

「くくくッ! あぁ……いいッ! マジで何にも出来ない雑魚だ! 楽しぃ~~ッ! おらぁッ!」

「ぐぇッ!? ハァ……ハァ…… ――おぇッ!? ぐはッ!!」

 掴んで来る手の力もまるで話にならない。
 圧倒的な優位に和成の顔が興奮に赤らみ、片腕で掴み上げたまま、執拗に腹へ拳を叩き込む。

「くふふッ♪ 和君? とりあえず場所を変えよ? 一応時間制限があるし、やるなら思いっ切り出来る所がいいよ」

 倫理の欠片も無く、全くの見当違いな憂さ晴らしで気持良くなっている和成をまるで悪く思っていない様子の女――奏は、止めるどころかより心置きなく暴行が出来る場所への移動を提案した。

「あぁ、そうだね! ここでやり過ぎてコロッと死なれでもしたらつまんないや! よし、行こう!」

「――ごッ!?」

 司の顔面を殴り付け、気を失わせた和成は店内のテーブルや椅子を蹴り飛ばし滅茶苦茶にして司を引き摺りながら店を出ていく。そのあとへ続く奏は、壁に掛けられた三人と四人の家族写真の様な物を見つけると、片手に戦闘棒トンファーを形成してそれを壁ごと叩き潰した。

「ふひひッ……きゃは! あはははッ!」

 気分爽快?
 それにしてはどこか奇妙な笑みを浮かべ、先に行く和成の後を追う奏。
 そして、荒れ果たされた店の中が静かになるが、いつまで経ってもそこに円が戻って来る気配はなかった…………。







 日が沈んだ過去側流世界。
 仮初の世界でもそこに住む異世界住人達は、本流世界の鏡映しの様に本物と変わらぬ日常を繰り返している。
 そんな中、オフィス街で頭一つ抜き出た高層ビル。
 その入り口には〝世界平和教育機構〟などという胡散臭い石銘板が飾られており、その建物から出て来た何人かの正装をした男達が、後ろにいたラフな普段着風の和成に一礼すると、目の前に停められた高級車に乗り込んで去って行った。

「いやぁ……偽物でも、総理大臣にあんなにペコペコされるのはちょっと痛快だね♪」

「フフッ♪ 和君ったら! 最初は緊張してたくせにぃ。だから言ったでしょ? 事前に準備はされているからもうこの側流世界で誰も和君に逆らえる人なんていないんだよ」

 調子付く和成の横で奏が持て囃す。
 〝世界平和教育機構〟……それがこの側流世界での〝ロータス〟の潜入名。
 もうすでにこの側流世界内の根幹に組み込まれたその権力は、一国の首脳でさえ呼べばどんな予定も後回しにしてすぐさま駆けつけるレベルであり、その機構の〝総裁〟という立場に置かれた和成は、テレビでしか見たことのない総理大臣を下座に座らせた会食を終えて、たっぷり自尊心を満たしたところだった。

 ちなみに、本来であればその〝総裁〟の役割は陽動部隊隊長である奏が収まるべき立ち位置で、その権力を行使してこの側流世界全体を操って〝Answers,Twelve〟を誘き出す手筈なのだが、何もせず気持ちいい所だけを和成が存分に楽しむ不条理な構図が自然と出来上がっていた。

「あ、あの……天沢隊長。そろそろ例の男を晒し上げて〝Answers,Twelve〟の注意を引き始めなくてはいけないのではないでしょうか?」

 奏が選び同行していた陽動部隊隊員の【修正者】が進言する。
 しかし、奏はヘラヘラと笑い肩を竦めて、全く作戦の重要さに見合わない呑気な顔を見せる。

「あははッ! 焦り過ぎ♪ まだ大丈夫よ。ほら見て? この側流世界は小規模なせいで世界内時間が本流世界とはズレているわ。この世界の一日は本流世界の約一時間。あんまり早く事を進めても本流世界にいる〝Answers,Twelve〟がこっちに気付くタイミングに交わらないよ」

 奏は手に持つスマホ大の機器を部下に見せる。
 その画面には時計の文字盤の様な物が表示され、早く動く長針と短針、そしてゆっくりと動く長針と短針という本来の時計にはない二種類の時間を表示していて、奏が言う様に早い方の短針が一周してようやく遅い方の短針が一目盛り進み、本流世界とこの側流世界の時間間隔の差を可視化していた。

 和成達がこの側流世界に入りすでに六日。
 しかし、本流世界にいる〝Answers,Twelve〟達にとっては、あの破壊された側流世界から帰還して六時間弱しか経っていないことになり、まだ一息入れているところであっても不思議では無かった。

「そういうこと♪ 何事も焦らずじっくり進めることも時には大事なんだよ? もう少しゆとりを持って物事を考えな?」

 知った風な口を利く和成に【修正者】の少女がうんざりした顔をしかけるが、こんなにふざけていても自分よりは遥かに強いと思われるので、少女は素直に自分の意見を引っ込めた。

「さてさて~~♪ 今日も楽しい〝日課〟のお時間だよ~~♪」

 浮足立ってビルへと戻る和成と部下達に手早く指示を済ませてそのあとに続く奏。
 高速エレベーターに乗り込み二人でイチャついてしばらく。
 目的の階に到着して廊下を進み、眼下に都心の明かりが広がる広々としたVIPルームに入る。
 そこには……。


「……ひぃ……………ひゅうぅ…………あ、ぁ…………ひぃ…………」


 全身の至る所が赤黒く変色した人の形をしたズタ袋が吊るされている。
 辛うじて息はあるが、まるで笛を吹く様な音がしており指一本満足に動かない有様。

「はっはっはッ! 大分俺がやられた時の姿に近付いて来たぜぇ!」

 上機嫌でその肉塊に近付く和成が片手を伸ばして髪を掴みその項垂れた顔を上げさせる。
 その顔は右目が腫れて塞がり、歯も何本か欠けてしまっている司だった。

「な、んれ……こ……な、こ……と……――ぶばッ!?」

「おいおいおいお~~い! 誰が喋っていいって言ったかなぁ~~? あぁッ!? おい! てめぇがッ! あげてッ! いいのはッ! 無様な悲鳴だけだってぇのッッ!!」

 早速始まるボクシングのサンドバッグ打ち。
 一発拳を撃ち込む度に司の呻きとその身体を揺らす鎖が軋み和成の目が輝く。

「ふひひッ! なんか分からないけど! お前を殴ってるとどんどん身体に力が漲って来るッ!! 最高の気分になるよッ!! あひゃひゃひゃッ!!」

 単なる悪趣味な話ではない。
 実際、この六日間和成はこの司を痛め付ける度に身体の奥底から力が溢れ出て全身の血が加速していくのを実感していた。まるでこの司が死に近づくに比例して和成の中の〝D・E〟が成長して行く様な感覚があり、加減を誤るとその身体を殴り千切ってしまいそうなくらいだった。

「ハァ……ハァ……あぁ……気持ちいいぃぃ……幸せぇ……」

 一通り殴り回し、プラプラと揺れている司を前に恍惚と上を向けて両手に残る感触の余韻を楽しむ和成。
 すると、そこに奏がタオルと飲み物を持ってやって来た。

「和君、トレーニングお疲れ様。はい、手が汚れちゃってるよ。これで拭いて♪」

「あ、サンキュー。やっぱり奏は気が利くね」

「あはッ♪ やったぁ♪」

 ニコニコで笑い合う和成と奏。
 目の前で吊られた司の口から血が溢れ落ちてもまるで気にしていない。
 恐らくもうこの二人の中では、この司を晒し上げる時に生きているか生きていないかはどちらでも構わないつもりでいる様だ。

「あ、がぁ……ごぼッ……ごッ…………ご、ごめ……ん…………」

「あら? 和君、こいつ、もしかして……」

「お! 等々言う気になったかぁ?」

 ここに連れて来てから六日間。
 最初は生意気に歯向かっていたが、すぐに悲鳴ばかり上げる様になった。
 しかし、どうにもこちらへの命乞いや身の程を弁える言動が無くそこだけ不満だった和成。
 だが、ようやく心が折れたらしくその口からの屈服をしっかり耳にしようと、和成は耳に手をかざしてわざわざウザい所作で司の言葉に耳を傾ける。


「ご、め……ん……まど、か…………幸せに……するって……言……った、のにぃ…………ご、めん……」


「…………はぁ?」

 死期を悟ったか。
 司の謝罪は目の前の加害者への理不尽な屈服ではなく、残し去ることになりそうな恋人への謝罪だった。

「こ、この野郎ッ! ふざけやがってッ!!」

 期待を裏切られてカッとなった和成が拳を振り被る。
 そして、その拳を放つ瞬間に加減をミスしたことに気付き、多分この拳は司の腹を貫通してしまうと思ったが、もうこの際構わないかとそのまま…………。



「ダメだ……鷺峰はお前が幸せにしろ。こんなところで死ぬのは俺が許さない」



 遠くでビルの屋上が爆発した様に砕けるのとほぼ同時に、和成達の部屋の高層用強化ガラスが安物のグラスの様に粉々に砕け散った窓辺に月光を背にした無表情の司がすでに見えているのかも怪しいほどに濁った司の目を見て立っていた。

 そして、和成と死にかけた司の間には和成の拳を受け止めた美紗都。
 さらにその割込みに反応した奏を遮る様に七緒が立ちはだかり……。


「「ちょっと席を外しましょうかッッ!!」」


 顔半分がひしゃげ潰れる様な拳を見舞い司の傍を横切って窓の外へと吹き飛んでいく和成を追って飛び出して行く美紗都と、奏の胸元を掴んで床を蹴り壁を突き破って退室していく七緒。
 豪快な邪魔者排除が済まされ、室内には二人の司だけが残された。

「遅くなってすまん……いや、正直この世界に着いてから休まず探してたんだけど、捕まえて聞く奴聞く奴がみんな微妙に嘘の情報を知らせられてたっぽくてな、五か所くらい全然関係ない場所に突入させられちまってよ。もう最後は勘頼りでようやく見つけた」

 生きているのかも怪しい自分の前に歩み寄る司は、両手を吊り上げる鎖を引き千切ろうと手を伸ばす。
 だが……。

「聞、いて……お、願い……ゆ、い……ごん……」

「は? 遺言? だから言ってんだろ。死なせる気は無いって……。すぐに治療が出来る所へ連れて行く。鷺峰を一人に――」

「お願……い……円……と、おじ……さん……お、ばさ……ん……に、あ……ありが……とう……って……」

「――はぁ……ったく、人の話聞けよ」

 それほどか……それほど感謝したい人達と過ごせていたか。
 こんな死にかけの状況でも、自分のことなんてどうでもよくて、そんなことよりもどうしても残したい遺言。

(ボロボロにされた自分の前だってのに……なんでニヤけちゃうかな、俺は……)

 前に一度来た時に写真で顔だけは見たが、実際に会ったことはない円の両親。
 自分をここまで受け入れてくれたことに感謝の気持ちが込み上げる。

「司様ッ! お待たせしました。遅くなり申し訳ございません」

 司の突入と和成の退場で空けた窓の大穴から曉燕が床に着地して来た。

「いや、早ぇよ。神奈川の方まで行ってたんだろ? まぁ、いいや……こいつを頼む。俺は……」

 鎖を断ち受け止めた自分を曉燕に預ける司。
 その顔が窓の外へと向き、吹き込む風とは違う影響で髪がユラユラと逆立ち上がり始めた。

の所へ行って来る……悪いがここら一帯ぶっ飛ばすぞ。巻き込まれない様にあとの四人にも注意しといてくれ」

「承知しました。どうぞ……ご存分に」

 曉燕が瞬時にビルから飛び出す。
 すると次の瞬間、司がいた部屋の辺りで爆発が起きて上下一~二階分が消し飛び、残りの高層階が地面へ向けて轟音を響かせながら落ちて行った…………。
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俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

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