アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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閑幕 3

閑幕 御縁司の自己啓発⑧

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 「良善さん……これ、借りて行ってもいいですか?」

 テーブルの上に置かれた砂時計タイム・グラスを手に取り、司は不自然なほど自然な微笑で良善に尋ねる。

(本当に怒った時は笑ってしまうタイプか)

 別時元の自分が嬲り殺しにされようとしている事実を知った司。
 相手はついこの前、真正面からの戦闘で圧倒した和成。
 同じ司でも、過去側流世界の司は完全な一般人であり、当然〝D・E〟保有者を相手にしては成す術が無い。
 そんな絶対に反撃される心配が無いのをいいことに、あまりにも卑劣で姑息な仕返しをする和成。
 司の感情メーターは完全に振り切れてしまい、一見まるで気にしていないかの様に笑っていたがその双眸の血色はこれまで以上に赤黒い輝きを放っていた。

「あぁ、構わない。どうするね? 私も同行するか?」

「いえ、こんなことで副首領の手を煩わせていたらダメですよ。それにもう俺にだって一応配下がいますし、この件は俺の方で何とかします」

「うむ、確かに君もそろそろ側流世界の一つや二つ制圧してしまえるべきレベルにある。分かった……許可しよう。ぜひ、私に君の性能の〝向上〟を見せてくれ」

「了解しました」

「ただし、一つだけ肝に銘じて置きたまえ。今回の一件……私は〝ロータス〟側にこれほど素早い新たな行動を起こす知恵があるとは読んでいなかった。無論、そこまで緻密に考察していた訳では無いが、少なくとも私の大まかな予想を覆すくらいの知恵を有した要因の存在が現れたと考えられる。不確定要素というモノはどんなに小さくとも決して侮ってはいけない。人は時に小さなガラス玉一つを踏むだけでも転倒して頭を打ち死ぬこともあるのだからね」

「分かりました、覚えておきます」

 踵を返し部屋を出て行こうとする司。
 すると、彼がドアの前に立つより先にそのドアが外側から開いた。


「うぃ~~! たっだいまぁ~~!」


「…………」

「チッ……もう帰って来た」

 扉の間口に肩を当て、斜に構えてヒラヒラと手を振る服のあちこちが少々埃っぽい達真。
 良善の顔は露骨に不愉快な色に変わり、目の前に立つ司は無表情で達真を静観する。

「お? どうやらその様子だともう話は聞いたみたいだな。これからカチコミか?」

「…………あぁ、だから退いてくれ。通れない」

「おぉ怖ッ! はいはい、どうぞお通り下さい」

 ドアの前から移動して胸元に手を当てるいちいち癇に障る態度。
 それを無視して部屋を出ようとする司だったが、達真のすぐ横を通り過ぎる時……。


「鷺峰を助けてくれてありがとう…………あんたも一応俺の恩人だよ」


「…………あ?」

 返事も待たずそのまま出ていく司。
 ただ、そんな司の添えた一言に達真はまるでゲテモノを見る様に顔を歪めて残った良善を見る。

「おいおいおい……今のなんだ? くそキモいんだが?」

「フッ……相変わらずの感謝アレルギーだな? いいじゃないか、たまには人の心を救うというのも」

「冗談じゃねぇッ!! 俺はあいつの中の導火線に火を付けるためにあのガキを対衝突させて二度と元には戻らない傷物にしてやったんだ。俺はあいつがキレる所を見たい……怒りに任せて〝D・E〟を覚醒させたガチのあいつと殺し合ってみたいんだッ! それなのに『ありがとう』だとッ!? あぁ~あッ! いつから〝Answers,Twelve〟はあんなお利口ちゃんでも務まる生温い組織になったんだぁ!?」

 不機嫌極まり無い様子で部屋の中へと入り、司が座っていた場所に腰を下ろしてテーブルに足を掛ける達真。
 どうやら本気で達真の中には〝ロータス〟に改変される過去側流世界から円を助け出したという認識は無かったらしい。
 ただ、そんな思惑が外れて不満を爆発させる達真に対し、良善は含み笑いを浮かべてコーヒーを一口啜る。

「フン、馬鹿を言うな。人の機微を知らぬお前の浅い仕込み程度が生じさせる感情の起伏程度で〝D・E〟の成長が促せるものか。ただ、意図せずお前の今回の行動は決して無駄ではない。形や時期は変わって来るだろうが……司は紛れも無く今回の一件で新たな扉を開く。第四はもう間違いない……を開ければ大成功と言えるだろう」

「ほぉ……ならいいか」

 笑みを浮かべている良善。
 彼が憶測だけでモノを言う男ではないことを知っている達真は、まだ皆目見当は付かないものの結果的に司が強くなることを知り『なら結果オーライだ』と弾けていた怒りを鎮めて良善が置いたコーヒーカップに手を伸ばすが、良善にヒラリと躱されてしまう。

「これは司が私に淹れてくれた物だ。それと足を下ろせ。土が付いていて汚い」

「あッ!? てめぇが生き埋めにしたんだろうが! しかも早とちりしてなぁ!? おい、謝罪は無いのか? 悪いことをしたら謝らないといけないってパパとママに教わらなかったかぁ~~?」

「生憎父親は誰か分からぬし、母親は写真でしか見たことが無く喋ったこともない。それと今回の一件で私がお前に謝罪する必要性は皆無だ。そもそも自分から誤解されに行っておいてどの口が言う」

「けッ! んで? 今回はあいつ一人に行かせるのか?」

「あぁ〝果報は寝て待て〟というヤツだ。お前も今回は大人しく待っていろ。その方が結果的にお前のためにもなる。お前の願いに叶う見込みが在るのか無いのか……それも自ずと見えてくるだろう」

「へいへい……分かりましたよ。これで返り討ちにでもあったら傑作だなぁ?」

「フンッ……笑えん話だ」

 互いに含みを持つ超越者達。
 ただ、そのどちらも司に何かしら〝期待〟を寄せていることだけは確かな様だった…………。







 司が部屋を出るのとほぼ同時刻。
 〝ルシファー〟のブリッチに設けられた談話スペースでは、一人の少女が丁寧に常識を砕かれていた。

「今話した内容は貴様の人生観ではとても信じられるモノではないだろう。だが、全て事実だ。そして、その『信じられない』という部分の固定観念を崩すのが今貴様の掌の上にいる存在だ」

 話の舵取りをしているのはルーツィア。
 そして、優雅に足を組んで座るそんな彼女の正面には膝を合わせてちょこんとソファーに座る円が、胸元に上げた掌の上にルーを立たせてマジマジとその小人少女を見つめている。

 ちなみに、ルーツィアの両サイドには黙している曉燕とイチゴやアプリコットのジャムを山盛りにしてシナモンまで振りかけた激甘トーストを頬張る紗々羅。
 さらに少し離れた壁際の床にはすすり泣く千紗と震え俯く真弥を抱き寄せる七緒の三人が肩を寄せ合っており、最後にこの個性的なメンツの中で円が一番親近感を持てる美紗都が円のすぐ隣に座ってくれていた。

「鷺峰円、いきなり全てを理解しろとは言いません。しかし『こんなのあり得ない』『こんなこと信じられない』と考えを凝り固まらせては話が前には進みません。とりあえず、一旦は許容するスタンスを取って頂けませんか?」

 いきなり攻撃性のある能力の使用はショックが大き過ぎるだろうと踏んだルーツィアの計らいで、一般人レベルの円に効率的に今いる場所の非日常さを理解させる要因に駆り出されたルーが円を見上げる。
 もちろん、本来ここまでルーツィア達が神経質になってやる必要も無いのだが、円は司にとって大切な存在。
 それを任された以上、適当な扱いをする訳にはいかなかった。
 ただ……

「…………か、可愛い♡」

「え? ――はぅッ!? ちょ! 何故顔をつつくのですかッ!? 我々の話をちゃんと聞いて――むぐッ!? や、やめなさい!」

 ルーツィア達の気遣いも他所に、円はいかめしい黒軍服姿ながらも確かにサイズ的にはお人形の様で可愛らしいルーの頬を指先で突いて目を輝かせていた。
 嫌だ嫌だと振り払う感じも小動物さが感じられてついしつこく突いてしまい、ルーは円の手から本体であるルーツィアの膝へと飛び渡り、その胸元に飛び込んで消えてしまった。

「あぁッ! ごめんってば! 待って!」

「貴様……見た目の割に意外に肝が据わっているな?」

 心配して損した。
 そんな感じにため息を吐くルーツィア。
 曉燕は苦笑し、紗々羅は『こういう子好き♪』と能天気に笑う。
 ただ、一番境遇が近い美紗都だけはまだ少し慎重だった。

「あの、円ちゃん……で、いいかな? 本当に大丈夫?」

「あ、うん全然いいよ、美紗都ちゃん。う~~ん……『大丈夫か?』って聞かれると実は全然そういう訳じゃなくて、今も頭の中グチャグチャなんだよね。あはは……だから、何をどうしたらいいか分からな過ぎて寧ろ妙に凪いじゃってる感じで……あ! せっかく説明してくれてたのにすみません、ルーツィアさん」

「構わん。泣き叫ばれたり錯乱されるよりはこうして会話が出来るだけでも十分だ」

「そうね。とにかく私達は味方だと思って貰って大丈夫。私達は司様の従僕だからその司様が大事に思っているあなたには絶対に危害を加えないし、あなたに危機が迫れば必ず守ってあげる。だから――」

「……今の所、その〝従僕〟ってのが一番引っ掛かってるんですよね。何ですか? あいつ、皆さんに何かやらしいことしてるんですか? 『俺に逆らう気か?』みたいな感じで脅してエッチなことしてるんですか?」

 ジト目になる円。
 どうやら円はかなり品行方正を地で行くタイプである様だった。

「ハァ……話をややこしくするな、曉燕」

「す、すみません……」

「あははッ! まぁ、多分まだ誰も手は出されてないじゃない? でも、求められて拒む子もいなさそうだけど♪」

「なッ!? なんですかそれッ! やっぱりこの集まりって何か如何わしい大学のサークルみたいな集まりなんですかッ!?」

「紗々羅ッ!!」

 イマイチ緊張感が続かない。
 ただ、決して険悪な雰囲気ではなく、今はこれくらいで十分だろう。
 しかし……。

「――ん?」

「――えッ!?」

「――おや?」

「こ、この感じ……」

 ルーツィア、曉燕、紗々羅、そして美紗都の四人がブリッチの出入口に目を向け、円もその視線の移動に釣られて目を向ける。
 すると、何故かわざわざ床に直で座り、この場の最底辺かの様に振舞っていた三人も目を向けていて、うち二人は怯える様にすぐ顔を伏せてしまった。
 そして……。

「全員いるか?」

「……え?」

 スライドドアが開き、司がブリッジへと入って来る。
 ただ、その静かに……だけど、何か凄まじい感情を抑え込んでいる様に見える青年の姿を見た瞬間、円は抑え切れない身体の震えに困惑する。

「え? な、何? え? ……え?」

 怖い。
 自分がよく知るこの世で一番自分を大切に想ってくれていると信じれる人と全く同じ顔をした青年。
 だが、今は不用意に話しかけたら殴り倒されてしまうのではないかという異様な恐怖を掻き立てられる圧を感じた。

 上手く息が出来ず、声も途切れ途切れになってしまう。
 するとそんな円の様子を司が一瞥した瞬間、一旦その圧がフッと軽く消えてなくなった。

「はぁ…………良善さんからの情報だ。如月和成が過去側流世界の御縁司を半殺しにして嬲り遊んでるらしい。ここにいる俺に影響は無いけど我慢ならないから潰しに行く。紗々羅、曉燕、美紗都、七緒……ついて来い」

「「「「なッッ!?」」」」

 ブリッジの空気が凍り付く。
 そして、すぐさまその寒気を吹き飛ばす怒りの炎が二つ新たに灯る。

「か、和成……――あいつッッ!!」

「この期に及んでまだあいつは……ッ!!」

 折角の美貌を損なう怒相を浮かべるのは美紗都と七緒。
 和成の性根を知り、もはや殺してしまいたいほどの恨みを抱く彼女達にとって、自分の拠り所である司の〝大切な可能性〟にその汚い手を伸ばした事実はもはや万死に値した。

「〝ロータス〟が新たな改変作戦を始めたのですか?」

「へぇ……意外。あのお馬鹿ちゃん達にそんなフットワークがあったんだ?」

「あぁ、良善さんも大分驚いてた。でも、実際に確認して間違いないそうだ。今回は俺だけで向かうつもりだったが、お前達も俺の力の一部だって信頼して声を掛けた……付いて来てくれるか?」

 司は手にした砂時計タイム・グラスを掲げて見せる。
 その一言だけでも、従僕達には十分過ぎる理由だった。

「もちろんです、司様! どうかお供させて下さい!」

「私もッ! あいつ、性懲りも無くッ! 絶対に許さないわッ!」

 すぐに賛同する美紗都と七緒。
 その後を追う様に紗々羅と曉燕が立ち上がる。

「司様の向かう場所に私が続かぬ理由はありません」

「殴り込みに行くって訳でしょ? ダメって言われても付いて行っちゃうよ~~♪」

「あの、閣下? 私は……」

「あぁ、ルーツィアさんは俺の配下じゃないからな。ぶっちゃけ普通に序列も上だし。まぁでも、向こうの状況がどうなってるかはまだ分からないから人手は欲しいし、手伝ってくれるって言うなら有難くはあるけど……」

「いえ、どうかお気になさらず。私めにもどうか同行のご許可を」

 背筋を伸ばして立ち上がり、胸に手を当て恭しくお辞儀をするルーツィア。
 正直、ここまでは大体返事が予想出来るメンバーだった。

「助かるよ。……で、お前らはどうする?」

 司の視線が立ち上がる七緒の足下で身を縮こませる真弥と千紗に向く。
 すると、二人が返事をする前に七緒が口を開いた。

「司様……私が責任を持って監督します。どうか二人にも同行をお許し下さい。この二人にはちゃんと真実を見る義務があります」

 きっぱりと言い切る七緒。
 そんな彼女の言葉に困惑している様子の二人だが、さっきまで優しく抱き寄せてくれていた七緒が冷たい眼差しを向けて来て、もう何も言い返せなくされてしまった。

「分かった。おい、二人とも……よく覚えとけよ? もしちょっとでも妙な真似をしたら警告も無しに叩き潰す。悪いが今回の俺はマジだ。命乞いも聞き入れる余地は無い」

 血色の目の光はもはや瞳の中に留め切れず耳横にまで漂い流れ出し、真弥も千紗もこれまでの敵意など欠片も湧かず、震えながら下を向いて辛うじて分かるくらいに小さく頷いた。

 これでここへ寄った理由は全て消化。
 最後に一つ要素を片付けるべく、司は一度深呼吸して再度圧を抑え込み円に目を向ける。

「鷺峰……悪いがお前はしばらくここで待ってくれ。御縁のことは心配するな。俺が必ずお前の元に連れて来るから」


「やだ」


「……は?」

 本当は彼女に事情を聴かれることも避けて置くべきだったと、つい口を滑らせてしまったことを後悔していた司だったが、それにしてもあまりに予想外の返答に面食らってしまう。
 そんな戸惑う司に対し、円は座っていたソファーから跳ね立って司の前まで歩み寄る。

「司が半殺しって何? その如月和成って誰よッ!? 私の司に何してくれてんのッ!?」

「うぐッ!?」

 
 日常的に聞いていてはとても身が持たなそうなセリフに司の顔がいびつに歪む。

(一体どういう恋仲してんだよ、過去世界の俺……あッ、そういえば、こいつら店の営業中でも隠れてイチャ付く様な奴らだった。おいマジで勘弁してくれ)

 過去の司とここにいる自分は別物。
 その認識は今も維持しているが、自分にはそうなる可能性があったという指標にしている以上、司は自分の中にそんな無糖のコーヒーすら甘くする様な可能性があったことに内心顔を覆いのた打ち回った。
 しかし、何とかそれを表には出さず耐えていると、徐々に円の瞳に涙が滲み始めて来る。

「何よそれ……何なのよ、それぇ……ッ! 司は……司はずっと辛い思いをして来たのよッ!? 小さい時にお父さんとお母さんがいなくなっちゃって……ずっと一人で……私と初めて会った時なんて、もう後ほんの少し心無い言葉を浴びせれば自殺してたかもしれないくらいボロボロでッ!」

 司の暗鬱たる過去。
 他人の口から聞くのは初めてだったが、過去世界の自分はそれをちゃんとこの少女に打ち明けれていた様で、司はもうそれだけでも円の手を取りお礼を言いたい気分になる。

「本当に……本当に司は苦しんでた! でも、そんな司もお父さんに誘われてウチで働く様になってから、少しずつ笑える様になって来て……仕事も滅茶苦茶頑張ってて……そんなあいつがなんでそんな状況に置かれてるのよッ!? おかしいでしょッッ!!」

 涙が散り飛ぶほど叫ぶ円。
 その叫びは司にとって癒しの雨だったが、逆に心を抉る槍の雨に受け取る者達もいた。

「真弥……千紗……ダメよ、ちゃんと聞きなさい」

 青褪めた顔で唇を震わす七緒が円を直視することも出来ていない真弥と千紗に囁く。
 和成の性根に気付いた真弥。
 〝ロータス〟そのものに絶望した千紗。
 二人にとって今の円の心の底から絞り出す言葉は傷口に塗り込む塩よりも痛い言葉だった。

「私も行く! 司が危ないのにこんなところでジッとなんてしてられないッ!!」

「ダメだ。お前なんかが行った所で出来る事なんてない」

 その気持ちは本当に嬉しかった司。
 だが、それ故に万が一にも彼女に危害が及べば、過去の自分に合わせる顔が無い。
 司は間髪入れず、円の申し出を一蹴した。

「連れて行かないなら暴れるわ?」

「やってみろよ。そんな華奢な身体……そこの扉一枚破れるかも怪しいもんだぜ」

「火、付けたり、とか……するかも知れないわよ?」

「何でだよ……そもそも声詰まってるじゃねぇか。出来もしないことで脅してくんじゃねぇよ」

「お願いッ! ねぇ、あんた……その、もう一人の司……なんでしょ? だったら分かってくれるでしょ、私の気持ちッ! 司は……司は私にとって本当に大切な人なのッ! あいつのいないこれからなんて考えられないのッ! 絶対に失いたくないのッ!!」

 胸に縋り付き、もう溢れて止まらない涙で頬を濡らしながら必死に訴えて来る円。
 内心額に手を当てる司……残念だが、彼女の言う通りその気持ちは痛いほど分かった。
 しかし、事実連れて行った所で彼女に何が出来る?

 それにもし彼女の素性が知られたら、和成は格好の標的だと彼女に襲い掛かる可能性が高い。
 そして、和成がいる以上間違いなく奏もいる。
 あの狂信者も十分に円を狙う恐れがあった。

「……ダメだ」

「司ぁッッ!!」

「違う……少なくとも、お前と恋仲の御縁司と俺は別人だ」

 そこはきっぱり言っておく。
 しかし、もうこれでは話が堂々巡りだ。

(こいつに下手に期待されても……だよな)

 本当はしたくない。
 だが、自分はこの子には嫌われておくべきだと覚悟した司は、円の手を払い除けて逆に胸倉を掴み……。

「…………――ッッ!!」

 左頬へ放った拳。
 もちろん当てる気など毛頭無かった。
 ただ、ほんの一瞬だけ込めた殺気で気を失いでもしてくれたら十分だと思ったのだが……。

「…………なんで、瞬きすらしねぇんだよ」

「あ、あんたが……わ、わた……私のこと……殴る訳、無いもん」

 涙を溜めた目を見開き全く視線を逸らさなかった円。
 声が震えていてかなりギリギリだったことは否めないが、不発に終わった脅しは完全に裏返り司にとっての墓穴となった。

「ねぇ……やっぱり、あんたも司なんでしょ? どうして? どうしてこんなことになってるの? いや……いやだよぉ。あんたが辛い目に遭ってるの見ないフリなんて出来ない。私にも、話してよぉ……司の力になりたいよッ!!」

(あぁ……くそッ!)

 胸に顔を埋めて来る円。
 どうすればいいのか、もう司にも分からない。
 すると、視線の端にいた美紗都が『こっちを見て!』と大きく手を振り、そのまま両手で目の前のモノを抱き締めるジェスチャーを何度も何度も繰り返していた。

(いや、それ……後戻り出来なくなるヤツだろ…………あぁ、もうッ!)

 羨ましいとか妬ましいなんて次元ではなく、恋人なんて一度も居たことの無い司にはこんな時どうすればいいかなどまるで知識が無く、結局美紗都のアドバイスに従い震える円の肩をガラス細工でも扱うかの様に恐る恐る抱き寄せるしかなかった…………。
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