アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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閑幕 3

閑幕 御縁司の自己啓発⑦

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「えッ!? ち、千紗ッ!?」

 扉を開けた瞬間、まず声を上げたのは七緒だった。
 周りの者達もその声に視線が部屋の奥にいる人影達へと誘導される。
 そこにいたのは病院の患者服の様な簡易着を着て椅子に座る少女と、その横で同じ様な簡易着を着て椅子の上で膝を抱え震えている真弥。
 そして、そんな二人に湯気立つ温かそうな飲み物を差し出している白衣を羽織った千紗。
 3人も扉の方から聞こえて来た声に気付き視線を向ける

「――あッ!? あ、あぁぁッ! 七緒、姉ぇ……な……――七姉ぇッ!!」

 最も信頼する義姉の姿に千紗の目から一気に涙が溢れる。
 会いたかった……本当に早く会いたかった。
 信じていた〝ロータス〟にかつて以上の苦痛を与えられ、絶望の底に落ちていた千紗がそれでもまだ唯一信じていた必ず自分に差し込んでくれるはずの光明。

 その願望はやはり叶った。
 こちらへ駆け寄ろうとしている七緒の姿に千紗は自らも駆け寄ろうと足を踏み出す。
 しかし……。



「なんでてめぇがここにいるんだよ?」



 その場にいた全員が部屋の温度が下がったと思った。
 ここまでの道中、美紗都をからかい和やかなムードから豹変した司の怒相とドスの利いた声。

 まず、円が目覚めていたのは喜ばしいことだ。
 良善は彼女の身体が元に戻るには数日掛かると言っていたのでまだ不安ではあるが、実際身体を起こしてこちらを見ている瞳にもちゃんと生気を感じられた。
 やはりその辺を良善が蔑ろにするはずはなく、自分が居なくてもちゃんと快復する段取りは取っていたらしい。

 次に真弥がいることはもう知っていた。
 自分が出て行ったあとに何かあったのか酷く衰弱している様子ではあるが、別にそのことを心配してやる義理は今の司には無いので無視。

 ただ、その流れでも無視する訳にはいかないのが3人目の存在。
 笑顔で司の死を願っていたあの四人組の一人……曽我屋千紗の存在は完全に司の想定外だった。

「どういうつもりだ!? なんでてめぇがここにいるッ!!」

 腕に抱き着いていた美紗都達の手を解き、真っすぐに千紗に歩み迫る司。
 その双眸からはすぐに血色の眼光が溢れ出し、背後にいる美紗都達からでもその残光が見えた。

「ひぃッ!?」

 迫る司に千紗の顔が恐怖に染まり腰砕けにその場へ尻餅を付く。
 起き上がることが出来ず、手足を掻いて後ろ向きに後退りながら司から逃げようとするが、広さはそれほどでも無い室内ではすぐに行き詰まり、壁に背中を押し付ける様な体勢になって泣き震えながら『来ないでぇ』と蚊の鳴く様な声を漏らすその姿には、かつて自分の尊厳と幸せのために司を殺そうとしていた面影は欠片も残っておらず、事情を知らない司でも何かあったのだろうと察することは出来た。
 しかし、そんなことはどうでもいい。

「おい……答えろ。なんでてめぇがここにいる? その白衣……良善さんの差し金か? あの人に叩きのめされて命乞いしてこっちに下って来たか? 俺をゴミカスの様に言っていたくせに、相変わらず〝ロータス〟はどいつもこいつも身の振りが軽やかだなぁッ!? えぇおいッ!!」

 追い詰めた司の手が千紗の胸倉へ伸びる。
 千紗はもう目も合わせられず両手で顔を覆い縮こまり何の抵抗も出来ていない。
 だが、司の手がその白衣の襟を掴みかけたその時、視界の横から掌が割り込み……。



「何やってんのよッッ!! 司ぁぁぁぁッッッ!!!!」

「ぐぶッ!?」



 豪快なフルスイングのビンタ。
 誰もが唖然とするその一撃を放ったのは……なんとまさかの円。
 完全に警戒外の一撃をモロに顔面へと喰らった司は、二~三mほど真後ろに吹き飛ばされてしまった。

「あんたどういうつもりッ!? 千紗ちゃんは具合が悪かった私を介抱してくれてたのよ!? それをいきなり怖い顔と声で脅して手まで出そうとするなんて、あんたいつからそんな…………え? あれ? え? あんた……司?」

 鼻頭を押さえて顔を上げる司の目の前に般若の様な怒り顔で仁王立ちする円。
 だが、その少し赤くなった司の顔と目が合った途端、円の顔が一気に困惑の色に代わる。

「え? あ、あれ……司、だよね? 顔は……い、一緒だけど……なんか、雰囲気が……え? ま、待って! 司よねあなたッ!? 私全然知らない人にビンタかまし……――あ! いや、ううん! 違う! こんな小さな子を脅そうとしていたのは事実なんだからどの道マジビンタよ! 文句あるッ!?」

 腰に手を当てビシッと指を差す円。
 この中で鷺峰円の雰囲気を知っているのは司と七緒だけ。
 そう言えば二人があの喫茶店に入った直後にも彼女は随分と喚いていた。
 良く言えば快活……悪く言えば考え無しの無鉄砲……。

 司としてはこっちの事情も知らず随分と言いたい放題言ってくれる奴だと苛立ちに繋がりそうなモノだったが、それよりもあの喫茶店で見た少女が無事消えずに済んだことの方が勝り、ため息を吐きつつ項垂れて隠したその顔には安堵の涙が滲んでいた。
 しかし……。

「何してくれてんのよ……――あいつッ!」

 今度は美紗都のこめかみに青筋が走る。
 まだ完全習得には至っていない〝D・E〟にもエンジンが掛かり、前回よりも明らかにスムーズに瞳に血色が乗る。
 恩人であり主である司に手を出され、美紗都は先ほどの司と同じく前に出ようと足を踏み出すが……。

「こら、待て美紗都」

 勢い良く前に出たせいでトレードマークの身体の前側でキープする三つ編みが背中側に回り、その髪房をルーツィアに掴み止められて美紗都の首が仰け反る。

「あぐッ!? い、痛ぁッ!? ちょ! なんで止めるの! あいつ、司様に手を出したのよ!?」

「そんなこと言われなくても分かっている。確かにそこらの有象無象ならば即刻処刑対象だ。しかし……

「は? じ、事情?」

 髪を抑えながら振り返りがなる美紗都。
 だが、そこで見たルーツィアの顔は少々困惑の色を見せている。
 さらにその横では紗々羅が細めた目元に真剣みを含ませ、同じく顔色が変わった曉燕がまだ理解が追い付いていない美紗都に3人とも一致している様子である内心を共有する。

「美紗都様、司様はすでに〝D・E〟を第三階層まで完全開放した超人なのです。いくら全力で腕を振り抜いていたとはいえ、ただの一般人が放ったビンタで司様が吹き飛ぶなんてありえない。たとえるなら常人がコンクリートの柱に全力で腕を叩き込んだ様なモノ……普通なら逆にあの少女の腕がへし折れているはずなんです」

「へ、へし折れ……?」

 ゾッとする表現に冷や水を浴びせ掛けられた様に怒りが鎮火してしまい、美紗都は恐る恐るもう一度円に目を向ける。
 その視線の先にいた円は立ち上がった司にメンチを切りぎゃあぎゃあと千紗への謝罪を要求しており、まだ円とどう話せばいいか加減を掴めていない司は一旦無視を決め込んだのかそっぽを向いていて、そんな司の態度に円は地団太を踏んでさらに喚いていた。

「身体は全然平気そうだけど……なんか、変な子ね?」

「話では時元修正の影響を受けたと言ったか? 恐らく精神や体内バランスがまだ安定しておらず必要以上にハイになっているのだろう。だが、閣下を吹き飛ばした時点で間違いない。鷺峰円はその身体に〝D・E〟を内包している」

 断言するルーツィア。
 実際司へ一撃を入れている時点で周りの者達も同意する他なかった。


「おや、もう見つかってしまったかい? 遠隔でバイタルの安定を確認出来たから出したのだが、サプライズ感が薄れてしまったね」


 結局まだ部屋の扉を潜った所で固まっていた面々。
 そんな中でルーツィアの肩に背後から手が掛かった。

「きゃあッ!? 博士ラーニィド様ッ!? い、いつの間にお戻りに!」

「つい今し方だ。こそこそと偵察機を飛ばしていたな? 覗き見は感心しないぞ? まぁ、一度で素直に引き下がったから今回は不問にしておこう」

「も、申し訳ありません!」

 慌てて片膝を付くルーツィア。
 他の面々も一歩下がって場所を開ける。
 そして、騒ぐ気配に振り返った司も目を剥いてとりあえず身体は問題なさそうな円を置いて慌てて駆け寄って来た。

「り、良善さんッ!? 何やってたんですか!? あいつのことお願いしますって言っておいたのに、なんで達真と怪獣戦争みたいな真似してたんですか!? あのデーヴァを近くに置いてるのも訳分んないですよッ!」

「あぁ、すまなかった。だが、鷺峰嬢の身体の修復は君が部屋を出た時点でもうあとは自動処置に任せる段階に入っていたからやることが無かったんだよ。それに千紗はもう我々に逆らうことは無いから安心したまえ。真弥も軽く心を折る処置をしておいた。トドメは君の好きにすればいい」

 平然と言ってのける良善。
 司は再度背後の方を振り返ると、円はうずくまる千紗の前にしゃがみ込んでその背中を擦り、千紗が呟いていたのか『この子に七姉ぇって呼ばれてる人は誰!?』と良善の登場もお構いなし。
 そんな中、指名を受けている七緒は司と良善の方をチラチラと見ていた。
 良善は肩を竦めて頷き、司も喧しい円を黙らせるために顎をしゃくり七緒に許可を出す。

 主の許しを得て千紗の元へ向かう七緒。
 すると千紗はもはや親と逸れた幼女かと思ってしまうほどに泣きじゃくりながら七緒に抱き着き、そんな千紗を七緒に任せた円は今度はすぐさま真弥の元へ向かい、震える手に自分の手を添えて静かに語り掛けるなど甲斐甲斐しく面倒を見ていた。

「ほぉ……随分と活発な子だ。前に見に行った時もあんな感じだったのかい?」

「系統は似てますけど、あそこまで大げさな感じではなかったですよ」

「なるほど。まぁ、再定着させた身体が落ち着けば元の感じに戻るだろう」

「そうですか……とにかく、ありがとうございました。あいつを助けて貰って。……ところで、達真と何してたんですか?」

「あぁ、ちょっと調子に乗り過ぎていたので五~六回殺してやろうとしたんだが、三回しか殺せなかった上に手痛く反撃された。忌々しいが今回は手打ちにしたよ」

「〝殺す〟に平然と回数付けないでくれません? まぁ、全然普通に想像は出来ちゃうんですけどね。それで……達真はどこに?」

 三回殺した後で当然まだ生きていること前提の言葉が出てしまうことに強烈な違和感はあるが、この男とあの男に自分のこれまで生きて来て身に着けた感覚など何の役にも立たないので、司は妥協して受け入れる。

「奴は右手と左足を吹き飛ばして瓦礫の下に埋めて来た。瓦礫も大分集めて真上に固めておいたから流石に小一時間は戻らんだろう。かく言う私もこのコートの下は少々になっているよ。それより司、奥の部屋で少し二人で話をしよう。悪いがそこのカウンターでコーヒーを淹れて来てくれ。道具の使い方は分かるだろ? カフェインが足りなくて細胞回復の調子が上がらないんだ」

 そう言われて初めて気付いたが、いつもは開け広げているコートのボタンを全て閉じていた良善。
 そんなコートの上から鳩尾辺りに伸ばした手は微かに震えておりダメージがあるのは確かな様だったが……。

(いや、胴体がヤバいことになってるみたいなこと言っておきながらコーヒーを飲もうとしてるのなんなんだこの人……)

 気持ち重そうな足取りで奥の部屋へ入っていく良善の背中を見ながら呆れ果てる司。
 ただ、彼がわざわざ自分と二人で話があると言うならその内容はそれなりに重要な話なのだろう。

「ルーツィア、ちょっとこの場を取り持っておいてくれ。それと七緒と協力して真弥と千紗の監視は密に頼む」

「承知しました」

「美紗都? あいつのビンタの件はとりあえず今回は俺に免じて流してくれ。というか、お前さっきかなり本気で殺気放ってたろ? 背中にビシビシ感じたぞ。まぁ、俺も人のこと言えないんだけどさ」

「あぅ……ご、ごめんなさい」

 しょげる美紗都の頭を撫で、司は良善のプライベートカフェバーでコーヒーの準備をする。
 すると、ふとこちらを向いた円がしばらくジッと司のことを見ていたが、ルーツィアが割って入り全員で場所を変えることを告げて、さしもの円もルーツィアが気持ち圧を掛けて来ているせいでその得体の知れない雰囲気を感じ取った様で素直に従い皆で部屋を出ていく。
 ただ、その際にも円は司を見ていたが司は努めて無視を決め込んだ。

(違う……違うんだよ鷺峰。俺はお前が好きな俺じゃない。お前は俺とは関わらなくていいんだ)

 存在が同一化してしまい、もう彼女を元居た側流世界に戻すことが叶わないことは聞いている。
 だが、それでもどこかあの少女を自分とは関わらせたくない。
 先程のビンタの時も自分を〝御縁司〟として見ることに自信が無さそうだった。

 それでいい。
 このまま別人物として認識させ、彼女の中の〝御縁司〟は、これからもあの喫茶店にいる青年を差す名として定着させる。
 後ろ向きだが固い決意を胸に、司は扉が閉まる最後まで一度も円の方を向くことは無かった…………。







「……随分と雑味の多い。注ぎ始めのお湯が温く蒸らしも足りない。それにロトの残湯を全て落としたな? エグみが出てしまっているよ?」

 見るからに高級そうな用具の数々をおっかなびっくり知識を総動員して用い、どうにか作り上げた一杯のコーヒー。その一口目を飲む前から香りだけで少し眉を寄せた良善は、案の定軽く啜るだけの一口の後、早速ダメ出しを送って来た。

「う、うぐぅ……仕方ないでしょ! なんですかあの滅茶苦茶レトロで高そうな用具の数々。下手なアンティーク家具よりヤバそうで触るだけでも怖かったですよ! 寧ろどうにか一杯仕上げるまで行けただけでも褒めて下さいよ!」

 奥の部屋は表の部屋の半分も無いほど狭く、精々二~三人程度分のスペースしかない。
 だが、その狭さの代わりに綺麗に片付いており、あるのは部屋角に司と同じくらいの背丈の観葉植物が一鉢と丸テーブルに椅子が二脚だけ。
 天井は一面が照明になっていて程良く光度が絞られており落ち着きのある空間。
 良善の様なダンディズムのある大人の男の書斎とでも言った感じがして、入った瞬間は感動した司だったが、そこからすぐにダメ出しではもはやただの説教部屋だった。

「フフッ、すまない。同好の士としてお世辞はよろしく無いだろうと思ってね。あぁ、それと全体的に豆を煎り過ぎだ。その上ロースターの回しが一定では無いのかしっかりロースト出来ていない豆もちらほらある。他人に出すならもう少し輪郭を整えた味を――――」

「だぁぁもう! いいからさっさと本題に入って下さいよ!」

 自分の分のコーヒーを煽る司。
 正直、過去側流世界の自分が淹れたコーヒーと比べたら酷い出来なのは分かる。
 時間が出来たらしっかり勉強しようと思うが、今はそんなことに思いを馳せている場合ではなかった。

「クククッ! すまないすまない。いいだろう。確かにまずは話が先決だ。その前に一つ確認しておこう。無論これから話すことにも関係している。司……鷺峰嬢と少しは会話をしただろう? その際彼女は君を〝御縁司〟と認識していたか?」

「え? あぁ……う~~ん。一応、そう感じたみたいではありました。ただ、大分微妙なラインで半信半疑そうでもありましたけど」

「なるほど。どうやら精神の主導権を握ったのは向こう側側流世界の鷺峰円である様だね。こちら側本流世界の鷺峰円と君は【修正者】の裏工作によって接点は無かったはずだからね」

「あ、そう言われたら確かにそうですね。じゃあ……向こうの鷺峰の身体とこっちの鷺峰の精神は消失してしまったということですか……」

 カップをテーブルに置き、視線が下がる司。
 やり切れない思い。

(まただ……また奪われた……)

「く、そがぁ……ッ!」

 拳を握る音がするほど怒りを押し殺す司。
 良善はそれを否定はせず、しばし司に怒りを感じさせたまま待ち、司が少し心を落ち着かせた所で話を再開させる。

「司……実は二つ謝らないといけないことがある。一つは致し方ないことなのだが、もう一つは正直私の予測が外れた結果だ。申し訳なく思う」

「え?」

 カップを置き顔を上げた司を見る良善。
 予想外のことは諸手を挙げて喜ぶ質である彼が神妙な面持ちなのは、本当に司に対して悪いと思っているからか?

「何を……謝ることがあるんです?」

「うむ、まず一つ目だが……先ほど居た鷺峰嬢の治療に関して、悪いが彼女の体内に〝D・E〟を投与した。残念だがこちら側本流世界の鷺峰嬢の身体の喪失が修復限界を超えていたんだ。そして、向こう側側流世界の鷺峰嬢の身体はすでに完全に喪失して、精神だけがこちら側本流世界の鷺峰嬢の身体の中に漂っていた状態。そのため〝D・E〟を投与して無理矢理にでも細胞量を増大させて身体を再構築する必要があった。つまり今の彼女は数パーセント鷺峰円の成分を含んだ別人の身体に鷺峰円の精神が仮置きされた状態。今後、その鷺峰円の精神が時元の事象を認識することで精神は安定して身体と同調する。君の彼女を思う立場からすれば避けたい処置だっただろうが、こればかりは仕方ない」

「そ、そん……なッ! あ…………うぐッ! い、いえ……仕方ない、ですよね……それは……」

 それだけは避けたかった。
 彼女には普通の女の子のままでいて欲しかったのは確かだ。
 しかし、助けてくれと頼んだのはこちらであり、良善はそれに応えてくれた。
 それなのにその助け方が気に入らないと言うのは流石にわがままが過ぎる。

「あの……はい、それは……もう、いいです。いや……よくはないんだけど……いや、すみません。気にしないで下さい。それで、もう一つは?」

 やや強引に話を変える司。
 その事実を呑み込むにはもう少し時間が欲しい。
 そして、一旦思考を保留にするためにも新たな話に切り替えたかった。

「あぁ、それなんだが……こっちはさっきも言った通り私の予測が外れた。単刀直入に言おう」

 良善はダメ出しした司のコーヒーに口を付けてから、言いにくそうに言葉を続ける。


「君が前に行った過去側流世界の存在が〝ロータス〟にバレていた」

「…………は?」


 司の顔から生気が抜け、周りの音が急に遠くなった。

「あの女騎士達がいた深い森の側流世界の破壊は、過去側流世界への影響も加味した行動だったんだ。奴らがそこまで器用なことが出来るとは思えずその線は除外していたのだが、完全に当てが外れた。そして、これも完全に達真におちょくられたのだが、あの男はその過去側流世界から鷺峰円を連れ出し、本流世界の鷺峰円に対衝突させるという荒技で彼女を助けたんだ」

 それはあのビル一棟を破壊し尽くした戦闘の中での一コマ。
 良善は達真の行動を〝司を怒らせ彼との戦いを楽しむ〟という達真の下劣な遊び心に起因した物と見ていた。
 しかし、実際本気で殺し合いをして良善が彼を生き埋めにしている最中、達真は高笑いを上げて良善にそのことを告げた。

 結局、質の悪い遊び心。
 良善があの屋上に降り立った時、すぐに説明すればよかったことを『あ、良善がちょっと誤解してる……面白そう!』と即席の芝居を打つというあまりに愚かしいが自分は楽しめるふざけた真似をした。

「事実確認のために、私はすぐにこの〝砂時計タイムグラス〟を使って過去側流世界へ飛んだ」

 テーブルの上に少し汚れた砂時計が置かれる。
 司は無言のままそれを見て、またすぐに良善の顔を見る。

「あいつら……あの世界に…………何をしたんですか?」

「表向きは何もしていない。ただ、その世界の君は……

「………………」

 人は怒りのメーターを振り切ると寧ろ落ち着いてしまうらしい。
 司は冷静に良善の言葉を咀嚼する。
 そして、しばらく黙っていた後、司は良善の行動を察して……

「ありがとうございます、良善さん。その現場を見たけど、あえてそのままこっちに戻って来てくれたんですね? 『司なら自分でやりたいと思うだろう』って、察して……は、はは……あはははッ!」

「ふぅ……余計なお世話ではなかった様だね?」

「えぇ……えぇ……えぇぇッッ!!! 本当にありがとうございますッッ!!! 良善さんに殺されてたら、俺は一生この屈辱を引き摺る所だったッッ!!! あははははははッッッ!! やってくれたなぁ……あのクソ野郎がぁぁぁッッ!!!」

 叫び吠える司。
 一線を越えた激情に突き動かされてその身体から撃ち放たれた存在圧は、良善と達真の戦いで放たれた圧には劣るものの、確実に片手は届くレベルへと到達していた…………。
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