アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene10 被告:綴真弥

scene10-1 大して役にも立たず 前編

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 敗走から辛くも命拾いした菖蒲達・新生【修正者ミショナリー】を聖人の来訪かの如くに迎え入れる側流世界の住人達〝ディグニティ・ナイツ〟
 身に着けている衣服や周囲の物品から察するに、その技術や生活水準は本流世界で言う所の中世レベル。
 しかし、彼女達はこの世界だけの固有事象〝牙法〟と呼ばれる特殊な能力を有しており、羽も無く空を飛んだり自分の体重の何倍もあろうかという物資を片手をかざすだけで宙に浮かせて運んだり、その光景はまさにファンタジーそのもの。

 こうした摩訶不思議な力は、各側流世界において様々な変化が現れる。
 そして、そんな各側流世界のもっとも大きな特徴である本流世界へ与える〝テーマ〟
 この側流世界のそれが何であるかは〝ディグニティ・ナイツ〟の矜持が体現していた。

「え? あ、あの……本当に人員の配置をこちらで全て決めても? 協力をお願いしておきながら言いにくいんだけど、敵は……その、強いですよ? あなた達の身の保証は……」

「いえ、大丈夫です。どうかお気になさらず如何様にもなさって下さいまし」

 〝アクエケス〟から降りて来た真弥は、ジャミングが利いている内に次の戦闘に備えた準備に取り掛かるべく【修正者】と〝ディグニティ・ナイツ〟による混成部隊の編制を相手側の担当者――カリメラと名乗った少女と行っていた。
 漫画でしか見たことのない様な完璧なまでにキープされた金髪縦ロールを揺らすカリメラは、これから命に係わる戦いに参加するというのにその戦場での自分達の配置を全て真弥に一任して来たのだ。

「あなた方の長……如月卿が初めてこの地に来た時、我らはこの地の魔物〝ヴァルナラブル〟との戦いで窮地にありましたわ。個々の力では勝っていても圧倒的な物量で攻め立てられ、ジリジリと消耗していたのです。如月卿があのの砲で一掃してくれなければ、我々はもう魔者達の血肉になっていたかもしれません」

 そう言ってカリメラは中破した〝アクエケス〟を見た後、目を細めて空を仰ぎ見る。
 菖蒲達が彼女達を救ったというのは、事前にこの側流世界を拠点化するための下準備に訪れた時の話だろう。
 その時に同行していなかった真弥には当時の彼女達がどういう状況だったかは分からないが、こうして今生きていることに感謝しているのはその表情から察することが出来た。

「受けた恩義には必ず返礼を。恩人の窮地に剣を抜かずば我らの〝品格〟に関わります。我らの牙法がどこまでその敵に通じるかはまだ分かりません。ですが、〝ディグニティ・ナイツ〟全騎士が勇猛果敢に戦うことをお約束いたしますわ。どうぞ何なりとご命じ下さいまし」

 胸に手を当て凛々しく微笑むカリメラ。
 それは他人任せという訳では無く、どこでどんな敵とでも戦って見せるという強い意思。
 彼女はそれを勇猛果敢と表現していたが、真弥には少し違って見えた。

(すごい真っすぐな目。自分の言ったことは必ず最後までやり通すっていう強い気持ちを感じる)

 人の評価は長い時間が掛かる場合もあれば、顔を合わせたその瞬間で分かる時もある。
 彼女達〝ディグニティ・ナイツ〟と会うのは今日が初めてだったが、すでに真弥の中では彼女達に戦場でも背中を預けるに足る存在だと感じた。

「……分かった。あなた達を信頼する。どうか私達に力を貸して」

「お任せ下さいまし」

 真弥とカリメラは固く握手を交わす。
 腰に剣を帯びてはいるが本当に戦場でそれを振るえるのかと思うほど細くなめらかな指先。
 しかし、なんて頼もしい手だと真弥は胸に久方ぶりの安堵を覚える。
 だが……。

「それはそうと……綴卿? 付かぬ事お伺いしたいことがあるのですが、よろしくて?」

「え、何?」

 少し身を寄せ小声になるカリメラ。
 真弥が首を傾げると、カリメラはスッと視線を〝アクエケス〟の真下の辺りへ向ける。

「あの……あちらにいる殿方、その……何と申し上げればよいのか分かりませんけど、本当にあの方があなた方の戦闘隊長様ですの? その……わたくしにはどう考えても、あなたの方が……――あッ! 差し出がましいことを申してすみません!」

「…………いいえ、いいのよ。気にしないで。一応……あんなのでも、まぁ……いないよりはマシだと思う……多分。さぁ、あっちで部隊の配置を決めましょう」

 サッと顔色が冷める真弥を見て彼女が気分を害したと思ったのか、カリメラが慌てて詫びを入れて来る。
 本当に気にしなくていい。
 真弥はそう思いながら、周りが皆戦闘準備に走り回る中一人だけ何もせず手持無沙汰で突っ立っているだけの和成を見て、陰鬱な気持ちを振り払う様に踵を返し、カリメラの手を取って歩き出した…………。







 真弥達が着々と準備を進めている中、先遣隊として地上に降りた司達。
 こちらもこちらで早速戦闘への足掛かりを掴んでいた。

「なるほどね……つまり、お前らはこの世界で人を襲う化物みたいなのと戦っていたけど、相手の数が多過ぎて劣勢だった。このままではマズいって状況の中、バカでかい空飛ぶ魚に乗って突然現れた〝天ノ使〟を名乗る女達に助けて貰った。だから奴らへの恩義から協力することにした訳だな?」

「「「はい……その通りです」」」

 仁王立ちして肩にルーを立たせた司の前に跪いて首を垂れる少女達。
 脱いだ鎧と武装を全て地面に並べ置いたその姿は、完全な降伏の意志を示している。
 戦う者としては実に惨めなこれ以上に無い敗北者の姿。
 しかし、少女達の表情にはまるでその姿に屈辱を感じている様子はなく、肩から力が抜けたとても穏やかなで半分夢の中の様な放心した顔をしていた。

「あ、あのぉ……あ、あなたは、一体……?」

 少女の内の一人が司を見上げて尋ねる。
 初対面でいきなり司達を〝悪魔〟などと断じた少女だ。
 だが、今はもうそんな敵意など微塵もなく、モジモジと内股を擦り合わせてほんのりと頬が染まるそのウットリとした顔は、どこか切なげにすら見えて司に対して甘い感情を感じさせていた。

「まだ俺の話が終わってないだろ? 俺の許可なく喋るな」

「――あぅッ!? は、はひぃ……ご、ごめんなさいぃ……あ、ぁあ♡」

 辛辣だが語勢は抑えめに司がやんわりと少女の質問を払い除ける。
 その言葉に少女はビクンと怯え竦む様に身体を震わせてすぐに謝罪するが、どこか気の抜けた吐息を漏らしてまた深々と司に頭を下げた。
 まさか、司にたしなめられてそれを心地良く感じたのか?
 他の少女達もゾクゾクと身震いして頭を下げている。
 もうこうなって来ると、いよいよ彼女達が抵抗して来る恐れは低く思えた。

「す、すごいね? あの子達……もう完全に司君の言いなりだ」

 並んで土下座する少女達を見て、美紗都が畏怖の念を乗せた視線を司へ向ける。
 その視線の先にいた司は、目の前で美少女達を平伏させていることに然したる関心も示さず、最近顕著になり始めて口元を片手で覆う考え中の癖を見せていた。

「〝魅了〟の力……恐らく司様はもうほぼその感覚を掴んだ様だわ」

「えぇ、ただ……それでもまだ司様的にはしっくり来ていないご様子も感じられるけど……」

 主の現在位置を話し合う七緒と曉燕。
 その隣で美紗都は改めて自分と司の差を感じ、そこに焦りが生じ始めていた。

(別にもう私は司君に勝てなくてもいいんだけど……やっぱり、私だってそれなりに戦えるくらいには強くなりたい)

 ほぼ同期と言ってもいい自分と司。
 だが、これほどまで明らかな差があると〝何とかしないと〟という気持ちが胸の内から湧いて来る。
 頼りになる者がいるならその者に任せてしまえ。
 そんな風に考えられたら気楽でいられるのかもしれないが、生憎美紗都はそういう性格ではなかった。

「分かった。正直お前達には何の恨みも無い……言い方が悪いかもしれないけど、要はどうでもいい。ただ、お前らの拠点に俺の敵がいる可能性が高いからそこまで案内をして欲しいんだけど、いいか?」

「「「はい……ご案内致します!」」」

 明らかに敵意があったはずの少女達が、司にお願いされて嬉しそうに返事をする。
 七緒と曉燕は「当然♪」とばかりに自分達のご主人様の格の違いに得意げ。
 でも美紗都はそんな他人の意志をも捻じ曲げる司の力に、ただただ圧倒される。
 このままでは置いて行かれる……いや、すでにもう十分過ぎる程に差は開いている。

 早く追い付きたい……。
 どうにか彼の隣にいたい……。
 ……また一人になりたくない。

 渦巻く不安に押し潰されそうになる美紗都。
 だが……。

「焦ること無いわよ、美紗都。良善さんの〝D・E〟を受けてそのまま死なずに目を覚ました時点で、あんたの中に人外の力が目覚めることは確定している。あの人の作ったモノはそういう代物なのよ」

 美紗都の肩に手が掛かる。
 声に出していたつもりはなかったが、表情でバレてしまったのかと焦り身体が跳ねさせながら美紗都が視線を向けると、ニヤニヤとほくそ笑みながら見上げて来る紗々羅の顔があった。

「え? あ、の……いや、私は別に……」

「誤魔化しても意味ないっての。今のあんたからは〝功を焦って余計なことをする馬鹿〟の匂いがプンプンするわ。そういうヤツを放置してると大抵ロクなことが起きないの。司く……つ、司様の邪魔をされたくないから、大人しくしてなさい」

「うッ!?」

 勘付かれた所ではない……完全に断定されてしまった。
 確かに現状足手纏いなくせに出しゃばって余計な手間を掛けさせては目も当てられない。
 弱いなら弱いなりに今はその歯痒さを噛み締めておくべきだと思い直した美紗都は、紗々羅の言葉に無念の溜息を吐いて理解したことを示した。
 ただ……。

「あ、あの……紗々羅さん? 私、ずっと司君の能力が紗々羅さんに効き続けてるのかと思ってたんだけど……実は、そうでもない?」

 司の能力で堕ちて以降、紗々羅は幼児化……というよりも著しくIQが下がっていた様に感じられていたが、段々時間が経つに従い、無邪気なはしゃぎ具合が落ち着きを取り戻して来ている感じがする。
 そして、今の釘差しには戦い慣れした豊富な経験則から来る視線が感じられ、司に抱き着いて「しゅき♡ しゅきぃ♡」と頬擦りしていた時とは明らかに別人に見えた。

「えッ!? な、なな……何のこと!?」

「いや……その慌てっぷり、認めている様なもんだよ?」

 カァァ……っと顔を赤らめる紗々羅。
 どうやら途中で正気に戻ったという美紗都の見立ては間違いなかったらしい。

「くぅ……し、しょうがないでしょ! 〝ルシファー〟の中で段々意識が戻って来たけど、それより前の記憶はしっかり残ってんのよ。今更素面になんてなってられなかったから、もうこのまま押し通すしか無いと思ってぇ……」

 着物の袖に手を隠してパタパタと振りながら俯き唇を尖らせる紗々羅。
 その仕草に不覚にもキュンキュンしてしまった美紗都だが、そこで……。

「あ……やっぱりある程度経つと元に戻るんだ? まぁ、流石に一発喰らわせたら永続ってのは能力として壊れ過ぎてるもんな」

 不意に声が掛けられ、美紗都と紗々羅がバッと振り返ると、トロ顔の少女達を引き連れた司が二人の傍までやって来ていた。

「あ、あぁ……うぅ……」

「で、どういう感じ……紗々羅? 正直言って真正面から正々堂々とやったんだから逆恨みは無しにしてくれよ? あと、とりあえず今は先にやるべきことがあるからまずはそっちを優先で協力して欲しいんだけど?」

 あの対決からここまでの間、紗々羅が司の能力で晒させられたあまりにも腑抜けた姿。
 紗々羅の元の性格を考えれば、当然今すぐリターンマッチを要求して来るはず。
 だが、流石に今それをされては色々と予定が崩れる。
 司は真剣な顔で紗々羅を見下ろし、それに対する紗々羅は……。

「あ、うぅ……わ、分かってる……わよ」

 身を縮込めて頬を赤らめ視線を逸らす紗々羅。
 その様子から察するに、どうやらたとえ意識が戻ろうとも正気じゃなかった時に感じていた〝司に屈服する味〟はしっかり彼女の中に残っていたらしい。

「フフッ……ありがと、紗々羅。この戦いが終わったらちゃんと勝負を受け――」

「……、やだ」

「え?」

 その場にしゃがんで紗々羅と視線を合わせた司に、紗々羅は頬を膨らませて不満を示す。

「紗々羅って……呼んで。〝さん〟付け……なんか、距離感じて……やだ」

 着物の前面を握り上目遣いに司を見る紗々羅。
 美紗都、曉燕、七緒が口元を押さえてその愛くるしさに悶えている中、司は一瞬キョトンとしたあと、肩を竦めて苦笑して片手で紗々羅の顔を上向かせて下唇に指を当てる。

「何? 俺の事……本当に好きになって来た?」

「うみゅ!? う、ぅう……う、うるさ、ぃ……――ぷぇあッ♡」

 ニヤニヤと笑う司に唇を撫でられ、背後の少女達と同じトロ顔にされてしまう紗々羅。

「くくッ! すげぇかわいいよ……紗々羅」

「ひぅッ!? う、うるしゃいぃ……そ、そんなこと……い、言われたって……う、嬉しくない……もん」

「じゃあやめた方がいい?」

「――ッ!? や、やだッ! も、もっと……可愛いって……言ってぇ」

「じゃあ……そう思える様に、これからも俺の言う事何でも聞いてね?」

「…………うん♡」

 ゾクゾクと身体を震わせながら耳まで真っ赤にして頷く紗々羅。
 能力が切れた状態でも逃れられない司の魅了。
 そして一行は、そんな司の前に己の〝品格〟も忘れた少女達に先導されながら、森の中を進んで行った…………。
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