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Scene9 戦いに携えるモノ
scene9-9 側流世界 前編
しおりを挟む「おや、どうしたね?」
マーブル模様の時元空間から一瞬真っ白な光の中を抜けて澄み渡る青空が艦首から一気に開けた瞬間〝ルシファー〟の機体がが大きく不規則に揺れた。
あれだけ激しいドックファイトをしていてもカップの中にあるコーヒーが乱れることも無かったのに、唐突なその乱れに良善が少し顔付きを引き締め操縦席のルーツィアを見る。
「申し訳ありません。設置式のジャミングに掛かってしまいました。すぐに修正します」
虚を付かれた様でルーツィアの声音も少し焦っていた。
血の気が引く程の緊急事態という訳では無さそうだが、それでも予想外の事が起きたのは間違い無さそうだ。
司は聞き馴染みの無い単語を質問してみる。
「良善さん、設置式の……ジャミング? なんですか、それ?」
「ん? あぁ……心配はいらないよ。ちょっとした妨害電波に機体が触れてしまいセンサー類が乱されただけだ。本来ならそのまま制御系もおかしくなって墜落してしまう所だが、ルーツィアと彼女の軍団に掛かればさっきの軽い揺れで済む程度のことさ」
何でもない様に語る良善だが、一歩間違えれば墜落もあり得たというのは些か肝が冷える。
ただ、のんびり傍観している時間は終わったらしく、良善はカップに残っていた最後の一口分を飲み干し立ち上がった。
「センサーは……敵影を見失ったか。どうやら向こうも向こうなりに下準備はしていた様だな」
「はい、側流世界内に侵入してすぐこのジャミング……恐らく予備プランとしてこの側流世界へ撤退する選択肢も用意はしていたのかもしれません」
「いや、もしかすると艦対戦に競り勝って逆に我々をこの側流世界へ追い込み叩く算段だったのかもしれない。どちらにしても優勢でも劣勢でも使えるプランを用意していたとなれば称賛に値する。ルーツィア、この側流世界の規模はどうだ?」
「少々お待ちを……出ました、約三万六千平方km。この範囲をカバーする照射器を配置しているということは、それなりに以前から準備はしていたと考えられます」
「ほぉ……センスか経験則か、存外向こうの〝頭〟は悪くはないと見える。古参の生き残りか? これは面白くなって来た」
敵が賢いと嬉しい。
何とも良善らしくはあるが、矢継ぎ早に情報を確認するべくルーツィアからデータを受け取り手元でモニターで確認するその顔は実に悪辣で意地の悪そうな笑みをしていた。
「賢い相手を頭脳で凌駕することに快感を覚えている顔だよな……美紗都の子孫、ホント性格悪くね?」
「し、知らないもん! 私のせいじゃないってばッ!」
軽口で場を和ませつつ、司は自分達でも今後のプラン確認を始めることにした。
良善が情報の確認をし終わるまでぼんやりしている指示待ちではいけない。
自分は自分できっちりと〝ロータス〟にやり返さねばならないのだ。
「そもそも〝側流世界〟ってなんだよって話なんだけど、七緒……要は俺とお前がこの前行った過去と同じに考えていいのか?」
「はい、広く捉えたらそのお考えで問題ありません。ただ、細部に目を向けば細々と違いがあります」
司の前に出て背筋を伸ばす七緒はホログラムモニターを呼び出し、まだ側流世界に馴染みが薄い司と美紗都の前に資料を並べる。
その手際は明らかに事前の準備がされていた。
さらに曉燕も自分の手元に資料を用意をしていて、どうやら共同作業をしていた様だ。
(今後の知識面でのサポートはこの二人に任せて大丈夫そうだな)
司は一人アワアワと自分だけ何も準備していなかったことに今更気付いてて焦る紗々羅を膝に招いて、とりあえず話の邪魔なので大人しくさせておく。
彼女に求めているのは武力面。
今は別に前に出てくれなくても構わなかった。
「そう言えばさっき、この側流世界の規模が三万六千ちょいみたいな話をしていたけど、なんかイマイチ感覚が掴めないな」
「約三万六千平方kmって言うと……大体九州と同じくらいの広さじゃないかな?」
即答する美紗都。
地理の授業が好きだったのだろうか?
どうやら彼女もどちらかと言えば頭がいい方の部類だった様だ。
「その通りです美紗都様。ちなみにこれは比較的小規模な世界にはなります。そして、前回側流世界はある種のテーマに沿って徐々に成長していく傾向にありますが、恐らくこの世界はまだ発生してして日が浅いのでしょう」
「テーマに沿う?」
曉燕が添える説明に首を傾げる美紗都。
司も同様の疑問を感じた。
すると、ここで満を持した様に紗々羅が顔を上げる。
「私! 私が説明する! あのねあのね! 側流世界は元である本流世界に影響する〝善行の源泉〟なのよ!」
「善行の……源泉?」
紗々羅が自信満々に言った言葉はどうにも司と美紗都には響かなかった。
しかし、七緒と曉燕は頷いて、曉燕が説明を引き継ぐ。
「その例えは言い得て妙ですね。司様が前回行った過去の側流世界は達真様により例外的に作られたモノ。本来側流世界とは大量の命の消失により傷付いた本流世界を修復しようとする自己治癒的に生じるモノであり、その性質は基本的に本流世界へ良い影響を与えるという特性を発現します。例えば〝正義感〟であったり〝尊重〟や〝敬意〟……人の美徳とされる行いに満ちた世界構成をしています。そして、その世界に生きる者はその美徳に傾倒しており、常にそれを心掛けて生きていて、それがその側流世界に満ち満ちて本流世界へと流れ込み、本流世界に生きる者の良心を育むのです」
司と美紗都も得心を得た。
説明不足感は否めないが、確かに紗々羅の例えは的を射ていた。
しかし、それよりも気になったのは……。
「え? この世界にもちゃんと人がいるのか?」
司は前方のスクリーンへ目を向ける。
抜ける様な蒼天の空と見渡す限りの広大な深緑の森林。
見た限りの印象としてはとても澄んだいい空気に満ちていそうな光景が広がっているが、そこは文字通り異世界。
司とて今更自分のこれまで培ってきた常識に囚われる意味など無いとは思うが、どうにもまだ情報を受け止め切れない。
するとそこに七緒が一枚の映像を司と美紗都の前に表示させる。
「先ほど〝ルシファー〟が世界の膜を突破してこの側流世界に入ったところですぐに撮影した艦外の映像です」
そこには森の木々に大きな影が広がっている写真があった。
恐らく〝ルシファー〟の真下にある森を撮影した物だろう。
これが一体何なんだと目を凝らす司と美紗都。
すると……。
「むぅぅ~~? ――あッ! 人がいる!」
美紗都が指差す位置に目を向けると、確かに木々の隙間に人影が見えた。
そこに写っていたのは馬に乗った甲冑の様な物を纏う数人の女の子。
頭上を見上げて唖然としているその顔は、きっと〝ルシファー〟を見て驚愕しているのだろう。
「すげぇ……腰に剣とかぶら下げてるぞ? マジでファンタジーの登場人物みたいだ」
「文明は中世レベルなのかもしれません。しかし、側流世界によっては魔法の様な物が使えたりする者も居たりしますので油断は出来ません。そして、先ほどルーツィア様が仰っていた通り、デーヴァ達はこの側流世界に事前に手を打っていた……つまり、すでにこの側流世界の原住民達と協力関係を結んでいる可能性が高いです」
七緒の説明が終わり司は考え込む様に腕を組む。
自分達の正義の為ならどんな非道も正当化する被害妄想を拗らせたデーヴァ達。
七緒の見立てが合っていれば、きっとこの写真に写っている女の子達も奴らの口車に乗せられているかもしれない。
「……クソが、自分で仕掛けたケンカに周りを巻き込むとか、どういう了見だよ?」
苛立たしげに吐き捨てる司。
握る拳に力が入り、その身体からジワジワと熱が放出されて髪が浮き上がる。
すると……。
「義憤かい? 一応悪党の組織に組している立場を忘れていないかな?」
ルーツィアとの確認が終わったのか、ほくそ笑む良善が腰に手を当てこちらを見ていた。
「まさか……でも、どうせなら馬鹿に利用されるより頭のいい方に利用された方がこの子達も利用され甲斐があるんじゃないかと思っただけですよ」
ちょっとシャレを利かせて返す司。
その言葉は良善にほど良く刺さった様だ。
「はははッ! 小気味の良い解釈だ。……いいだろう。やってみたまえ司。偽善者に徴用されたこの側流世界を蹂躙して奴らから奪って見せてくれ。成功した暁には新たな上位席を与えよう」
良善の言葉に司は武者震いがした。
俺から全てを奪おうとした奴らがいい気になって抱えている物を逆に奪ってやる。
実に陰湿で痛快だ……今の自分には相応しい。
ただ、沸々とやる気を漲らせる司とは対照的に、隣にいる美紗都は不安げに身を縮込ませる。
「あ、あの……本当に戦闘が始まるの? わ、私……全然役に立てる気がしないんだけど」
「それは無用な心配だ、美紗都。新人をいきなり実践に投入しなければならない程ウチの組織は無能ではない。人材には事足りているのだよ……まぁ、望んで最前線に出ようとする新人は大いに歓迎するがね」
暗に「ただ突っ立っているんじゃなくてお前も存在価値を示せ」と言葉に含みを持たせている良善。
向上心の無い者、向上しようと努力しない者を毛嫌いしている良善としては、何もしない傍観者など傍に居るだけで不快。
起源体としての処置は済んでいる以上、祖先とはいえ温情を掛けるつもりはないのだろう。
だが……。
「美紗都……とりあえずは俺と一緒に来い。大丈夫だ……お前が一人で戦える様になるまで俺が守ってやる」
はっきりと口にして美紗都の肩を抱き寄せる司。
以前の彼を知る者なら「随分と気が大きくなったもんだ」と鼻で笑うだろうか?
いや、恐らく以前を知る者こそ思わず言葉が出なくなるだろう。
司の目は血色に染まり、その瞳には確固たる自信とそれを下支える決意が満ちていた。
「あ、ぅ……はい♡」
自惚れや見栄張りで出せる圧ではなく、その頼もしさに美紗都は目を細めて頬を赤くして司の胸に身体を委ね心から安堵した表情になっていた。
「いい顔になったものだ……相応の結果を期待するよ?」
「はい」
立ち上がる司。
紗々羅、曉燕、七緒、美紗都がそれに続く。
すると……。
「閣下、自分は〝ルシファー〟の直衛に付きます。敵のジャミングに影響されず連絡を取り合える様、ルーを帯同させて下さい」
一旦操縦席から出て来たルーツィアが手を差し出すとその掌から光の渦が巻き上がり、そこから新たなルーが構築されて司の元へフワリと飛び寄って来た。
「よろしくお願い致します、閣下」
ビシッと敬礼する小軍人。
初めて見るのであろう美紗都と七緒が思わずキュンと頬を赤らめる。
「あぁ、ありがとう……とりあえず俺達はまず周辺を見て回ってみる。さっきの戦艦の位置とか、敵の動きが分かったら教えてくれ」
「Jawohl」
ルーツィアの敬礼に見送られ、司達はブリッジを出て行った。
そして、ルーツィアは再び操縦席に戻ろうとしたが……。
「入念な準備だな、ルーツィア? あの〝軍隊員《アーミーズ》〟を使い、司の情報を収集するつもりかい?」
コートのポケットに手を入れ、微笑を浮かべながら動きが止まるルーツィアの背中を見る良善。
「…………お戯れを。この私が閣下に対してその様な無礼な振る舞いをすると思われるのは心外でございます」
良善に視線を向けず逃げる様に球体操縦席に戻るルーツィア。
もはや認めているに等しい反応ではあったが、それをわざわざ深堀りするほど良善は野暮では無かった。
(やれやれ……隠すことも無かろうに。実に結構な事だ……存分に磨き合いたまえ)
ほくそ笑みソファーに座り直した良善は、どこからともなくテーブルの上にサイフォンを用意し、お気に入りの豆をミルに入れて挽き、もう何リットル目になるのかというコーヒータイムを始めた…………。
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