アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene9 戦いに携えるモノ

scene9-8 人外の思考方法 

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「司、ルーツィア、それと……ルーだったかな? ご苦労だった。あの航路から察するに敵艦はこちらの想定通り側流世界への撤退を判断したと見える。期待通りの働きだ……司は一度降りておいで、慣れない操舵で疲れただろう?」

 無茶振りでやらしておいてなんだその気遣ってますよ感は?
 内心毒付く司だったが、良善相手では正論さえ論破されてしまいそうなので口には出さない。
 それになんだかんだとこの〝ルシファー〟操縦は、司に新たな気付きを与えた。
 それがもうすぐ確信を持てそうであり、もう少し頑張ってみた。

「いや、大丈夫ですよ……それに、奴らを追わないと……」

 視線の先でどんどん離れていく【アクエケス】
 レーダー的なモノでしっかり捕捉は出来ている。
 行先も知れている。
 しかし、だからと言ってそのまま放置していい訳でも無いだろうと、司は〝ルシファー〟を前進させようとするが……。

「司、全てを自分でやろうとするのは結構だが、組織という集団の中にいながらもそれを行うのはただ器量の狭い臆病者がする判断だ。真に賢明な者は適材適所を弁える。相手を上手く誘導しながら追跡するというのは加減が必要だ。ここは〝猟犬〟に任せるのが無難だよ」

「博士様の仰る通りかと。閣下……後に戦闘も控えております。ここは私にお任せ下さい」

「どうかお身体をお休め下さい、閣下」

 ルーツィアとルーに促される。
 なんだかんだと言って疲れているのは確かだ。
 ここで意地になり、この後の戦闘でヘマをしてはそれこそ格好が付かない。

「分かった……頼むよ」

「「Jawohl了解」」

 球体操縦席からゆるりと降りる司。
 するとやはり全方位Gの影響はあった様で、宙に浮いていた身体が床へ着くと不意に足から力が抜けて倒れそうになってしまう。

「えッ!? う、うわわぁッ!? ――んぶッ!」

 前のめりに倒れそうになる身体。
 危うく顔面から床にぶつかるところであったが、それを察して駆け寄って来ていた七緒が司の身体を受け止めた。

「司様! 大丈夫ですか!?」

 柔らかな胸元で抱き留められて、爽やかな清涼感のある香りが鼻を抜ける。
 そっと添えられる手でスベスベで、司の中のボーイな一面が刺激されてしまう。

「あうッ! うぅ……だ、大丈夫だっての。お、おい……ちょ、モロ過ぎて……――あッ!」

「「「………………」」」

 七緒の柔らかな感触に気を取られていたが、ふと見れば曉燕、紗々羅、美紗都も倒れかける司を受け止めようとやって来てくれていて、無駄に終わった両手を出したまま七緒の胸に顔を埋める司にジトッとした嫉妬の眼差しを向けていた。

「あ、いや……ちょ……」

「ほぉ? 七緒が一番に司を支えに行ったね? つまり司に対する忠義心が今一番高いのは彼女なのかな?」

(やめろ煽るなッ!!)

 全て承知の上で火に油を注ぐ良善の発言で間に合わなかった三人の身体がピクンと跳ねる。
 そして、そんな良善の言葉に七緒は何を思ったのか、もうちゃんと足が立っている司の頭を改めてギュッと抱き寄せて微笑を浮かべながら頬を当てる。

「あぁッッ!! ちょッ! あんた今のいらないでしょッ!?」

「い、いえ……私はただ、お疲れな司様を支えようとしているだけで……」

「七緒……後輩があまり調子に乗るのはどうなのかしら?」

「退いて! 退いてぇ! 私! 私もッ! あぁ~~もうッ! あんた達背高過ぎッ!!」

 両側から曉燕と美紗都が司を挟む様に抱き付き、一人体格的にその輪に入り損ねた紗々羅が飛び跳ね回り、最終的に司の背中に飛び付きおんぶの様になる本末転倒。

 そら見た事か。
 良善の余計な一言でライバル心剥き出しで司を囲む従僕達。
 司は「退け!」と叫ぶべきとは思いながらも、状況はどこへ手を向けても柔らかい極楽浄土。
 男の子が拒絶するにはあまりにも至難の業でなす術無く埋もれてしまう。

「ちょ、待ッ! い、一旦は慣れろって! お、おお押し付けんなぁッ!!」

「はっはっは……若いね」

「あんたマジ、いい加減にしろよッ!?」

 全く持って悪党組織の場の空気じゃない。
 まだ戦闘が終わった訳ではないというのになんだこの緩い空気は?
 司は持てる理性を総動員して、じゃれ付いて来る従僕達をどうにか押し退けて席に着き、そこでようやく四人も司から離れて後ろに並ぶ。

「フフッ、美女を侍らせて……なかなかの人生逆転だね? 別に私は構わんよ? 遠慮なく若さに身を任せてはどうだい?」

「うるせぇですよ……俺、そういうのは節度守るんで」

「その割には顔が赤く息も上がっているが?」

「あんた俺に休めって言ってたでしょうがッ!?」

「はははッ! あぁ、そうだったすまんすまん。ちょっとからかい過ぎたね」

 中年のウザ絡みにがなる司。
 良善もようやく引いて、一度咳払いをして場を仕切り直す。
 その辺の切り替えは流石だ。
 緩んだ場の空気が程々に締まる。

「さて……司、楽にしながらでいい。〝ルシファー〟を操縦してみてどうだったかな? 感じたままに言ってみたまえ」

「どう……と、言うのは?」

 事前に許され、司はソファーの背もたれに身体を預けて休みつつ良善の方を向く。
 口振りがまた先生感が出ている。
 つまり、また〝D・E〟に関する座学的な物が始まったのだろう。

「言葉そのままの意味だ。言語化するのは後でも出来る。まずはまだ身体が熱を残している内にその感覚を素直に表現してごらん」

 膝に肘を置き、話を委ねて来る良善。
 司は少し黙り目を閉じて自分なりに考えてからポツポツと話を始める。

「……多分、が〝D・E〟を使いこなすためには必要な考え方なんだなってのは薄っすら感じているモノがあります」

「ほぉ……どういうモノだい?」

に囚われてちゃいけない。せっかく身体の外に外骨格を形成出来るのに、自分の身体の形しか頭に無いと同じ形……例えるなら膜みたいのを作ることしか出来ない。まぁ、それはそれで防具として使えるんでしょうけど……。でも、もっと〝D・E〟を、外骨格を使いこなそうと思ったら、自分の形を拡大解釈しないといけない。〝俺の腕は二本だけじゃない〟とか〝もっと腕が長くて遠くの物にも手が届く〟とか、そういう…………な、なんかちょっと馬鹿っぽい言い方ですかね?」

 途中で自分の説明の拙さに自信が無くなったのか尻すぼみに背中が丸まる司。
 だが、そんな司の言葉に七緒、曉燕、紗々羅の三人が「お?」と目を見開き、美紗都だけはイマイチ理解が及ばなかったのか、頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げていた。
 そして、良善はというと……。

「素晴らしい……とても良い感じ方だ。は頭がいい者ほど案外行き詰まるポイントなんだが、君は物事を柔軟に考える才能があるよ」

(あれ? なんか遠回しにディスられてないか?)

 少々引っ掛かる所はあったが、とりあえず的外れな発言では無かったらしい。

「いかにもだ。常人は常人の形……〝一頭一胴二手二足〟でしか世界を感じ取れない。しかし、外骨格形成が出来る者はその形に縛られる必要は無い。常人は三人の敵に刀を向けられその内二本を二本の手で受け止めたら三本目の刀に切られるしかないかもしれないが、君の場合は外骨格で第三の手をイメージしてその刀を受け止めることが可能だ。そしてそこで重要なのはわざわざ皮膚の表面まで変質化させてしてキメラの様な見た目になる必要は無いということ……何故だか分かるかい?」

「えっと……そ、そこまでガチガチに作ると、今度は次の構築の邪魔になるから?」

「正解だ。あえて完璧に物質化するのではなく、ギリギリ物理に干渉出来るレベルで留めておく方が汎用性が高いし、用いるナノマシン量も節約出来て持続性も確保出来る。いいね……思考力が成長しているじゃないか、司」

 機嫌良さげに頷く良善。
 確かに司は進化した脳を手に入れ、この特異な環境で良善に師事することで物事の捉え方や理解力が大幅に向上している。
 向上……良善が最も好きな言葉を体現している今の司は、彼にとって実に教え甲斐のある良弟子だった。

「〝ルシファー〟という巨大構造物と感覚を繋ぎ、今の君は自分の身体の外に意識を向ける基礎を学んだ。次はその応用……自分の形に囚われない様に出来たのだから、今度は戦艦の形にも囚われず、枠の無い空間へ無限に自分を広げていく。それがどこまで広げれるかがイコール君の能力の射程距離となるのさ」

「俺の能力の……射程距離」

 司はふと後ろを振り向き紗々羅を見る。
「何々?」と笑顔でソファーの背もたれにちょこんと顎を乗せて来るその頭を撫でてやりながら、司は初めて自分の能力で彼女を倒した時のことを思い返す。

(あの時の俺は自分の能力を紗々羅に叩き付けた……要は的な感じ。別にそれでも悪くはないんだろうけど、俺がもっと自分の外骨格を広く展開出来れば、離れた距離でもに出来る)

 良善は先ほど三本目の刀を防ぐのに〝新たな腕を作る〟と例を出した。
 でも、別にそこは〝腕〟という形にこだわる必要は無い。
 自分の周囲を漂う〝盾〟にして見たり、ルーツィアの様に小人ルーを形成して防がせるというのもありだ。

(これ、俺の能力理解にも繋がってるな。でも、形に囚われないってのは発想の幅が広すぎる……中途半端なイメージだと上手く行かないだろうし……――あッ! だから自分にまつわる物事が考えてイメージを補強するんだ! となると……)

「………………」

 口元に手を当て深考する司。
 その真剣な顔はとてもつい先日まで自分を無能と卑下していた青年が出せる貫禄では無かった。

「君達……司の邪魔をしてはいけないよ?」

「「「「――ハッ!?」」」」

 良善の釘差しで自分達のご主人様が格好良過ぎてトロ顔になっていた引き寄せられていた四人が慌てて司から離れるが、それでも真っ赤になった顔を両手で覆いモジモジと悶えつつも、指の隙間からうっとりと司を見つめていた。

(完全に骨抜き……大した魅了だ。他人から愛されることなど無かったが故の逆張りな能力開花。一見善意的な力だが、その発現の理由は実に悪意的。今後この力がどう変質していくか読みにくい……面白いよ、司)

 どんどんと思考が深まり、ちゃんと息をしているか不安になるくらい微動だにしない司。
 良善は弟子の可能性に吊り上がってしまいそうになる口端を堪える。
 なんて得難い逸材だ。
 自分の探究心をくすぐってくれる稀有な存在との出会いに感謝したい。

(上手く育てなくては……彼ならばひょっとすると……)

「……フッ」

 小さく、その場にいる誰にも気付かれないほんの一瞬、良善の顔に含みのある笑みが覗く。
 だがその時、突如〝ルシファー〟が大きく揺れた…………。
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