アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene9 戦いに携えるモノ

scene9-5 時元艦対戦 後編

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「ふざけんじゃないわよッ!!」

【アクエケス】内にある部隊詰所。
 詰所とは言いつつもそこは学校の体育館ほどはある大きな空間であり、【アクエケス】の搭乗員として再編された【修正者】数百人がズラリと並んでいる。

 その視線の先に台座を組んだ臨時の会議スペース。
 急造ながらもどうにか部隊の再編成が完了した最初のこのブリーフィング作戦会議
 ただ、秘密の本心を共有したことで総責任者である菖蒲から全隊指揮権持ちの副部隊長に抜擢された真弥は、まだ話が始まってもいないにも関わらず、壇上の端でとある報告に来た【修正者】の少女ににじり寄りその胸倉を掴んでいた。

「あんた! そんな話がまかり通ると思ってんの!? そんなことを言われて「はい、分かりました」で引き返して来るとかあり得ないでしょ!?」

「うぐッ!? も、申し訳ありません! でも、私の階級ではそう言われてしまうと何も……」

 報告にやって来た少女の話。
 それは全艦に放送された戦闘要員の招集を無視して部屋に引き籠っている戦闘部隊総隊長――和成の欠席伝言。

 艦の航行に従事する者、明確な体調不良者以外には応じることが義務であるその招集を拒否する彼の言い分は「ちょっと熱がある感じがする」というあまりにふざけた内容。
 しかも、それを部屋の壁越しに少女へ告げた和成は、加えて「真弥にそう伝えればすぐに納得するよ」と出所不明な尊重前提を口にしていたらしい。

(あのクソ男ッ!! 私がまだ自分に惚れてると本気で思ってんのッ!?)

 千年の恋も冷めるここ近々の和成が見せる下劣な所業の数々。
 真弥の中では、もうすでに和成に対しての恋慕など小指の爪に乗る程も残っていない。
 だが、それでも他に類を見ない〝模倣〟の能力から上手く誘導すれば戦力になると見込み形だけでも総隊長の座を空けておいたのに、そこに座る事さえ怖気付く始末。

 真弥のこめかみにくっきりと浮かぶ青筋。
 彼女の能力である生体電流も荒れに荒れ、バチバチと火花を纏うその剣幕にお粗末な報告と分かっていても来るしかなかった少女は半泣きになる。

 ブリーフィングのために集合して列を成していた他の【修正者】達もその怒号に思わず目を奪われる。
 そして、怒声を上げた当の本人である真弥も、これが理不尽な八つ当たりでしかないとすぐに考えを改め、手を離し少女の乱れた胸元を整え直して頭を下げた。

「ごめんなさい。確かにあんたの立場ではそうするしかないわよね。了解したわ。あとはこっちで受け持つ。配備された隊の列へ戻って頂戴……ホント、ごめん」

「けほッ、けほッ! い、いえ……あの、では……失礼します」

 何も悪くない後輩に当たってしまい、自己嫌悪で視線を下げる真弥。
 とばっちりだった少女は、ガタガタと震えながらそそくさと自分の隊の列へ逃げていく。

(クソッ……クソッ!! どこまでふざけれるのよあいつ!? 何も知らず出しゃばって来たくせに、いざ本番になると引き籠るとか……どういう神経しているのよッ!?)

 頭を抱え前髪を握り締める真弥。
 本当に頭痛すらする。
 七緒が敵の手に落ち生死不明。奏と千紗は依然として悠佳の管轄で本当のコンディション不良招集免除
 ただでさえ本来前線が本職である真弥には荷が重い状況なのに、そのギリギリの神経をさらに逆撫でて来る和成。

「なんなのよぉ……こんな、こんなはずじゃ……ッ!」

 あと少しで届きそうだった幸せ。
 それを全て台無しにしたのは紛れも無く御縁司だ。
 しかし、ここへ来てもし自分達が当初の予定通り軍籍返上で穏やかな日々を手に入れても、そこには当時その腐った根性をひた隠しにしていた和成がいて、きっと自分はそんな和成にベタ惚れていた。

 今となっては考えるだけで虫唾が走る。
 どちらにしても破綻していた自分の悲願。
 真弥はもう自分が戦う理由さえ見失いそうになっていたが……。

(違う……戦う理由はある。七緒……七緒を絶対助けるッ!)

 和成との日々はドブ石にメッキを塗っただけだった。
 だが、七緒・奏・真弥・千紗……この四人の絆に嘘はない。
 真弥は握り締めていた前髪を放して乱れを整え、大きく息を吸って壇上の中央へ向かう。

「ごめんなさい……少々見苦しいモノを見せたわね。総隊長は来ないけど、ブリーフィングを始めたいと思うわ。臨時で私が説明するけど異議がある者はいるかしら?」

 静まり返る【修正者】達。
 一応全員に和成の存在や権限に関してはすでに周知されているというのにこの反応は、如何に和成が隊員達からの支持を得ていないかが伺える。

「……異論は無い様ね。では、今後の対〝Answers,Twelve〟における私達の作戦行動概要を説明するわ」

 苦手だからと言って引いてはいられない。
 真弥は、自分の現在の立ち位置が分不相応であることは認めつつも、速やかな統率と作戦開始のために隊員達へ一丸となることを願い、中には真弥よりもベテランで階級も上の【修正者】もいたが、真弥の真剣な訴えに我を捨て真弥に従う意志を示す敬礼を返してくれた。

(はぁ……有難い限りだわ)

 顔には出さないが、真弥は内心項垂れる様に安堵の息を漏らす。
 戦闘に加え、序列的配慮までしていてはキャパオーバーになってしまう。
 最初の悩みが解決し、真弥は少し肩から力を抜いて今後の作戦……再び現代への攻勢プランの説明に入る。
 だが、その時……。


≪アラートッ! アラートッ! pastdirecti過去方向onよりアンノウン1ッ! 距離1.5T一年半ッ!≫


「――ッ! なんですってッ!?」

 艦内に響き渡る警報音。一気に広がる動揺。
 今この【アクエケス】の外は時限空間であり、適した装備をすれば艦外行動も出来る宇宙空間よりも遥かに危険。
 誰がどうやっても止めることは叶わない時間の流れ。それはまさに濁流にも等しく、そんな所へ出ては人一人の身体など一瞬であらぬ時間軸へと吹き飛ばされてしまう。

「チッ! 先手を打たれたってのッ!?」

 アンノウン正体不明……そんなモノは建前だ。
 この状況でこちら側でない接近する艦などどう考えても敵に決まっている。

「艦戦になるわ! 各員速やかに〝無反動区画〟へ移動して一級警戒待機!」

 吐き捨てる様に言い放ち、真弥は壇上から飛び降りて【アクエケス】のメインブリッジに向かう。
 生体電流加速も使い廊下を駆け抜ける真弥。
 そして、メインブリッジへ出る扉を開けて飛び込んだ瞬間……。


『どけどけどけッッ!!!! ぶつかっても保険下りねぇぞッッ!!!!』


「――なッ!? きゃッ!?」

 メインブリッチに広がる大型ホログラムスクリーン。
 そこには猛スピードで真正面から突っ込んで来る鯨を思わす艦影が迫り、鼓膜を打つ様な大音量で男の声が響き、このままでは正面衝突してしまうと【アクエケス】の主操縦者が慌てて艦の体勢を傾ける。

「う、ぐぅッ……い、今の声はッ!?」

 メインブリッジは時元艦が大きな動きをしてもその衝撃が内部の人間に影響を及ぼさない〝無反動区画〟になっている。
 しかし、丁度入口であと一歩でその区画に入るという所だった真弥は反動と無反動の境目で体勢が崩れて床に叩き付けられた。
 身体に走る痛み……だが、そんなことを言っている場合ではない。

「こ、この声……御縁司ッ!? あ、あの艦に乗っているの? でも、なんでこっちに通信が……」

「オープンチャンネルだわ……こちらに降伏勧告でもする気かしら?」

 立ち上がって追尾モードになるスクリーンを見上げながら疑問を口にする真弥に、艦長席に座る菖蒲が忌々しげにモニターを睨みながら吐き捨てた。

「くッ! どこまでも馬鹿にして……火器管制! 何してるのッ!? 攻撃しなさいよッ!」

 主操縦者の両側にズラリと並ぶオペレーター達に檄を飛ばす真弥。
 だが、オペレーター達も当然すでに対処には入っていた。
 それでも……。

「くッ! は、速過ぎるッ!」

「速度とマニューバが桁違いですッ! 自動追尾では捉え切れませんッ!!」

 次々と音を上げるオペレーター達。
 だが、それを責めるのは無理がある。
 戦艦級の大きさをした機体で小型戦闘機の様な異常機動を見せる鉄鯨。
 普通なら一瞬で艦内は滅茶苦茶、機体もバラバラに分解していないとおかしいレベルだった。

「なんなのあの機体?」

「……あぁ、そうでしたね真弥。あなたはあれで〝Answers,Twelve〟の残党が過去へ飛んだ所を見てはいませんでした。あれこそが奴らの唯一の保有艦――〝ルシファー〟。忌々しき博士ラーニィドが作り上げた現状最強の時元航行艦です」

 秀麗な顔を怒りに歪めながら語る菖蒲。
 だが、そんな彼女でも〝最強〟と言わざるを得ない敵艦。
 それが今この艦に迫っていた。

「残念ながら〝ロータス〟が保有するアルテミス級時元航行艦は、全て博士があの機体を作った際に残して行った資料を基に建造されている。しかも、内容があまりに別次元過ぎてその性能の殆どを再現出来てはいません。苦し紛れに輸送能力と艦載能力は高めましたが、艦対艦では勝機は……無い」

 拳を握り苦虫を噛み潰す菖蒲。
 確かにその通り【アクエケス】は搭載する火器を全方位にバラ撒いてどうにか〝ルシファー〟に距離を取らせているだけで敵艦に艦首を向ける余裕もなかった。

『くっそッ!! うぐぐッ! おいッ! 往生際が悪いぞッ!! 馬鹿みたいにめくら撃ちしやがって! さっさと白旗上げろ!』

「――ッ!? はぁッ!?」

 スクリーンの端にワイプ副画面が割り込む。
 そこに映し出されていたのは、額に汗を掻きながらも両手を広げて不敵に笑う司の姿だった。

「み、御縁ッ!!」

『お? なんだ……綴さんじゃん? 久し振り。どうよ、調子は?』

 忙しなく手足を動かしている司。
 そして、それに連動する様に〝ルシファー〟はその大きさに全く当てはまらない三次元的……いや、時元空間である以上、それは四次元的な機動を見せ付けて来る。

 菖蒲と同じく忌々しげに顔を歪める真弥。
 ただ、そこにはほんの少し別の感情が滲む。

「あ、あんたが……操縦しているの?」

『ん? あぁ……完全に出たとこ勝負だけどな。ウチの上役は後ろでコーヒータイムだよ。流石に優雅過ぎてムカつくから何回かわざとバレルロールとか宙返りとかして顔面にコーヒー掛けてやろうとしてるけど一滴も零れないんだよ』

 どうやら司も笑みの割には結構無理をしているのか、変にテンションが高く饒舌だ。
 だが、それを見た真弥の率直な感想は……。

(こいつは……自分で最前線張ってるのね)

 危険な敵前に操縦の役割を担い堂々と姿を見せる司。
 残念ながら、こちらの腰抜け総隊長様より遥かに〝男〟として見えてしまう。
 だが……。

「ふ……ふざけるんじゃないわよッ! あんたなんかに負けを認めるなんてあり得ないわッ!!」

 それとこれとは話が別。
 絶対に譲れない一線で自分は司と相容れず、その挑発に真っ向から拒否を示す。

『はッ……まぁ、そりゃそうだよな。だったら残されるのは殺し合いなんだろうけど、俺はお前をその性根のまま死なせるのは我慢ならないんだよ。お前にも……の様になって貰わねぇとな!』

 そこで画面が斜め下へ動き、ズームされる。
 一瞬長い机を囲み優雅に茶会を開く数人の人影が見えたが、画面はその内の一人にピントが合い、真弥を始め【アクエケス】のメインブリッチに居た全員が思わず我が目を疑った。

「…………うそ、でしょ?」

 ピントが合った人物は、テーブルと椅子の間で床に四つん這いになり、そのすぐ横の椅子に座るちょっと表情が強張り気味の女の子が伸ばす両足を背中に置かれた足置き台代わりにされていた。

 艶やかな黒髪が肩から腕へと流れて漆黒の滝の様に美しい。
 ただ、そんな物扱いにされている羞恥で頬と耳が少し赤かった。

 違う……違う違う違う!
 真弥は、その綺麗な黒髪を持つ者に覚えがあったが必死にそれを否定する。
 だが、無情にもその拒絶は当の本人から肯定されてしまった。


『真弥……それと〝ロータス〟の低脳な皆さん。よく見て下さい。こ、これが……私達の本来あるべき姿ですよ』


 画面側に顔を向け、少し引きつりながらも笑みを見せる物扱いの美少女――桜美七緒は、自分が完全に〝Answers,Twelve〟の所有物に戻ったことをこれでもかと主張していた。

「………………」

 苛立ちに顔を歪める菖蒲。呆然自失となる他のオペレーター達。
 そして、七緒の笑みを見てその心が完全に折られていることを確信させられ俯く真弥。
 司の溜飲が下がるほくそ笑みが聞こえ、真弥の中で大事な何かが切れてしまう。


 ――コツッ、コツッ、コツッ!


「……そこ、退いて」

「え? ――うあッ!?」

 数歩歩み出し、球体状の主操縦席にいた女性の襟首を掴み半ば強引に引っ張り出す真弥。
 そして、すぐさま自身が席に着くが、無理矢理退かされた女性が慌てて駆け寄り直す。

「ま、待って下さい! 綴副隊長! 時元艦操縦の経験が御有りなのですかッ!? 生半可な操縦では時間流に艦が流されて大変なことに――痛ッ!?」


 ――バチッッ!!


 真弥の肩を掴もうとした女性が突如感じた痛みに思わず手を引く。
 その正体は真弥の全身に駆け巡る体外にまで現れる生体電流の火花だった。

「オペレーター…………合わせなさいよッ!?」


 ――バチッ!!


 髪を逆立て全身からさらに激しく電流を走らせる真弥。
 そしてその火花が球体状の操縦席全体に広がり、突然強烈な勢いで【アクエケス】がそれまでまるで追えていなかった〝ルシファー〟へ瞬時に艦首を向ける。

「あッ!! くッ!?」

 さっきまでどうにもならず弱音を吐いていた火器管制のオペレーターが、コンマ数秒の照準を見逃さず粒子レーザー砲を発射する。


『――なッ!? このッ!!』


 狙いは完璧だった。
 しかし〝ルシファー〟を疑似外骨格化させていた司は、その攻撃をしっかりと肌感で捉え、艦を回して辛うじてそれを躱す。

「なッ!? あ、あれを避けるだなんてッ!」

「グダグダ喋ってんじゃないッ!! こっからは私が操縦するッ!! 生きていれば絶対助けるつもりだったけど、もうダメッ!! これ以上一分一秒でも七緒の魂に恥を掻かせないッ!! ここであの艦を撃墜するッッ!!!」

 目を見開き怒号を上げる真弥。
 奇しくもそれは司と同じ艦を外骨格に見立てた感覚操作。
 だが、生体電流の操作を主能力として扱う真弥に掛かれば、その艦操作の瞬発力は明らかに司を凌駕していた…………。

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