アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene9 戦いに携えるモノ

scene9-1 忠義とは…… 前編

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 司と紗々羅の模擬戦は司の初めての勝利という形で幕を閉じた。
 そしてその直後、良善からの通知により〝Answers,Twelve〟は拠点移しのための引越をすることとなり、白服達は手仕舞いと新拠点への準備に先行など甲斐甲斐しく走り回りつつ、司達メンバーの移動用に車を用意していた。

 首領である達真と副首領である良善は一台ずつ。
 新参である司と席無しの美紗都は同じ車に乗り、そこに小間遣いとして曉燕と七緒。
 そして、古株である紗々羅とルーツィアにも個別で車が用意されていたが、何を思ったかルーツィアはあえて紗々羅の車に便乗する。
 ただ、その車中は異様な空気が漂っていた。

「……おい、大丈夫なのか? 紗々羅」

 座席で足を組み身体を反らせる様にして車窓から外を眺めていたルーツィアが向かいに座る紗々羅へ視線を向ける。
 そんな視線に対して紗々羅は、座席の上に三角座りをして膝を抱え俯き完全に意気消沈していた。
 覇気の欠片も感じられないその姿は、流石に普段いがみ合う仲とはいえ気になってしまう。

「……ほっといて」

「はぁ、そうも行くまい。貴様とて陣営では一戦力として確固たる地位があるのだ。今後の〝ロータス〟との戦いにおいても重要な役割がある。そんな貴様に不調があっては作戦に支障が出るだろう」

 運転席とは壁で遮られ、小間遣いも同乗していない今、この空間にいるのはルーツィアと紗々羅だけ。
 もちろんそれはルーツィアが意図して作った状況。
 そしてその理由は……。

(閣下の目が変わった……これまではまかりなりにも私へ一定の敬意を払って下さっていたのに、は間違いなく私を捕食対象に見ている目だった)

 御縁の血筋を崇拝し、達真に……そしてその祖である司に傾倒していることは認めるルーツィア。
 だが、ルーツィアにとってそれは〝自らの意志〟で選択した忠義。
 感銘を受けて「仕えたい」と自分で判断した平伏であり命乞いの果てに口走った服従とは違う。

 〝跪いた〟のであって〝跪かされた〟訳では無い。

 それはルーツィアの中で似ている様で全くの別物。
 崇め奉る気持ちは変わらないが、己の中の信念を軽んじられては困る。

「おい、紗々羅……閣下との戦いでお前は何を感じたんだ? 後学のために教えてくれ」

「……随分と気にするのね? 私にお願いなんてしてまでも知りたいの? 彼の能力を……」

 膝に顔を押し付けたままボソボソと喋る紗々羅。
 何だこの軟弱な姿は?
 これが本当にもし戦うことになれば自分も無傷では済まないだろうと思うほどの手練れなのか?

「……ッ、あ……あぁ、新拠点まではまだ時間があるからな。単なる暇潰しの話くらいにはなるだろ」

 前のめりになって尋ねるのは癪なので少し濁す。
 ただ、ややあって紗々羅は俯いたままではあるものの、少しだけ顔を上げて口を開いた。


「私、もう……には勝てない」


「何? お、おい……ちょっと待て、何を言っている? 今回はたまたま閣下の能力に対処し切れなかっただけだろう? あんなただの模擬戦に一度負けただけでそんな…………ん? つ、司……〝様〟?」

 あまりに自然だったので一瞬聞き漏らしてしまった。
 従いこそすれど、あの達真や良善に対しても普段基本的には横柄に振舞う紗々羅が、本人を目の前にせずとも尊称を付けるなど、ルーツィアには自分の聴覚がおかしくなってしまったのかと疑うレベルの衝撃だった。

「おい待て! 紗々羅? 貴様……一体どうしたというのだ!? か、閣下をその様に呼ぶなど、それではまるで貴様……――なッ!?」

 思わず背もたれに預けていた身体を浮かせて紗々羅の肩に手を掛けるルーツィア。
 そこからその身体を軽く揺すった瞬間、紗々羅の首が振れてその顔が目に入る。
 だが、いつもは生意気この上なく憎たらしいその顔が、頬を真っ赤にして目尻がだらしなく垂れ下がり虚ろな目をしたメスの顔になってしまっていた。

「さ、紗々……羅?」

「あ、ぅ……あ、あのね? さっきね……車で別れる時にね、司様に言われたの……「これからは俺の事を様付けしろ」って……だからね、私ね…………従うの」

 まるで酒を飲み気持ち良く酩酊している様なフワ付いたトロけ声。
 その瞳は目の前のルーツィアを見ている様で見ていない完全に心ここにあらずといった様相だった。

「あ、あのね……分かってる、んだよ。で、でもさ……今、私ぃ……ぜ、全身が……気持ちいいだよぉ……」

「き、気持ちいい?」

「そうなの……司様の顔を思い浮かべるだけで、身体中がゾクゾクするのぉ……。司様は、怒らせるとすっごく怖いけど、ギュって抱き締められると、頭の奥までトロトロになっちゃう……の♡ 変だって分かってるよ? でも、全然嫌じゃ……なくて、負けたことも全然悔しいって思えないの……む、寧ろね? も、もっとぉ……負けちゃいたくなってるのぉ……♡」

「…………」

 ルーツィアは自分の頬に冷や汗が流れるのを感じた。
 半開きの口端から涎を垂らすほど弛緩し切っている紗々羅。
 あれほど自己中心的であった紗々羅に〝負けてしまいたい〟とさえも思わせる力。

(なんだ? 一体何なんだこの力は……?)

 ルーツィアなりにこれまでの状況から司の固有能力を考察して導き出した仮説として、まず真っ先に浮かんだのは〝相手の思考を捻じ曲げる〟能力。
 自身の狂わされたこれまでの人生に起因して発現したその能力で相手を自分の思い通りに強制するという効果があるのではないかと考えていた。

 しかし、あの模擬戦を観戦していたところ、抑え込まれた紗々羅は強烈なを感じている様子だった。
 〝思考を捻じ曲げる〟能力であるなら、恐怖という感情を発露させるのはイマイチしっくり来ない。
 ならばと次に考えたのは、率直に〝相手の恐怖心を増長させる〟能力。
 これも司のこれまでの人生からすれば、十分に発露しうる能力だと思われる。

 身勝手に狂わされた人生への復讐として、その怒りをぶつけ泣き喚かせて命乞いをさせれば、さぞ溜飲が降りるというモノだ。
 しかし……。

(あれほど泣き喚いて怖がっていながら、今はもうまるで閣下に惚れ込んでいる様なこの態度……恐怖心で縛り付けるというモノとはどうにも合致していない)

 考えが纏まらないルーツィア。
 その目の前でフラフラと身体を揺らし始めた紗々羅は、コテンと椅子に寝転んでしまい、ブルルッと身体を震わせて両手で自分の身体を抱き締め、内股をモジモジと擦り合わせ始める。

「私……知らなかった。司様って……あんなに格好良かったんだぁ……♡ 失敗したなぁ……私、結構最初に会ってたんだし、最初からもっと一杯媚び売っとけばよかったぁ……。そしたら、私のこと……一番可愛がってくれてたかもなのにぃ……」

 顔を伏せ、身体を悶えさせて息が浅くなる紗々羅。
 司のことを想い興奮すらしているのか、切なげなその姿はもうどうしようもないほど司に心を奪われている。

「ねぇ……ルーツィア、知ってる? 司様ってね、思ったより逞しいんだよ? 腕で抱き込まれてその胸に顔を埋めるとね? もう身体が溶けてなくなっちゃったんじゃないかってくらいトロトロになって全身から力が抜けちゃうの♡ あんなの初めてだったし、あんな幸せな気持ちにさせられたら……もう、逆らえない♡ うぅん……逆らおうとさえ思えないよぉ……♡」

「し、幸せな……気持ち?」

 泣きじゃくるほどの恐怖からまるで真逆な思考に切り替えられている。
 間違いなくそれが司の真の固有能力だ。
 この人斬り幼女をここまで骨抜きにする力。

 確かにこれはある意味とてつもなく強力な能力だ。
 何せ、相手を「負けたい♡」と思わせるほど無抵抗にさせる力なら、もはや彼は戦う手段を身に付ける必要すらない。

(相手に服従を強いる魅了の力……もしや、閣下のあの目は、わたしさえもこう骨抜きしてしまおうと考えているのか?)

 甘い吐息さえ漏れ始めて悶える紗々羅を見てルーツィアは戦慄に震える。
 能力発露の法則性から見ても、あり得ない線ではない。
 御縁司は謂れ無い生き地獄に落とされて、他人から愛情を向けることも向けられることも知らずに過ごして来た。

 それ故の強制的に自分を愛させ、さらにそれを「幸せだ」と認識させる力。
 一度落ちれば自分からさらに深みへ沈んでしまうあまりに狡猾な能力。

(くッ! ふざけるな……私の忠義は、そんなふしだらな感情では無い!)

 忠義とは、愛だの恋だのそんな浮付いたモノではない。
 すっかり腑抜けになってしまい、司の名前をうわ言の様に囁き続けて切なげに指を食んでいる目の前の女と自分は違う。

 ルーツィアはドカッと椅子に座り直して足を組み、腕を組んで車が目的地に着くのを待つ。
 しかし……。

「司様ぁ……♡ 好きぃ……♡ わ、私……もう、何でも言うこと聞きますぅ……♡ わ、わらひぃ……もう、司様の物れすぅ……♡」

「チッ! ……痴れ者が」

 向かいの椅子で身体をくねらせビクビクと悶える紗々羅。
 まかりなりにもこれまで№Ⅲと№Ⅳとして〝Answers,Twelve〟の戦力の両翼を担って来た片割れが見る影も無い。

 失望……そして、若干の怒り。
 司の事を敵とは思わないが、紗々羅を堕とせた勢いのまま今度は自分さえもと考えていそうなあの目は頂けない。

「甘く見られては困りますよ……閣下」

 ルーツィアは後部の窓から追走して来る車を睨む。
 その車に乗っている司。
 自身の名誉と誇りのためにも、これは少し〝分からせ〟ておく必要がある。
 ルーツィアは忠義故の反骨心で司の能力への対抗策の考察に入った…………。
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