アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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閑幕 2

閑幕 御縁司の自己啓発④

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 司が今現在把握している自身の能力に必要な発動条件。

 それは〝視線を合わせる〟ということ。

 もちろんそれが正解なのかもまだ分かってはいないが、現状ではまだそれくらいしか判断材料が無い。
 普通組織の一員として、先輩なら期待の後輩のために一肌脱いで「私に使ってみろ」と胸を貸し、その上で気合や格の違いやらで能力が利かず「やっぱり先輩はすごい……でも、感覚は掴めました!」というのが、美しい流れではないだろうか?
 しかし、それを宇奈月紗々羅に求めるのは愚かな考えだった。

「あははははははッッッ!!!! ほらほらどうしたぁッ!! 刻んじゃうよ刻んじゃうよぉッ!?」

 紗々羅が持つ結合と分離の能力を適当に使い作り出す空間優位の力。
 元々速度で戦う紗々羅は要所要所で自分の周囲にある空気を真空化した限りなく抵抗ゼロの空間を超速で駆け抜け、対する相手の周囲には不純物を極限まで結合させた重い空気を作り動きを鈍らせる。

 結果、司は紗々羅のなびく着物の裾を追うだけで精一杯の有様。
 目線を合わせるなど到底出来る状態ではなかった。

「ぐぁッ!? く、くそ……マジで容赦が無いッ!」

 全方位から縦横無尽に切り付けて来る紗々羅。
 腕や足ならまだ優しい。
 一応仲間であり、これは模擬戦だというのに平気で首まで斬り付けて来るので、司は自身の目の能力よりも〝D・E〟の基礎である身体能力強化の内である皮膚硬化に集中を余儀なくされていた。

「い、痛ッ……うわぁ……〝D・E〟で強化しても血が滲んでミミズ腫れになってる。本当ならマジで首が飛んで――がぁッ!?」

 臨死体験の連続。
 その上、これまで辛うじて紗々羅の動きを掴むために神経を研ぎ澄ませていた足音や空気の流れさえ、彼女の真空化により消えているので、折角成長したのに司はまた以前と同じただの的状態に逆戻りしていた。

「くははッ! いいわいいわ! 前よりもカタ~~い♡ 打ち込む度に手がビリビリするぅ~~♡ 素敵よぉ~~司君♪」

 煽り言葉が聞こえる様にわざわざ真空化をON・OFFする性格の悪さ。
 ただ、打算の結果である力でも彼女の戦闘スタイルとのシナジーは抜群に合っている。

 このままではいずれ削り尽くされ倒されるのがオチ。
 後輩である美紗都が見ている前でそれはやっぱり頂けない。

(考えろ……これじゃあ全然ダメだ)

 最初はルーツィアに相手をお願いしようとしたが、紗々羅が相手になってよかったかもしれない。
 固定型のルーツィアより、こうして動き回る紗々羅を相手にしても使えてこそ戦闘で使える力だ。

(相手が動いてたら当てれない力なんて役に立つか! 本当に何も出来ないなら、マジでハズレ能力だぞ!?)

 思考を巡らせながらとりあえず棒立ちでは始まらないと紗々羅を追う司。
 しかし、まるで常時向かい風を受けている様な負荷が全身に掛かり、ただでさえ部が悪い速度差は絶望的だった。

「きぃははッ! 遅い遅い遅いッッ!!」

 後を追う司の前で急制動。
 振り向きざまの袈裟斬り。

「ーーぐッ!? このぉッ!!」

 あえて打たせ気合いで堪えつつ、防御を捨ててまでの反撃。
 だが、紗々羅は軽やかに半歩下がって司の拳を鼻先で躱して、その眉間に刺突を繰り出す。

「うッ!? ーーごはぁッ!?」

 流石に眉間突きは不味いと回避する司だが、紗々羅はその突きのモーション中にまた一気に司へ肉薄し直し、手の中で太刀の柄を順手から逆手に持ち替えて、柄の一番下柄頭の部分を司の喉へ叩き込む。

「はぅ……カ・イ・カ・ン♡」

 相手の喉仏を砕く感触に恍惚とする紗々羅に対し、司は口から血を吐き苦痛に顔を歪めながらも「それでも負けるか!」と足を振り上げる。
 だが、その脛の辺りに立ちウインクをしながら軽々と遠くへ飛び退いて行く紗々羅。


 …………いい加減、頭に来た。


「このクソガキぃぃッッ!!」

 不思議な雰囲気があるので見た目はともかく本当に年下なのか確証は無いが、それでもそのウザさは紛れも無く本物。
 堪忍袋の緒が切れた司は、まだ潰された喉を直し切る前に叫んで大量の血を吐くが、それでも全身から覇気が溢れ出て髪が煽り逆立つ。

「うはぁ~~! キレたキレたぁ~~! 良善さんの弟子なのに冷静さが――」


「馬鹿者ッ! 目を逸らすな紗々羅ッ!!」


「え?」

 司の怒号にケラケラと笑っていた紗々羅がほんの僅かに視線を逸らした刹那の間。
 突然のルーツィアの叫びにハッと目を開いた紗々羅の視界にはもうすでに手が届く位置まで司が迫っていた。

「――〝動くな〟」

「くッッ!? ――きゃあッ!?」

 一瞬感じた全身の硬直。
 そのせいで紗々羅は司の全力の体当たりをモロにくらい吹き飛ばされる。

「がはッ!? ――くッ! な、何ッ!?」

 背中から床に叩き付けられるが瞬時に身体を回して勢いをいなし、今度はその回転の勢いですぐさま走り出す紗々羅。
 しかし……。

「〝逃げんな〟」

「――うッ!?」

 また手の届く距離まで接近していた司の声を耳に受け、紗々羅の四肢がまるで電流を受けた様に痺れて動かなくなる。

(しまった……私が移動する用の真空空間から相手用の重空間に変えるまでの間に潜り込まれた! っていうか、何? この〝声〟!?)

「か、身体が動かな――きゃあぁッ!?」

 ついに背中を掴まれ押し倒されてしまう紗々羅。
 司はそのまま馬乗りになって紗々羅の両手を掴み抑え込む。

「ハァ……ハァ……ようやく捕まえたぞッ!!」

 紗々羅の油断に斬り込み、彼女用の真空空間で動きのロスを無くし、彼女が本気の速度へ加速し直す前に捕まえることに成功した司。

 殆どまぐれに近い。
 だが、その一瞬に司は天啓を掴み取っていた。

「ハァ……ハァ……見えた……俺の、能力……ハァ……ハァ……――んぐッ!? お、俺の能力は……じゃねぇ……だ!」

 背中を向けていた紗々羅に「逃げるな」と言った司。
 もちろんその時、司の目と紗々羅の目は合っていない。
 つまり、そこで司の能力の発動条件は〝視線〟ではないことが判明した。

 であれば〝声〟か?
 それも違う。
 司が苦戦していた通り、紗々羅の疑似的な真空空間に潜り込んだ司の声が紗々羅の耳に届くのはおかしい。

 そこまで考えてようやく見えたモノ。
 それは司が意図を発した時に身体から放たれた司の〝D・E〟
 その放出された〝D・E〟が紗々羅の身体に触れた瞬間、彼女の動きが明らかに乱れたのだ。

「俺の能力も……ある意味範囲能力だったんだ。ただ、それは一定じゃなくて……俺のイメージに沿った飛び方をする。〝視線〟っていう分かりやすい真っすぐな放出……それに対して〝声〟は放射状……有効範囲は分かんねぇけど……とりあえず、当たったのは間違いなさそうだな!!」

「ぐッ! は、放しなさいよッ! このッ!!」

 一度動かれたら捕まえるのは至難の業。
 しかし、こうして抑え込み動きをゼロにしてしまえば、その見た目通りあまりにも非力な紗々羅。
 それでも常人よりは遥かに強いだろうが、司からすれば可愛らしく見えるくらいに抵抗だ。

「さぁ、散々馬鹿にしてくれやがって……今度はこっちの番だ。たっぷり〝的〟になってくれよ、紗々羅さん?」

 俯せから身体を反転させて仰向けにさせられる紗々羅。
 愛刀は床に叩き付けられた時に滑っていってしまい、とても届かない。
 そして、覆い被さって来る頭上には相当ギリギリだったのか汗だくで疲労困憊なくせに、口端から垂れる血を舐め取って嘲笑を向けて来る後輩。

 冗談じゃない。
 ただでさえ、つい数時間前にこの男の子孫にボコボコにされたばかりだ。
 ちょっとその鬱憤を先祖で晴らしてやろうと思ったのに、ここで二連敗など彼女のプライドが許さなかった。

「こ、このッ! 放しなさいよヘンタイッ!! 女の子に馬乗りになって襲うとかケダモノよッ!!」

「ギャーギャーうるせぇよ……だったらもう少ししおらしくしてみたらどうだ? 「お願い許してぇ」って懇願すれば、良心が痛んで手を離すかもしれないぜ?」

「ざけんなッ! 新入りのくせにぃぃッ!!」

 喚き散らして藻掻き暴れる紗々羅。
 見た目通りの聞かん坊に、司の中での遠慮は無くなる。
 そして、大きく息を吸い腹の底に力を込めた司は一度大きく仰け反り、渾身の力を込めて……。


「〝俺に怯えろ〟ッッッ!!!」


 全力の能力発露。
 叩き付けるその力に紗々羅の目が大きく開き、歯を食い縛る口元が震える。

「ふ、ふざ……ふざけんじゃ……なッ! ――くぅッ!?」

 信じられない。
 どんどん全身が冷たくなっていく。
 押え付けられる両腕から振り解こうとする力が抜け、必死に背中に膝蹴りをしようとしていた足が上がらなくなり内股に萎んでしまう。

「ち、ちょ……や、やめ……」

 見下ろして来る司の顔から眼を逸らしたくなる。
 だが、そんなのは負けを認めた様なモノで、紗々羅はその謎の衝動に耐えようとするが、すると今度は逆にその目から視線が逸らせなくなる。

「あ、あぁぁ……」

 濃く深い血色の眼。
 ゆっくりと渦を巻いている様なその双眸は、まるで別世界への扉の様な得体の知れぬ恐怖を駆り立てて来る。

「ひぃ……い、嫌……ち、ちょっとぉ……ホ、ホントに……ま、待ってぇ……」

 身体が震える。
 もう誤魔化しが利かない。
 能力に集中しているせいか、微動だにしない司が紗々羅の視界の中でどんどん巨大化していく様に圧倒的な存在感を放って来る。

「つ、司……君……あ、あのぉ……ま、待ってぇ……ちょ……ちょ、ま……ッ!」

 情けなく弱々しい声が漏れる。
 だが、もう紗々羅にはそのことを恥じる余裕も無かった…………。
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