上 下
88 / 136
Scene8 反転攻勢の狼煙

scene8-10 染まるも残るモノ 後編

しおりを挟む
 
(良善さん、すみません。一旦失礼しますよ?)

(あぁ、分かった。よしなにしてくれ)

「曉燕、手伝ってくれ」

「承知しました」

 良善との脳波会話を切り上げ、司は曉燕を連れて美紗都と七緒の元へ向かう。
 七緒は特に目立った怪我は無いが、目に涙を貯めている様子からやはり美紗都を痛め付けるのは辛かった様だ。

「悪い、七緒……でも、言った通りにちゃんとやってたのは見てたよ」

 司はその涙を拭ってやりつつ労いの言葉を掛ける。

「うぐッ……いえ。あ、あの……でも、もぅ……」

 消え入りそうな声で司を見る七緒。
 その目は自分の義務を果たさねばならないという気持ちはありながらも、やはり自分が苦しめた被害者を殆ど一方的に痛め付ける行為に耐え切れないという懇願の気持ちが籠っていた。

「あぁ、分かってるよ……もうさせない。ちゃんと反省してるお前には酷だったよな、悪かったよ」

 涙を拭った手で頭を撫でてやる司。
 七緒は俯いてまたポロポロと涙を流すが、司の言葉に少し肩から力が抜ける。
 その様子を確認した司は今度は美紗都に近付きしゃがみ込む。

「大丈夫か……美紗都?」

 一緒にやって来た曉燕が美紗都の身体を起こし、その顔を覗き込む司。
 しかし、美紗都はボロボロの疲労困憊なその顔をプイッと横に向けてしまう。

「司君……嫌い」

 いきなりステゴロをさせられてすっかり拗ねてしまった美紗都。
 確かにかなり強引だったことは否めなかった。

「うぐッ!? わ、悪かったよ……でも、これで分かったろ? これから先の戦いはもっと酷い。七緒みたいに加減なんか無く本気でお前を殺しに来るんだ。その感覚をお前に知っておいて欲しかった。言葉だけじゃどうしても伝わり切らない可能性があるし、そのせいで最初の一戦で……なんてことも十分あり得る。俺は本気でお前に死んで欲しくないって思ってんだよ」

 司は垂れ下がった美紗都の手を取り真剣に美紗都の顔を見る。その真面目な声音にチラッと司の方を見る美紗都は、怒らせていた眉を下げて俯いてしまう。

「分かるけど……元々無い自信が完全にマイナスになっちゃったもん」

 確かにそれはあるかもしれない。
 結局は加減した七緒に終始手も足も出なかった美紗都。
 苦手意識の様な怯えの感情を持ってしまうのは無理もない話だ。

「大丈夫……俺だってまだ場数でいえば大したことない。でも、俺とお前が持つ〝D・E〟は意識次第でどうにでもなる。もうちょい俺を信じて付いて来てくれ。それに、もしお前が自分の出せる限りの力を尽くしても危なくなった時は必ず俺が助ける。お前は絶対に死なせない……絶対だ」

 根拠がある訳では無い。
 じゃあ仮に今壁際でこちらを眺めている紗々羅とルーツィアが結託して美紗都を殺そうとして来たとしてそこから守り切れるのかといえば多分無理だろう。
 しかし、たとえ守れなくとも司は死ぬまで美紗都を守ろうとする。
 司が言った〝絶対〟とは要するに覚悟の話。
 そして、それは十分に美紗都に伝わっていた。

「うむぅ……頑張る。私のせいで司君が死ぬの……嫌だし」

「あぁ、お前なら大丈夫だよ」

「…………うぅッ」

 優しく微笑む司からまた顔を背ける美紗都。
 その顔は耳まで真っ赤になっていて、傍らにいる曉燕と七緒もウットリと司に目を奪われていた。

「さて、じゃあ美紗都は少し休憩しよう。今度は俺が見せる……ルーツィ――」


「司君ッ! 私とやろうよ♪」


 まさにシュタッといった感じにルーツィアを指名しようとした司の前に飛んで来た紗々羅。
 その満面の笑みに対して司の表情は限りなく嫌そうな笑みを浮かべていた。

「いや、あの……なんていうか、紗々羅さんの戦いは……その、独特なんで、あんまり美紗都の参考には……」

「えぇ~~ッ! いいじゃん私としようよ! ルーツィアだって弾飛ばすばっかりの独自路線じゃん!」

 不満げに頬を膨らませる紗々羅。
 確かに言われてみればそうだ。
 ただ、ルーツィアならば美紗都のお手本となる様にという配慮が期待出来るのだが、紗々羅の場合は本人のやりたい様にやるのが目に見えている。

「いや、あの……だから……」

「つべこべ言わない……やろ?」

 半眼で背中に背負った太刀の柄を握り少しだけ刃を覗かせる紗々羅。

(完全に脅しじゃねぇかよ……)

「……はい、分かりました」

「よぉし! ほら、あんた達! 早くルーツィアのとこまで下がりなさぁ~~いッ♪」

 掌を返して機嫌良く部屋の中心に向かう紗々羅とそれに付いて行く足取り重めな司。
 こうなっては仕方ない。
 だが、出来立ての後輩の前でボロ雑巾にされるのは格好が付かないし、何より目的は美紗都へのお手本だけではない。

(俺だってまだようやく固有能力を手に入れたばかりだ。それにまだしっかり自分の能力を理解している訳でもない。良善さんからの宿題がてら、俺もここらでもう一歩踏み込まないとな)

 顔色が変わる司。
 それを曉燕に肩を借りながら壁際へ下がりつつ見た美紗都は思わず目を剥いてしまう。

「え? ちょ……つ、司君。格好良くない?」

 紗々羅と対峙して目付きが鋭くなる司にミーハーな言葉が漏れる美紗都。
 しかし、そんな美紗都の隣に立つルーツィアが小さく嘆息した。

「そういう軽弾みな発言は控えろ、美紗都。閣下のあの顔はそんな軽々しく辿り着いた顔ではないのだから……」

「え? どういう――ッッ!?」

 司の横顔にポワッとした眼差しを向けていた美紗都がルーツィアの一言に視線を向けた瞬間、突然室内でありながら暴風が巻き上がった様な圧を全身に受けた美紗都は壁に背を付きながら弾かれる様にその圧が爆発する部屋の中央へ目を向ける。

「へぇ、いいじゃん。さっきはあぁ言ったけど、やっぱり階層が上がる事自体は一つのバロメーターよね。大分いい感じになって来た」

「そうっすか……どうもです」

 スーツと着物をバタバタとはためき合わせながら睨み合う司と紗々羅。
 紗々羅は相変わらず笑みを浮かべているが、司と存在圧をぶつけ合わせた瞬間に、その見開いた目だけは笑わなくなっている。
 そして、対する司は一見余裕が無いとも取れる無表情だが、離れた位置にいる美紗都が全身鳥肌を立てるほどの紗々羅のプレッシャーにその落ち着いた表情が出来ているなら十分に卓越していると思う。

「う、嘘……い、いや無理だって、私……なんて、絶対いけない……」

 今度こそ完全に自信を失う美紗都。
 ゆったりと太刀を抜く紗々羅のその所作だけでも全身が震え上がるのに、司は平然と腰を落としてあの脅威に立ち向かう気でいて、美紗都にはそれが信じられなかった。

「いい心掛けだが甘えるな。お前にはいずれあの閣下に目を瞑っても勝てるレベルになって貰わねば、今後の閣下の足枷になってしまう。それと……そこの娘、確か七緒と言ったか? 貴様も閣下の従僕であるなら主の戦いをしっかり見ろ」

「――うぐッ!?」

 ルーツィアに指摘され俯いていた七緒が顔を上げて司を見る。
 美紗都よりその圧はさほど苦では無さそうだが、身体の震えはある意味美紗都以上だ。
 あの司の威圧に何か思うところがあるのだろうか?
 その顔は真っ青で、美紗都が戦っていた時に何度も感じた自責の念が伺えた。

(この子なんなの? 私や司君のことを殺そうとしていたくせに、なんだか凄く申し訳ない感がずっと伝わってたから、なんか殴ってやろうって気が引いちゃってたのよね……)

 曉燕にそっと身体を支えられる七緒。
 その袖をギュッと握り締める感じがあまりにも弱々しい。
 実際ボコボコにされていたのは美紗都だったのに、終始そんな雰囲気が感じられたあべこべな状態。
 ただ、少なくとも美紗都の中では少し七緒に対する剣呑さが勢いを落としていたのは確かだった。

 しかし、そのことは今は後回し。
 美紗都は盗み見ていた七緒からまた正面の司達へ視線を戻す。

「よく見ておけ、美紗都……あれが人生の大半を狂わされた怒りをきっかけに手にした閣下の力だ。別に貴様の不幸が軽いと言っている訳では無い。見方によってはまともな人生が突如一変した貴様の方が悲惨だという考え方も出来るが、閣下にはでようやく自身の人生が始まったと考えておられる。閣下にはここしかない……その覚悟の違いが今の閣下と貴様の差だ」

「私と……司君の差」

 美紗都は全身に襲い来る圧に身を縮めながらも司を見る。
 その両目は血色に染まり、赤い靄が溢れ散っていた。

「すぅぅ……行くわよ?」

「どうぞ……」

 自分の両横を一閃二閃と空振り溢れる圧を切り散らして一瞬にして暴風の様な圧を消し刃を上向けた刺突の構えを取る紗々羅。
 対する司もピタリと圧を止めて両拳を握る。


「「………………」」


 いきなり訪れる静寂。
 美紗都は自分の胸の鼓動がこんなにもうるさかったのかと初めて知る程息も忘れて二人の動き出しをみようとした。
 しかし次の瞬間、瞬きすらもしていなかったはずの美紗都は、司と紗々羅を同時に見失った…………。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

結界師、パーティ追放されたら五秒でざまぁ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「こっちは上を目指してんだよ! 遊びじゃねえんだ!」 「ってわけでな、おまえとはここでお別れだ。ついてくんなよ、邪魔だから」 「ま、まってくださ……!」 「誰が待つかよバーーーーーカ!」 「そっちは危な……っあ」

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

拾った子犬がケルベロスでした~実は古代魔法の使い手だった少年、本気出すとコワい(?)愛犬と楽しく暮らします~

荒井竜馬
ファンタジー
旧題: ケルベロスを拾った少年、パーティ追放されたけど実は絶滅した古代魔法の使い手だったので、愛犬と共に成り上がります。 ========================= <<<<第4回次世代ファンタジーカップ参加中>>>> 参加時325位 → 現在5位! 応援よろしくお願いします!(´▽`) =========================  S級パーティに所属していたソータは、ある日依頼最中に仲間に崖から突き落とされる。  ソータは基礎的な魔法しか使えないことを理由に、仲間に裏切られたのだった。  崖から落とされたソータが死を覚悟したとき、ソータは地獄を追放されたというケルベロスに偶然命を助けられる。  そして、どう見ても可愛らしい子犬しか見えない自称ケルベロスは、ソータの従魔になりたいと言い出すだけでなく、ソータが使っている魔法が古代魔であることに気づく。  今まで自分が規格外の古代魔法でパーティを守っていたことを知ったソータは、古代魔法を扱って冒険者として成長していく。  そして、ソータを崖から突き落とした本当の理由も徐々に判明していくのだった。  それと同時に、ソータを追放したパーティは、本当の力が明るみになっていってしまう。  ソータの支援魔法に頼り切っていたパーティは、C級ダンジョンにも苦戦するのだった……。  他サイトでも掲載しています。

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

処理中です...