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Scene8 反転攻勢の狼煙
scene8-10 染まるも残るモノ 後編
しおりを挟む(良善さん、すみません。一旦失礼しますよ?)
(あぁ、分かった。よしなにしてくれ)
「曉燕、手伝ってくれ」
「承知しました」
良善との脳波会話を切り上げ、司は曉燕を連れて美紗都と七緒の元へ向かう。
七緒は特に目立った怪我は無いが、目に涙を貯めている様子からやはり美紗都を痛め付けるのは辛かった様だ。
「悪い、七緒……でも、言った通りにちゃんとやってたのは見てたよ」
司はその涙を拭ってやりつつ労いの言葉を掛ける。
「うぐッ……いえ。あ、あの……でも、もぅ……」
消え入りそうな声で司を見る七緒。
その目は自分の義務を果たさねばならないという気持ちはありながらも、やはり自分が苦しめた被害者を殆ど一方的に痛め付ける行為に耐え切れないという懇願の気持ちが籠っていた。
「あぁ、分かってるよ……もうさせない。ちゃんと反省してるお前には酷だったよな、悪かったよ」
涙を拭った手で頭を撫でてやる司。
七緒は俯いてまたポロポロと涙を流すが、司の言葉に少し肩から力が抜ける。
その様子を確認した司は今度は美紗都に近付きしゃがみ込む。
「大丈夫か……美紗都?」
一緒にやって来た曉燕が美紗都の身体を起こし、その顔を覗き込む司。
しかし、美紗都はボロボロの疲労困憊なその顔をプイッと横に向けてしまう。
「司君……嫌い」
いきなりステゴロをさせられてすっかり拗ねてしまった美紗都。
確かにかなり強引だったことは否めなかった。
「うぐッ!? わ、悪かったよ……でも、これで分かったろ? これから先の戦いはもっと酷い。七緒みたいに加減なんか無く本気でお前を殺しに来るんだ。その感覚をお前に知っておいて欲しかった。言葉だけじゃどうしても伝わり切らない可能性があるし、そのせいで最初の一戦で……なんてことも十分あり得る。俺は本気でお前に死んで欲しくないって思ってんだよ」
司は垂れ下がった美紗都の手を取り真剣に美紗都の顔を見る。その真面目な声音にチラッと司の方を見る美紗都は、怒らせていた眉を下げて俯いてしまう。
「分かるけど……元々無い自信が完全にマイナスになっちゃったもん」
確かにそれはあるかもしれない。
結局は加減した七緒に終始手も足も出なかった美紗都。
苦手意識の様な怯えの感情を持ってしまうのは無理もない話だ。
「大丈夫……俺だってまだ場数でいえば大したことない。でも、俺とお前が持つ〝D・E〟は意識次第でどうにでもなる。もうちょい俺を信じて付いて来てくれ。それに、もしお前が自分の出せる限りの力を尽くしても危なくなった時は必ず俺が助ける。お前は絶対に死なせない……絶対だ」
根拠がある訳では無い。
じゃあ仮に今壁際でこちらを眺めている紗々羅とルーツィアが結託して美紗都を殺そうとして来たとしてそこから守り切れるのかといえば多分無理だろう。
しかし、たとえ守れなくとも司は死ぬまで美紗都を守ろうとする。
司が言った〝絶対〟とは要するに覚悟の話。
そして、それは十分に美紗都に伝わっていた。
「うむぅ……頑張る。私のせいで司君が死ぬの……嫌だし」
「あぁ、お前なら大丈夫だよ」
「…………うぅッ」
優しく微笑む司からまた顔を背ける美紗都。
その顔は耳まで真っ赤になっていて、傍らにいる曉燕と七緒もウットリと司に目を奪われていた。
「さて、じゃあ美紗都は少し休憩しよう。今度は俺が見せる……ルーツィ――」
「司君ッ! 私とやろうよ♪」
まさにシュタッといった感じにルーツィアを指名しようとした司の前に飛んで来た紗々羅。
その満面の笑みに対して司の表情は限りなく嫌そうな笑みを浮かべていた。
「いや、あの……なんていうか、紗々羅さんの戦いは……その、独特なんで、あんまり美紗都の参考には……」
「えぇ~~ッ! いいじゃん私としようよ! ルーツィアだって弾飛ばすばっかりの独自路線じゃん!」
不満げに頬を膨らませる紗々羅。
確かに言われてみればそうだ。
ただ、ルーツィアならば美紗都のお手本となる様にという配慮が期待出来るのだが、紗々羅の場合は本人のやりたい様にやるのが目に見えている。
「いや、あの……だから……」
「つべこべ言わない……やろ?」
半眼で背中に背負った太刀の柄を握り少しだけ刃を覗かせる紗々羅。
(完全に脅しじゃねぇかよ……)
「……はい、分かりました」
「よぉし! ほら、あんた達! 早くルーツィアのとこまで下がりなさぁ~~いッ♪」
掌を返して機嫌良く部屋の中心に向かう紗々羅とそれに付いて行く足取り重めな司。
こうなっては仕方ない。
だが、出来立ての後輩の前でボロ雑巾にされるのは格好が付かないし、何より目的は美紗都へのお手本だけではない。
(俺だってまだようやく固有能力を手に入れたばかりだ。それにまだしっかり自分の能力を理解している訳でもない。良善さんからの宿題がてら、俺もここらでもう一歩踏み込まないとな)
顔色が変わる司。
それを曉燕に肩を借りながら壁際へ下がりつつ見た美紗都は思わず目を剥いてしまう。
「え? ちょ……つ、司君。格好良くない?」
紗々羅と対峙して目付きが鋭くなる司にミーハーな言葉が漏れる美紗都。
しかし、そんな美紗都の隣に立つルーツィアが小さく嘆息した。
「そういう軽弾みな発言は控えろ、美紗都。閣下のあの顔はそんな軽々しく辿り着いた顔ではないのだから……」
「え? どういう――ッッ!?」
司の横顔にポワッとした眼差しを向けていた美紗都がルーツィアの一言に視線を向けた瞬間、突然室内でありながら暴風が巻き上がった様な圧を全身に受けた美紗都は壁に背を付きながら弾かれる様にその圧が爆発する部屋の中央へ目を向ける。
「へぇ、いいじゃん。さっきはあぁ言ったけど、やっぱり階層が上がる事自体は一つのバロメーターよね。大分いい感じになって来た」
「そうっすか……どうもです」
スーツと着物をバタバタとはためき合わせながら睨み合う司と紗々羅。
紗々羅は相変わらず笑みを浮かべているが、司と存在圧をぶつけ合わせた瞬間に、その見開いた目だけは笑わなくなっている。
そして、対する司は一見余裕が無いとも取れる無表情だが、離れた位置にいる美紗都が全身鳥肌を立てるほどの紗々羅のプレッシャーにその落ち着いた表情が出来ているなら十分に卓越していると思う。
「う、嘘……い、いや無理だって、私……あそこまでなんて、絶対いけない……」
今度こそ完全に自信を失う美紗都。
ゆったりと太刀を抜く紗々羅のその所作だけでも全身が震え上がるのに、司は平然と腰を落としてあの脅威に立ち向かう気でいて、美紗都にはそれが信じられなかった。
「いい心掛けだが甘えるな。お前にはいずれあの閣下に目を瞑っても勝てるレベルになって貰わねば、今後の閣下の足枷になってしまう。それと……そこの娘、確か七緒と言ったか? 貴様も閣下の従僕であるなら主の戦いをしっかり見ろ」
「――うぐッ!?」
ルーツィアに指摘され俯いていた七緒が顔を上げて司を見る。
美紗都よりその圧はさほど苦では無さそうだが、身体の震えはある意味美紗都以上だ。
あの司の威圧に何か思うところがあるのだろうか?
その顔は真っ青で、美紗都が戦っていた時に何度も感じた自責の念が伺えた。
(この子なんなの? 私や司君のことを殺そうとしていたくせに、なんだか凄く申し訳ない感がずっと伝わってたから、なんか殴ってやろうって気が引いちゃってたのよね……)
曉燕にそっと身体を支えられる七緒。
その袖をギュッと握り締める感じがあまりにも弱々しい。
実際ボコボコにされていたのは美紗都だったのに、終始そんな雰囲気が感じられたあべこべな状態。
ただ、少なくとも美紗都の中では少し七緒に対する剣呑さが勢いを落としていたのは確かだった。
しかし、そのことは今は後回し。
美紗都は盗み見ていた七緒からまた正面の司達へ視線を戻す。
「よく見ておけ、美紗都……あれが人生の大半を狂わされた怒りをきっかけに手にした閣下の力だ。別に貴様の不幸が軽いと言っている訳では無い。見方によってはまともな人生が突如一変した貴様の方が悲惨だという考え方も出来るが、閣下にはここでようやく自身の人生が始まったと考えておられる。閣下にはここしかない……その覚悟の違いが今の閣下と貴様の差だ」
「私と……司君の差」
美紗都は全身に襲い来る圧に身を縮めながらも司を見る。
その両目は血色に染まり、赤い靄が溢れ散っていた。
「すぅぅ……行くわよ?」
「どうぞ……」
自分の両横を一閃二閃と空振り溢れる圧を切り散らして一瞬にして暴風の様な圧を消し刃を上向けた刺突の構えを取る紗々羅。
対する司もピタリと圧を止めて両拳を握る。
「「………………」」
いきなり訪れる静寂。
美紗都は自分の胸の鼓動がこんなにもうるさかったのかと初めて知る程息も忘れて二人の動き出しをみようとした。
しかし次の瞬間、瞬きすらもしていなかったはずの美紗都は、司と紗々羅を同時に見失った…………。
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