アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene8 反転攻勢の狼煙

scene8-4 不鮮明な大義 後編

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 菖蒲に指定された面談までの間、真弥は救護区画へ来ていた。

「……あれ?」

 室内へ入ると両側にズラリと並んだ治療カプセル。
 その中の一つに呼吸用のマスクを付けて治療液に浸かり眠らされている奏の姿が覗き窓から見えた。
 彼女も大分調整が進んだ様で、真弥がカプセルから出た直後に見た時よりも少し表情に落ち着きが見えた。
 しかし、そんな奏が入っているカプセルの隣。
 そこには同じく治療中の千紗が入っていたはずなのに、今はカバーが開かれて中身は空になっていた。

「ち、千紗!? え? どこ? もしかして調整が済んだの?」

 辺りを見渡す真弥。
 正直なところ、今会っても和成のことや七緒のことをどう説明するべきかという状況ではある。
 特に、千紗にとって七緒の存在は大きい。
 今でこそ勇敢に戦う千紗だが、元々彼女は【修正者】入りを渋っていた。だが、その高いナノマシン適合値と固有能力の瞬間的火力が評価対象にされ、周りから済し崩しに入隊させられ、そんな戦いに怯える当時の千紗をメンタルケアして導いたのが七緒だった。

(和成のこともだけど、七緒が敵に捕まったと知ったらあの子絶対に大人しくなんてしてられない)

 千紗にとって七緒は本当の姉も同然。
 ある意味、和成の曝け出された本性より説明が難しく、真弥があたふたと戸惑っていると背後から声が掛けられる。

「あら、真弥じゃない。友達のお見舞いかな?」

 振り返る真弥、そこにいたのはさっきまで一緒にいた悠佳がタブレット片手に室内へと入って来ていた。

「あ、悠佳さん……は、はい。そうなんですけど……あの、確かここのカプセルに千紗がいたはずなんですけど、今はどこに?」

 空になったカプセルを指差す真弥。
 対する悠佳は奏のカプセルに歩み寄りタブレットと情報をリンクさせ、奏の調整状態を確認しながら真弥の問いに答える。

「あぁ、心配いらないよ。彼女の調整は大体目途が立った。ただ、この治療カプセルでは難しいので別の装置に移しただけだ」

「え? こ、このカプセルでは難しいって……」

「こらこら、そんな青褪めた顔をするんじゃないわよ。言ったでしょ? 目途は立ったってね。それより問題なのは彼女の方だわ」

 動揺する真弥を笑って落ち着かせる悠佳だったが、そこで彼女はカプセルの中にいる奏を指差して困り顔になる。

「え? 奏がですか?」

「えぇ、どういう訳か彼女は私が調整した〝D・E〟をことごとく拒絶するの。通常状態では自身のナノマシンとの連動を頑なに拒絶し、調整して少し弱体化させて投与するそれを全て体内で殲滅してしまう。いやはや参ったわ……まるで彼女の全細胞がこの〝D・E〟を心底毛嫌いしているみたい。七緒は上手く取り込んだし、君も八割程度に抑えたところで上手く適応した。ただ、この子は試しに二~三割に弱めても断固拒否して来る。これじゃあ打つ手が無いよ……最悪奏は今回のパワーアップは無しだね」

 大きくため息を吐いて首を横に振る悠佳。
 確かに最初に投与された時には真弥も酷い不快感に襲われて立っていることもままならなかったが、奏は自分以上に身体が受け付けないらしい。

「体質的な物なんでしょうか? 私も最初はダメでしたけど、今は何と言うか……上手く馴染んでる感じなんですけど?」

「う~~ん……何とも言えないね。でも、あと数回試したらもう諦めるわ。実際問題彼女をここで寝かせておくほどこちらの陣営に余裕がある訳ではないものね」

 そう言って再びタブレットに視線を向ける悠佳。
 ただ、その悠佳の何気ない一言に真弥は強い引っ掛かりを感じた。

「悠佳さんは、この【アクエケス】に集結した戦力でも〝Answers,Twelve〟との戦闘は心許ないと感じているんですね?」

「えぇ、そうね」

「だったら何故和成を贔屓している菖蒲さんを止めないんですか?」

「…………」

 真弥の問いにゆっくりと振り向く悠佳。
 その顔は怪訝な色を浮かべていた。

「意外だわ……あなた達、彼と恋仲だったと聞いていたけど、随分辛辣なこと言うのね?」

 首を傾げる悠佳。
 真弥は少し表情を渋らせて視線を横に向ける。

「い、今もそのつもりではいるんですけど……ちょっと、自信が無くなって来てます。でも、それを抜きにしたって現状がおかしいのは間違いないわ。【修正者】を丸ごと指揮下に収めた今の菖蒲さんは、その判断一つで状況を大きく変えてしまう。それほどの権限者が身内を依怙贔屓しているなんてどう考えてもおかし――」

「真弥、言葉を慎みなさい? 艦長は今〝聖〟の称号を持っているのよ? その称号はそのまま〝ロータス〟のを意味している。不敬罪の対象になるわよ?」

 主権を取り戻したデーヴァ達で作られた未来の国家である〝ロータス〟には、上層部として七人の特権階級者達が存在している。
 その中でもっとも高い地位を誇るのは、当然元首であるマリアだ。
 そして、その下に〝聖〟の称号を持つ六人がいて、上から三人はマリアと共に貴族に属し、四人目と五人目、そしてこのアルテミス級時元航行艦・六番艦【アクエケス】を任される六人目の菖蒲は準貴族という位置付けになっていた。

 今の〝ロータス〟は実質この七人で舵取りがされており、この七人とそれ以外のデーヴァの間には明確な線引きなされているのだ。

「艦長はまだ新入りだけど、一度入ってしまえば私達一般デーヴァとは別次元の存在。下手に噛み付けば痛い目を見るわよ?」

「うぐッ!? そ、それは……でも! ここは最前線ですよ!? そんなところで一個人の好き嫌いで物事を進められたら、直接敵と対峙する私達はたまったもんじゃないわ!」

 やんわりと自重を促して来る悠佳に食い下がる真弥。
 その言葉は間違っていない。
 しかし、そんな正論を言う真弥に悠佳は小さく嘆息する。

「あなた、本当に考えるのが苦手な様ね……まぁ、面白そうだし少しだけ教えちゃおうか」

 半眼でニヤリと微笑む悠佳はタブレットを小脇に挟んで真弥と正面から向き合う。
 そして、タッチ式のタブレットを使っている以上、もはやただのくせで咥えているのであろうペンをパタパタと振りながら真弥に助言を送る。

「あなたの言う通りこの【アクエケス】は〝Answers,Twelve〟との戦いの最前線にいる。それはつまり今後の〝ロータス〟の命運に関わる重要な位置付けであり、この【アクエケス】には、残る五人の〝聖〟達や当然マリア様も関心を向けている。この意味……分かる?」

「え? じ、上層部が……見てる? それは……えっと……」

「折角〝聖〟の称号を手にした艦長が息子を贔屓して遊んでる場合な訳が無いでしょって話。そして、現状何の催促も受けていないということは、お上から見ても艦長は十分に働きを続けているということよ」

 真弥は困惑で言葉が出なかった。
 一体どういうことだ?
 奇襲も失敗して三万近いという兵と間違いなく名前も知れているであろう将来有望な七緒を失っても問題が無い?
 それは、つまり……。

「和成が行ったあの奇襲は……想定していた目的自体は達成していたってことですか?」

 呆然と呟く真弥に悠佳はニッコリと笑みを浮かべる。

「そ、それって……それって一体何なんですか!? 七緒を見捨てても「まぁいいや」で済ませれる目的って何よッ!?」

 冗談じゃない。これならまだ「失敗した」の方が納得出来る。
 大切な仲間を見殺しにしても問題無い極秘の目的。
 それを知らされぬままなど真弥には納得出来る訳が無かった。

「それを私に聞かれても困るわ。私はあくまでオブザーバーとして同行しているだけで軍属ではないけど、この艦の中にいる限りは艦長に従っていないといけない。作戦に関わる機密を漏らしたら当然罰せられてしまうわ。知りたければ直接艦長に聞いてみなさい」

「な、何よ……それ……もう言った様なモノでしょ!?」

「あら? 私は〝艦長が遊んでる場合じゃない〟という当然の話をしたまででしょ? 機密に関しては何も触れていないわ」

 肩を竦めておどける悠佳。
 そのバカにした態度に真弥の眉間に苛立ちの皺が寄る。

「あんた……何のつもり? こんな話されたら、私が今後菖蒲さんを不審に感じて指揮系統も乱れるに決まってるでしょ?」

「あら、そんなことは許されないわ。今のあなたは【修正者】所属として艦長に従う義務がある。疑おうが疑わなかろうが、艦長に従わないと悪いのはあなたよ? まぁ、いいじゃない。艦長にはちゃんと〝Answers,Twelve〟を打倒する必要があるんだから間違いなくそうする様に行動する。だから素直に従っておきなさいな。それはあなたの目的とも合致する事でしょ?」

 ニヤニヤと笑みを続ける悠佳。
 真弥は察した……この女は自分が疑惑を抱きながらも菖蒲に従うしかない立場であることを知った上で、意味深な言葉をチラつかせて心を乱させ遊んでいる。

(ふざけんじゃないわよ……こいつッ!!)

 真弥の顔はもうすでに激怒の域にある。
 しかし、悠佳はそんな視殺せんばかりの真弥の睨みをまるで意に介していない。
 いや、それどころか真弥がイラついていても何も出来ないそのさまを見て楽しんでいる節すら見て取れた。

「くッ! 失礼します!」

「えぇ、艦長によろしくね~~」

 これ以上一緒にいては頭がおかしくなりそうだと真弥は肩を怒らせて部屋から出て行く。
 そしてそんな彼女に手を振り笑顔で見送る悠佳は扉が閉まるのを確認した後、咥えていたペンを手に取り悪辣極まる笑みを浮かべた。

「あぁ~~楽しい♪ 悔しがってた悔しがってた! ふぅ~~ちょっとスッキリしたわ」

 口端を吊り上げた下劣な笑みの悠佳が白衣の袖を捲る。
 するとその片腕には傷を治療する半透明のフィルムが絆創膏の様に貼られていて、その下には薄っすらと噛み付き傷の様な痕が残っていた。

 悠佳はその治りかけな傷痕を軽く撫でて袖を戻し、カプセルが並ぶ部屋のさらに奥へ向かい虹彩認証の隠し部屋へと入った。
 照明も無いその部屋はモニターの光だけで照らされていて、中央には透明な円柱状のカプセルが鎮座していて、その中には……。


『ンン――ッ!! ン――ッ! ン――ッ! ンンンッッ!!』


 そこにいたのは千紗だった。
 しかし、両手首と両足首を束ねられて上下から引っ張られた状態で拘束され、目隠しと猿轡をはめられて藻掻き暴れているその姿はどう見ても治療を受けているとは思えない。

「あぁ~~あ、可哀想な義姉ちゃんよね? 愚妹が調子に乗ったせいで八つ当たりされちゃったわよ~~?」

 痛快極まる笑みで千紗が入れられたカプセルを小突く悠佳。
 その下品な二ヤけ顔は、とても正義を謳う組織に組する者がしていい顔ではない。

「全く……折角、愛しいの和成君が馬鹿間抜けしている内に入手した敵のナノマシンデータを元にした新しい強化剤を試させてあげようとしたのに、ギャーギャー嫌がった挙句この私を噛むなんて……無能な【修正者】は黙って私の実験動物モルモットやってればいいのよ」

 藻掻き暴れる千紗を鼻で笑い、悠佳はカプセル下部にあるコンソールを操作する。
 すると、千紗の手首と足首にはめられた枷に繋がるチューブに薬剤が流れて行き……。


『んぶッ!? ンン――ッ!! ンン――ッ!! ン゛ン゛ン゛ン゛――ッ!!』


 先ほどまでの拘束から逃れようとする暴れ方から別の暴れ方に変わる千紗。
 全身が異様に赤らみ、珠の様な汗が浮かぶ小さなその身体には、明らかに苦痛が襲っていた。

「くふふ……いいわ、生体パルスは乱れているけど死ぬほどじゃない。よし……よし! 私の調整は完璧! あの博士ラーニィドの研究データを私は完全に使いこなしている! このまま奴の技術を全てモノにすれば人類最高の叡智は私のモノ! 全く……掛けて準備した野望が〝ロータス〟の貴族になりたいだなんて浅いのよ菖蒲! この世を支配するのはいつだって〝知識〟! 私はこの力でマリアでさえご機嫌を伺う人類史最高の地位に立つのよッッ!!!」

 踊る様にコンソールを叩く悠佳。目隠しの下から涙を流して全身を捻り苦しむ千紗のことなどお構いなしに、悠佳はの強化剤を無理矢理千紗の身体に適合させるべく、さらにカプセル内に注射器付きのアームを展開させ、泣き苦しむ千紗の全身に何の躊躇いも無くそれらを突き立てていった…………。
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