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Scene7 被告:桜美七緒
scene7-6 理想と現実 後編
しおりを挟む報道陣や野次馬に囲まれる〝ルーラーズ・ビル〟を何食わぬ顔で出た司は、曉燕を連れて街へと出て来た。
昔はよく「陽の下を歩いたっていいんだ!」と妙に自分を勇気付けていたが、ここ数日で本当に陽の下を歩いてはいけない身になってしまったが、一緒に開き直りを手にした司は昔より堂々と街中を歩いていた。
そして、そんな彼の目的地とは……。
「司様……その様な物を御所望だったのですか? お申し付け下さればすぐにご用意致しましたのに……」
紙袋を片手に大型書店から出て来た司に付き従う曉燕。
ちなみに購入したのはコーヒー関連の専門書や雑誌類だった。
「いいんだよ。自分の好きな物は自分の目で見て買いたいの。何せ今までこんなにまとめて本を買える余裕なんて無かったからな。ただ……えっと、あの、ホントにこのブラックカード、俺が貰ってもいいんだよな?」
〝買い物に行きたい〟と言った司に曉燕がすぐに用意してくれたクレジットカード。
ゴールドはおろか、普通のカードですらとても持つことは出来なかった司としては、その黒光りする板一枚に若干気圧され気味だった。
「司様……紗々羅様の刀やルーツィア様の銃口にも臆さずに居られたのに、何故そんなカード如きに……」
「あ、あはは……まぁ、そうだわな」
着崩した高級スーツの司と街中では少々浮くからと白服からマキシ丈のスカートにカットソーを合わせた無難なファッションに着替えた曉燕。
ただ、艶めく黒髪に抜群のプロポーションを誇る彼女ではどの道周囲の視線を集めてしまい、事情を知らない傍目からは妙に背伸びした格好の青年が分不相応の彼女を連れている様に見えるんだろうなと若干居心地が悪い。
ただ、折角街まで出て来てすぐにとんぼ返りするのも勿体ない気がした司は、ふと視線の先にコーヒーチェーン店を見つけた。
「お、シャインバックス! 曉燕、ちょっと寄っていこう」
「え? は、はい!」
丁度お昼を過ぎた頃。
店内は程々に空いていてゆっくりするには丁度いい。
「ドリップコーヒーを一つ。曉燕、お前は?」
「え? 私も……ですか? あ、えっと……じゃあ、同じので……」
呪文みたいな難しい注文なんて出来ないので、とりあえず無難な物を選びテーブル席へ。
司は腰掛け早速一口……と、思ったが。
「え? いや……座れよ?」
コーヒーを両手に持って司の前で起立したまま曉燕は、司の一言にビクリと身体を跳ねさせる。
「い、いえ! そんな……私の様な従僕が司様と同じテーブルに座る訳に――んぶッ!?」
「馬鹿かお前ッ! こんなところで従僕とかサラッと言ってんじゃねぇよ! いいから座れ! 悪目立ちすんだろうが!」
「ふ、ふぁい……」
身を乗り出して曉燕の口を塞ぐ司。
恐縮する暁燕も、命令とあらば従わざるを得ず素直にテーブルを挟んで司の前に座る。
そこからしばらくを司が普通にコーヒーを邪魔せず、ほどほどに相槌を打ち時間が過ぎる。
ただ、しばらくして司がカップの半分ほどコーヒーを飲んだところで曉燕は意を決して司に声を掛けた。
「あ、あの……司様?」
「ん……?」
買って来たコーヒーの雑誌に目を落としたままの司。
曉燕はその態度には別に文句はなく構わず話を続ける。
「どうして七緒をあの程度でお許しに? 司様のこれまでを考えればもっと苦痛を与えても良いと思います。それに……わ、私に対する扱いも、こんなに普通で……」
「別に七緒を許したつもりはねぇよ。それとお前をどう扱うかも俺の自由なんだろ? 何か不満があんのか?」
雑誌をめくり顔も上げず返事をする司。
その言葉に曉燕はビクリと身を強張らせる。
「い、いえ! そういう訳ではございません! ただ、その……我々デーヴァとしては、司様にこの様な普通の扱いを頂くのは、なんというか……申し訳ない気が……」
カップの湖面に映る自分の顔を目を合わせる暁燕。
司がサッと雑誌を視線を前に向けると、店内にモデルのスカウトがいれば飛んで来る様などこから見ても非の打ちどころのない美女が肩を落として小さくなっていた。
司がそんな彼女をしばらく眺めていると……。
「あ~~れ~~? お姉さん、どうしたのぉ? この彼氏君に苛められてる?」
「おいおい……こんな美人さんにひでぇな。ねぇ君ぃ……あっちで俺らとお茶しようよ?」
分かりやすいナンパ。
随分と遊び慣れた様子の二人組の若者が、図々しくやって来てテーブルに手を置き暁燕を挟む。
普段街に出来ることもないので、本当にこういうことがあるんだと少し物珍しさを感じていた司。
しかし、二人からは髪で隠れて見えないのかもしれないが、正面に座る司からはその綺麗な眉間に苛立ちのシワが寄ったのが良く見えた。
そのままにしておけばいずれ自分で追い払うだろう。
とはいえ、この雰囲気で自分が黙っているのも些か格好が付かない。
「おい、お前ら……そいつは俺の連れだ。鬱陶しいからさっさとどっか行け」
「あ? 何だお前……何偉そうな口利いて――――」
「失せろ」
「「……………………サーセンした」」
カップを片手に目だけで睨み上げ、周囲の迷惑にならぬ様に一瞬だけ圧を掛ける司。
瞬き一回にも満たない刹那の殺気。
しかし、チャラチャラしている様で割とまともな危機管理能力はあったのだろう。
司の視線に身の危険を感じた二人組はすぐさま足早に店を出て行った。
「つ、司様……」
「はぁ……なんかイキりたての調子乗りみたいで格好悪かったかな?」
「い、いえ……そんなことはございません。と、とても凛々しく……ございました」
一瞬驚いた様に顔を上げた後、また俯いてしまう曉燕。
ただ、その顔は耳まで真っ赤になっていた。
「あ、そう? こんな格好しても舐められるってのはちょっと情けないけどね。んでさ……さっきの話の続きだけど」
雑誌をテーブルに置き、カップに口を付けたまま曉燕の方を見る司。
曉燕の真面目なその空気を察し背筋を伸ばして司の言葉を待つ。
「まぁ……率直に感じたことなんだけどさ。お前とか七緒って……正直単なる〝ロータス〟の駒でしかない様に感じるんだけど、実際のところどうなんだよ? お前ら【修正者】は、その場その場で割と自分の判断で行動してんのか? それとも一つ一つ細々命令を受けて活動してんのか?」
背もたれに身体を預けて目を細める司。
その視線を受けた曉燕は分かりやすいほどに目を見開き動揺してまた身を縮ませ始めた。
「……後者、です。私達の作戦行動は全て〝ロータス〟本部からの指示であり、その命令のために多少細部で自己判断することはありますが、基本的には命令通りの行動が義務付けられております。そして、大半のデーヴァはその命令をまるで疑うことなく従います」
「だろうな……そんな感じするわ。一見個々人が自分の意見を持っている様に見えるけど、結局は〝Answers,Twelve〟の打倒っていう大前提で〝ロータス〟本部に束ねられてる。これじゃあもう、ただの末端にオラ付いてるだけではあんまり意味が無い感じがするんだよな」
そう言ってコーヒーを啜る司を見て、暁燕は強烈な惨めさを感じた。
司の何気ないその一言は、そのまま【修正者】の存在を全否定することに繋がる。
〝Answers,Twelve〟に恨みがあるというのに、そこに勝てないからと理由をこじつけてまで起源体を討伐して結果的でしかない勝利を掴もうと設立された【修正者】
自分に生き地獄を味わわせた〝ロータス〟の総意に恨みがあるのであって、たとえ実行犯であろうが所詮は末端でしかない【修正者】では話にならないと感じる司。
どちらの方が筋が通っているかは明確。
曉燕は居たたまれなさに膝の上で拳を握る。
「そういえば……暁燕。お前はどうして〝Answers,Twelve〟の側へ下ったんだ? 絵里との話でなんか〝ロータス〟の命令でヤバい事やらかしたみたいな話はして――――」
(あ、やべぇ……)
思わず司は言葉を切った。
もう少し【修正者】の立ち位置を聞いておきたいと思っただけの質問だったのだが、曉燕の顔色は真っ青に染まりその身が小刻みに震えていた。
「あぁ……言いにくい内容なら別に言わなくていいぞ?」
流石に司も気を遣うレベルの曉燕の動揺加減。
しかし、曉燕は唇を震わせながら……。
「い、いえ……つ、司様には……そ、その……知る権利が……」
何とか話し始めようとしている曉燕。
その姿を見た司は無言で立ち上がり、曉燕の手を取って店を出る。
「え? あ、あの……司様?」
「場所を変えるだけだ」
店を出て辺りを見回す司。
流石にこんな街中では人が多すぎるので、司は曉燕の手を取り歩き進み裏路地へと入って行く。
そして、ビルとビルに囲まれた薄暗く若干ジメジメとした人気の無い所まで来ると、曉燕の手を引いたまま地面を蹴り、ビル壁の間を蹴り渡って雑居ビルの屋上まで来る。
「ふ~~ん……うん、ここなら大丈夫かな? よっと!」
「え? ちょ! あぁッ!?」
劣化してボロボロな雑居ビルの屋上。
丁度物陰になっていて他のビルからも見えない位置で司はその地面に座り込み曉燕の手を引いて自分の胸にしな垂れ掛けさせる。
「ふぅ……ほら、言ってみろ。どうしてお前はそうなったんだ? 俺への恨みも間違いだったって考えを改めるくらいのことがあったんだろ?」
「――ッッ!?」
司の胸に顔を埋める様な体勢になっていた曉燕の頭にそっと司の手を当てられる。
その感触にボロボロと涙が溢れて来た曉燕は、か細い声で語り始める。
「わ、私の隊が……№Ⅴの……き、起源体を見つけた時です。その時は、未来で捕縛済みだった№Ⅴ本人とリアルタイムで起源体が死ぬ瞬間を観覧しようと上層部メンバーが勢ぞろいしていたのですが、追跡を任せていた部下がミスをして、対象を見失ってしまい……怒った本部がその起源体を確実に殺すために……む、無関係な人を巻き込んで……〝分子崩壊弾〟を……し、使用する様に……命じて来て……」
「分子崩壊弾?」
「爆心地から、半径三kmほどの空間にある……どんな物体も粉の様に崩壊させる未来の特殊兵器です。その効果範囲内に人間がいた場合、その者はドロドロに溶けて地面に広がる赤黒い液体になってしまうんです」
「そ、それは…………お、お前……使ったのか?」
「はい、部下共々その時代に幽閉するぞと言われ……使い、まし――うぶッ!?」
曉燕は口を押えて身体を丸めて震える。
司はやっぱり聞くんじゃなかったと後悔したがもう遅く、せめてもともう少しギュッと曉燕を抱き締めてやった。
「フ――ッ、フ――ッ、ほ、本部は……大喜び、でした。目の前で身体が消えていく……№Ⅴの悲鳴にも「いい気味だ!」「ざまあみろ!」と歓声を上げているのが、通信機越しに聞こえて……で、でも……私の目の前……では、か……関係無い人達が……身体をドロドロにぃ……溶かして、死んでぇ……あぁッ! ああああぁぁぁぁッッ!!!」
それが彼女自身が何度も口にしていた大罪か。
確かに心中は察する……その歓声と悲鳴の狭間で彼女は立ち尽くし、心が壊れてしまったのだろう。
そして多分、その現場には絵里もいたのだろう。
彼女も妙な事を言っていた。
(地獄に行かせて……か。本当に言い間違えじゃなかったんだな)
嘔吐く曉燕の背中を擦ってやりながら、司は空を見上げる。
本当に……本当にどうしようもなく自分達さえよければいいというクズというのはいるものなのだ。
そして、そんな悍ましい経験をさせられた曉燕は、今の奴らからすれば〝恥知らずな裏切り者〟扱い。冗談にしたって笑えなさ過ぎる。
司は思った。
やはり末端では話にならない……本丸を叩かないとダメだ。
しかし、それよりも今は……。
「曉燕……辛かったな」
「うぐッ、うぁ、あ……つ、司様?」
顔を上げた曉燕が見たのは、かつて自分が〝Answers,Twelve〟から救い出された時に連れられた保護施設の職員達と同じくらいに眩しく温かな慈悲深い笑み。
「もういい、お前危なっかしいからもう俺の傍にいろ。これからは俺に仕えることだけ考えてればいい。お前の全部俺が受け止めてやるから、お前は何も心配せず俺に従っていればいい」
「あぁ……あ、あぁぁ……あぁッッ!!」
もう曉燕の顔はグチャグチャだった。
涙は止め処なく、美貌も台無しに鼻水まで垂れてしまっている。
それでも両腕は驚くほど強く司の身体にしがみ付いていたので、司はもっと強く曉燕の身体を抱き締めてやった。
「あ、あぁッ!! ああああああああああああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!」
絞り出される心の膿。
一生背負う咎に支えを添えて貰った様な安堵に、暁燕の心がガス抜きされて行く。
そして、そんな嗚咽を聞きながら、司はその艶やかな髪を撫でてやりつつもう一度空を睨む。
(絶対に許さねぇぞ……〝ロータス〟)
目的は変わっていない。
ただ、一緒に背負う物が出来ただけ。
それは、自称正義様達が嬉々として掲げる大好きな〝大義名分〟
自分達だけの物だと思っているそれを掲げて根絶やしにしてやる。
泣きじゃくる曉燕を抱き締めながらも、司の口元はその痛烈な意趣返しに悪辣な弧を描いていた…………。
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