アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene7 被告:桜美七緒

scene7-5 理想と現実 前編

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 〝Answers,Twelve〟の呪縛から解放された時、七緒は未来の保護施設に収容された。
 そこは丁度七緒と歳の近い子達が集められていて、奏・真弥・千紗ともその施設で初めて出会った。
 正直、その時の七緒はまだ自分達が助けられたということを認識していなかった。

 また酷いことをされるんじゃないか? 

 痛いこと、怖いこと……周りの子達もみんな同じことを考えて怯えていたが、目の前に現れた優しそうな女性達は、何故かとても可哀想な物を見る様な目で涙を滲ませながら、七緒達を誘導して温かいお風呂に入れてくれた。

 ひょっとして身体を洗わせてくれるのか?
 七緒にとって汚れた身体を洗う時は、棒立ちになり、周りからホースで冷水を叩き掛けられることを差していたので、身体が芯から解される様な温かな湯船に浸かった時はまるで別世界へ来た様な感覚だった。

 そして、一人ずつフワフワの柔らかいタオルで身体を拭いて貰い、髪も丁寧に乾かして貰い、スベスベと肌に心地良いまともな服を貰い、大きな食堂でみんな揃って温かく湯気が立つ食事を提供された。
 大人達は笑みを浮かべて七緒達に食事を促したが、誰も手を付けなかった。

 食べたくない訳じゃない……寧ろ、みんな喉を鳴らし、柔らかそうなパンや美味しそうな野菜のスープなど、目の前の食事に釘付けだった。

 しかし、手を出そうとしない七緒達を見て大人達が困惑する。
 そこで七緒は丁度近くにいた女性に意を決して尋ねた…………〝本当に食べていいんですか?〟と。
 すると、女性は感極まった涙目で七緒の頭を撫でながら〝いいんだよ〟と許しをくれた。

 七緒は何度も何度も聞いた。
 女性はその都度許してくれて、ようやく七緖達は目の前の食事に手を伸ばし、それを口に含んだあとは一斉に貪る様に食べ始めた。

 みんな大声で泣きじゃくりながら料理を食べた。
 当然、七緒も号泣しながらパンを食べ、スープを飲んだ。
 どんなに拭っても涙が止まらない。
 自分達は人間だったんだということを初めて実感し、声が枯れるまで感涙し続けた。

 あの時の食事の味は絶対に死ぬまで忘れない。
 そしてその後、七緒達がいた施設は〝ロータス〟の教育機関となり、七緒達は一人の人格を持つ人間であるという認識再教育を受け、それと並行して〝Answers,Twelve〟という存在に対する敵性教育を受けた。

 当然、七緒達は真剣に教育を受けた。
 講師の〝Answers,Twelve〟に対する罵声や嘲笑の数々を全て常識として吸収し、憎しみというモノを認識した。

 そして教育だけではなく、決まった時間に食べれる美味しいご飯、仲間達と遊べる楽しい一時、夜になると暖かい寝具に包まれて眠れる安堵など、そんな人間らしい真っ当な生活の一瞬一瞬が七緒達の心を癒し〝Answers,Twelve〟に対する敵意を強固に育んでいった。

 そして月日が経ち〝ロータス〟上層部から発表された〝Answers,Twelve〟と戦うための戦闘要員募集の告知には、施設の全員が当然の様に志願。
 適正試験などでふるいには掛けられたが、七緒はトップレベルの成績を収めて、同じく試験を突破した者達と決意を新たに、憎き〝Answers,Twelve〟を打倒する戦士となった。

 七緒にとって〝Answers,Twelve〟を恨み打倒することは日常レベルで浸透した常識。
 その凝り固まった思考を解くために始めた和成との共同生活。

 あと一歩だった。
 司を殺し切れば、もう七緒は未来で幸せに暮らせるはずだった。
 しかし、司は地獄の淵に手を掛けて蘇った。
 再び遠のく安息。
 しかし、七緒は決して負けはしないと己の中の決意を奮い立たせた……のに。


(どうして……こうなってしまったの?)


 目の前に立つ自分が〝Answers,Twelve〟を恨む決意にも負けぬ憎悪を抱き立つ司。
 力を手にして豹変して、信じられないほど軽率に動いた挙句、自分を見捨てて一人消えた最愛だった人。
 そして、何も出来ず囚われ、目の前にいる司の圧に気圧されている自分。

「ど、どうし……て? なんで……わ、私が……」

 胸に渦巻く地獄の記憶とそこから奮い立ち大義を持って戦いに身を投じ負けてしまった絶望。
 あんまりだ……自分は勝って然るべき身の上にいたはずなのに……。

「どうして……こんなことが……まかり、通るのよ……」

 悔しさに咽び泣く七緒。
 しかし、そんな七緒の涙目はまるで司には響かなかった。

「はッ……甘ったれんなよ、デーヴァ。どういう理屈だよそれは? お前、自分が自分の思い通りにいかない世界は間違ってるとでも言う気か? 呆れた傲慢だな?」

「――ッ!?」

 胸倉を掴んでいた司がその手を突き飛ばす様に放す。
 そして変わらず睨み付けて言い放つその言葉に七緒は凍り付く。

「不幸な目に合わされた方が勝つべきだっていうなら、お前ら〝ロータス〟に不幸にされた俺にだってお前らに勝つ権利が生まれるだろ。奪われた尊厳を取り戻すために戦う覚悟はお前も俺もイーブン同等なんだよ。その上で今回俺がお前に勝ったのは単純な覚悟の違いだ」

「きゃあぁッ!?」

 椅子として四つん這いのままになっていた絵里を踏み倒し、ドンドンとその目を暗く濁らせていく司。
 七緒は戦慄した。その目はたった数日前まで日常に生きていた者が出来る目じゃない。

「お前は「自分の正義」がどうたらこうたら言っておきながら、実際のところ本当は〝正義〟なんかじゃなく、自分の幸せを目指してただけだ。その涙は「自分の正義が悪に負けた」から流す悔し涙なんかじゃなくて「自分の幸せな未来が掴めない」ことに絶望してた涙だろ?」

 司の言葉が七緒の心の奥底まで突き刺さる。
 そんなことはないと叫びたいが、それを口から吐き出すだけの心の圧が足りない。

 今なら分かる。
 あの時どうして自分は単独で司と戦闘を始めた?
 起死回生になり得る和成の能力も不発に終わり、先行させていたデークゥ達も次々にやられていた圧倒的に不利な状況。そのまま撤退してしまわずとも、戦況の立て直しを図るべきだったのに、完全に頭の中で線が切れて暴発してしまった。その理由は……。

(この男が地獄から生還して幸せを取り戻し掛けている様な顔をしていたのが気に入らなかった……和成の穢れた本性を知って、私の幸せゴールが崩れ去って何もかもどうでもよくなった……)

 巡りの早い頭は時に仇となる。
 七緒は客観的に自分を見れてしまったことで、自分の浅はかさに愕然とした。

「わ、わた……私……は……」

 右往左往する視線。
 自分が今まで確固たる自信を持って行動の理念としていた物を全く掲げられていなかったことを知ったことで、それに引き摺られる形で七緒はこれまでの全ての自分に疑念を持ち始めてしまい、それが動揺となって表に出始める。
 そして、それは見た司はクルリと背を向け部屋の扉へ向かう。

「つ、司様? どちらへ?」

 まさかもう終わりなのか?
 呆気に取られる暁燕の呼び掛けに、司は足を止めて肩口だけで振り返る。

「今のままじゃ話にならねぇよ。ちょっと気晴らしに出かける。曉燕……付き合ってくれ」

「え、あ……は、はい!」

 再び歩き出す司に慌てて駆け寄る曉燕。
 そして扉の前まで来ると、司の視線が紗々羅とルーツィアの方を向きルーツィアは背筋を伸ばす。

「いってらっしゃいませ、閣下。周りのデーヴァ共は私が片付けておきます」

「あぁ、お願いする……紗々羅さん? 手、出さないで下さいよ?」

「はいはい……分かってますよ。せっかくの君の初獲物を奪ったりしないよ。ただ……」

 紗々羅の目が七緒に向く。
 俯き震え続けるその姿をしばし眺めたあと、再び司を見る紗々羅の眼差しはどこか怪訝さを滲ませていた。

「どういう心境の変化かな? なんだか私には君が彼女を責めるのではなく、まるで諭して間違っていることを改めさせてあげようとしている様に写ったのだけど?」

「…………何言ってんすか。俺が奴らにそんな手を焼く理由なんてないでしょ」

 紗々羅から視線を外して部屋を出る司。
 残されたルーツィアはすぐに絵里達の片付けを始め、紗々羅は難しい顔のまま部屋を出て、フラフラと司とは反対側へ向かい廊下を歩いて行った…………。

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