アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

文字の大きさ
上 下
68 / 136
Scene7 被告:桜美七緒

scene7-5 理想と現実 前編

しおりを挟む
 
 〝Answers,Twelve〟の呪縛から解放された時、七緒は未来の保護施設に収容された。
 そこは丁度七緒と歳の近い子達が集められていて、奏・真弥・千紗ともその施設で初めて出会った。
 正直、その時の七緒はまだ自分達が助けられたということを認識していなかった。

 また酷いことをされるんじゃないか? 

 痛いこと、怖いこと……周りの子達もみんな同じことを考えて怯えていたが、目の前に現れた優しそうな女性達は、何故かとても可哀想な物を見る様な目で涙を滲ませながら、七緒達を誘導して温かいお風呂に入れてくれた。

 ひょっとして身体を洗わせてくれるのか?
 七緒にとって汚れた身体を洗う時は、棒立ちになり、周りからホースで冷水を叩き掛けられることを差していたので、身体が芯から解される様な温かな湯船に浸かった時はまるで別世界へ来た様な感覚だった。

 そして、一人ずつフワフワの柔らかいタオルで身体を拭いて貰い、髪も丁寧に乾かして貰い、スベスベと肌に心地良いまともな服を貰い、大きな食堂でみんな揃って温かく湯気が立つ食事を提供された。
 大人達は笑みを浮かべて七緒達に食事を促したが、誰も手を付けなかった。

 食べたくない訳じゃない……寧ろ、みんな喉を鳴らし、柔らかそうなパンや美味しそうな野菜のスープなど、目の前の食事に釘付けだった。

 しかし、手を出そうとしない七緒達を見て大人達が困惑する。
 そこで七緒は丁度近くにいた女性に意を決して尋ねた…………〝本当に食べていいんですか?〟と。
 すると、女性は感極まった涙目で七緒の頭を撫でながら〝いいんだよ〟と許しをくれた。

 七緒は何度も何度も聞いた。
 女性はその都度許してくれて、ようやく七緖達は目の前の食事に手を伸ばし、それを口に含んだあとは一斉に貪る様に食べ始めた。

 みんな大声で泣きじゃくりながら料理を食べた。
 当然、七緒も号泣しながらパンを食べ、スープを飲んだ。
 どんなに拭っても涙が止まらない。
 自分達は人間だったんだということを初めて実感し、声が枯れるまで感涙し続けた。

 あの時の食事の味は絶対に死ぬまで忘れない。
 そしてその後、七緒達がいた施設は〝ロータス〟の教育機関となり、七緒達は一人の人格を持つ人間であるという認識再教育を受け、それと並行して〝Answers,Twelve〟という存在に対する敵性教育を受けた。

 当然、七緒達は真剣に教育を受けた。
 講師の〝Answers,Twelve〟に対する罵声や嘲笑の数々を全て常識として吸収し、憎しみというモノを認識した。

 そして教育だけではなく、決まった時間に食べれる美味しいご飯、仲間達と遊べる楽しい一時、夜になると暖かい寝具に包まれて眠れる安堵など、そんな人間らしい真っ当な生活の一瞬一瞬が七緒達の心を癒し〝Answers,Twelve〟に対する敵意を強固に育んでいった。

 そして月日が経ち〝ロータス〟上層部から発表された〝Answers,Twelve〟と戦うための戦闘要員募集の告知には、施設の全員が当然の様に志願。
 適正試験などでふるいには掛けられたが、七緒はトップレベルの成績を収めて、同じく試験を突破した者達と決意を新たに、憎き〝Answers,Twelve〟を打倒する戦士となった。

 七緒にとって〝Answers,Twelve〟を恨み打倒することは日常レベルで浸透した常識。
 その凝り固まった思考を解くために始めた和成との共同生活。

 あと一歩だった。
 司を殺し切れば、もう七緒は未来で幸せに暮らせるはずだった。
 しかし、司は地獄の淵に手を掛けて蘇った。
 再び遠のく安息。
 しかし、七緒は決して負けはしないと己の中の決意を奮い立たせた……のに。


(どうして……こうなってしまったの?)


 目の前に立つ自分が〝Answers,Twelve〟を恨む決意にも負けぬ憎悪を抱き立つ司。
 力を手にして豹変して、信じられないほど軽率に動いた挙句、自分を見捨てて一人消えた最愛だった人。
 そして、何も出来ず囚われ、目の前にいる司の圧に気圧されている自分。

「ど、どうし……て? なんで……わ、私が……」

 胸に渦巻く地獄の記憶とそこから奮い立ち大義を持って戦いに身を投じ負けてしまった絶望。
 あんまりだ……自分は勝って然るべき身の上にいたはずなのに……。

「どうして……こんなことが……まかり、通るのよ……」

 悔しさに咽び泣く七緒。
 しかし、そんな七緒の涙目はまるで司には響かなかった。

「はッ……甘ったれんなよ、デーヴァ。どういう理屈だよそれは? お前、自分が自分の思い通りにいかない世界は間違ってるとでも言う気か? 呆れた傲慢だな?」

「――ッ!?」

 胸倉を掴んでいた司がその手を突き飛ばす様に放す。
 そして変わらず睨み付けて言い放つその言葉に七緒は凍り付く。

「不幸な目に合わされた方が勝つべきだっていうなら、お前ら〝ロータス〟に不幸にされた俺にだってお前らに勝つ権利が生まれるだろ。奪われた尊厳を取り戻すために戦う覚悟はお前も俺もイーブン同等なんだよ。その上で今回俺がお前に勝ったのは単純な覚悟の違いだ」

「きゃあぁッ!?」

 椅子として四つん這いのままになっていた絵里を踏み倒し、ドンドンとその目を暗く濁らせていく司。
 七緒は戦慄した。その目はたった数日前まで日常に生きていた者が出来る目じゃない。

「お前は「自分の正義」がどうたらこうたら言っておきながら、実際のところ本当は〝正義〟なんかじゃなく、自分の幸せを目指してただけだ。その涙は「自分の正義が悪に負けた」から流す悔し涙なんかじゃなくて「自分の幸せな未来が掴めない」ことに絶望してた涙だろ?」

 司の言葉が七緒の心の奥底まで突き刺さる。
 そんなことはないと叫びたいが、それを口から吐き出すだけの心の圧が足りない。

 今なら分かる。
 あの時どうして自分は単独で司と戦闘を始めた?
 起死回生になり得る和成の能力も不発に終わり、先行させていたデークゥ達も次々にやられていた圧倒的に不利な状況。そのまま撤退してしまわずとも、戦況の立て直しを図るべきだったのに、完全に頭の中で線が切れて暴発してしまった。その理由は……。

(この男が地獄から生還して幸せを取り戻し掛けている様な顔をしていたのが気に入らなかった……和成の穢れた本性を知って、私の幸せゴールが崩れ去って何もかもどうでもよくなった……)

 巡りの早い頭は時に仇となる。
 七緒は客観的に自分を見れてしまったことで、自分の浅はかさに愕然とした。

「わ、わた……私……は……」

 右往左往する視線。
 自分が今まで確固たる自信を持って行動の理念としていた物を全く掲げられていなかったことを知ったことで、それに引き摺られる形で七緒はこれまでの全ての自分に疑念を持ち始めてしまい、それが動揺となって表に出始める。
 そして、それは見た司はクルリと背を向け部屋の扉へ向かう。

「つ、司様? どちらへ?」

 まさかもう終わりなのか?
 呆気に取られる暁燕の呼び掛けに、司は足を止めて肩口だけで振り返る。

「今のままじゃ話にならねぇよ。ちょっと気晴らしに出かける。曉燕……付き合ってくれ」

「え、あ……は、はい!」

 再び歩き出す司に慌てて駆け寄る曉燕。
 そして扉の前まで来ると、司の視線が紗々羅とルーツィアの方を向きルーツィアは背筋を伸ばす。

「いってらっしゃいませ、閣下。周りのデーヴァ共は私が片付けておきます」

「あぁ、お願いする……紗々羅さん? 手、出さないで下さいよ?」

「はいはい……分かってますよ。せっかくの君の初獲物を奪ったりしないよ。ただ……」

 紗々羅の目が七緒に向く。
 俯き震え続けるその姿をしばし眺めたあと、再び司を見る紗々羅の眼差しはどこか怪訝さを滲ませていた。

「どういう心境の変化かな? なんだか私には君が彼女を責めるのではなく、まるで諭して間違っていることを改めさせてあげようとしている様に写ったのだけど?」

「…………何言ってんすか。俺が奴らにそんな手を焼く理由なんてないでしょ」

 紗々羅から視線を外して部屋を出る司。
 残されたルーツィアはすぐに絵里達の片付けを始め、紗々羅は難しい顔のまま部屋を出て、フラフラと司とは反対側へ向かい廊下を歩いて行った…………。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。  衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。  絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。  ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。  大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。 はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?  小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。 カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。  

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

処理中です...