アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene7 被告:桜美七緒

scene7-1 入れ替わる立ち位置 前編

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 如月和成が指揮する強襲から数時間後。
 すっかり陽が昇った正午頃、街はざわついていた。

「うむ、済まないが引き続きお願いするよ。あぁそれと、先日までこちらの窓口にしていた青年は解雇した。これまで散々と調子に乗った発言があったことは申し訳なく思う。私は君の経歴はもっと敬意を払うべきと評価しているよ。……ん? なんだい? そんなに感謝される話ではないだろう。こちらこそ、今後とも良好で建設的なビジネス関係をお願いしたい」

 〝Answers,Twelve〟の談話室で副首領席に座り、スマホでどこかへ電話している良善。
 それを隣で見ていた司は自分の席を立って窓辺に向かい、遥か眼下のビル正面のロータリーに目を向ける。
 そこには多くの報道陣や野次馬が〝ルーラーズ・ビル〟を見上げ人集りを作っていた。

「まぁ、あれだけ騒げば流石にね……」

 明け方に起きた謎の爆発音や尋常では無い数の窓ガラスが割れて地表に散乱した大騒動。
 加えて近くでは、空から落ちて来た女性がアスファルトの地面に叩き付けられても全くの無傷で平然と立ち上がろうとしていたが、ハッと何かに気付いた様に再びパタリと倒れ直していた等という奇怪な噂話が広がっていた。
 世間がザワつくには十分過ぎるその騒動は、良善が手配する警察によってようやくコントロールされつつあった。

「ふぅ……外はどんな感じだい?」

「すげぇ数の報道陣です。こりゃワイドショーは持ち切りかもですね」

 通話を終えた良善が窓の外を見る司に尋ね、司は肩を竦めながら自分の席へ戻って来る。

「ほぉ……そういえば、この時代の若者は馬鹿げたことをしでかしてでも目立ち、自己顕示欲を満たしたい者が多かったと聞く。司も少しくらいなら匂わせて来てもいいよ?」

「冗談キツいですよ。というか、そんな奇妙な習性みたいに後世まで語り継がれちゃってるんですか?」

 他愛ない世間話をする二人。
 すると談話室の扉が開き、紗々羅とルーツィアが入室して来た。

「たっだいま~~。やっぱりダメだったわ。ちゅるるる~~♪」

 イチゴソースがたっぷり掛かったミルクシェイクをストローで啜りつつ自分の席へ向かう紗々羅。
 そんな紗々羅の背中を忌々しげに睨むルーツィアは、気を取り直して良善の隣で踵を揃えた直立になり報告を始める。

「申し訳ありません。〝ターゲット・K〟は発見することが出来ませんでした。私と紗々羅で感知出来なかったとなると、恐らく対象は〝じょう〟を上手く活用している様でございます」

 〝ターゲット・K〟
 それはもちろん逃亡した和成のことを指している。
 頭蓋骨側頭部の粉砕骨折に加え第二階層到達の反動を受けてしばらく回復に時間が掛かった司は、その後しばらくしてようやく声が出せる様になり和成の逃走を報告し、すでに望み薄ながらも良善の指示で紗々羅とルーツィアが捜索に出たのだが、やはり結果は無駄足に終わってしまった様だ。
 ちなみに、この〝ターゲット・K〟という呼称は、司の考案でありKASUのKも含めたダブルミーミングになっていた。

「ルーツィアさん? 〝錠〟ってなんですか?」

「はい、本来はナノマシンを強制休眠状態にする拘束具の一種なのですが、あえてそれを使い体内のナノマシンの活動を抑えることで気配を一般人レベルに出来る隠密装置としても流用出来るのです。やはり敵はこれまでより頭の使い方を心得た者共の様ですね」

「この人多すぎな街で一般人レベルまで気配を落とされちゃったら、流石に私達でもすぐには見付けらんないよ。はぁ~あ! どこかの誰かさんが「あぁ……あうぁ……」みたいな電池切れ状態になる前に敵が逃げたことを教えてくれてれば、さっさと捕まえられたのにな~~」

「うぅ……」

 テーブルに置いたシェイクをちゅるちゅると吸いながら生温い流し目を向けてニヤつく紗々羅に気まずくなって視線を逸らす司。

「そう言ってやるな紗々羅嬢。それにあの猿のデータはもうすでに収集し解析も済んでいる」

 良善が片手を上げると三人の前にそれぞれ映像が浮かび上がり、和成の顔写真と共に様々なデータが羅列されていた。

「周囲四~五mの他ナノマシンの特性に合わせて変化する固有能力……一つの能力模倣継続時間は約一時間……現在の適応度合は第二階層……い、何時の間にここまで解析したんですか?」

 他にも傷の治癒速度や身体能力値など様々なデータがびっしりと記されていた。
 まだ和成と直に接敵していない紗々羅とルーツィアが真面目に熟読している中、司はあの時ずっと本を読んでいたはずの良善がいつここまで和成を調べていたのかと驚きを隠せなかった。

「フフッ、君があの時まだ無能力状態であったことを利用して盛大に痛め付けていた時に飛び散っていた血を回収しただけさ。私の趣向としては何の面白味の無いゴミみたいな能力だが、戦術的価値という意味では侮れん能力だ。いずれ会敵するであろう君達には周知させておいた方がいいかと思ってね」

 サラリと言ってのける良善。
 確かにそういう技術的なことは分からない司でも成分を調べるためには十分な量だっただろうなとは思うが、興味無さげに白けておいてしっかりその辺は抜かりない良善のしたたかさには舌を巻いてしまう。

「さて諸君、とりあえず今後の方針といくつか連絡事項があるので聞いてくれ」

 ルーツィアが№Ⅳの席へ腰を下ろし、良善が立ち上がる。
 十二席中八席が空位な少々寂しい状況だが、良善が一人いるだけで十分にその場の空気が引き締められた。

「まずは今後の我々の拠点に関してだが、現在このビル内には三万体近い死骸が不法投棄されてしまった。親愛なる元配下達ではあるが、流石に全員を弔っていては埒が明かない。彼らの身はこの時代の者に任せて秘密裏に処理して貰う。我々はせめてもの哀悼の意を捧げておこう」

 帽子を脱ぎ胸元に当てて黙祷する良善。
 ルーツィアも良善に習い目を閉じ、紗々羅は両頬杖を付いたまま「チ―ン」と呟き不謹慎極まりない。
 そして、司は顔も名前も知らない者達ではあるが、受けた屈辱は晴らしてみせると黙祷を捧げた。

「さて……でだ、このビルはもうほぼ居住区として機能しない上に、後処理を外部に委託するという意味でも我々が居座り続けるのは何かと不便だ。数日中に新たな拠点を用意する。それまで各自は待機、好きにしてくれて構わない。そして、連絡事項なのだが……」

 あっさりと終わる喪に服す時間。
 その辺はやはり悪の組織であり、寧ろこうして少しでも時間を取っただけまだマシなのかもしれない。

 ただ、気を取り直した良善は、そこで突然すこぶる面倒臭そうに半眼で肩を落とす。
 何やらまた面倒なことが起きたのかと緊張する司だったが、ふと見た紗々羅とルーツィアはその良善の顔で何かを察したのか遠い目をして白けていた。

「喜べ、諸君……我らが首領が現在お帰り中だ。途中で織田信長公と記念写真を試みるのと、坂本龍馬氏を暗殺したのは誰なのか確認すると言っていたが、恐らく二~三日もすれば合流するだろう……はぁ」

「わ~~い……」

「…………」

(全然歓迎してなくね?)

 崇拝者であると言っていたルーツィアでさえ直接お傍にいるのは大変なのか、嬉しいのかしんどいのか判断に困る微妙な顔をしていた。

「あ、あの……なんか、すみません俺の子孫が……」

「全くだ」

「全くだよ」

「えぇぇ…………」

「い、いえ! 閣下のせいでは……」

 思わず雰囲気に流されて言っただけだが、想像以上に辛辣な目を良善と紗々羅に向けられてしまい、ルーツィアだけがフォローしてくれた。

「さぁ、来ると分かっている台風に備えない訳にもいかない。私は早急に準備に入る。司、君は少し時間を掛けて自分の目覚めた能力と向き合う時間を作りなさい。それとしばらくその能力も使わず身体に第二階層の〝D・E〟を馴染まる方がいい。今夜所感を確認する時間を設けるからサボるんじゃないぞ?」

「は、はい!」

「うむ、以上だ」

 良善が踵を返して部屋を出ていく。
 ルーツィアは即座に立ち上がり頭を下げ、紗々羅も一応起立。
 それらに習い、司も立ち上がって良善を見送る。
 そして、扉が閉まると……。

「ねぇねぇねぇねぇッッ!! 司君ッ!! これからあの黒髪の子を拷問するんでしょッ!? 私! 私も一緒に行くぅッッ!!」

 テーブルを正座しながら滑り司の前までやって来た紗々羅が目をキラキラさせて司に同席をねだって来る。
 そう、凪神社での無名のデーヴァ達とは違い、今回の戦いで司は【修正者】小隊長の桜美七緒に勝利した。

 最初は敵の情報を収集するためにも、絵里の時の様に良善に尋問させるのが効率的かと思った司だったが、良善は「あれは君の戦利品だ」と言って司に扱いを委ねて来た。

「おい、紗々羅。あのデーヴァは閣下の怨敵だ。折角積年の恨みを果たせる場を邪魔するな」

「えぇ~~! いいじゃん! ねぇ、司くぅん~~お願いぃ~~! 私、こういうの得意だよ? 今日中に司君の足に頬擦りするくらい壊してみせるよ~~?」

 歩み寄って来たルーツィアに釘を刺されてもへこたれない紗々羅は上目遣いに司へ近付き、サワサワと頬を撫でて来る。

「はぁ……どんだけドSなんすか。一緒に来るのはいいですけど、あいつを後悔させるのは俺がします! ここは譲りません!」

「えぇぇ~~!」

「うむ」

 立ち上がりキッパリと言い放つ司にルーツィアは満足げに頷き紗々羅は唇を尖らせて不満顔。
 それでも「司君のお手並み拝見!」と紗々羅は同行に譲らず、ルーツィアも紗々羅の監視という名目で付いて来ることになった。

(この二人、仲悪いけど息はぴったりなんじゃないか?)

 談話室を出て廊下を歩く司の後ろを付いて来る二人に実際口に出すのは危ないので心の中で呟く。
 すると……。

「あ、司様……お待ちしておりました」

 目的の階にやって来ると、廊下で待機していた曉燕が恭しく頭を下げて来る。

「うん、身体はもう大丈夫か、曉燕?」

「は、はい……お気遣い、恐縮です♡」

 司が笑みを浮かべながら訪ねると頬を赤らめてモジモジするもうすっかり司の従僕な曉燕。
 何やら甘い雰囲気に下世話な二ヤけ顔になる紗々羅とデーヴァが〝Answers,Twelve〟のメンバーである司に服従しているのは何ら不思議な事ではないと大した反応を見せないルーツィア。
 ただ、そこで全員の視線が曉燕の隣にいるもう一人の人物に向けられた。

「やぁ……絵里。今からお前の部下に俺がするけど……文句ないよな?」

 そこに立っていたのは、曉燕と同じく白服姿で直立不動の姿勢を取る戸鐫絵里。
 良善によってその精神を矯正された彼女は、依然の男勝りさが完全に失われ……。

「は、はひぃ……ど、どうか……お気に召すままにぃ……」

 司にさえ怯え竦み、深々と頭を下げる絵里。
 この元上官を見て七緒がどんな反応を示すか。
 それを想像した司の顔は、立派な悪党の顔をしていた…………。
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