アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene6 独善の一念と偽善の誤算

scene6-10 痛みを知れ 後編

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(ふざ、ける……なぁぁぁッッッ!!!)

 頭の横に穴が開いたのではないかと思う衝撃と共に視界が暗転していく。
 視線の先で、こちらを仕留めた……もしくは、もう同等の戦果を得たと確信する七緒の顔。

(何落ちようとしてんだよ俺ッ!! このままでいいのかッ!? このままじゃ! 俺が……俺がこいつらに殺されることが〝正解〟になっちまうんだぞッッ!!)

 自分の心の叫びが呼び水となり、忌まわしい記憶が再び蘇る。
 あの何も出来ずにただ足蹴にされて泣き喚くしかなかった無力な記憶。
 その復讐の足掛かりになるはずだったこの戦いがこんな結末では、あの時蹴られなかった分を十数年越しに後追いで受けただけで終わってしまう。

(くそがッ!! くそッ! くそッ! くそぉぉッッ!! 閉じるなッ! 開けッ!! 前を見ろッ!! 俺の……俺の死を誰かの笑い声に変えるなぁぁぁぁッッ!!!!)

 意識が遠のく……視界が真っ白に染まる……。
 このまま何もかも失うのか?
 違う……自分は何も手に入れてない。
 脳を弄られ、ずっと見世物として生かされていた。
 何の取柄も無い惨めな道化ピエロ役を気付きもせずに演じさせられ、客席から嘲笑を受けて来た。

 ようやく取り戻した自分。
 もしかしたら新たな自分に出会えるかもしれない未来。
 見てみたい……掴み取りたい……そのために、そのためにここで負ける訳には……。


『――たいッ! ――――いッ! ――痛いよぉ!』


(――ッッ!?)

 何も無い真っ白な世界に小さな影が一つ。
 それは蹲り顔を覆い一人で泣く小さな男の子。

(俺……か? あの時の……あの時の俺か!?)

 まだ善悪も分からず、きっと夜は一人で寝ることも出来ていなかったであろう幼い時の自分。
 あの光景の時もそうだったが、かつての自分とはいえ一体どれほど怖く、どれほど痛かっただろうかと見ているだけで辛かった。
 自分じゃない自分を数十年分間に挟むことで、そのかつての自分も客観的に見てしまい、司はその小さな男の子を助けてやりたくて仕方なかった。


『痛い……痛いよ……痛い……痛いぃ……』


 なんて悲しい語彙だろうか。
 人前で指を咥えていても愛らしく映る幼子が〝痛い〟という言葉を覚えて、ただそれだけをひたすら口にしている。

(――ッッ!! あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!)

 司は手を伸ばした。
 誰にも抱き締めて貰えず、ただ一人身を丸めて泣くかつての自分。
 もう泣かせない……今の俺がなんとかしてやる。
 何も無い虚空を掻き、必死にその小さな身体に迫り…………手を伸ばす。


 ――ガシッ!!


「なぁッ!?」

 手を伸ばした先でその小さな身体が塵の様に舞い広がり司を覆った。
 キラキラと輝きながら消えていくそれを全身に受け、まるでトンネルを出る時の様な一瞬の光が視界を覆いすぐに掻き消え……。

「ぐぅぅッッ!!」

 世界に色が戻り、司の手が七緒の足首を掴んでいた。
 そしてそのまま二人の身体は壁へと叩き付けられて先ほどとは違う塵煙に視界が覆われる。

「あ、ぐぅあぁ……――あぁッ!?」


 ――ドサッ!!


 何かがすぐそこで床に倒れ込む音がした。
 司はそれを耳で捉えつつ、今にも頭蓋骨が内側から破裂させてきそうなほどの強烈な内圧に激しい頭痛を感じながらも立ち上がる。


「ハァ――ッ!! ハァ――ッ!! ハァ――ッ!!」


 片手で頭を抱え、もう片方の手でガクガクと震える膝を押さえ止める。
 全身の血の巡りが今までよりもさらに早くなり、肺が受け止め切れない程の酸素が供給されて逆に息が苦しくなってしまう。

 だが、分かった。
 〝これ〟だ……〝これ〟が……。


「〝これ〟が俺の……第二階層固有能力か」


 塵煙が晴れる。
 膝から手を離し、しっかりとその場に立って見下ろす足下。
 そこには、愛杖も手放して床に力無く倒れて起き上がれない七緒が目を虚ろにさせて震えていた。

「あ、あぁッ! な、に……これ? か、身体が……う、動か……ない……」

 仰向けに倒れ、全身の筋肉から力が抜けた様に脱力してしまっている七緒。
 それを見下ろす司は、鉛を背負っているかの様な緩慢な動きで七緒を跨いでその首元に手を掛ける。

「――ひぎゃあぁッッ!?」

 その手が喉元に触れた瞬間、まるで電気ショックを受けた様に七緒の手足一直線に伸びて指先だけグッと曲がる。


「痛いだろ……怖いだろ……痛くて怖くて……?」


「うぐぅッ!?」

 七緒は目を見開く。
 窄まる瞳は激しく荒れ動き、その精神がとてつもない動揺を感じていることを如実に物語っていた。

「よぉく噛み締めろ……お前は、。痛くて……怖くて……

「あがぁッ!?」

 司の手が七緒の首を掴みゆっくりと持ち上げる。
 七緒の手足は小刻みに震え、何一つ抵抗出来ずに身体を持ち上げられてその視線が司の眼と合う。


「――ッッ!? ひぃぃぃッッ!?」


 司の眼はまるで血溜まりが渦を巻いている様にこれまでよりもさらに濃く深い色をしていた。
 そして、その血眼と目が合った七緒はガチガチと歯を鳴らし、涙まで流して真っ青になっていく。

「い、いい……いやぁ! いやぁッ!! いやぁぁぁぁッッ!!!」

 必死に首を背けるが、目だけはどうしても司の血眼から逸らせない。
 加えて手足も震えが止まらないのに何故かダランと垂れ下がり全く力が入らない。

「じっくり味わえ……何も出来ずにただ怯えて泣け」

「は、はひぃッ! ――えッ!?」

 口が勝手に返事をしてしまった。
 司の放った言葉に意図せず内に従わされた。

「な、何ぃッ!? 何なのその力ぁッ! ――ひぃッ!?」

 顔を背けたい……目を閉じたい……。
 あの眼が怖い……あの眼に睨まれると怖くて怖くて堪らない。
 しかし、何故かどうしても抗えない。
 怖くて胸が痛いほどに締め付けられるのに、その眼に吸い寄せられて逆らえない。

「抵抗すんな……俺の眼を見ろ……恐怖に押し潰される気持ちを味わえ!」


 ――ガッ!!


 司の腕が引き寄せられ、鼻先触れそうな距離まで顔を近付けさせられた七緒の息が止まる。

「あッ!? あ、がぁッ! あ……がッ!?」

 口は開いているが、まともに呼吸が出来ていない。
 そもそも、首を掴んでいるとはいっても司はそれほど力を込めて締めている訳でもなく、殆ど親指と人差し指の間に首を引っ掛けている程度。
 それなのに……。

「ハ――ッ!? ハ――ッ!? ハ――ッ!? お、ぇッ!? かはッ、ひぃ……――んぎぃッ!? かは……は、ぁ……――ごぇッ!?」

 司の眼を凝視したままどんどん酸欠に陥り青白い顔になっていく七緒。
 そして、いよいよ開いたままの口端から泡立つ唾液が滴り始め、縫い留められていた瞳がフッと力が抜ける様に広がるとそのままグルンと裏返り、七緒は首を仰け反らせて手足をピクピクと震わせながら完全に気を失ってしまった。

「…………ふぅ。――うぐッ!?」

 七緒が本当に動かなくなったことを確認して肩から力を抜こうとした瞬間、司の眼の奥に鋭い痛みが走る。

「ぐッ! あ、あぁ……痛ッ!」

 七緒を持ち上げていた手を下ろし、彼女を膝立ちの状態にしながら目元を押さえる司。
 まるで視神経を力任せに引っ張られる様な痛みだったが、息を整えてしばらくすると少しずつだが多少マシにはなった。

「ハァ……ハァ……こ、これが……俺の力、か……あんま、戦闘向きでは、ないっぽい……かもな」

 目元を押さえる指先にヌルッと感じる血涙の雫。
 手を離して二~三度パチパチと瞬きしてみるとまだ若干鈍痛はあるが、とりあえず能力の使用が目に致命的なダメージを与えるという訳ではなさそうだ。

「まぁ、そうでなきゃ……固有能力だなんて言えねぇよな」

 司の固有能力。
 ルーツィアにもアドバイスされた通り、やはりその鍵は自分自身の〝特徴〟に起因していた。
 皮肉な事につかさのその〝特徴〟は、幼い日に何よりも強烈に覚えたであろう〝恐怖〟という感情を相手に叩き込み服従を強いるという類の力ではないかと思われる。

「目が合ってないといけないのか? よく分かんないけど……ははッ、とことん〝らしい〟能力じゃん。本当に〝D・E〟ってのは宿主次第なんだな」

 司は自分に絶望を与えたデーヴァ達に後悔をさせたかった。
 この力はまさにその〝欲求の具現〟
 まだあまり長時間の使用は身体が付いていかない様だが、それならまたいくらでも鍛錬を重ねてやる。

「戦闘力に関わる力でも無いみたいだし……本格的に徒手空拳も鍛えないと……う、あぁッ!?」

 身体から力が抜けて体勢を崩す司。
 七緒を掴んでいた手も離してしまったが、床にバタリと倒れて動かない様子からしてもとりあえずしばらくは彼女の抵抗を心配する必要は無さそうだ。

「ハァ……ハァ……階層が、上がった……反動とか、なのか? ヤバい……意識が、飛びそうに……なる」

 額に手をやり髪を掴んで気を繋ぎ止める。
 ただ、その時……指の間から司は信じられない光景を目にした。


「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ――く、くそぉッ!! ちくしょッ!!」


 何度も足を縺れさせながら走り去って行く背中。
 司の傍で倒れる七緒を見捨て、和成は一目散に走り去っていた。

「は? ……あ、あいつッ! 痛ッ!? あ、あのクソ野郎……マジかよ!?」

 大学では七緒をメイドに様に扱いついさっきは下僕だと公言。
 それでいながら司に手も足も出ず、当然愛想を尽かされ最後には見捨てられていた。
 しかし、だからと言って和成も七緒を見捨てるのは違うのではないか?
 彼の立場からすれば、ここは汚名返上のためにも司に挑み、最低でも七緒を連れて行こうとするべきだろう。

「くそッ! 逃が――うぐッ!?」

 戦闘が終わりいよいよ集中の糸が切れたのか、ここへ来て全身が思い出したかの様に痛み始める。
 とても和成を追える状況ではない。
 せめて、こちらの陣営の誰かに鉢合わせになってくれないかと願う司だったが……。


「あ、いた! おぉッ!? すごい! 一人倒してるじゃん! やるわね司君!!」


 和成が走り去って行ったのと真逆。
 司が振り返った背後に見た先には、紗々羅とルーツィア、そして良善がこちらへ歩み寄って来ていた。

「く、そ……かよ。どんな悪運だよ……あいつ」

 運命とは、かくも不平等なモノなのか。
 向け処の無い失望にいよいよ力が抜けてしまい、司はその場に座り込みしばらく動けなくなった…………。

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