アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene6 独善の一念と偽善の誤算

scene6-7 生感と死感の両立 前編

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「うらぁああぁぁッッ!!」

 自分の振り回す拳に身体が持っていかれる様な素人独特の力任せな右ストレートが司の顔面を狙う。

「すぅッ!」

 迫る拳にあえて左頬を差し向け、その拳が触れたか触れないかの瞬間に全身を右回りに旋回させた司は、和成の伸び切った腕に密着しながら距離を詰めつつその回転に合わせた裏拳を和成の脇腹へと叩き込む。

「うぶぅッッ!? ぶぇあッ!?」

 ポキッと手に伝わる感触。
 司はすかさず和成の伸ばしていた腕を潜りながら反転して逆の脇腹へも一撃。
 そして、その身体が苦悶に硬直した隙を逃さず、司は頭上の腕を掴み和成の肘を自分の肩に当てて関節を逆開きに砕きつつ背負い投げの様に和成の身体を壁へと振り投げる。

「あがッ!? ――ごへッ!? うぐぅッッ!!」

 逆さまに背中から壁に叩き付けられる和成だったが、そのまま頭から床に落ちる前に肘が砕かれてない方の手で床を突いて身体を捻り、どうにか正面を向いて司と正対する様に着地する。

「ハァ、ハァ、くそッ! なんだよ……くそぉッ!!」

「…………」

 肩で息をして額に脂汗を滲ませる和成と息も切らさず涼しい顔で流し目を送る司。
 誰が見ても分かる歴然たる差、しかも劣勢の方が〝D・E〟の能力階層が上であることを考えれば、二人の間には見た目以上の大きい隔たりを示していた。

「おぇッ! い、痛ぃ……――おい、七緒ッ! なんだよお前の能力!? 全ッ然役に立たないじゃないかッ!!」

 傷の治癒は出来ている様だが、それを受けた瞬間の痛みは明らかに和成の戦意を削いでいた。
 司への挑発にも勢いが無くなり、代わりに間借りする能力の性能に文句を付けて七緒を怒鳴り始めるが……。

「うるさい……ぎゃあぎゃあ喚くな」

「ひぃッ!?」

 駆け寄って来る司。
 熱感知の能力で彼の左拳に力が入るのを見抜いた和成は防御を固めるが、司はそのまま低空の飛び膝蹴りを和成の腹に突き刺す。

「――うぼぉッ!?」

「んッッ!!」

 和成の吐血を躱すバックステップ、そして間髪入れずのサマーソルトキック。

「ぶぐぇッ……――がッ!? ぐへぁッッ!?」

 蹴り上げられて天井にぶつかり、そのまま受け身も取れず床に叩き付けられる和成。
 そして、死にかけの虫の様に悶える和成をゆっくりと見下ろす司。

「くッ、馬鹿ぁ……」

 ひたすら連打はせず、一つ一つの痛みを噛み締めさせる余裕まである司の背中を見る七緒は、あれだけ大見栄を切っておきながらまるで手も足も出ていない和成に歯痒さを噛み殺していた。

 何が役に立たないだ……自分の能力が悪い訳じゃない。
 熱感知による動きの先読みにはコツがいる。
 先ほどの司が飛び膝蹴りを見舞ったシーンなど典型的な例であり、和成は司の左拳に熱の動きを見てパンチを予測して防御を固めていたが、駆け寄っているのだから当然にも熱の動きがあったはずだ。

 人間の身体で一か所だけに熱が集中することなどそうは無い。
 七緒なら左拳の熱だけでなく、肘や肩、腰の溜めなど拳を突き出す動作に骨格上必ず連動する部分も総合し、身体全体の筋細胞の動きを見て判断する。

 ただ、一つ前の両アバラを殴り砕かれた時の様に、身体を密着されたり自分の腕の影に隠れられたりすると、自分の腕の熱と重なり相手の細かな動きが見えなかったり、自分の体勢的にどうにも反撃のしようがない状況もあり得るので、そういった場合は素直に距離を取る回避を選択する。

 生半可な考えで扱える能力ではない。
 だが、七緒はそれ磨き上げて小隊長まで登り、紗々羅にさえ感心させる戦闘力を手にしたのだ。
 そもそも、和成は七緒の能力を模倣する際に自分からその能力の仕組みを口にしていた。
 それをおくびにも出さず、すぐさまミスリードまで仕掛けた司は見事だ。
 しかし、やはり一番は和成のあまりに浅考な戦いへの意識がこの醜態の原因だろう。

(私がその能力で戦うために、一体どれだけ鍛錬を重ねて来たと思っているのよ? 私が必死に……ふざけないで!!)

 そんな自分の積み重ねを軽々しく借り扱い無様に圧倒されている和成。
 七緒の中にある和成への想いがみるみる内に目減りしていく。

 ただの学生だった時はよかった。
 部外者であってもいい。
 何故なら自分達はへ行こうとしていたのだから、両手を広げて待っていてくれたらそれだけで良かった。

 しかし、彼はこちら側へ踏み込んで来た……しかも大して覚悟を決めて来た訳でもなく、ただ用意された力に分かりやすい溺れて想像通りの叩き伏せられている。
 千年の恋も冷める愚かしさだった。

(このままでは不味い。どこかのタイミングで離脱しないと……)

 司が攻撃を再開する。
 和成はもう必死に逃げ惑っているだけだ。
 もうこうなったら和成にはそのまま囮になって貰っておいて、自分が背後から強襲を掛ける。
 だが……。

「止めておきなさい……桜美七緒。曉燕があの猿真似坊やに何も出来ずあそこまで痛め付けられる筈がない。君がどうにかサポートしたのだろう? そして、曉燕のを受けてしまっている」

「――うッ!?」

 依然美紗都が眠るベッドの端に腰を下ろし本を読んでいた良善が紙面に目を落としながらサラリと釘を差す。
 そう、和成のあまりに軽率な突撃により折角ビル内に先行していたデークゥを呼び寄せる間も無く、状況は前回の強襲よりもさらに悪い状況だった。

「君は今、左足が動かないね? 攻撃を受けて即座に治癒させた際に曉燕が密かに打ち込んだナノマシンを癒着させてしまった。彼女のナノマシン制御の緻密さは私ですらも感心出来るレベルだ。それくらい造作も無いだろう」

 ナノマシンの適合の位分けである〝階層〟
 第一階層は基礎的な身体能力向上。
 第二階層は固有能力の開眼。
 そして、第三段階では第二階層で目覚めた固有能力の強化が起きる。

 曉燕は緻密な外骨格の操作が可能であり、第三階層で強化されると他人の体内に自分のナノマシンを忍び込ませることが出来る。
 結局は無駄骨に終わったが、和成の能力を知らせようと即座に撤退する先遣隊に無鉄砲に襲い掛かる和成をどうにかサポートした七緒。

 旧式である先輩達は初見殺しの和成と司の〝D・E〟で強化された七緒の二人ではどうにか全員倒した。しかし、曉燕は流石に別格で上手く立ち回られ、七緒が後先考えず全力で交戦し、堪らず曉燕が能力を使ったことでそれを和成が横から模倣して打ち倒したが、七緒はその時に受けた攻撃で体内に地雷を仕掛けられ、傷付いた身体を回復する際……恐らく神経部分に曉燕のナノマシンを噛み込ませてしまい、左足の膝から下の感覚が無くなっていた。

「恐らく今の君でもあの猿真似坊やよりは強いだろう。しかし、司はそれ以上に強い。何故だか分かるかい? 司とて〝D・E〟に目覚めて僅か数日だ……なのにどうしてあそこまで戦いが成熟しているか」

 本を閉じ、どこか自慢げに七緒を見下ろして来る良善。
 確かに七緒もそれを感じていた。
 能力は未開眼とはいえ、まるで格闘技の達人の様な身のこなし。
 凪神社の時もそうだったが、司の成長速度はどう考えても異常としか思えない。

「司の〝D・E〟とのシンクロ率は確かに驚異的だ。彼は今、自分の思い通りに身体が動く。だが、それだけであそこまで戦い慣れるというのは根拠に乏しい。司はね……この数日でを融合させているんだ」

 実に嬉しそうに説明して来る良善。
 七緒はその顔に、彼が悪辣の権化らしからぬほど手厚く司を育ている様に感じた…………。
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