アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene6 独善の一念と偽善の誤算

scene6-5 憎悪を込めてお前を…… 前編

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「どけぇぇぇぇッッ!!!」

 ビル内を埋め尽くすほどの黒い人波。
 真正面からぶつかっても物量的に埋もれてしまいそうになるので、司は壁や床を蹴り敵の顔面を地面の様に踏み付けながら、こちらを掴もうとする手を蹴散らし、飛び掛かって来る者は全力で殴り払って廊下を進む。

(ヤバい! 今凪梨さんが狙われた間違いなく殺される! あんな大口叩いておいて死なせてたまるかッ!!)

 美紗都が寝かされている部屋は低層階であり、司の居室から下へ数フロアしか離れていない。だが、一フロア毎に階段の場所が違う面倒な造りのせいでそのたった数フロアを移動するだけでもゴミが詰まった排水管を進む様に手こずった司は、このままでは埒が明かないと道中に見えたエレベーターフロアでその扉を蹴破りまるで雪崩に乗る様にデークゥ達と一緒にシャフト内へ侵入する。

「このッ!」

 エレベーターの籠を吊るワイヤーを掴み、体操選手も目を見張るであろう縦車輪で飛び掛かって来るデークゥを脚で払い落としつつワイヤーを滑り降りて目的の階を目指す。

「えっと! ――このッ! えっと、あッ! あった! ――うわぁッ!?」

 エレベーターの内側も点検用にちゃんと階表示の札がある。
 それを見て目的の階を見付けた司だったが、ワイヤーに馴染ませられた機械油で手が滑り目的の階を通り過ぎてしまう。

「こぉんのッッ!!」

 司はワイヤーからシャフト内の壁へと飛び移り、壁から壁へと蹴り渡って滑り落ちた分を登っていく。
 だがそこで、気休め程度の明かりのみの薄暗いシャフト内で黒く蠢く天井が猛スピードで迫って来るのが見えた。

「いぃッ!?」

 迫る天井……それは雪崩落ちて来るデークゥ達。
 それはもはや司を追ってではなく、後ろから押された圧でただ落ちて来ているだけ。
 そのまま真っ逆さまに地下の最階層で落ちて行っても司には知ったことでは無いが、生憎このままではこちらも道連れだ。

「くそッ!」

 司が掴んでいたのは目的階間口の下面。
 あともう一回反対側の壁に飛んでから勢いを付ければ簡単に扉を蹴破られるが、どう見てもそんな猶予はなく、司は咄嗟に反転して壁と背中合わせになり、掴んでいた間口のフレームが歪むほと渾身の力で腕を固定し、グルリとバク転する様にして扉を蹴る。
 流石に力が入り切らず扉を蹴り飛ばすまではいかなかったが、歪み外れて出来た隙間に身体をねじ込み、どうにかシャフト内から目的階へと脱出した司。

 そして間髪入れず、その蹴り開いた隙間越しに何人もデークゥ達がドバドバと落ちていくのが見えて司は大きく息を吐く。

「ハァ……ハァ……こ、この歳で初めて出来たな……逆上がり。何事も本気になれば出来るもんだ」

 子どもの頃の悔しい経験を数年越しに克服して立ち上がる司。
 ただ、そこで不可解な事に気付く。
 この目的階に来るまであれほどあふれ返っていたデークゥ達だが、この階は不気味なほどに静まり返っていて、左右を見渡しても一人も敵の姿は無かった。

「あれ? どうして? ……まぁいい、とりあえず凪梨さんのところへ」

 気味の悪さを感じつつも駆け出す司。
 そして、美紗都が寝かされている部屋の前までたどり着くと、一瞬「女の子が寝ている部屋に入るのはどうなんだ?」という悠長な迷いが脳裏を過ったが、この非常時にそんなことも言ってられないと扉を開いて中と入った。


 ――グシャッッッ!!


 一歩足を踏み込んだ瞬間、室内に響く何かを捻り潰す様な音。
 思わず唖然とした司が見たのは、大きなベッドの前で椅子に腰掛け本を読んでいる良善と、その周囲でグチャグチャと球体に捩じり固められていくデークゥ達。
 そして、バレーボール程の大きさまで潰し固められたその肉塊から溢れた血肉は絨毯の床を滑り良善の足へと吸われていく。

「お帰り、諸君……置いて行ってすまなかったね」

 本の活字を追いながら、どこか労う様な言葉はささやく良善。
 そして、内容物を粗方搾り尽くされたカラカラの肉塊は、大穴が空いたガラス面へと乾いた音を立てて転がってゆき、外へと投げ出された瞬間、強いビル風で一気に粉となって舞い散っていった。

「ふぅ……おや、司。どうしたんだい? そんなに肩で息をして」

 本を閉じて立ち上がった良善が扉の前で立ち尽くしている司を見て微笑む。
 隣のベッドには穏やかな表情で目を閉じ眠り続けている美紗都。

「な、なんだ……良善さんが守りに付いてたんなら、わざわざ俺が来る意味なかったじゃんか……」

 扉に背中を預けてズルズルとしゃがみ込みため息を吐く司。
 単なる無駄骨に終わりドッと疲れてしまった。

「フフッ、もう彼女の生死は私に影響しないとはいえ一応はご先祖様だ。今の状態の間くらいは守ってあげるのが血筋の情というモノだろう? それにしても……その感じだと彼女に言った約束を守るために駆け付けたといった感じかな?」

「えぇ……ハリウッドからオファーが来てもおかしくないアクションシーンを決めて来ましたよ。スタント無しのマジもんです」

「はっはっはッ! そいつはいい!」

 愉快げに笑う良善。
 敵襲の知らせを楽しげにして来た所も含め、どうやら彼はこの状況を随分と歓迎している様だ。

「楽しそうっすね、良善さん。『貴様ら如きが我に挑むなど不愉快だ!』みたいな悪のボス感は出さないんですか?」

 立ち上がった司はベッドで眠る美紗都の無事を確認しつつ、良善にジトっとした目を向けるが、対する良善は肩を竦めて首を横に振る。

「とんでもない……寧ろようやくこういう展開になってくれたかといった気分だよ。この前の四人組がここに私や紗々羅嬢がいたことは報告しているだろう。その上でこうして攻めて来たという事はいよいよ〝ロータス〟は起源体殺しなどと言う逃げ攻めを改め、再び本命である我々との直接対決に舵を切り直した。私はその決断を心から歓迎する」

 両手を広げてニヤリと笑う良善。
 フワリと広がるコートといい、これもこれでなかなか悪役らしくて様になっていた。

「しかし、そんな覚悟を決め直した最初の強襲が出来損ない共を使った物量攻めというのは少々腑に落ちない。ルーツィアも紗々羅嬢もすでに相当数を処理し、司もついさっき結構な数をまとめて倒していただろう?」

「え? あ、あぁ……まぁ一応」

 倒したというよりは、エレベーターシャフトを利用した人間羊羹にして動きを封じただけなのだが、一応良善は司の戦果としてカウントしてくれたらしい。

「いくらデーヴァの頭とはいえ無意味が過ぎーー」


 ――ヴォン!


『博士様……通信越しに失礼致します』

 司と良善の間を遮る様に突如現れたホログラムディスプレイ。
 そこには血肉が舞い散るグロテスクな背景をバックに立つルーツィアの姿が映っていて、司は何となく貫通はせず、そのディスプレイを迂回して良善の隣に並ぶ。

『あッ、閣下もいらしていたのですか……誠に申し訳ありません。流石にこの数を生け捕るのは厳しく、閣下の『敵は殺さず嬲り尽くして生き地獄を噛み締めさせる』という趣旨に反し、現在も私は敵を惨殺中にございます。全ては私の未熟さ故……後ほど甘んじてお叱りは受ける所存でございます』

 画面の中で頭を下げるルーツィア。
 すると背後でうねる触手がデークゥ達の頭を手当たり次第に殴り吹き飛ばして幾重もの血の噴水が上がっていた。

 その様子から今現在も彼女の周囲は地獄絵図の様な戦闘が継続中の様だが、当のルーツィアは悠長に通信をする余裕さえあるところを見るに、どうやらまた例の触手による鉄壁の布陣は仕上がっている様だ。
 しかし、それにしては見えている範囲でのルーツィアの攻撃は触手による物理に限定している様で、銃撃での対応は出来ていないところを見るに、結構苦戦はしているのだろうか?

「あ、いや……いいよ別に。ルーツィアさんが危険になってまで守る必要はないからさ」

「何だ司、君はそんな命令を彼女に出していたのかい? 悪趣味だな……」

「今さっき人間ミートボールみたいな殺し方してた人に言われたくねぇんですけどッ!?」

 呆れた顔の良善にがなる司。
 だが、今はそんな不毛な言い合いをしている場合ではない。

「ルーツィアさん、大丈夫なのか? 凪梨さんは良善さんが守ってるから俺がそっちに加勢に……」

『いえ、ご心配には及びません。確かに何分数が多く現在も戦闘中ではありますが、もうおおよそ目途は付いてございます。ただ、一点問題がありまして、それを〝博士〟様にお伝えしなければと思い……』

「ふむ、聞かせて貰おうか」

『はッ! 実は先ほどまでナノマシンの循環領域を広げつつ、機銃掃射で敵を薙ぎ払っていたのですが、途中で循環領域内でありながら、ナノマシンの放出量と返還量に誤差が生じました』

「おや? それはつまり……」

『はい、敵に私のナノマシンを滅却する武装も見当たらず、恐らく私のナノマシンが9mmパラベラム弾の弾頭数発分奪われた可能性がございます。申し訳ありません』

 再び頭を下げるルーツィア。
 弾丸数発分のナノマシン量も管理出来るルーツィアの管理精度には驚くが、その程度の消失で頭を下げるほどの失態なのかと司は首を傾げてしまう。
 だが、隣に立つ良善はそんなルーツィアの謝罪に相応の真面目な思案顔をしていた。

「なるほど、どうやら今度の敵の上役はそれなりに頭が切れるのかもしれない。数発ということはおおよそ五十g前後……それだけあれば解析も培養も十分出来る。この襲撃は我々を倒すためではない。我々のナノマシンサンプルを入手するための捨て石作戦。なかなか考えられているじゃないか……まぁ、ほぼこちら悪側と大差無い所業だがね」

 感心する良善の横で司は言葉を失う。
 ここまで殴り蹴りして来たので嫌でも実感した……たとえ操られているとは言っても、あの黒ずくめ達は皆血が通った人だ。

 それを片手に収まる様な成果のためにこれほど大量に投入したのか?
 ルーツィアの緻密さがあったから見破られたが、本来ならそんな小さな狙いならバレないとでも思っていた?
 元々随分前から〝ロータス〟は正義などではないと思っていたが、これはもう〝Answers,Twelve〟とも肩を並べるレベルの悪辣だと司は思った…………。

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