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Scene6 独善の一念と偽善の誤算
scene6-4 力を持つと…… 後編
しおりを挟む「チッ! おい、なんだよ……デークゥが十人じゃそこらじゃ全然話になってないじゃんッ!」
〝ルーラーズ・ビル〟から数百mは離れた全く無関係のビルの屋上。
そこで純白のコートをなびかせて立つ和成は、ナノマシンで得た超視力で窓ガラスに大穴が空いた室内で黒ずくめの強襲者達を圧倒して次々に叩きのめす司を見てギリギリと爪を噛んでいた。
「くそッ! それなら波状攻撃だ! 連れて来た三万のデークゥをビルのあちこちから全部突撃させて! どうせ死んだって大した損失でも無いんだし、数でゴリ押して圧殺してやる!」
和成は振り返り、初陣である今回の作戦に選んであげた副官に指示をする。
だが、その副官――桜美七緒は、和成の見当違いな指示に思わず顔を曇らせる。
「ぜ、全部? 和成、待って……それではただ向こうに鴨打ちをさせるだけだわ。突入の場所を分散するのも今回の場合はただ接敵しない兵を遊ばせるだけになってしまう。まず一か所から陽動を掛けて敵をある程度誘導し――きゃッ!?」
意味の無い指示は仕方ない。和成は別に戦略を学んで来ている訳ではない。
だから七緒は和成にしっかりと順序立ててアドバイスをしようとした。
しかし、そんな七緒の善意に対する和成の返答は胸倉を掴んで引き寄せてからの苛立たしげな睨みだった。
「隊長は僕だ。偉そうに指図するな……それと、僕のことは〝和成様〟って言う様にって教えたよね? 上官に対する言葉遣いもなってないし……何? たった数時間前に言ったことも覚えてないの? 七緒はそんなに記憶力の無い馬鹿だったのかな?」
「あ、うぅぐッ!? も、申し訳……あり、ません……和成……様……――あッ!?」
掴んだ胸倉を捻られ、首が締まり喘いでいた七緒が地面へ突き飛ばされる。
「はぁ……分かればいいんだよ。ほら、さっさとする! 戦況は刻一刻と変化するんだよ? スピードが命なの! スピード!」
「は、はい……」
何処かで聞き齧った様なそれっぽいことを言う和成の指示に従い、七緒は手元にホログラムコンソールを呼び出し、上空に待機させてあるいくつもの圧縮牢を搭載した小型機を次々に急降下させて〝ルーラーズ・ビル〟の至る所に突撃させる。
事前に半解除状態にしておいた圧縮牢は、突撃した衝撃でビル内で一斉に飛び出し〝ビル内にいるナノマシン保有反応がある者を手当たり次第に殺す〟という命令に従い、蜘蛛の子を散らす様に散開していく。
「くくくッ! 敵は今まで圧倒的な力を持っていたとはいえ、これだけの数がいきなり懐に飛び込んで来れば、流石に慌てふためくよね。そこに僕が颯爽と切り込む。正面からご丁寧にぶつかり合う必要なんてない。ヒット&アウェイでスマートに事を運ばないと♪」
ご満悦な和成。
だが、七緒は熱感知でビル内の戦況を確認して冷や汗を垂らす。
(各階で戦闘が始まってる……五十階と四十階で凄い勢いでデークゥが打ち倒されている。三十階は少しペースが遅い……多分、御縁司ね。あと、二十階に動かない反応が二つ? 一つは凄く小さいけど、もう一つは他三つと比べ物にならない……多分大きいのは〝博士〟ね。だとするともう一つはもしかして……凪梨美紗都?)
新人隊長和成の初陣。
それに随伴することになった七緒は、悠佳が解析した〝D・E〟を応用して作った強化投薬を受けている。その効果は絶大で七緒の能力は飛躍的に向上していた。
しかし、同じく強化投薬を受けた奏・真弥・千紗は製作者の悠佳も首を傾げるほど元々保有するナノマシンと〝D・E〟が上手く適合せず、吐き気や目眩を訴えとても戦場へ連れて来れる状態に無く現在は調整中。
そんな中、何故か七緒だけは多少身体の怠さを感じる程度の影響しか出ず、戦闘レベルに問題は無いと判断して和成に随伴して来たのだが、正直七緒は三人を置いて来て正解だったと内心ホッとする。
(不味い……どう考えてもこれじゃあただ兵を捨てに来ただけだわ。菖蒲さん達は一体何を考えているの? 戦略勘を持っている訳でもない和成に三万も兵を使わせて、このままでは全て無駄死よ……あり得ないわ)
まだ戦闘は始まったばかりだが、すでに七緒には負け筋が見えつつある。
理解出来ない不毛な作戦。三人を参加させずに済んだのは不幸中の幸いですらあった。
「あ、あの……和成様? 敵の抵抗が想定より激しい様です。何か策がある様でしたら速めに第二段階へ移行した方がよろしいかと……」
「あ、そうなの? え、えっと……」
「え? う、嘘でしょ? まさか……何も考えていないの?」
流石に七緒も内心に言葉を留めておけなかった。
もしそうなら、もはやこれは作戦でも何でもない。
だが、七緒の思わず出てしまった言葉に、和成は表情を歪めて反論する。
「ち、違う! ちゃんと作戦はある! くッ! ついて来い七緒! 僕達も敵陣に突撃するんだ!」
そう言って、地面を蹴り〝ルーラーズ・ビル〟へと向かう和成。
なんて不用心な飛び出しかと思ったが、ちゃんと自分も戦場に向かう気はあった様でその点は七緒にとって少々意外だった。
(自分から敵陣に……ということはやはり何か勝算はあるのかしら? くッ! だったらちゃんと私にも説明してくれないとサポートのしようがないじゃない……)
独断専行する和成を追ってビルから飛んだ七緒。
飛行も安定していて問題は無さそうだが、テンションが上がってケラケラと笑いながらループなどしている姿に、七緒の中でジワリジワリと和成に対する不信感と失望が確実に募っていた。
「あ、あの……和成、様! もう少し真剣に……――あッ!?」
行く先から感じるこちらへ接近して来る気配。
七緒はすぐに〝Arm's〟を展開する。
そして、低層ビルの影などを利用し、巧みに接近して来ていた十数人の〝Arm's〟を纏った女性達。
さらにその先頭にいたのは……。
「なッ!? 曉燕義姉様ッ!? こちらに気付いていたの!?」
七緒世代のデーヴァで知らぬ者はいない先代【修正者】大隊長――李曉燕。
歴代最強の呼び声も高く、あの絵里すら副隊長時代には彼女の命令には素直に従っていたくらいの実力者。
そんな彼女は、依然とある作戦中に戦死したと言われていたが、先の良善との会話でその生存はほのめかされており、明らかにこちらへ敵意の視線を向けていることからも〝Answers,Twelve〟に再服従したのはやはり本当だった様だ。
そして、そんな元大隊長に付き従う他の〝Arm's〟を纏う女性達も、皆七緒の認識では戦死したとされていた義姉達。
曉燕の指示で散開し、こちらを包囲しに掛かるその身のこなしからしても、さほど腕は鈍っていなさそうだ。
「和成様ッ! 敵です! 一旦退いて下さい!!」
必死に叫びかける七緒。
しかし、和成はそんな七緒の忠告を無視して真正面から曉燕達に迫る。
「馬鹿ッ! こんな裏切り者達にビビッてどうするんだよ! 僕の力を思い知らせてやるッ!!」
気勢を上げて突進する和成。
それを見た曉燕は、傍らにいた一人の女性を迎え撃たせる。
「あッ!? アンナ義姉様ッ!?」
元・第十一小隊所属――アンナ・エカテリーナ。
パステルブルーの〝Arm's〟を纏い、ブルーグレーのシニヨンヘアの彼女は、対象から熱を奪う固有能力を持ち、愛用の槍で相手を斬り付け傷口から相手の体内にナノマシンを忍び込ませることで内側から動きを封じる手練れの【修正者】
素人の和成がまともに戦える相手ではなく慌ててフォローに向かおうとする七緒だったが、和成も止まることなく突っ込んで行くせいで間に合わず、アンナの槍先が和成へ迫る。
だが、次の瞬間……。
「――あがぁッ!?」
「えッ!?」
何故かアンナが目を見開き、身体を硬直させて前のめりに倒れ込む。
その姿は、まるで全身が氷漬けにされたかの様に固まっていて、完全に隙だらけになってしまう。
「ははッ! 裏切り者にはお仕置きだッ!!」
動けなくなったアンナの後ろへ回り込み、その髪を乱雑に掴んで振り回して地表へ向けて投げ落とす和成。
アンナの身体はそのまま遥か下のコンクリートに叩き付けられて、通行人達の悲鳴が上空にいる七緒達の元まで届いた。
「か、和成ッ!! 何しているのよッ!? この時代の人に事態を晒すなんてッ!!」
地表で倒れて動かないアンナ。
だが、たかが数百mの高さからコンクリートの地面に叩き付けられた程度でデーヴァが死ぬことは無い。
しかし、それを見た一般の通行人達にそんなことが分かる訳はなく、奇妙なアーマーを着た女性がビルから身投げした様にしか見えないだろう。おまけに五体満足で大した怪我もしていないとあってはただの投身自殺より遥かに大事になってしまう。
恐らく〝Answers,Twelve〟側でさえ注意を払うであろうあり得ない暴挙に怒声を上げる七緒。
その当然の剣幕にビクッと身を竦める和成だったがすぐに自己正当に入る。
「う、うるさいな! 母さんがある程度は未来の技術で記憶の操作が出来るって言ってたから問題無いだろ!?」
確かにそういう事後処理部隊もいるにはいる。
しかし、それはあくまでも致し方ない場合でのみの話であり、基本的には自分達未来人の存在を不用意にこの時代の人々に知られるべきではない。
その程度の配慮も出来ないのか?
呆れて言葉が続かないが、それに付随して一つ大きなことに気付いた七緒だったが、どうやらそれは敵側も同じだった様だ。
「リリット! テアル! アンナのフォローに向かいなさい! あとは全員撤退!」
アンナが瞬殺されてしまい、曉燕の指示で迎撃に出て来た元【修正者】達は一斉に慌てて自陣へと撤退していく。
「あ! ほら見ろ! 僕の強さにビビッて逃げやがった! チャンスだ! 追撃するぞ!!」
「くッ! 判断が早いッ!!」
顔を歪める七緒。
もちろん和成に対してではなく曉燕に対する評価だ。
今の一戦……本来ならアンナの脱熱能力で和成は全身が硬直して一瞬で無力化されているはずだった。
しかし、動けなくなったのは何と逆にアンナの方。
そういえば和成は菖蒲の執務室で加速能力を持つ真弥以上のスピードも出していた。
先ほどの一戦と合わせて考えると、和成は相手の固有能力を反射……もしくは、その能力を利用することが出来る能力を持っている可能性が高い。
七緒は合点がいった。これは確かに凄まじい能力だ。
素人の和成を実働部隊に組み込むのも納得出来る。
だが、使い手が絶望的なまでに軽率だ。
この能力なら大量のデークゥを投入した乱戦を目くらましにして奇襲を仕掛ければ、№クラスの相手であっても倒せた可能性がある。
だからこそ、七緒と同じ結論を即座に導き出した曉燕の撤退指示。
これではこちらの切り札をただ事前に相手へ見せびらかしたのと同じだ。
「くッ!! 折角……折角の好機なのにッッ!!」
高笑いを上げて猛スピードで〝ルーラーズ・ビル〟に向かう和成。
上位互換のナノマシンを保有しているせいか、単純な飛行速度に差があり付いていくことが出来ない。
目の前で台無しになる悲願成就にも足り得る能力。
必死に追い縋る七緒の目には悔し涙さえ滲んでいた…………。
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