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Scene6 独善の一念と偽善の誤算
scene6-3 力を持つと…… 前編
しおりを挟む「おぉぉ……ッッ!」
時刻はもう深夜……というよりも、あと数時間もすればもう夜明けだ。
随分不健康だがルーツィアとの特訓で消費した〝D・E〟のエネルギーを補う食事を済ませ、少し身体を休めようと思った司は、居室として二度目にこのビルに来た際に目を覚ました一室を宛がわれた。
前回のあえて物の無い部屋から、今後司が使うためにと少しばかり家具が追加されていて、衣装棚やテーブル類など大分生活感が出た部屋になったが、その中で特に彼の目を引いたのがテーブルの上に並べられた真新しいコーヒー用具の数々だった。
「すげぇ……ロースター器にハンドミル、サイフォンも……うわぁ、うわぁ!」
それは良善が〝D・E〟のブラッシュアップに貢献してくれたご褒美にと贈ってきた物。本当はもっと高級なモノでも構わないと言われていたが、良善が自分でブレンドコーヒーを作っていたのを見て、自分もそういう用具類が欲しいと言った。流石に少々ワガママかと思ったが、良善は「こんな一般人でも買える物が報酬になるとは随分お手軽な人材だ」とおどけて笑い承諾してくれて、話から数時間と経たぬ内に用意してくれた。
「豆もいっぱいある……キリマンジィロに、ハワイモナ……うぉッ!? ブラックアイブリーッ!? マジか! すげぇ!!」
まるでクリスマスプレゼントを貰った子どもの様にはしゃぐ司。
傍から見れば「もうそんなに騒ぐ歳でも無いだろう」と呆れてしまうかもしれないが、司はそんな風に大人振って落ち着ける気分ではなかった。
何故なら彼は今までこんな風に誰かからプレゼントを貰った覚えなど一度も無い。
あの忌々しい最古の記憶より前がどうだったかは定かではないが、少なくとも覚えている限りで、こんなに嬉しい思いをしたのは初めての経験だったのだ。
「やばい、クソ嬉しい……なんだよ、これ?」
テーブルに並んだプレゼント。
きっと良善にとっては、本当に大したことの無い施しだったと思う。
何か特別な記念日という訳でも無し、実際のところ多少高級な品もあるが、どれも一般人でも普通に買える物ばかり。
しかし、椅子に座りそれらを眺める司はちょっと涙が出そうになっていた。
何だか自分が順当に良善の手駒として狡猾に引き込まれてしまっている感じもするが、こんな気持ちにさせて貰えるなら別にもう従者的な立ち位置でもいい様な気になってしまう。
「あはは……早速作ってみようかな? い、いいや待て待て! ちゃんと手順を確認しよう! 下手にしたら勿体ない!」
はやる気持ちを抑え込み、テーブルに広げた一式を箱に詰め直して部屋の端へ片付ける司。
明日にでもちょっと出掛けさせて貰い専門書を手に入れて来よう。
なんだかワクワクとソワソワが止まらず浮足立つ司。
すると……。
――プルルルルルルッッ! プルルルルルルッッ!
「ん?」
突然鳴り響く内線の着信音。
改めて考えてみると、未来人が使う拠点でこうして壁掛け式の固定電話みたいなのを使うというのは結構シュールな気がする。
「多分、一周回ってこのローテクが物珍しくていいのかもな」
司達の感覚から言えば、古代の石器や壁画の様な感覚だろう。
知的向上心の権化の様な良善などからすれば案外楽しんで使っているくらいかもしれない。
逆カルチャーショックをほくそ笑みつつ、司は受話器を取り応答した。
「はい、御縁ですけど?」
『やぁ、司。ご要望の品はちゃんと部屋に運ばれていたかい?』
「え? り、良善さんですか!? はい! ちゃんとありました。あの、ありがとうございます! すげぇ嬉しいです!」
ふと想像していた者の声に思わず戸惑ってしまった司だったがその声はすぐに弾み、自分にはこれ以上に無い贈り物のお礼を述べる。
『はっはっはッ、本当に大喜びだな? 全く、こちらとしては本当にその程度のモノでよかったのかと気掛かりなくらいだったのに。まぁ、君が満足するのが一番だ。ところで司……』
「はい、なんですか? また何か任務ですか?」
こんないいモノを貰ってしまったのだ。
自分に出来る事であれば、少々無茶な願いでも引き受けるのはやぶさかでは無く、司は元気よく返事を待つ。
しかし……。
『いや、そうでは無くてね…………どうやら〝敵襲〟の様だよ』
「……え?」
単語の不穏さの割にどこか不敵な笑みを想像させる声。
だが次の瞬間、司の全身に強烈な警戒感が走り、背後からけたたましく砕け散るガラス音を聞いて振り返った時には、血色の弧を描き司の両眼は血色に染まり、日々掛かって来る黒ずくめの人影が突き出して来る拳を捉えていた。
「うッ!? ――こ、のッ!!」
首を傾け拳を躱し、その手首を掴んだまま引き寄せる様に身を翻して肘打ちを不気味なフルフェイスに叩き込む。
ひび割れるヘルメットの隙間から血が溢れ、あとはそのまま床に崩れ落ちるその身体と位置を入れ替えると、目の前に大きく砕き割られた窓ガラスから侵入して来た黒ずくめ達が十人弱、半円に司を囲んでまたあの不気味な呼吸音を響かせている。
「くッ!? またこいつらかよッ!?」
凪神社の一件からまだ一日も経っていない。
折角貰った自分の新たな居場所もいきなり土足で荒らされた。
どうやら自称お正義様達は、とことん司が心休まる時間を過ごすのが我慢出来ないらしい。
「ふざけんなよ……クソが」
鬱陶しい……腹立たしい……忌々しい……。
負の感情が渦巻き、それが全身に力を漲らせる。
「なんなんだよ、てめぇら……どこまで自分達の思い通りにならないと気が済まねぇんだ?」
顔を上げる司。
眼は血色に光を放ち、口からは内部に溜まる怒りの熱で息が湯気の様に白く立ち込める。
黒ずくめ達は特に動揺して後ろへ後退る感じは無いものの、不気味な呼吸音だけは妙に加速していた。
そして、一瞬首から上だけがビクリと跳ねて……。
『『『死ね……死ね……御縁司……ゴミ……クズ……御縁司……死ね……死ね……』』』
「……は?」
質の悪いスピーカーを通した様なギザ付いた声で吐き捨てられる暴言。
ただ、それはまるで子どもの悪口の様な低レベルさで、司としても怒るというより呆れの方が先に来てしまった。
『『『御縁司……生きる価値無し……ゴミカス……消えろ……存在自体が恥さらし……』』』
「…………」
何となく察した。
多分、この黒ずくめ達に自分の意思は無く、何らかの制御をされているのではないだろうか。
(元々デーヴァは他人が身体を操れるって言ってたよな。それを何とか防げる様になって今の闘争になった。別にその仕組み自体が消えて無くなった訳では無いんなら、このあり得ないくらい声が揃っている感じも説明が付く)
暴言を吐かれていても、ここまで低レベルな罵声では怒る気も起きず冷静に物事が考えれる。
無論、聞いていて気持ちのいいモノではないので、早々に黙らせるべく司はその場で軽く飛び跳ねてリズムを刻み……。
「――フッ!!」
鋭く息を吐いて床を蹴り付け、一息に間合いを詰めた司は一人目の黒ずくめの顔面を殴り抜く。
その威力で鍛え抜かれた格闘家の様な身体が軽々とその場で回転して上がって来た足を掴んだ司はそのままその男を武器にして他の黒ずくめ達へ攻め掛かる。
「前回は逃げてたが今回は違うんだわ……覚悟しろよッ! この木偶の坊共ッッ!!!」
まだ〝攻〟の能力が無いので仕方なく徒手空拳だったが、ここはもう少し工夫して〝人棍棒〟を装備することにした司は、力任せにそれを振り回し、薙ぎ払い叩き伏せ……反撃して来た拳も視線すら向けず掴み止め握り砕いてからの蹴り返しと、無礼な闇討ち共を次々と返り討ちにしていった…………。
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