アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene5 学ぶ者と学ばぬ者

scene5-5 孤独な身勝手 前編

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 良善の手が絵里の頭から離された。
 首の骨が折れてしまったのではないと思うほど項垂れ全身を痙攣させる絵里。
 良善は動かず立っていて、どうやら絵里は掠れる様な声で自白を始めている様だ。

(あれが……俺の手に入れた力の行き着く先なのか?)

 恐れ慄き仰ぎ見る様な……酷く侮蔑し見下す様な……。
 これ程までに〝どちらとも言えない〟という想いを抱いたのは初めてだ。
 そして、司は良善の背中を見つめてつつこれまでちょっと疑問だった物が、明確で大きな疑問へと変わった。



 本当に〝Answers,Twelve〟はデーヴァの反乱を未然に防げなかったのか?



 そもそも上位四人で渡り合えていたなら、一番最初に声を上げたマリアという名のデーヴァを中心に構成されて行ったであろうまとめ役達を初期の内に叩いてしまえばよかったはずだ。
 思っていた以上に事態の進行が速かった? 予測よりも反乱の規模が大きくなった?
 考えられる後手に回らざるを得なくなった要因は、どれもこれもあの狂人に当てはめるには程度の低いミスが過ぎる。きっとあの男ならそれら全てに片手間で対応している姿の方がしっくり来る。

(あの人は……一体何を考えているんだ?)

 尊敬なのか、畏怖なのか。
 あんな風になりたいのか、あんな風だけにはなりたくないのか。
 司の中で良善の評価が定まり切らない。

 しかし、これだけは確信した。
 良善正志というあの男は、他人に自分を左右されない力がある。
 どれだけ周りが意見して来ようとも、それを受け入れるか跳ね返すかを自力で選べる。
 司は今、本当の意味で〝自由に生きている者〟を目の当たりにして謎の震えを感じていた。

「曉燕」

「は、はひぃッ!!」

 振り返った良善に呼ばれ慌てて駆け寄る曉燕。
 二言三言会話をすると、曉燕は絵里の枷を外し、その代わりに掌から溢れる光の粉で鎖付きの手錠を作るとそれを絵里の両手にはめる。
 そして、吸い終えた煙草の吸殻を携帯灰皿に仕舞いこちらへと歩み寄って来る良善のあとに続いて曉燕も歩き出し、その手に持たれた鎖で引かれる絵里はまさに罪人の様な有様だった。

「やぁ、諸君。すまないね……見苦しいモノを見せてしまった」

 どうやら一旦怒りは収まった様だ。
 良善の顔には一応普段の物腰柔らかな笑みが張り付いている。
 無論、今さっきの光景のあとでは何もホッと出来る要因にはなり得ない。
 紗々羅とルーツィアは姿勢を正したまま動かないし、何よりきっとまだ自分がここにいる意味さえ理解出来ていないであろうはずの美紗都は……。

「ひぃッ!?」

 思わず司の腕にしがみ付きその背中に隠れてしまった。

「おや? どうしたことだい? 司、まさか私の起源体といい雰囲気にでもなったというのか? 嫌と言う訳ではないが……君が私のご先祖になるというのは少々複雑なんだが?」

 倍は年上の子孫。
 凄まじい矛盾だし〝嫌では無いがちょっと複雑〟というそのニュアンスは司も全くの同意見だった。

「良善さんの第一印象が最悪なだけですよ。俺だって一番初めに会った時に良善さんが誰かを拷問していたらドン引きでまともに会話なんて出来てなかったと思いますよ?」

 半眼で説明する司にキョトンとした顔になる良善。
 だが、すぐに司が初めてここへ来た時に自分がたしなめたことをしてしまったと思い至り、少しバツの悪い苦笑いになる。

「あぁ、これはしまったね、あはは……いや、失礼した。しかし、私が君達に何かする訳ないじゃないか? 我々は同志、そこを疑われるのは少し悲しいよ?」

 眉をハの字にしてションボリ顔をする良善。
 一体どの口が言うのか? 
 美紗都の震えは止まらないし、両脇にいる紗々羅とルーツィアも「まだ油断出来ない」と固唾を飲んで直立不動だった。

「いいですよ今更。世界を支配していた悪辣組織の副首領が〝らしくない?〟から〝あぁ、納得〟になっただけです」

「おぉ……司も大分言う様になって来たね?」

 こめかみを掻きながら、どこか思うことがありげな微笑を見せる良善。
 そして、まだ良善が確実に落ち着いたと決まっていないのに平然と語る司に冷や汗を垂らしつつ視線を向ける紗々羅・ルーツィア・曉燕。
 その雰囲気を感じ取り、司も「あッ」と迂闊な感じに喋ってしまったと思いその場を取り繕う。

 しかし、相変わらず司の中の〝D・E〟が落ち着かない割に、司本人の意識は決して目の前の男を忌避はしていない。やはり根底に〝手を差し伸べてくれた人〟という事実があるせいか、印象が定まらずとも最終的にはどこかこの男を肯定的に見てしまうのかもしれない。

「あの……それで、こうして改めて全員を集めたのはどうしてですか? 何か全体で方針的な話を?」

「あぁ、思いの他君の見込みが良いのと、相手が越えるべきでない一線を越えたのもあって、今後はこちらのアクションも少し大きくしようと思ってね。……ほら、もう一回喋りたまえ」


 ――ジャラッッ!!


「きゃあぁんッッ!?」

 隣にいる曉燕から鎖を受け取り腕を振り上げ、司達の前で絵里を晒す良善。
 両手を吊り上げられたまさに敗北者な絵里。
 気の毒になるくらいガチガチと歯を鳴らし怯えながらゆっくりと上げたその顔には、もう最初に会った時の強さは微塵も感じられなかった。

「今回の凪梨美紗都襲撃の現場責任者は誰だい?」

「ひ、ぃ……わ、私ぃ……ですぅ」

「君一人かい? 他には?」

「あ、の……わ、私の二代前の【修正者】大隊長……如月菖蒲、です」

「は? き、如月……?」

 司の顔が怪訝に歪む。
 珍しい苗字だが非常に聞き覚えのあるその名に司が口を挟もうとしたが、それよりも早く、背後に隠れていた美紗都が反応する。

「あ、菖蒲……さん? う、嘘ッ! どういうことよそれッ!?」

 紗々羅とルーツィアに言われた忠告も忘れて司の前に出る美紗都。
 それを見て良善がさらに絵里を引き上げ顎をしゃくって返答を促す。

「き、如月菖蒲は……その功績が認められ、十数年前より【修正者】の籍を免除され、好きな時代で生きる権利を得て、この時代で……息子の如月和成を出産。その後、しばらくは平穏に暮らしていましたが数年前から「もう一度〝Answers,Twelve〟根絶に貢献したい」と要望を出して籍に復帰。現役【修正者】達をサポートする〝現地協力員チューナー〟部門の統括長になり……あ、あなた……様を、殺すために、活動をしていました……」

 司を怯え見ながらペラペラと自白する絵里。
 根絶に貢献したい? もうすっかりデーヴァを偽善者認定している司からしてみれば、大方「見てるだけより自分も起源体嬲りに関わりたい!」くらいの動機ではないかと勘繰る。

 それにしても恐ろしいくらいに腑に落ちる。
 あの如月和成の異様なまでのデーヴァ達に対する同調の理由はそういうことか。
 あの子にしてこの親あり……納得出来過ぎていっそ心地良くすらあった。
 しかし、美紗都の動揺はまだ続く。

「そ、そんな訳……だ、だって! 今年のお正月にもウチの神社に初詣に来て巫女服褒めてくれたり、ち、町内会の寄り合いとかでも……た、たまに顔を合わせて……」

「それは……あ、あなた様が……こ、こちらにおられる……り、良善様の起源体と判明していなかったからで……つい先日それが判明して、気の毒だけど見逃す訳にはいかないと言って……」

「本当か?」

 絵里の言葉を遮り、司が前に出てその胸倉を掴み睨み付ける。

「ひぃぃッッ!? い、いやッ! 痛いの嫌ぁ!! 許して! 許して下さいぃぃッ!! お願いですッッ!!」

 司に凄まれて泣き喚く絵里。
 司とやり合った時とは別の人格に入れ替わっているんじゃないかと思えるほど、大隊長様の心は完全に根元からへし折れている様だ。

「本当に気の毒に思ってたか? 起源体殺しに関わりたいからってわざわざ自己申告までして復隊する様な奴が、そんなおセンチな感情抱くか? 俺としては寧ろ「クソ! 今まで目の前でヘラヘラ笑ってやがったのか? 許せない!」くらいの気が狂った考え方してるとしか思えないんだが?」

「――うぶッ!?」

 顔を伏せて視線を下げる絵里の頬を挟み掴んでこちらを向かせる司。
 タコの口の様に顔を歪めながらボロボロと泣く絵里は、司の凍り付く様な冷たい眼差しにガクガクと内股になった足を震えさせる。

「いい読みだ、司。私も全くの同意見だね。それと関連してもう一つ話があるだろ?」

 手にした鎖を揺する良善。
 もう腕を吊り上げられていなければ自力で立っていることもままならない絵里は、さらに軽々しく口を滑らせていく。

「は、はひッ! あ、あの男型デーヴァは、私が曉燕との戦闘中に突然現れて……わた、私は要請などしていなかったので如月菖蒲に確認しました! そ、そしたら! 「起源体№Ⅰが現れた。№Ⅱとまとめて確実に始末するため、やはり本部に応援を要請した」と……わ、私は言ったんです! 凪梨美紗都は両親に金と地位のために売られる不幸な末路があるんだから、せめて苦しませずに殺そうと! な、なのに如月菖蒲は〝ロータス〟のナノマシン研究機関〝ハーベスト〟と連携し、全く別の作戦を進めていたんです!」

 ほら見た事か。
 司はおおよそ自分の予想通りであったことに悍ましい納得を得た。
 しかし、がくっ付いて来たことには少々苦虫を噛み潰した顔になってしまう。


「わ、私……が、売られ……る?」


 両手を落としその場に崩れ落ちそうになる美紗都。
 意外にもその身体をルーツィアがサッと抱え止めたが彼女の動揺は深刻だった。

「ルーツィア……指示はしていなかったが、君ならちゃんと手は打ってあるんじゃないか?」

 良善は掴んでいた鎖を放して絵里を床に落として尋ねる。
 すると、美紗都を抱えゆっくりと座らせたルーツィアは静かに頷いた。

「はい、撤収時に放置したデーヴァ四人を回収するであろう敵を確認しておくべく、小型偵察機を残しておきましたので、確認出来るかと……」

 震える手を離さない美紗都を鬱陶しがる割に振り払いはせず優しく放させてから、ボールペンほどの小さな棒を取り出してその側面のスイッチを押すルーツィア。
 すると、空中に正方形のホログラムディスプレイが浮かび上がり、司達がつい数時間前までいた凪神社の境内を俯瞰する映像が流れ始めた…………。
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