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Scene4 勤勉なる悪党見習い
scene4-10 支配者の忠臣 後編
しおりを挟む危うく鼓膜が破れるかと思った。
それほどまで強烈な炸裂音に司は一瞬立ち眩みを感じたが、振り向きざまに拳を放った絵里と、司ですら直撃は避けたいと思ったその拳を片手で握り受け止める桃色の〝Arm's〟を纏った李曉燕は、微動だにせずに向かい合っていた。
「久し振りね……絵里」
「報告では聞いてたが……やっぱり生きてたのかよ、曉燕」
ほくそ笑む曉燕と視殺せんばかりに睨む絵里。
だが、曉燕はそんな絵里の圧を物ともせずに司の方へ視線を移して胸に手を当てた。
「御縁様……私の様な罪人にご用命を下さり誠にありがとうございます。我が身はもはや貴方様のモノ。是非今後とも何なりとご命じ下さいませ」
犬に向ける合図ですらも心から感謝している風な曉燕。
そのあまりの献身具合は流石に司も毒気を抜かれるモノがあったが、代わりに絵里のこめかみにはおどろおどろしいほどの青筋が浮かび上がる。
「てめぇ……何のつもりだよ?」
「え? それはあなたもよく知っていることでしょ?」
司から絵里へ視線を戻す曉燕。
その代わり様は本当に同じ人格を持つ顔なのかと疑うくらいに露骨な無表情だった。
「あの時私達は一緒に居た……私達が〝ロータス〟の命令で何をしてしまったか、忘れたとは言わせないわよ?」
「忘れる訳無いでしょ! 忘れたくても忘れないわよッ!! でも! だからってなんであんたが〝Answers,Twelve〟の犬に成り下がっているのよッ!?」
ここへ来る時に『戸鐫絵里というデーヴァに気を付けろ』という説明を去れていた時にもすでに感じていたが、どうやらこの二人には相当な因縁がある様だ。
非常に気になる話ではあるが、今は流石にそんな悠長なことを言っている場合ではない。
「曉燕、とりあえず俺は一旦この子を連れてこの場を離れる。任せて大丈夫なんだよな?」
「当然可以……どういう理由かは知りませんが、彼女は今〝Arm's〟を封じられている様です。元々実力は私の方が総合的にほんの少し上回っていたくらいの差でしたが、流石に〝Arm's〟の有りと無しなら千回戦っても私の勝ちは揺るぎません」
余裕の笑みを見せる曉燕が絵里の拳を握る手に力を籠め、必死に抵抗しようとしている絵里の顔が苦悶に歪む。
「く、くそがぁッッ!!」
手首を握りどうにか曉燕を振り解こうとするが、彼女の手はまるで空中で固められているかの様に微かにすらブレる様子は無かった。
「くッ……なんかそこまでのモノ見せられると調子に乗ってた自分が馬鹿みたいに思えて来るよ」
絵里を完全に無力化して貰い、気を失った美紗都を抱え上げる司の顔が悔しげに影を落とす。
しかし、そんな司の言葉に曉燕は口元を手で隠しクスクスと笑う。
「お戯れですね、御縁様。貴方様はまだ力の〝第一階層〟に立たれています。そんな状態で〝第二階層〟のデーヴァ中隊と互角に戦い〝第三階層〟である絵里の初撃を躱して見せた。機が熟していないだけで貴方様はもう十分に〝Answers,Twelve〟の一席に座す資格をお持ちなのですよ」
「力の……階層?」
初耳な話だ。
まさかこの〝D・E〟の力にそうした格付けがあるとは思いもしなかったし、何より現時点で自分はその最下位にするというのは結構な衝撃だった。
「チッ……曉燕。その、戻ったら……ちょっとこの力について教えてくれ」
「――ッ!? はいッ! 私如きが御縁様のお力になれるなど光栄の極み! 何なりとお申し付け下さいませッ!」
口惜しげに唇を尖らせながらも教えを乞う司に、曉燕は感激して声を張る。
その献身でいよいよ司の中で彼女を責める気が失せてしまった。
そして、さらにこれほど呑気な会話をしておきながら依然として動けず藻掻いている絵里の姿が司の溜飲を少し下げる。
「それじゃあ、あと頼む。じゃあな……大隊長さん」
「チッッ!! このガキぃッ!! ――うぐッ!?」
曉燕に抑えて貰っているだけなので挑発は控え目にしてその場を去ろうとする司。
だが、やはりそうは上手くいかず、木々の奥から追手の気配が感じられた。
「クソッ……まぁ、でもそりゃ来るよな」
「心配無用です、御縁様」
その一言と同時に曉燕の背中に機械的な翼が生えてそれが切り離されると同時にジグザグに複雑な軌道を描きながら木々の隙間を縫う様に消えて行き、すぐさま激しい戦闘音が響き始め、司は開いた口が塞がらなかった。
「な、何でもアリかよ……なんか、レーザーとか飛んで木が切れたりしてるぞ?」
「んふッ♪ 貴方様もいずれより人知を超えた力に目覚められるはずでございますよ」
目を閉じて微笑む曉燕。
恐らく飛んで行った機械翼を制御しているのだろうが、それに苛立ち片手を封じられたままもう一方の拳や蹴りを繰り出して来る絵里の攻撃も軽々と躱し続ける。
「あらあら、みっとも無いわよ絵里。それにしても派遣中に〝Arm's〟をロックされるだなんて……組織に残るなら大人しくしていればいいものを。どうせ昔みたいに上に噛み付いたんでしょ?」
「黙れクソがぁッッ!!」
どうやら積もる話もある様だと、司はこの隙に離脱させて貰うことにした。
一瞬視界の端で地面に舌を垂らして白目を剥いている和成が見えたが、わざわざ構うだけの意味は無いだろうと、美紗都を抱え直して林の中へ飛び込む。
「さて……とりあえずなんとかなったけど、このあとどうするか」
大分体内の〝D・E〟もギアが落ちて来て身体に余裕が戻る。
自分も曉燕の様に空が飛べたら一旦ルーラーズ・ビルまで戻るのも手ではあるが、如何せん空を飛ぶにはまだ経験値が足りないのか、どんなにイメージしても滑空の様な感じになってしまい、多少の浮遊感はあるがこれでは精々超人的な幅跳びでしかなかった。
「流石に気を失った子を担いで公共機関を使う訳にも行かな……――ん?」
――カサッ!
「ん?」
微かに捉えた葉擦れの音。
一応都会育ちではある司としてはこれだけの自然があれば野性の動物くらいいるだろうなで済ませてしまうことも出来るのだが、生憎とそういう訳ではないとすぐに察してしまった。
(なんだ? 曉燕が突破させちまったのか? あれだけ言ってたんなら意地でも死守しそうな感じに思えたけど……)
――カサッ! カサカサッ! ガサッ!!
違う……どう考えても数が多い。
新たな敵の増援か?
「くそ! でもなんで攻めて来ないんだ?」
ジワリジワリと木から木へ渡り飛ぶ速度を上げてみるが、間違いなくどこかにいる追跡者達は一定の距離を保って付いて来る。
(やるか? いや、厳しいよな……この子もいるし、多分スタミナが持たない)
頭の中で状況を分析する司。
明らかに不利なのは否めない。
だが、それでも背中に背負うこの少女を一旦何処かへ置いておくという選択肢はなかった。
「さっきヤバかったもんな。しゃあねぇ……気合い入れろ、俺」
別にこの少女に何かある訳では無いし、無償の正義感など欠片も持ち合わせてはいない。
これは単なる自分のエゴであり、同じ境遇に晒されるこの少女を死なせてしまう自分が嫌だったし、その結果〝ロータス〟の目的が達せられるのが嫌なだけだ……と、司は何度も自分に言い聞かせる。
「誰に言い訳してんだよ俺……――このッ!!」
一歩でギアを全開にしてまずは追跡者達と距離を取ろうと考えた司。
そして追って来る敵の集団が縦長になったところで、前の方を各個撃破しながら様子を見るという作戦を立てたのだが……。
――シュコォォォ……シュコォォォ……。
「はぁッ!?」
それは思わずゾッとする様な姿。
鍛え上げられた筋肉質な身体を全身余すことなく黒いレザー生地に包み込み、頭には同じく黒いバイクのヘルメットの様なモノを被った奇怪な人型。
まるでダイビングの酸素ボンベの様な呼吸音を響かせて司の前に回り込んで来たそれは、言葉も無くいきなり司の側頭部に鋭い蹴りを放って来た。
「あがぁッ!? うぅ……あ……――ぐッ! な、なんだ!?」
危うく意識を持って行かれ地面に叩き付けられるところだった。
それを辛うじて踏み止まり地面に着地して休む間もなく駆け出す司。
すると今の一撃で口火が切られたのか、全く同じ全身黒ずくめの謎の刺客達が少なくとも三十人以上で一斉に司へ襲い掛かって来る。
「な、なんだッ!? こいつらもデーヴァなのかッ!?」
これまで見て来たデーヴァは全員が女性だった。
それに対し、見た目には分からないが多分この黒ずくめ達はその体格から見ても男性である様に見受けられる。
ただ、正体は不明でもこの状況で自分に襲い掛かって来るというなら間違いなく〝ロータス〟の手先であることは間違いないだろう。
「くそッ! 最悪だッ! ――くッ!? このぉッ!!」
人数にモノを言わせた波状攻撃。
しかも各々の戦闘能力は奏や真弥レベルであり、タイミングを見計らい圧縮牢を使っても躱されてしまう。
がたいが良いせいか奏達よりも一撃一撃が重く、美紗都を抱えた状態ではまともに打ち合いに持ち込むことも出来ずに司は追い回されて逃げるのに精一杯だった…………。
身体に感じる揺れ。
不安定な身体の置き場に居心地はあまり良く、何よりドクドクと激しい脈動と汗ばむほどの熱気に、美紗都は徐々に微睡みから浮かび上がっていく。
「あ、あれ……? 私……何してた? え? ……あれ?」
絵里によって気を失わされた美紗都の意識が蘇る。
気を失う寸前の光景がフラッシュバックして思わずすぐに顔を伏せるが、そこで自分が誰かに背負われていることに気付く。
「え? き、君……誰?」
「ゼェ……ゼェ……ゲホッ!? あ、目が覚めた? こんばんわ……お、俺は……ハァ、ハァ……み、御縁司って名前……ゲホッ! わ、悪い……起きたんならちょっと自分でしがみ付いてくれない? そうすれば……もう片方の手も使えるからさ」
辺りはすでに夕暮れ時。
場所は何故か美紗都の実家である凪神社の境内だった。
そして、その石敷きの参道で自分は全身ボロボロで片膝を付いた御縁司という青年におんぶされていた。
「えッ! えッ!? ど、どうして!? 一体何がどうなって!?」
混乱するのは当然だ。
司はパッと見た限り死んでいても不思議ではないほど全身痣や傷塗れで、目や口からは出血までしていて、カラフルな石が付いたチェーンが巻き付けられている片腕はダランと下がり不自然に揺れている。
しかし、もう片方の手はしっかりと自分を抱えてくれてもいた。
そして、そんな奇妙な状態の自分達をグルリと囲み立つ爪先から頭の先まで全てが黒一色の男性達が不気味な呼吸音を響かせていた。
美紗都には何一つ分からない。
しかし、これだけはなんとなく察することが出来た。
「あ、あの……君、もしかして……私のこと、助けてくれてた?」
「ハァ……ハァ……あぁ~~まぁ、そんな感じ? でもまだ全然助かってはないけどな」
顔が血まみれですぐに分からなかったが思い出した。
ここへ来るための石階段で一瞬目が合った男の子。
その直後にいきなり事態は美紗都には理解出来ない状態へと陥ったが、司からは一番初めから全く敵意や恐ろしさを感じなかった。
「ゲホッ! おぇッ! あはは……ツイてないよな? ひたすら追い回されてたら、なんか神社が……あってさ。助けとまではいかなくても、警察呼んだり騒ぎにしてくれたらその隙を突けるかもって思ったんだけど、留守っぽいんだわ……神社が無人とかあるんだな? びっくりだよ」
「ち、ちょっと喋らないで! 血ッ! 血が出てるッ!」
「あ! おい馬鹿!」
美紗都は司の背中から滑り降り、地面に足を付いた瞬間そういえば痛めていた足に走る激痛に顔を歪めるも、それを堪えてボロボロの司の身体にこれ以上負荷が掛からない様にする。
「う、嘘……酷い怪我! う、腕も折れてるじゃないこれ! ど、どうしよう……き、救急車呼ばないとッ!! ――くッ! あ、あんた達がやったのッ!? 何考えてんの!?」
「おい馬鹿! 見て分かれ! どう考えても普通の奴じゃねぇ……あ」
そこで司は気付く。
自分の襟元を握る美紗都の手は小刻みに震えていた。
当たり前だ。この状況で怖がっていない一般人の方が遥かにおかしい。
「こ、こんなことしてただで済むと思ってんのッ!? あ、あんた達……い、いい……一体何者なのよッッ!?」
ズリズリと膝を地面に擦りながら司の前に出る美紗都。
身体はブルブルと震え、声も半泣き状態だが、その動きは紛れも無く司を庇おうとしていて、司はまるでありきたりな映画のラストシーンみたいなシチュエーションだと思わず苦笑が漏れてしまった。
「はぁ……おい、そんなにビビり散らして格好付けんなって」
「う、うるさいッ! 君はちょっと黙って――きゃあッ!?」
美紗都を襟を掴んで引っ張り倒し、立ち上がって前に出る司。
黒ずくめの男達もそれに反応してジリジリと腰を落として攻め掛かるタイミングを図っていた。
「おい、今から限界までノンストップで戦うから絶対そこ動くなよ? 巻き込みそうになっても寸止めする余裕なんてないからな?」
「え? た、戦うって……馬鹿言わないでッ!! 君自分の身体がどうなってるか分かってないのッ!? 死んじゃうってばッ!!」
「うるさぁ……よく寝起きでそこまで叫べるな、お前? いいからホント動くなよ」
腰を落とすというよりも、もう両足に力が入らず膝が曲がっただけ。
なんとか逃げに徹して〝D・E〟もローギアで長く持続させたが、実際の所もう先日の戦いの時に近いくらい身体の内側がズキズキと痛みを発している。
(曉燕が来ることを願う? いやぁ……それは流石に虫が良過ぎるか。あいつら抑えて貰っただけでもクソ甘えだったしな。とにかく、ここに居る奴を全員倒せば終わりなのを願って全開で――)
「お待ち下さいませ……閣下。それ以上は流石に御身が危うくございます」
「「えッ!?」」
司と美紗都が揃って呆然とする。
突然周囲に響き渡るハスキーで威圧感のある女性の声。
謎の黒ずくめ達も顔は見えないが不審げに辺りを見回している。
全く知らない声……そして、明らかに不自然。
その声は辺り一帯に響き渡っているというのに決して大声で叫んでいる感じではなく、寧ろ手の届くくらいの距離で会話をする程度のいたって普通のトーンなのだ。
「受けた使命は是が非でも完遂する……つい先日まで屈辱的な民草の身を強いられていながら、その崇高なるお覚悟に感服致しました。傍観者の身であったことをここに謝罪し、僭越ながらこれより御身をお救いさせて頂きます」
「はぁ? え? お救いって……ちょ、ちょっと待てッ! お前一体誰なん――うぐッ!?」
「ひぃッ!?」
ズシリと両肩に鉛を乗せられたかの様に圧迫感。
ボロボロな身体には耐え難く地面に膝が付く司と竦み上がって短い悲鳴を上げる美紗都。
黒ずくめ達もいよいよ動きに動揺が色濃くなるが、ふとそこで神社を囲む雑木林の中、一本の木の先端で藍色と橙色の混ざった空をバックにする一人の人影が見えた。
「我が君より命を受け推参。サマエルが十二翼〝Answers, Twelve〟No.Ⅳ ――〝猟犬〟」
司も美紗都も、そして黒ずくめ達もが、全員その圧倒的な存在感に目を奪われる。
「ルーツィア・フォン・アイスレーベン……これより、我が貴様らに教育を施す」
声の主の正体。
それは、黒地に金縁の軍服を纏い、同じく黒い軍帽を乗せたくるぶしまであろうかという長すぎる金髪を靡かせる宵の暗がりでもはっきりと認識出来る美貌を持つ一人の長身の女性だった。
「感涙に咽び泣くことを許そう……神の召使共」
――パチンッ!!
謎の女軍人が指を鳴らす。
どう考えても聞こえる距離では無いはずのその音。
だが、司にはまるで耳のすぐ横で鳴らされた様な痛みすら感じるくらいに聞こえた。
――ズブッッ!!
「え?」
謎の女性の鳴らした指の音が周囲に溶けて消える。
そして完全に無音になった瞬間、突然地面に敷き詰められた石敷きの隙間から、黒く艶めくドロの様なモノが溢れ出し、それは一瞬で黒ずくめ達の足を覆い固めて動きを封じてしまう。
必死に抵抗するもまるで剥がれる様子の無いそのドロは、表面から無数の黒い触手を生やし、ジュルジュルと螺旋を描きながら暴れる身体をキツく縛り上げてゆき、最後に首を一巻きするとそこから頭上へ向けて大きく伸び、その先端を黒ずくめ達のつむじの辺りへ突き付けると……。
――グチャッ!
黒い触手の先端が一瞬ブクッと膨らみ、次の瞬間には機関銃を思わせる銃身へと形を変えた。
「drei……zwei……eins……abschuss」
――ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッッッ!!!!!
耳に突き刺さる様な機関銃音と激しい閃光。
司と美紗都は思わず目を覆うその零距離一斉射は丹念に丹念に黒ずくめ達の身体が肉の欠片一つ残らなくなるまで延々と続き、ようやく銃声が止んだ頃には、地面に黒ずくめ達と同じ数の深い穴が穿ち掘られ、その中にはまるで濾し布で丁寧に処理した様な滑らかで鮮やかな血が並々と溜まっていた…………。
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