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Scene4 勤勉なる悪党見習い
scene4-8 覚悟の初陣 後編
しおりを挟む「いやぁあああああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!」
暴風雨でも地滑りでも無く木々が荒れ乱れる雑木林の中で時折挟まる悲鳴。
司の手にジャラジャラと揺れる色取り取りな石は今ので丁度十色目になった。
「おいッ、情けないんじゃないか? このままだと全滅だぜ?」
「くッ! 調子に乗るなッ! アタッカーを奏と真弥に固定! あとの者は二人のサポートに回り極力距離を取りなさい!」
最初の石階段よりもさらに不安定な斜面の雑木林。
木から木へ飛び移る司は、まるでパルクールレースの様な縦横無尽に洗練された動きでデーヴァ達を翻弄ろうしつつ、タイミングを見計らい各個撃破にデーヴァ達を圧縮牢へ閉じ込めて着実に数を削っていた。
「くそッ! いくら何でもおかしいでしょ!? なんで〝D・E〟に目覚めてたった数日であんな動きが出来るのよッ!?」
「ぐッ! ゴミの分際で良い気になるんじゃないわよッ!!」
他のデーヴァが下がる中、司が扱う捕獲機能付きの盾を寸前でも躱すことが出来る技量を持つ真弥と奏が懸命に司を討ち取ろうとするが、掴んだ枝で鉄棒の様にクルリとターンして背後を取って来たり、幹を蹴って急激に方向を変えたりと、司の動きの組み立てや地形を上手く利用する発想力はあまりに独創的でことごとく意表を突かれてしまう。
半分近い仲間を司のブレスレットにされてしまう屈辱を受けながらも、今は雑木林がむしゃらに逃げる和成達からジリジリと引き離すのが精一杯だった。
(うん、いい感じ……昔、電車やバスに乗った時によく家の屋根から屋根へ飛ぶ自分を想像してた経験がまさか実際に役に立つ日が来るとはな……)
あくまで個人的な感想で感慨にふける司。
だが事実、頭の中で思い描いた自分の超人的な身のこなしを現実に再現することは、脳が痺れるほどに溢れ出る快感が得られた。
そしてその刺激はそのまま全身に伝播してゆき、さらに血肉を躍動させていくのを感じてより動きが洗練される。
ただ……。
「すげぇ気持ちいいけど……――ズズッ! やっぱりまだ注意は必要みたいだな」
風を切り木から木へ飛び渡る司がふと鼻を啜る。
すると鼻の奥に感じる微かな痛みと鉄錆の匂い。
恐らくまた身体の中で〝D・E〟のテンションが上がり過ぎ始めているのだろう。
(あんまり調子に乗り過ぎる訳にはいかないな。曉燕に助けられるのも癪だし、さてどうするか……)
良善の教えに習い冷静に状況を分析する司。
だが、そういった論理的にことを運ぼうとする空気は、頭脳タイプには手に取る様に感じ取られてしまうモノだ。
「前回とはもう別人ね……」
奏と真弥が断続的に攻めている後方から同じく冷静に司の動向を観察している七緒。
時折他の隊員達の配置を微調整しながらも、常に司の動きを注視してその思考を読み取りに掛かっている。
「身体能力……皮膚の硬質化……どれも完成度は十分に実戦レベル。ただ、どうやら〝攻め〟に転じれる要素はまだ未習得と見えるわね」
厄介な圧縮牢を応用した盾も結局は防御手段。
ならばまずはそれを無力化してしまえば、奏と真弥も憂い無く近接戦闘に持ち込める。
「千紗、あなたの力で奴の圧縮牢の盾を打ち止めにする! 他の者は起源体同士を接触させない様に陣形を組みなさい!」
「「「了解ッ!!」」」
隊員達が司の片側に固まり、司が方向転換をして和成と美紗都がいる方角へ行けない様に牽制する。
そして、ご指名を受けた千紗は七緒の隣へと近付く。
「やれるわね、千紗?」
「う、うん……頑張るッ!」
若干自信が無さげな顔の千紗を七緒が優しくその頭を撫でる。
気持ち良さそうに目を細めてそれを受けた千紗は、気合を入れた目をして両手を広げ、その腕全体を包む様に淡い紫色の狐火を纏わせた。
「奏ッ! 真弥ッ!!」
「「――ッッ!!」」
「んッ!?」
七緒の指示の無い呼び掛け。
まだギリギリでデーヴァ同士の脳波会話は届く距離だが、あえて声に出すことで司の注意も引く。
そして、両手に狐火を焚く千紗を見て、奏と真弥は互いのポジションを微妙に変えてさらに司の警戒を煽り、それと同時に千紗が一気に加速して司へ迫る。
「たああああああああああぁぁッッ!!!」
一気に肉薄する千紗は、その勢いのままに両手を振込むと纏っていた狐火が淡い輪郭を持つ本物の狐の様な形を作り宙を翔けて司へ迫る。
「なんだ……あれ?」
スピードは向こうの方が早くこのままでは被弾する。
だが、得体の知れぬ攻撃を不用意にガードするのは気味が悪い。
司は奏と真弥の動きを注視しつつ、ギリギリまで引き付けてから飛び渡った木をあえて踏み砕きガクンと高度を下げた。
すると、標的に当たり損ねた狐の影は、木の幹へとぶつかり……。
――バキィィィンッッッ!!!
「いぃッ!?」
ぶつかった衝撃で爆ぜた狐は、その爆ぜた幅の分太い幹を跡形も無く消し飛ばし、残った上部は周りの枝葉を巻き込み地面へ倒れ落ちた。
これが千紗の固有能力。
体外に放出したナノマシンを収束して放出、そしてその放出した塊に何らかの衝撃が加わることをトリガーにして、一気にナノマシンをオーバーヒートさせて破裂させるいわば遠隔追尾式の炸裂弾。
しかも、その爆発は一見大きな一つの爆発に見えるが、実際には目に見えぬ何千何万の極小さな爆発と塊であり、威力で蹴散らすというよりは対象を細かく分解するといった意図があり、生半可な物理的防御はほぼ意味を成さない。
ただ、大きな欠点もあり、それは体内ナノマシンの消費が激しいそんな能力特性を有する千紗が小柄で体力的にもナノマシンの保有量的にも劣っているという点。
そのため長時間の戦闘は不向きで乱発もガス欠を起こす確率が極めて高い。
それ故に彼女がアタッカーとして前衛を務めるのは難しいのである。
しかし、今回は少々事情が違う。
「こぉのぉぉッッ!!!」
小さな身体を目一杯に振り被り狐火を乱射する千紗。
二発、四発、六発、八発……遮二無二腕を振り、まるで集団で狩りをする狐の群れ。
避けるにしても太い幹が弾ける様に粉々になったそれを見た司としては、その性質を知らずともギリギリで躱すのは不安が残る。
「チッ!」
背に腹は代えられず、腕に巻いた圧縮牢の盾を使い爆発そのものを圧縮して封じ込めることで防御には成功したが、そのせいで一気に複数の空の石が淡い紫色になってしまった。
「フフッ! 圧縮牢は一度何かを封じ込めたら専用の機器を使わない限り中の物を出すことは出来ないわ。あなたの袖の下には一体あと何個ストックがあるかしらね?」
「くッ、こっちでも頭脳派で言わしてるのかよ、先輩……」
危険な手段が敵にあるならさっさと使い切らせてしまおうという七緒の素早い機転。
圧縮牢のストックもまだ多少はあるが、残りを全て使ってしまえばいよいよ本腰を入れて近接戦闘に入らなくてはならない。
元々覚悟はしているとはいえ、やはり多少は頭数を減らしておきたいところだ。
しかし、悠長に構えてもいられない。
戦闘が長引けば、その分良善の起源体であるあの女の子が始末されてしまう恐れがあった。
(あの様子だと俺と同じで何の事情も知らない感じだったな。こいつらの目標を達成させるのは癪だし、如月も多分あの子を助ける気はない…………あぁくそッ!! 自分と同じ境遇の奴をむざむざ目の前で殺されたら、多分すげぇ寝覚めが悪いだろうな!!)
千紗の攻撃を掻い潜り、また数個圧縮牢を消費させられた所で、いよいよ司は本格的に和成達がいる方向へと舵を切る。
「「させるかッッ!!」」
地面を蹴り下から斬り上げて来る真弥と直上から急降下で戦闘棒を振り下ろして来る奏。
圧縮牢で真弥を牽制しつつ、拳を握り込み奏の戦闘棒と相打ち。
どうにか凌ぐが、今度は奏がまるで水泳のターンの様に半回転して地面を蹴り追撃を仕掛けて来て、真弥は周囲の木も使い複雑に軌道を変えて背後から再び斬り掛かって来る。
(くそッ! やっぱりこいつらヤバい! お互いを確認しなくても平気で同じターゲットに突っ込んで来やがる)
忌々しいがどうやらかつて目の前で見て来た二人の仲は本物だった様だ。
阿吽の呼吸はまるで切れ目が無く、そこに千紗の炸裂弾が加わっても二人は端から織り込み済みの様に動いて誤爆する様子も皆無。
そして、時折視線の端で捉えるジッと司を観察しつつ、どこかと通信をしているのか耳元に手を当て口が動いている七緒。
やはりこの四人はあとの有象無象とは別格だ。
ここで手をこまねいていてはいずれ手詰まり。
ならばやることは一つ。
「すぅぅ……はぁぁ…………やるか」
――ズキィッッ!!
「ぐぶッ!?」
司の身体がビクリと跳ね、口端からドロリと血が溢れ滴る。
〝より速く動く自分〟を後のことなど考えず全開で想像した。
デーヴァどもが追い付けないほど速い自分。
途中にある木々など手当たり次第に薙ぎ払う自分。
敵が捨て身で体当たりして来ても逆に吹き飛ばす自分。
想像に想像を重ねる。
欲望を具現化するという名前だけあってあれこれと付け加え想像すると〝D・E〟は加減を忘れてそれら全てを実行しようとするので内圧が上がり身体が内側から破裂しそうなほど苦しくなり、また血が溢れて来る。
(あぁ~あ……曉燕に「命令するまで周辺で待機してろ」とか言わずに素直に「手伝え」って言えばよかったのに……意地っ張りが過ぎるよな……俺)
真弥が正面に回り込んで来た。
身体を旋回させ真正面から切り捨てる気だろう。
奏は側面から回り込み司に圧縮牢を使わせない様に警戒? いや違う……その後ろからなんか大分汗だくで息を荒げている千紗が狐火を撃とうとしている。……ひょっとしてそれほど続けて撃てる技ではないのか?
「かはッ♪ あぁぁもうッッ!! 関ッ係あるかよ間怠っこしいッッ!! ゴチャゴチャ邪魔臭いのは全部ブッ飛ばして突き進めば済む話だぁぁぁぁぁッッッ!!!」
司は自分でも別人かと思う今まで一度も出したことの無いハイテンションで叫び散らす。
するとやはりこちらの身を気遣ってはくれないながらもしっかり応えてくれる〝D・E〟。
かつて常に自分を否定して来たもう一人の自分が、まるで無二の親友かの様にこちらの想像に呼応して内から力を爆発させてくれて、そのシンクロ感の痛快さが全身の痛みに麻酔を掛けてさらにテンションが上がる。
奇声を上げて飛び出す司。
その衝撃波が奏を吹き飛ばし、千紗の狐火に突っ込みそうになっていたところを七緒が慌ててフォローする。
正面から迫っていた真弥は、奏の牽制が無くなり圧縮牢を警戒して体勢が崩れたので横薙ぎに腕を振り払い力任せに蹴散らす。
唖然としているその他の隊員は構う価値も無い。
司は血色の閃光の様に翔け抜け、もう乱立する木々を避けることさえせずに砕き散らしながら、一気に和成達の居る方角へ突き進んで行った…………。
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