36 / 136
Scene4 勤勉なる悪党見習い
scene4-3 迫る思惑 前編
しおりを挟む「じゃあ、美紗都。お母さん達出るから後はお願いね?」
「……うん」
某県某市。
西から北を経由し東へと半円状に連なる峰に囲まれた盆地に広がる小さな町。
電車もバスもそれなりには走ってはいるが、やはり〝田舎〟というレッテルは免れず、毎年毎年確実に人が減っているそんな町。そこで生まれ育った少女――凪梨美紗都は、日々自分の存在価値に疑問を抱いていた。
「あ、あの……父さん? 来週の祈願祭のことなんだけど……」
美紗都の家はこの町を見下ろす北山の中程に敷地を構える代々続く神社の家系。
玄関先で妙に着飾った両親を見送っていたTシャツにハーフパンツのラフな姿の美紗都は、親に向かってにして何処か余所余所しい小さな声でさっさと出ていこうとする父を呼び止める。
ちなみに祈願祭とは美紗都の生家であるここ〝凪神社〟の夏前に行う恒例行事。
例年農業を営む家の者達が集まり無事に秋の収穫を迎えれる様に願う大切な厄除けの祭事だ。
しかし……。
「あぁ、それならもうお前に任せるよ。毎年のことなんだし、一人で大丈夫だろ?」
「え? い、いやだって! 神主の父さんがいないで誰がお祓いするのよ!?」
「お前がやれば問題ないだろう? あんなのは無難にそれっぽくやっておけばいいんだよ」
「あなた! もうタクシーが来ているのよ!? 早くッ!」
「あぁ、分かった! 美紗都、お前ももう子どもじゃないんだから少しは自分で考えなさい。じゃあ、行ってくるからね」
今日は普段市議を務めている母が長年切望していた大物政治家の政治資金パーティに招待されたそうで、母も父も前日から山の様に手土産を用意したり、着ていく服装を吟味したりと大騒ぎ。
そして、今朝になって急に「顔を売るためにはやっぱり一時間は早く会場に到着しなければ!」と急に思い立ったかの様にまた騒ぎ出し、娘が家業に関して話しかけているというのに、それを煩わしげに払い除けて行ってしまった。
「何よ、それっぽくって…………はぁ」
静かになった玄関でしばらく立ち尽くしていた美紗都は、クルリと踵を返して居間へ戻る。
朝早くに出ると言うからわざわざ用意した朝食は二人分とも結局手付かず。
テーブルに座り、自分の分を食べつつ美紗都は朝のニュースを眺める。
「……東京の気温とか語られても関係ないじゃん」
地元の天気が知りたくて見ているのに、自分の住む場所には何のマークも無く、仕方ないから左右や上下にある都市の予報を頼りにする。
晴れと晴れの間に挟まれた何もない所。
そこに住む自分は、果たして世界に存在しているだろうか?
「ははッ……イタいイタい」
苦笑を浮かべて皿を片付ける。
丁度掛けておいた洗濯機からメロディーが流れ、籠に取り込み庭へ出る。
「…………」
西の空に見えるどんよりとした鉛色の雲。
間違いなくあと雨が降るだろう。
美紗都は素直に諦めて洗濯物を乾燥機へ入れ直し自室へ戻る。
「……はぁ」
ベッドに倒れ込み何となく溜息。
洗濯を済ませたら日課である境内の掃除をしなければいけないが、雨が降るならやるだけ無駄だ。
「…………」
ダラダラと虚無に時間を過ごす美紗都。
手慰みに持つスマホは特に意味は無い。
何故ならもうすでに夏だが、今年に入りこのスマホが鳴ったのは家族からか町内会の回覧案内の時だけだ。
高校を卒業し、同級の友人は皆様々な憧れを抱いてこの町を出て行ってしまった。
元々由緒ある実家の神社を継ごうと決めていて地元に残った当時の美紗都のスマホには、毎晩大量に友人達からの連絡が入っていた。
最初は田舎ではとてもお目に掛かれない煌びやかな話の数々。
だが、一月……半年……と日が経つにつれ、それは徐々に理想と現実の乖離を嘆く愚痴に変わっていく。
夜中に突然電話をして来る子もいて、通話越しの泣き声を慰めたこともあった。
しかし、ある程度するとそういうのも徐々に復調の兆しを見せ、今度は次第に連絡が途切れる様になる。
一人……また一人と「忙しいから」と返事がおざなりになり、ある者は機種を替えてしまったのか、一言も無く幼い頃から美紗都と育んで来たであろう絆をまるで使い終えた化粧品の様にあっさり捨ててしまった。
日に日に実感する自分という存在価値の消失。
だったら自分ももっと外の世界へ出て見分を広げればいいじゃないかと思うが、美紗都はなにも現状を嘆いているという訳でもなかった。
昔から自分の意思で家業を継ぐつもりでいたし、生まれ育ったこの町で美紗都は人気者でありみんなから好かれていた。
「出ていきたい訳じゃない……この町は好き……でも、何か……違う」
枕に顔を埋める。
こんな所に居てられるかと思うほど酷くはない。
でも、なんだか思っていたのと違う……。
モラトリアムの中で微妙な不完全燃焼が続き、次第に感覚が鈍化していく美紗都は段々と生活不感に陥りつつあった。
「あぁ……うぅ~~ダメだ! 流石に枯れるにはまだ早いぞ、私ッ!」
エンスト気味な心に何とか火が付き、ベッドから身体を起こす美紗都。
最近ドンドンこの何の生産性も無い虚無な時間が増えている気がするが、こうして起きられたのなら何かしようと自分に言い聞かせる。
「う~~ん……よし! お堂の雑巾掛けしよ! 身体を動かせばモヤモヤも吹き飛ぶはず!」
気持ちを切り替え部屋を出ようとする美紗都だったが、その時どうせ必要ないとベッドに置きっぱなしにしていたスマホが震える。
「えッ!?」
思わずドキッとしてしまい、踵を返してベッドに倒れ込む様にしてスマホを手に取る美紗都。
画面には新着メッセージの通知があり、宛名には〝バカズナ〟という名前が表示されていた。
「え! え!? 和成ッ!?」
ただのメッセージ。
しかも相手は腐れ縁の馬鹿男友達。
なのに、美紗都は異様に気持ちが高ぶっていた。
ここではないどこかから自分へ向けた反応。
自分が誰かの認識の中にいることを実感出来て、その久し振り過ぎる刺激が美紗都の心を満たす。
「えっと、えっと! だぁもう! こんなのメンヘラじゃん私! しかも和成相手にこんな……うぅ……」
少し冷静になると妙に恥ずかしくなり一旦気持ちを落ち着ける美紗都。
そして、改めてメッセージを開く。
そこには大学の夏季休講期間で里帰りをするから久し振りに会わないかというお誘いの内容だった。
「あ……」
昔と変わらないやりとり。
女の子を誘うというよりも男友達に声を掛けるサバサバした文面。
変わってない……彼の中には昔と変わらず自分との関係が残っていた。
「あ、あはは……」
スッと心が軽くなる気がした。
嬉しい……。
でも、なんだか気恥ずかしさもあり、返信の文面がなかなか思い付かない。
「っていうか……あ、ちょっと待って!」
立ち上がり部屋の壁に掛けられた姿鏡の前に駆け寄った美紗都は自分の姿をチェックする。
スタイルは問題無し、沈んではいたが自堕落な生活をしていた訳ではなかったことが幸いし、特に崩れは見当たらない。肌ツヤも規則正しい生活リズムの恩恵を受け張りのある年相応で大丈夫。
しかし、個人的に髪の毛が少し伸び過ぎている気がした。
「うぅ~~! えっと、和成いつ帰って……あ、明日ぁ!? あ、いつッ! 誘うならもう少し考えなさいよ! ……どうしよう? 新見さんとこで切ってもら……あぁ、ダメだ。一昨日ぎっくり腰になったって言ってた。でも流石に自分で切るのはちょっとな……くッ、仕方ない!」
鏡の前で右往左往しながら、昔から自分のヘアスタイルとして決めている三つ編みを整える美紗都。さらに、髪房の収め位置にもこだわりがあり必ず身体の前側へ垂らすと決めている。
「やっぱりちょっと長いな……まぁ、悪くはないわよね? えへへ、本当に久しぶりだなぁ……どうかな? 高校卒業したあともちょっと胸大きくなったんだよね~~♪ あいつ、ちょっとくらい私を女として見たりもするのかな? いや、怪しいかな……和成だしな……フフッ! そうよね……私もまだまだこれからだし! 和成に都会のこと色々教えて貰ってアクティブにやらなきゃダメだッ!」
やはり腰を落ち着けるのは早かったのだろう。
同世代と会うというだけでなんだが気持ちがウキウキする。
きっと身体はもっと刺激を求めていたのだ。
明日は新たな自分へのきっかけになるかもしれない。
そんな期待感を込め、美紗都は洋服棚を開いたり和成のメッセージに返信を送ったりと、久し振りに晴れ晴れとした一日を過ごした…………。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ
海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。
衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。
絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。
ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。
大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。
はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?
小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。
カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
MMS ~メタル・モンキー・サーガ~
千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』
洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。
その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。
突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。
その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!!
機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる