アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene4 勤勉なる悪党見習い

scene4-3 迫る思惑 前編

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「じゃあ、美紗都。お母さん達出るから後はお願いね?」

「……うん」

 某県某市。
 西から北を経由し東へと半円状に連なる峰に囲まれた盆地に広がる小さな町。
 電車もバスもそれなりには走ってはいるが、やはり〝田舎〟というレッテルは免れず、毎年毎年確実に人が減っているそんな町。そこで生まれ育った少女――凪梨美紗都は、日々自分の存在価値に疑問を抱いていた。

「あ、あの……父さん? 来週の祈願祭のことなんだけど……」

 美紗都の家はこの町を見下ろす北山の中程に敷地を構える代々続く神社の家系。
 玄関先で妙に着飾った両親を見送っていたTシャツにハーフパンツのラフな姿の美紗都は、親に向かってにして何処か余所余所しい小さな声でさっさと出ていこうとする父を呼び止める。

 ちなみに祈願祭とは美紗都の生家であるここ〝凪神社〟の夏前に行う恒例行事。
 例年農業を営む家の者達が集まり無事に秋の収穫を迎えれる様に願う大切な厄除けの祭事だ。
 しかし……。

「あぁ、それならもうお前に任せるよ。毎年のことなんだし、一人で大丈夫だろ?」

「え? い、いやだって! 神主の父さんがいないで誰がお祓いするのよ!?」

「お前がやれば問題ないだろう? あんなのは無難にそれっぽくやっておけばいいんだよ」

「あなた! もうタクシーが来ているのよ!? 早くッ!」

「あぁ、分かった! 美紗都、お前ももう子どもじゃないんだから少しは自分で考えなさい。じゃあ、行ってくるからね」

 今日は普段市議を務めている母が長年切望していた大物政治家の政治資金パーティに招待されたそうで、母も父も前日から山の様に手土産を用意したり、着ていく服装を吟味したりと大騒ぎ。
そして、今朝になって急に「顔を売るためにはやっぱり一時間は早く会場に到着しなければ!」と急に思い立ったかの様にまた騒ぎ出し、娘が家業に関して話しかけているというのに、それを煩わしげに払い除けて行ってしまった。

「何よ、それっぽくって…………はぁ」

 静かになった玄関でしばらく立ち尽くしていた美紗都は、クルリと踵を返して居間へ戻る。
 朝早くに出ると言うからわざわざ用意した朝食は二人分とも結局手付かず。
 テーブルに座り、自分の分を食べつつ美紗都は朝のニュースを眺める。

「……東京の気温とか語られても関係ないじゃん」

 地元の天気が知りたくて見ているのに、自分の住む場所には何のマークも無く、仕方ないから左右や上下にある都市の予報を頼りにする。
 晴れと晴れの間に挟まれた何もない所。
 そこに住む自分は、果たして世界に存在しているだろうか?

「ははッ……イタいイタい」

 苦笑を浮かべて皿を片付ける。
 丁度掛けておいた洗濯機からメロディーが流れ、籠に取り込み庭へ出る。

「…………」

 西の空に見えるどんよりとした鉛色の雲。
 間違いなくあと雨が降るだろう。
 美紗都は素直に諦めて洗濯物を乾燥機へ入れ直し自室へ戻る。

「……はぁ」

 ベッドに倒れ込み何となく溜息。
 洗濯を済ませたら日課である境内の掃除をしなければいけないが、雨が降るならやるだけ無駄だ。

「…………」

 ダラダラと虚無に時間を過ごす美紗都。
 手慰みに持つスマホは特に意味は無い。
 何故ならもうすでに夏だが、今年に入りこのスマホが鳴ったのは家族からか町内会の回覧案内の時だけだ。

 高校を卒業し、同級の友人は皆様々な憧れを抱いてこの町を出て行ってしまった。
 元々由緒ある実家の神社を継ごうと決めていて地元に残った当時の美紗都のスマホには、毎晩大量に友人達からの連絡が入っていた。

 最初は田舎ではとてもお目に掛かれない煌びやかな話の数々。
 だが、一月……半年……と日が経つにつれ、それは徐々に理想と現実の乖離を嘆く愚痴に変わっていく。

 夜中に突然電話をして来る子もいて、通話越しの泣き声を慰めたこともあった。
 しかし、ある程度するとそういうのも徐々に復調の兆しを見せ、今度は次第に連絡が途切れる様になる。

 一人……また一人と「忙しいから」と返事がおざなりになり、ある者は機種を替えてしまったのか、一言も無く幼い頃から美紗都と育んで来たであろう絆をまるで使い終えた化粧品の様にあっさり捨ててしまった。

 日に日に実感する自分という存在価値の消失。
 だったら自分ももっと外の世界へ出て見分を広げればいいじゃないかと思うが、美紗都はなにも現状を嘆いているという訳でもなかった。
 昔から自分の意思で家業を継ぐつもりでいたし、生まれ育ったこの町で美紗都は人気者でありみんなから好かれていた。

「出ていきたい訳じゃない……この町は好き……でも、何か……違う」

 枕に顔を埋める。
 こんな所に居てられるかと思うほど酷くはない。
 でも、なんだか思っていたのと違う……。
 モラトリアム人生猶予の中で微妙な不完全燃焼が続き、次第に感覚が鈍化していく美紗都は段々と生活不感に陥りつつあった。

「あぁ……うぅ~~ダメだ! 流石に枯れるにはまだ早いぞ、私ッ!」

 エンスト気味な心に何とか火が付き、ベッドから身体を起こす美紗都。
 最近ドンドンこの何の生産性も無い虚無な時間が増えている気がするが、こうして起きられたのなら何かしようと自分に言い聞かせる。

「う~~ん……よし! お堂の雑巾掛けしよ! 身体を動かせばモヤモヤも吹き飛ぶはず!」

 気持ちを切り替え部屋を出ようとする美紗都だったが、その時どうせ必要ないとベッドに置きっぱなしにしていたスマホが震える。

「えッ!?」

 思わずドキッとしてしまい、踵を返してベッドに倒れ込む様にしてスマホを手に取る美紗都。
 画面には新着メッセージの通知があり、宛名には〝バカズナ〟という名前が表示されていた。

「え! え!? 和成ッ!?」

 ただのメッセージ。
 しかも相手は腐れ縁の馬鹿男友達。
 なのに、美紗都は異様に気持ちが高ぶっていた。

 ここではないどこかから自分へ向けた反応。
 自分が誰かの認識の中にいることを実感出来て、その久し振り過ぎる刺激が美紗都の心を満たす。

「えっと、えっと! だぁもう! こんなのメンヘラじゃん私! しかも和成相手にこんな……うぅ……」

 少し冷静になると妙に恥ずかしくなり一旦気持ちを落ち着ける美紗都。
 そして、改めてメッセージを開く。
 そこには大学の夏季休講期間で里帰りをするから久し振りに会わないかというお誘いの内容だった。

「あ……」

 昔と変わらないやりとり。
 女の子を誘うというよりも男友達に声を掛けるサバサバした文面。
 変わってない……彼の中には昔と変わらず自分との関係が残っていた。

「あ、あはは……」

 スッと心が軽くなる気がした。
 嬉しい……。
 でも、なんだか気恥ずかしさもあり、返信の文面がなかなか思い付かない。

「っていうか……あ、ちょっと待って!」

 立ち上がり部屋の壁に掛けられた姿鏡の前に駆け寄った美紗都は自分の姿をチェックする。
 スタイルは問題無し、沈んではいたが自堕落な生活をしていた訳ではなかったことが幸いし、特に崩れは見当たらない。肌ツヤも規則正しい生活リズムの恩恵を受け張りのある年相応で大丈夫。
 しかし、個人的に髪の毛が少し伸び過ぎている気がした。

「うぅ~~! えっと、和成いつ帰って……あ、明日ぁ!? あ、いつッ! 誘うならもう少し考えなさいよ! ……どうしよう? 新見さんとこで切ってもら……あぁ、ダメだ。一昨日ぎっくり腰になったって言ってた。でも流石に自分で切るのはちょっとな……くッ、仕方ない!」

 鏡の前で右往左往しながら、昔から自分のヘアスタイルとして決めている三つ編みを整える美紗都。さらに、髪房の収め位置にもこだわりがあり必ず身体の前側へ垂らすと決めている。

「やっぱりちょっと長いな……まぁ、悪くはないわよね? えへへ、本当に久しぶりだなぁ……どうかな? 高校卒業したあともちょっと胸大きくなったんだよね~~♪ あいつ、ちょっとくらい私を女として見たりもするのかな? いや、怪しいかな……和成だしな……フフッ! そうよね……私もまだまだこれからだし! 和成に都会のこと色々教えて貰ってアクティブにやらなきゃダメだッ!」

 やはり腰を落ち着けるのは早かったのだろう。
 同世代と会うというだけでなんだが気持ちがウキウキする。
 きっと身体はもっと刺激を求めていたのだ。

 明日は新たな自分へのきっかけになるかもしれない。
 そんな期待感を込め、美紗都は洋服棚を開いたり和成のメッセージに返信を送ったりと、久し振りに晴れ晴れとした一日を過ごした…………。
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