アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene3 利害の一致

scene3-2 奪われた時間と狂った半生 後編

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 頭の中が熱い。
 まるでわざわざ火で炙った注射針を全方位から次々に刺し込まれているかの様な苦痛。
 突如目の前に奇妙な光景が浮かび、小さな子どもの泣き声が聞こえて来た。

(なんだ……?)

 どこかで子どもが泣いている……恐らく、小さな男の子の声だ。
 止まらぬ激頭痛は今なお続いているが、その泣き声に意識を向けると何故か少し痛みが紛らわされる。

 すると、今度は徐々に視界も開けていた。
 それは何の変哲もないごくごく一般家庭にありがちなリビング。
 テレビがありテーブルがありソファーがある。
 少し特徴があるとすれば、どの家具にも角の部分にカラフルな緩衝材が巻き付けられていて、ここが小さな子どもがいる家庭のリビングなのだと察することが出来た。

(どこだ、この家? 俺……いつの間に?)

 良善や曉燕の姿はない。
 もしや自分は気を失ってまたどこか別に場所に連れて来られたのか?

(ん? あれ? 俺……泣いてる?)

 視界が歪んでいて涙が溢れているのかと、司は手で目元を拭おうとして驚愕した。

(はぁ!? なんだよこれ!?)

 自分の視界に写る自分の手。
 しかしそれはあまりにも小さく、まるで幼い子どもの手の様だった。

(なんで!? え? あれ? おい、ちょっと待て! これってもしかして!?)

 視界の中の小さな両手は、そのまま下がり幼児向けなキャラクターがプリントされた子ども服の胸元を握っている。
 それを着ているのは自分で、泣いているこの小さな男の子も……自分?

(噓だろ……どうなってるんだ?)

 にわかには信じがたいが、この男の子が泣いている視界と司の視界がリンクしているのは間違いなかった。

『ああぁぁ~~~~!! ママぁぁぁぁッッ!! パパぁぁぁぁッッ!!』

 男の子は延々と一人で泣いている。
 そして、そのあまりに悲痛な泣き声に司の記憶を呼び起こされる。

(もしかして……この子、俺なのか?)

 もう殆ど朧げだが、ある日突然両親がいなくなった時の部屋で一人泣き続けた記憶。
 しかし、確信は無いものの司の中に残るその一番古い記憶では、周囲は真っ暗だった気がする。
 だが、今リンクしている司の視界は橙色に染まっていて、自分の記憶よりもさらに少し時間を遡った夕暮れ時であることが分かる。
 すると……。


 ――ガンッ!


『あッ!? 隊長いました! №Ⅰの起源体です!』

 突然背後で扉が開く音がして、少女の声が響く。
 幼児時の司が振り返ったことで今の司もその声の主を視界に捉える。

(あッ!? さ、桜美……先輩?)

 涙で歪んだ視界で見るリビングから玄関へ向かう扉の前。
 そこには、先ほど曉燕が見せてくれた物と同じデザインをした青い色をしたボディアーマーを纏う小学生くらいに思われる一人の少女がいた。

 癖一つ無い真っすぐな長い黒髪に、赤いフレームの眼鏡。
 顔立ちはもうすで美人になることが約束されている整いで、まさに今の司の記憶にある桜美七緒をそのまま小さくした様な美少女だった。

 そして、その幼七緒の後ろからさらにズカズカと二人の女性が現れた。
 幼七緒と同じくボディアーマーを着ているが、その色合いはパールホワイトに金線が引かれていて、どことなく少し格上感がある。
 色白な金髪のセミロングと褐色の銀髪ポニーテール。
 どちらも実に美しい女性ではあるが、この二人に関しては全く見覚えが無い。
 だが……。


『あははッ!! ようやく見つけたわ!』

『諸悪の根源! お前が死ねば世界は平和になるのよ!』


(――なッ!?)

 現れた謎の二人組は、幼い司を見るや一気に駆け寄りその身体を蹴り倒して顔を踏んで来た。
 客観視している今の司には痛みも何も無いが、幼い司は当然悲痛な泣き声を上げている。
 しかし、その二人は寧ろもっと泣き喚けと交互に蹴り付け、幼い司を蹴り転がして愉快げに笑っていた。

(なんだ!? 狂ってんのかよこいつら!? やめろッ!!)

 主観だが感覚が無いので客観的な叫びになってしまう。
 だが、それも致し方ない。
 泣きじゃくるこんな幼い子どもでサッカーを始める大人達。
 振り回される視界の中、司は怒りよりも困惑が勝ってしまう。
 流石に本気で蹴り飛ばしてはいないが、そのあえて加減している所により質の悪い狂気を感じた。

『あ、あのッ! 隊長方! お、お戯れはその辺で……早くそれを殺しましょう!』

『うん? どうしたのよ七緒? そんなに焦る事は無いわ』

『えぇ、そうよ。七緒、訓練所で教えたでしょ? 私達はこれをどれだけ痛め付けてもいいの。私達はこれのせいでどれほどの地獄を味わったことか……七緒だってたくさん辛い思いをしたでしょ? さぁ、あなたも蹴っていいわよ♪』

 褐色の女性に足の甲で掬い上げる様にして蹴られた幼い司がフローリングの床を転がる。
 泣きじゃくる顔が上を向けて幼い七緒と目が合った。

『……いいえ、結構です。こ、こんなヤツ、足でも触れたくありません!』

 子どもらしくプイッと顔を背けた幼い七緒。
 すると二人の女性は「そういう考え方もあるわね♪」と上機嫌に笑う。

『さぁ、本当はもっと遊びたいところだけど、周囲に気付かれては不味いわ。仕上げを済ませて帰りましょうか』

『えぇ……あ、ちょっとまって、顔に痣が出来ているわ。チッ、面倒くさいわね……治しておかないと妙な騒ぎになるじゃない』

 女性の一人が幼い司の青く鬱血したこめかみに手をかざして何やら光の浴びせ、幼司の泣き声が少しトーンを下げる。
 そして、金髪女性が取り出した一本の注射器。
 それを見て幼い七緒は驚いた顔になって二人に迫る。

『お、お待ち下さい隊長方! 起源体はここで処分するはずではなかったのですか!?』

『え? あぁ……うん、その予定だったけどね。本部の討伐評議会の決定で、№Ⅰの起源体は罪悪心理調整電極を埋め込んで〝リミットデー〟まで生かしておくことになったの』

『もちろん、常に監視はするけどね。この電極で自分は生きる資格の無いゴミだということを常に自覚させて反省の日々を過ごさせるんだってさ』

『そ、そのやり方は、少々我らの正当性にそぐわぬ気が……』

『いいのよ、たかが十数年で殺してあげるんだから寧ろ感謝して貰わないといけないくらいだわ』

『〝ロータス〟上層部の人の良さにも困った物ね。この場で殴り殺しにしたっていいの、わざわざ反省の日々を過ごさせてやるなんてさ』

 ヘラヘラと笑う大人二人。
 そして、不本意そうではあるが上役らしき二人に合わせて苦笑いを浮かべる幼い七緒。
 しかし……。


(……ふざけるな)


 七緒がプレハブ小屋で言っていた話とも合致する欠落していた記憶の真相。
 良善が言っていた〝記憶の蘇り〟という言葉の意味も理解した。
 胸倉を掴み上げられ、笑われながら左右にビンタされる幼い司。
 気が狂いそうだった。
 泣くことしか出来ない当時の自分を責める訳にはいかないが、何とかその小さな手で目の前の女の顔面を殴れないかと願わずにはいられない。

『じゃあ処置をするわ。七緒、家の外にいる奏と合流して誰か来ない様に見張っていなさい』

『は、はい! 承知しました』

 天沢奏もいるのか?
 状況を確認したい司だったが、幼い司が叩かれるの嫌で両手で顔を隠してしまい周囲の状況が分からない。

『ねぇ、なんであの子達に見せないの? 有望株だから特例でわざわざ連れて来たのに……』

『フフッ! だってあの子真面目過ぎるんだもの。きっとを使うと馬鹿正直に報告書に書いちゃうかもしれないでしょ?』

 尋ねる銀髪の女性に対し、金髪女性はニヤリと笑みを深めてもう一つの注射器を取り出す。

『それって、まさか!』

『そう♪ 元々は暴徒鎮圧用の麻酔弾だったけど、運動神経と記憶力に重大な支障が表れてしまうことから禁止になったナノマシン溶液。普通に使ったら廃人が出来てすぐにバレちゃうだろうけど、これを薄めて強制的に罪悪感を抱かせる懲罰施術と合わせれば、いい感じに無能なゴミが出来ると思わない?』

『あははッ! いいわねそれ! こいつにはお似合いだわ!』

 片手で二本の注射器らしき物を握り振りおどける金髪と、それを見てご機嫌にはしゃぐ銀髪。
 何も分からず泣き続けるしかない幼い司だったが、怖い大人達が持つ注射器を見てさらに恐怖が掻き立てられて喚き泣く。

『やぁあああぁぁッッ!! ママぁッ! パパぁぁッッ!!』

『うるさいのよこのゴミ!! ホント癪に障る! 何被害者面してるのよ!?』

『あ~~もう今すぐ殴りたい! もうさっさと処置しましょ! これ以上見てたら殺してしまいそうだわ!』

 そして、その二本の注射器からキャップが外されて首筋にそれが打ち込まれると、幼い司はつんざく様な悲鳴を上げた後、ガクリと頭を下げて目の前が真っ暗になる。

 そこで視界のリンクは途切れた。
 ハッと我に返る司。
 べったりと全身に掻いた汗で張り付く服の不快さを感じつつ、目を開けると最初と同じ天井が見え、覗き込んで来る良善と曉燕の顔。

 二人は何かを自分に語り掛けている。
 しかし、その声を頭が認識しない。

「あ……あぁ……」

 繋がった。
 消されていた記憶が蘇り、司の中で全てが繋がった。

「ああぁ……あああぁぁ……」

 声が漏れる。
 意図した発声ではない。
 身体の奥から湧き出る感情の圧がただ漏れ出ているだけの様な声。
 そして、痛みは引いたが依然として熱を持つ頭を両手で抱え……。


「ああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁッッッ!!!」


 それは決壊ではなく破裂だった。
 少しずつ少しずつ怒りが蓄積して溢れるのではなく、突然限界値を遥かに越える怒りが爆発した。

「あああぁぁ――ッッ!! あああぁぁ――ッッ!! あああぁぁ――ッッ!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁッッ!!」

 言語にならない。
 意味のある言葉を叫ぶほど今の司には思考が及ばなかった。
 そして、喉の奥に痛みが走るほど叫び続け、ようやく徐々に思考の余地が出て来ると、そこからまた更に怒りが濃度を増していく。

「あれもッ! あれもッ!! あれもあれもあれもあれも全部ッッ!! 全部あいつらのせいかよッッ!!!! ふざけるなぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

 天涯孤独の身の上、常に感じる自己否定、どんなに必死にやっても何もかも人並以下の結果となる劣等感。
 これまで感じて来たありとあらゆる無力さの正体。

 どうして自分はこんな粗悪に産まれたのか?
 拳を向ける先が無く、仕方がないから司はずっと神様を恨んで来た。

 しかし、そうではなかった。
 標的はいた……拳を向ける先も理由も自分にはあった。

「知るかよクソがぁッッ!!! 俺の子孫ッ!? 血筋の責任!? ふざけんじゃねぇぇッッッッ!! そんな訳分かんねぇ理由でこんな地獄味わわされて来たのかッ!? ふざけんなッ! ふざけんなッ! ふざけんなぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

 我慢出来ず立ち上がる司。
 しかし、手足が上手く動かせなくてベッドから転げ落ちた司は、腕に絡まるシーツを振り乱し、床を殴り、どうにか身体を起こすと今度は両手を振り被って何度も何度もベッドを叩く。

「てめぇらだけで勝手にやってろよ!! なんで俺が巻き込まれないといけないんだ!! クソがあああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 良善は言っていた。
 もし自分に未来からの干渉が無かったとしたら、自分は救いようの無い変態犯罪者になっていた。
 だが、そんなモノは今の司にとっては後付けの理由にしか感じられない。
 それなら最初からさっさと殺せばいい。
 なのにわざわざ違う道を歩ませた上で散々に笑い物にした挙句に最後は当初の罪で殺す。

 これが人のやる事か?
 これが正義と言うのか?

 何が【修正者】だ。
 こんなのはただの愉快犯の殺人集団だ。
 それを聞こえのいいオブラートに包んだ名で誤魔化して〝自分達に一切の非は無い〟とする罪の意識さえ背負う気の無い魂胆が不愉快極まりない。

「ぐッッ!!」

 顔を上げた司の視線が曉燕を捉える。
 怒りに逆上しすぎたせいか口端が切れて血が滴り、見開いた目も血走るその顔に曉燕は気圧されて後退る。

「ふざけんなよデーヴァぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 ――ドンッッ!!!


「がはッ!?」

 気付けば司はベッドを飛び越え、曉燕の首を掴んで床に押し倒していた。

「フ――ッ! フ――ッ! フ――ッ! てめぇぇぇぇぇッッッ!!!! ふざけんなッ!! てめぇら一体何様だッ!? 俺がお前らに何したってんだよッ!?」

「あ、がぁッ!? お、ぇ! ご、ごめん……な、さいぃ……ハァ、ハァ! ご、ごめ……ん……なさ……がッ!? ぐぁッ!!」

 謝って済む問題ではない。
 司は振り上げる拳を止められなかった…………。
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