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Scene2 盲目な正義
scene2-5 甘い蜜壷の底 前編
しおりを挟む「え? な、何……そいつ?」
自分は安全な所から眺めていればよかったはずだ。
そうすればこの可愛い嫁予定達が自分に褒められたいがために成果を持って駆け寄って来る。
なのにどうして今、自分の名前が……。
「な、なんでッ!? なんでお前がそれの電話に出るのよッ!? 〝博士〟ッッ!!」
真弥の怒号に合わせて、和成以外の三人が弾かれた様に立ち上がる。
知っている……四人はこの声は知っている。
この声は司ではない。
この声は……。
『おぉ? 嬉しいな……声だけで分かってくれたのか〝デーヴァ:0266685738号〟。こっちはカタログを見返さないと思い出せなかったというのに。いやぁ……父親冥利に尽きるというものだね』
〝博士〟と呼ばれる謎の男。
その正体は、真弥達四人を生み出した張本人にして、未来の悪辣組織でほぼ実権を握っていた悪の権化――良善正志。
和成はその名前を知っている……はずだった。
それは単純に四人が全てを彼に教えたから。
しかし、そんないずれ四人が自分の知らない所で殺しておいてくれるのであろう敵の名前など大した興味も無く、いちいち覚えていない。
そんなことよりも、和成は謎の中年男が自分の名を呼んだことに竦み上がっていた。
「黙れッッ!! お、お前……何で!? 何でお前が今この〝本流世界〟 にいるのよッ!? お前は第十七小隊が〝側流世界〟 にいるのを確認して私達に定期連絡を……」
――ガシャアアアアァァァァンッッ!!!
「なッ!?」
「うわあああああぁぁぁッッッ!?」
突然頭上からテーブルに落ちて来る四つの塊。
一纏めにされていた食器類が弾け飛び、テーブルの天板も砕け壊れて和成が椅子ごと後方に倒れ込み、人工芝を敷いた床で頭を抱えてうずくまる。
だが、その投下物を目にした真弥、そして残りの三人は、倒れた和成へ駆け寄ることが出来なかった。
「じ、十七小隊の……みんな?」
呆然と呟く千紗。
そこにいたのは首から下をほぼ全身黒い皮ベルトで簀巻き状態にされた四人の少女達。
汗で張り付いたクシャクシャの髪、泣き腫れた虚ろな目、そして口から涎が垂れてしまっていることにも気付けていないほど四人は極限まで精神衰弱している様子だった。
「ご、ごめん……なさい……。も、もう二度と……逆らい、ません……」
「私達が、間違ってました……。ごめんなさ、い……ごめ、んなさい……」
「お、お願いです……もう許して……。ゆ、許して……下さい……お願い……します……」
「何でも、言うこと……聞きます。く、屈服します……奴隷に、戻りますから……」
延々と呟き続ける少女達。
もうそれだけで彼女達が心を折られるほどの目に合わされたのは明白だった。
『言っておくけど私は何もしていないよ? 彼女達がそんな有様なのは君達もよく知る〝殺人愛好家〟に殺さない様に厳命した上で三日ほど預けたらそんな感じになってしまったんだ。私の偽情報を流せと命じたら、まぁ従順に言うことを聞くこと聞くこと。おかげでとても動きやすかった』
「くッッ!! こ、の……クソ野郎がぁッッ!!」
見るも無残に変わり果て、もう用済みだと言わんばかりに返却されて来た僚隊の姿に歯を喰い縛り怒り叫び散らす真弥。
そして……。
「緊急入電ッ! 段階上告手順省略ッ! こちら桜美中隊隊長兼第二十八小隊隊長・桜美七緖ッ!! 至急戸鐫大隊長へ繋げッ!」
「如月統括長ッ!? 応答して下さいッ! 緊急事態ですッ! 応答して下さいッ!! 菖蒲さんッッ!!」
七緖と奏は耳元に手を当て、慌ただしくどこかと連絡を取り合っている。
千紗はベランダの四隅へ何やら機器を設置して周囲に会話が漏れないように細工をしていて、和成だけがただ一人呆然としていた。
状況はまるで理解出来ないが、とにかく大変なことが起きているらしいことだけは分かる。
邪魔をしている場合では無いのだろうが、和成にそんな配慮の余裕は無かった。
「ち、ちょっと千紗ちゃん! あの男何ッ!? な、なんで僕の名前を知ってるのッ!?」
装置の設置を済ませ、今度は急いで家の中へ向かい別の作業をしようとしていた千紗の服を掴み引っ張って捲し立てる和成。
安全地帯に一歩引いていたはずの自分がいつの間にか事態の内側にいる。
その事態に和成はすでに少し錯乱状態にあった。
「あいつが〝博士〟千紗達のことを〝デーヴァ〟と呼んで酷いことしてた奴ら……〝Answers,Twelve〟の副首領だよ!」
足止めたて腰に縋り付いて来る和成にではなく、スマホの先の者に対する怒りが煮え滾る顔を浮かべる千紗。
いつも無邪気で明るい顔をしていた彼女にはとても似つかわしくない負の表情。
だが、和成はそれよりも……。
「ア、アンサーズ、トゥエ? え? デ、デーヴァ? ……何それ?」
「え? 和……兄ぃ? せ、説明……した、よね?」
「は? い、いつ? そんな話……したっけ?」
「……え?」
唖然とする千紗と首を傾げる和成はしばし無言で見つめ合う。
全て説明した。
彼には包み隠さず、自分達の思い出したくも無いかつての生き地獄と、そこに関わって来た地球に生きる資格も無い様な大悪党達のこと。
しかし、目の前の〝将来の旦那様〟は、ポカンと口を開けてまるで初耳であるかの様に目を点にしていた。おかしい……自分で言うのも変な話だが、真面目に聞いていたなら早々忘れる様な内容ではないはずだ。
だが、そのことを悠長に確認し合っているほど事態は穏やかではなかった。
「御縁司と接触したっていうのッ!? 奴の周囲は二十四時間監視部隊もいたはずよ!?」
『ん? あぁ……君達の別中隊だったかな? それなら〝黒風の燕〟が手を打ってくれた』
「く、黒風の燕……まさか、李曉燕ッ!? 何でッ!? あの人は戦死したはずよッ!?」
『はっはっはっ! 死体もロクに確認せず「立派に使命に殉じた」などと美談で思い出にしているからこうして予想外の手を打たれるんだよ。君達世代の憧れだった彼女は、今や私の忠実な下僕に戻っている。そして、ひょっとすると君達がこれまで〝戦死した〟と思っていた先輩達も、本当はまだ生きているかもしれないね? かつての様に……私の無様で卑しい家畜として』
「こ……殺すッッ!! お前は絶対許さないッ!!」
『あはは! 自惚れないでくれ。君達如きにお許しを頂かないといけない事案など私の人生に無いよ。まぁいい、折角同じ時間にいることだし、こんな旧時代の通信機越しではなく、直に会って話そうじゃないか。返却したそのデーヴァ達に聞いてみたまえ。私の居場所は教えてあるから、ぜひ皆で遊びに来てくれ……歓迎するよ』
「上等よ! 首洗って待ってなさいッ! 八つ裂きにしてやるわッッ!!」
――バキィッッ!!
歯を剥き、目を血走らせて激怒する真弥の掌の中でスマホは粉々に握り潰されてしまった…………。
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