アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene2 盲目な正義

scene2-4 止め処ない欲 後編

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 しかし、そこで問題が生じた……それは四人の変化のだ。


 朝起きたら四人の誰かが日替わりで司のベッドに潜り込んで来ていたり、分担制と決めていた家事はどんどんと四人だけで回す様になり和成は何もしなくてよくなっていった。
 家ではまさにご主人様とメイド、大学では一応人目は気にするも主君と影に徹する忍の様に四人はどんどんと和成に依存していく。

 だが、和成はそれを特段気にすることなく受け入れ、寧ろ四人の献身を「これは僕の努力の成果だ!」と存分に味わい始めた。

 休みの日には大学でバレない様に遠出のハーレムデートをしたり、少し冒険して広々としたリビングで昔自分が推していたアイドルの際どい衣装を着て貰い、自分の為だけに歌い踊って貰ったりもした。
 次第に我欲が漏れ始めて来る和成に対し、四人は嫌がる素振りもなく寧ろどんどんと和成に依存度を高めて行き、和成も王様気分を満喫していた。

 だが、そんな日々の中で新たな問題が発生する。
 そして、今回ばかりは和成もそれを流す訳にはいかなかった。

 それは四人の内の誰かが起こしに来る習慣になっていた朝での一コマ。
 その日、たまたま早く目を覚ました和成がリビングに顔を出すと、キッチンに立っていたまだ寝惚け眼の真弥が、欠伸混じりに手に持ったニンジンを軽く投げ上げて……

 そして、それをクルクルと回転させて包丁も無しに桂剥きにしたあと、人差し指を立てた片手を一度振ると皮が剥けたニンジンは一瞬で千切りに刻まれてまな板の上に落ちたのだ。

 料理アニメなどでよく見る超人的な動き。
 だが、そんなアニメのキャラでも包丁ぐらいは握っているだろうし、何より投げたニンジンが空中でフワフワと留まるはずもない。
 そして、そのまま朝食の準備を続けようとしていた真弥は、そこでようやく唖然と立ち尽くす和成と目が合い一瞬で眠気を覚まして硬直する。

 幼い子どもならきっとはしゃぎ散らしても、適当に言いくるめれば誤魔化せたかもしれない。
 だが、和成はそんな子どもでは無い。
 フィクションはフィクションであるからこそ楽しめるモノであり、それが突如リアルへ現れたらそれはもうただただ理解出来ない異質。

 困惑して後退る和成の反応に嫌われると思ったのか、真弥は取り乱して和成に縋り付き騒ぎを聞き付けた三人もやって来て、等々この唐突な同居生活の真相が語られることになった。

 しかし、最初四人並んで床に正座する前でソファーに座る和成は呆れた顔になってしまった。
 何せ、代表して七緒が語ったのは〝自分達はある男を殺すために千年後の未来から来た半人造人間であり、その未来で世界の平和を取り戻すために戦う秘密組織の戦闘員だ〟という突拍子も無い話だったからだ。

 さらに、自分達はその中でもエリートであり、あと一つ任務を完遂すれば戦いから解放されるため、自分達の上役である和成の母――菖蒲が、日常に戻る為の慣らしとして和成との同居生活を手配したという。

 もちろん和成は鼻で笑った。
 いや、それどころか自分にメロメロになりつつある美少女達が、実はただの精神異常者だったかもしれないと幻滅した顔になり、それでも必死に縋って来る四人の反応に少々気圧され、和成は四人前で実際に母親へ電話を掛けてみた。
 すると……。


『あぁ、それ本当よ。いやぁ~バレちゃったのね。あはは! これは真弥を引っ叩いておかなきゃね!』


 その時の衝撃を恐らく生涯忘れない。
 さらに言えば、精神異常者だからと言って物を浮かせたり刃物も使わず物を切り刻めるはずもない。
 自分の中での常識が崩れ去り、和成はもっとその非常識を確かめようと掌を返して突っぱねようとしていた四人に別のことが出来るかを尋ねた。

 指を立ててデコピンをする様にその指を弾くと離れた場所にある壁や床、窓ガラスなどにその指を当てた様な音を鳴らして見せる奏。

 真っ直ぐに立つ和成に頭の中で〝右手を上げるか左手を上げるか〟を想像させて、それを百発百中で瞬時に当てて見せる七緒。

 千紗は特に分かりやすく、両手の掌を開いて伸ばすとその細い腕に淡い紫色の靄が渦巻き、それが形を変えて巨大な狐の顔の様なモノへと姿を変えた。

 和成にバレる原因となった真弥も部屋の端から何も持たない手を軽く横へ振るだけで、的代わりにテーブルに置いた空き缶を真っ二つに切り裂いて見せた。

 そして、本当の極め付け。
 電話をしてから僅か十数分後、突然ベランダへ出る窓が外からノックされ、振り向いた和成の前には苦笑しながら手を振る片道数時間は掛かる地元に残っていたはずの菖蒲の姿があった。

 指を差しパクパクと口を開いて固まる和成の横を抜け、千紗が窓を開くと菖蒲は部屋に入るなりまず真弥に強烈なげんこつを見舞った後、和成に隠していたことを詫びて四人の話は全て本当であると改めて説明した。

 四人と菖蒲は未来人。
 その千年後の未来では、人類は悪辣な組織に社会の裏から牛耳られ、菖蒲はそんな組織が道楽で生み出した半人造人間として奴隷の様に扱われていたそうだ。
 そして、四人はそんな奴隷の後継世代。
 作られた命であるがために人権は無く、まるで家畜の様に消費されていた。

 だが、そんな生き地獄はある日唐突に終わりを迎えて悪の組織は瓦解。
 半人造人間達は、自分達が味わって来た負の歴史を二度と繰り返さぬため、解放された仲間達と正義の組織を作り上げて悪の組織の残党狩りを始め、さらにその根本を絶つべく、悪の組織の中枢にいた十二人の先祖をも抹殺して地球を浄化する計画を立てた。

 そんな中、母である菖蒲はこれまでに十分な成果を上げ自分の好きな日常を生きることを許された特権階級者であると同時に、今は現役世代である四人をサポートする〝現地協力員チューナー〟を務めていた。

 信じられないが信じるしかない状況。
 さらに言えば、人造人間であるらしい菖蒲から産まれたというからには、ひょっとして自分も普通の人間ではないのかと問う和成だったが〝現地協力員〟となる際にその身体の特殊性は処置が済んでいる上、父親は紛れもなく人間でありその間から産まれた和成は常人と何ら変わりはないらしい。

 こうして理解が追い付かずも説明や物的証拠で納得せざるを得なくなった和成。
 だが、事実は事実だと呑み込んでしまえば、それは在り来たりな人生よりよっぽど刺激に満ちた世界ではなかろうか?

 悪と戦う未来人……そんな美少女達に愛される夢のハーレム生活……。
 それはただの人間では味わえないファンタジー。
 和成はこの数奇な運命の中で自分に惚れたヒロイン達に囲まれながら悪を打ち倒す壮大な物語の主人公になる筋書きを妄想する。

 和成は自分にも何か手伝えることはないかと申し出た。
 単なる英雄願望でしかなかったが〝世界のために戦うなんてすごい〟〝僕もみんなの役に立ちたい〟と熱く語り続けると、母である菖蒲は少し迷いながらも息子が自分達の使命に理解を示してくれたことを喜び、四人も大好きな和成が力になってくれることを諸手を上げて歓迎し、今までよりもさらに強く和成への愛を深めていた。


(フフフッ! 最ッ高~~♪ でも、現在ここではそのことを公に出来ないのがつまんないなぁ……さっさと御縁を殺して、未来でいっぱい称えられてぇ~~♪)


 不労働なセレブ生活と見惚れる様な美少女達に愛され尽くされるハーレム生活は、段々と和成を変えていた。今ではすっかり自分を〝世界の平和を守るヒロイン達のご主人様〟と勝手に妄想し、そう言っても間違いではないほど四人に愛される和成は、ここ最近街や大学ですれ違う人々を完全に下に見て「お辞儀くらいしろよ、守ってあげないぞ?」と一人胸の中で悦に浸っていた。

 ただ、実際に和成が手伝っている内容はまるで大したことは無かった。
 和成を危険な目に合わせる訳にはいかないとする四人の意志は固く、和成も流石に命まで賭けたくはないので程々の所で〝四人の決意に折れてあげた〟感を出し、安全な所までいそいそと下がる。

 しかし、全く何もしないというのもつまらない。
 そのため和成が担う役割は、四人の最終目標に定められた未来の悪の祖先である同回生の間でも密かに物笑いの種だったダブりの冴えない男――御縁司と友達ごっこをしつつ、彼の自己肯定感を程度に維持して行動をコントロールしやすくサポートすること。

 正直、初めて声を掛けた時はこんな男から未来の地球を支配する様な奴が産まれるなど想像も出来なかったが、まるでターゲットを始末するスパイになった気分で楽しかったし、何よりこの程度の関わりなら〝殺す〟ことへの罪悪感も大したことは無くて気が楽だった。

 そして、四人が所属する未来の組織の中では、司を殺す明確な日時が定められているらしく、それが奏と真弥が計画した司とのデートの日。
 その日はいよいよ明日に迫っていた。

「はぁ~~いよいよ明日だね! これでまた世界が少し綺麗になるんだって考えると晴れ晴れした気持ちになるよ」

 美味しい手料理を満喫し、食後のデザートにアイスを結局は順番を決めて回って来た七緒を膝の上に座らせ食べさせて貰う和成は、夜空の月を見上げてまるで自分が頑張って来た様に語る。
 ただ、その最近いよいよ隠し切れなくなって来ている傲慢さをたしなめる者はこの場にいなかった。

「えぇ、これでやっと私達も任務を外れて菖蒲さんと同じく好きな時代で自由に生きる権利を手に入れれるわ」

 トロンとした笑みで和成にアイスを差し出して来る七緒。
 和成はだらしなく頬を緩めて「自分もしたい……」と羨ましげに見て来る三人の可愛い嫉妬顔も楽しみながらそのアイスを頬張る。

 最高の一時だ。
 だが、やはりこの現代でハーレム持ちは何かと窮屈だ。
 四人の身分を隠すため、大学や近所でも基本は他人行儀なのも煩わしい。
 別に産まれたこの時代に未練なんて無いし、和成はさっさと別に情も義理も無い司を殺して、未来でもっと堂々と彼女達を侍らせる本物のハーレム生活を待ち望んで……。


 ――プルルルルルッッ! プルルルルルッッ!!


 五人の甘くゆったりした食後の休憩に水を差す雑音。
 その音の源は、テーブルの片隅に置かれていた真弥のスマホの着信音だった。

「うん? 誰だろ……――うげぇ!」

 スプーンを口に咥えながら手を伸ばしてスマホの画面を見た真弥が不快げな声を上げる。
 その萎えた声音であとの四人は相手を察した。

「ねぇ……やっぱり出ないとだめかな? 気分じゃない……っていうか長いよこいつ。マジでキモいんだけど……」

 鳴り止まない着信相手は――御縁司。
 ただ、名前欄には〝汚物〟と登録されていた。

「当たり前でしょ? 早く出なさい真弥。作戦決行は明日なのよ? ここであの腰抜けそうな男が尻込みしたらどうするのよ」

「うぅ~~! ねぇ、奏が代わりに出てよ! あんたが一番あいつに好かれてんじゃん!」

「ちょっとやめてよ気持ち悪い! 真弥ちゃんにたかって来てるんだから真弥ちゃんが対応して!」

 相手をハエにでも例える様な奏の辛辣な一言。
 流石に可哀想だなと和成はクスクスと笑いを堪える。

「真弥姉ぇ……それうるさい。早く出てよ」

 アイスを頬張り咥えたスプーンをクイクイと上下させ、本当に煩わしそうに半眼になる千紗。
 誰もフォローしてくれず、真弥は半泣きで本当に気持ち悪げにスマホの応答ボタンに指を伸ばす。

「あぁもうッ! 分かったわよッ! ……こほん! はいは~~い……もしもし! ごめんね司、どしたの? ちょっと今、お風呂入っててさぁ……あ! 変な妄想しないでよぉ~~?」

 応答するまでのタイムラグを誤魔化す見事な変わり身。
 少々眉を潜めたくなるやり口だが、致し方ない。
 加減をして演技出来る程、彼女達四人の司に対する憎悪は生易しくはないのである。

『…………』

「あれ? 私のナイスバディを想像してドキドキしちゃった? むふふ……ところで何よ? あんま長話されると風邪引いちゃ――」



『やぁ、こんばんわ……如月和成君。奴隷の過去があるせいで他人からの善意に弱く、ちょっと優しくされたらすぐなびく尻軽どもを囲った安ハーレムは快適かい?』



「……え?」

 勝手にスピーカーモードになった真弥のスマホから響く男の声。
 それは明らかに司ではなく、和成はまるで背後から喉元に鎌の刃を添えられた様な恐怖に凍り付いていた…………。
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