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Scene1 埋もれた弱者
scene1-9 理不尽な敵意 前編
しおりを挟む翌日。
たった一晩だが十分に異世界体験をした司は、大学へ来たはいいものの一限目からまるで講義が頭の中に入って来ない無為な時間を過ごしていた。
「……ダメだ。なんだか全部馬鹿馬鹿しくなってる」
キャンパス内の端にある今はもう使う当ての無い部活やサークル用の部室が連座するプレパブ小屋。
その裏手にある学内の粗大ゴミ置き場で、司は一人昼食抜きでぼんやりと空を眺めていた。
「スカウト……か。まぁ、十中八九犯罪だろ? 冗談じゃないっての」
昨夜の良善からの誘いを思い出す。
もちろん、司の心は決まっていた……〝断る〟だ。
落ち着いたあのマフィア風男の物腰や雰囲気は、下手な大人より遥かに紳士的でまともに見えた。
しかし、だからと言ってあんな社会の闇を煮詰めた様な世界に身を沈めるなど馬鹿げている。
でも、そう思っている割に頭の中では常に昨日の体験がループしていて何も手が付かない。
「こんなことしてる場合じゃないのにな……」
本来司にとって大学での講義中は一瞬たりとも気が抜けない。
何せ地頭が無い分、講師の話す言葉は一言一句聞き漏らせない。
毎日キャンパス内の教務課で頭を下げて貰う不要なコピー用紙をノート代わりにしてびっしり板書を写し埋め、帰宅してからもひさすらちゃぶ台にかぶり付き勉強を続け、それを去年一年間通したからこそ司は二回生に半分お情けで進級出来た。
でも、今のままではもう三回生に上がるのは厳しいと言われている。
生活を勉強と生活費稼ぎのバイトだけに費やす張り詰めた日々。
はっきり言って今が自分の出来る限界だ。
これ以上のことをすれば生活か身体か、どちらかが確実に壊れてしまう。
「はぁ……さすがに留年したら、とても生活出来ないよな」
高校は卒業した。
粘り強く探せば、まだ若い司なら採用して貰える見込みはあるかもしれない。
少しでも「もっと上へ」と足掻こうとしたが、こうして結果を出せる見込みが無いならやはり悪手だったと認めざるを得ないのだろう。
(もう、流石に潮時なのかな? それに……そもそも、目指している先が潔白とも限らないんだよな)
ここでも昨夜の体験が尾を引く。
常識から掛け離れた背徳の世界で、贅と欲を貪る生活を送る者達。
極端な例だとは思う……あれが常識なら社会など成り立たない。
しかし、程度の差はあれきっと世の中には埋めようのない優劣があって、自力も他力も無い自分はこれからどんなに努力を重ねて社会に出ても、きっと死ぬまで搾取される側で微々たる上下の果てにこの人生を終えるだろう。
「知った風なこと言ってんな……俺」
自分に自分で嘲笑してしまう。
でも、その達観もどきが止まらない。
自分が目指す社会は、きっと一握りの金持ち達がその人生を謳歌するための遊び場。
あの特権階級の仮面客達はおろか、彼らが日常で扱き使う者達にすらきっと自分は届かない。
「あぁッッ!! ダメだ! 引き摺られてる! 冗談じゃない! そんなの違う! あんなクソみたいな世界の住人になるくらいなら、惨めでも真人間の方がいいに決まってるじゃないか!!」
バチンと両頬を叩き、司は揺れ動く心の針を強引に誠意へ傾けて気持ちを切り替える。
いくらみすぼらしかろうと、他人を踏みにじる様な恥ずべき生き方だけはして来なかったつもりだ。
潮時どうこうは一旦脇に避け、司は自分の日常観を取り戻すためにスマホを取り出し、コミュニケーションアプリを立ち上げると、今の自分の人生にだって温かな陽だまりがあることを思い出すべく、不安でまだ口には出せないが〝友達〟と思っている年下の同回生へメッセージを送った。
「〝実は今度の日曜に天沢さんと綴さんに誘われて出かけることになった〟……と。う、うわぁ……」
自分で打ち込んだ文面に緊張してしまう司。
二~三度指が送信ボタンの上で迷った後、意を決してメッセージを送る。
すると、その送り先である相手からはすぐに返信が来た。
――嘘!? マジですか!? あの天沢さんと綴さんの二人とデートとかヤバすぎでしょ!!
――っていうか、両手に花のハーレムデートとか、司さん実はプレイボーイ!?
「デ、デートって! いや……そ、そうだよな。休みの日に一緒に出掛けるんだし……あ、あはは……〝うん、実は服を選んで貰えるんだ。でも俺、デートなんてしたことなくて、何か女の子を楽しませてあげれる事って無いかな?〟……くふふ♪」
ゾワゾワと全身がこそばゆくなる。
そうだ……自分は今度の日曜日に、あのミスコンにも選ばれた大学一の美少女達と一緒に出掛けれるんだ。
スマホ先の彼の様に、そんな話をすればこの大学にいる殆どの男子生徒が羨む夢の様な休日。
何の魅力も無い人生に疲れていたせいであんな劇薬みたいな一夜に気持ちが引き摺られかけていたがそんなことはない。
自分の人生にだって楽しいことがこの先きっと……。
「あはは! ほら、見てよ? 僕が言った途端すぐに自分から〝デート〟って返して来たよ!」
「……え?」
プレハブ小屋の表側から声が聞こえた。
そして、所々錆び付いていても司のボロアパートより遥かに頑丈そうな階段を登る足音がして、司は思わず身を屈める。
「なんだよ、ここ全然人が近寄らないから気に入ってたのに……。いや、でも今の声って……」
大学内では食堂やカフェテリアですらアウェイ感があって落ち着かず、ここは司が唯一この大学の敷地内で気が休まる憩いの場。
そこに何者かがやって来て陰鬱な気持ちになりかけたが、聞こえて来たその声には聞き覚えがあり、司は身を屈めたままそっと頭上の渡り廊下を覗き見上げた。
「うわぁ……本当だぁ~。絶対ニヤニヤ気持ち悪い顔して打ってるね」
「全くね。あんな小汚い見た目でよくも〝奏と真弥がデートに誘った〟だなんて本気で信じれるモノだわ」
「あはは……そこまで言わなくても。でも、まぁ普通断るべきだよね。あの陰キャっぷりで気安く僕の奏と真弥に近付いて欲しくないよ」
どうやらやって来たのは男一人女二人の三人組らしい。
そしてその三人は誰も使っていないはずの部室へ鍵を開けて入っていった。
何となく感じる如何わしい雰囲気。
だが、それよりも気になるのは……。
「い、今の……如月君?」
――如月和成。
何を隠そうつい今し方、司とメッセージのやり取りをしていた〝友達〟と思っていた青年だ。
どうにか二回生に進級した直後、相変わらず孤立していた司に選択授業でたまたま隣に座って以来気さくに声を掛けてくれた優しい人。
オドオドして消極的な司を見下すことなく、敬いとまではいかないがちゃんと年上として尊重してくれていた。そんな彼が聞き間違えでなければ今、司をこれ以上無いほど侮蔑しながら女の子達と個室へ消え入り、司は全身から力が抜けて手からスマホを滑り落とす。
「え? い、いや……ちょっと、待って……」
汗ばむ初夏の日差しも消えた様に全身が寒くなっていく。
待ってくれ……頼む、聞き間違いであってくれ。
受け入れられない……受け入れたら、多分もう自分は他人に声すら掛けれなくなる。
「な、何かの間違いだ。だ、だって……そもそもそんな言われ方をするほど嫌われることなんて……」
自分がこれまで和成と交わして来た言葉の一言一句に相手の気分を害させる様な言動が無かったかを必死に思い起こしながら、司は身体を震わせて気付けば細心の注意を払いつつ、三人が入った部屋の前まで這い寄る。
もうこの行為自体が相手にとって失礼なのは分かっている。
ただ、さっき自分が聞いた彼の言葉が「聞き間違えだった」という確信が持てる言葉だけ確認したかった。
幸い通路側の窓ガラスはあとからスモークシートを貼ったのか、窓枠にほんの少しだけ透明な隙間があり中を覗く分には十分。壁もそんなに厚くは無いので中の会話も聞き取れた…………。
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