アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene1 埋もれた弱者

scene1-6 伏魔殿の主 後編

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「雅人様、私達は一旦……」

「ん? あぁ、そうだな。ついでにを呼んで来てくれ。多分そろそろ帰って来てんだろ?」

「はい、承知しました」

 スマホの画面に目を落とす雅人に許可を得て、曉燕と白服達は揃って雅人と司にそれぞれ頭を下げてVIP席を去り、来た時に乗ったエレベーターへと消える。
 そして、二人だけにされたバルコニー席で立ちつく司も意に介さず、雅人はスマホを耳に当て通話を始める。その応答の速さからして、どうやら相手はワンコールで雅人の電話に出た様だ。

「よぉ、? 急なんだがよ、今からすぐに都内でパトカー十台くらい集めて暴走族っぽく走り回ってくんね? そう、今すぐ。ガンガン蛇行して信号もガン無視。「運転訓練で~~す!」とか拡声器で叫びながらな。あ? 何? 俺がやれって言ってんだろ? 文句ある? …………おぅ、当然だよな。それと報道規制とかもすんなよ? じゃあ、よろしく~~」

「お、おい……」

 通話を終え、目の前のテーブルにスマホを投げ置く雅人。
 荒唐無稽な会話。有り得ない、そんなことを警察がする訳が無い。
 司は自分の中の常識に照らしてそれを否定するが、言い知れぬ不安感が掻き立てられ、ニンマリと下品な笑みを向けて来る雅人の顔に冷や汗が止まらなかった。

「へへッ! 司、そこのモニター点けて見ろよ。それ、テレビも写るからさ」

 得意げな表情を浮かべて葉巻の紫煙を鼻から吐く雅人。
 司は大きく喉を鳴らし、震える手でテーブルに置かれたリモコンを取りモニターを点けてチャンネルを回す。
 今の雅人のあり得ない電話の真意を確かめるなら、どこかのニュース番組でも見てみれば、すぐに速報が入るだろう。


『――との事です。今年の夏も非常に厳しい猛暑が予想され、気象庁は幼児や高齢者の体温管理に警戒を呼び掛け……あ、はい。速報が入りまし……え? あ、あの……これって……』


 ニュースを読み上げていたアナウンサーが、画面外に目を向け困惑している様子。
 どうやらその速報の内容がにわかには信じられないモノであったらしい。

「お、おい……まさか……」

「ふふん♪」

 立ち尽くす司。
 得意げに鼻を鳴らす雅人。
 そして、アナウンサーは依然戸惑いながらも再び視線を前に向けた。


『し、失礼しました。速報です。つい先程、都心部で警官の乗ったパトカー数十台が突如徒党を組み暴走行為に及んでいるとの情報が入りました。大通りを蛇行し、サイレンを鳴らしながら「これは訓練走行です」と拡声器で叫びながら信号も無視して暴走を続けており、各地で歩行者数名が転倒により負傷したとの報告も……』


「…………」

 有り得ない……こんなの仕込みだ。
 司はここの備品であるモニターなど信用出来ないと、格安設定の殆どバイトの連絡用にしか使わない自分のスマホを取り出してSNSの書き込みを検索する。


 ――やべぇ、ポリ族誕生。

 ――は? ケーサツ狂った?

 ――お、新手の賃上げ要求か?

 ――いやいや、これマジで冗談じゃ済まんだろ?

 ――ポリ「おいガキども! これが本当の暴走だ~!」


 馬鹿馬鹿しいふざけたコメントから本気で困惑しているコメントまで、凄まじい勢いで情報が更新されてゆき、中には丁度現場にいたのか動画を添付している書き込みまであった。

「う、嘘……だろ?」

 スマホを持つ手が震える。
 なんだこれは? 彼らはこの国の治安を守る国家機関で、言わば正義を執行する者達ではないか。
 そんな組織が目の前のたった一人の男の悪ふざけた発言にこんなに素早く従っている?

「こ、これって……」

 司は雅人を見る。
 雅人は足を組み代え顎を反り上げ「どうだ?」と言わんばかりの顔をして口を開く。

「司……もう一度ステージ見てみろよ?」

「――ッッ!?」

 司はビクリと肩を震わせながら壊れた機械の様な軋んだ動きで振り返る。
 再び見る会場は、白目を剥いて気を失った者から順番に全身を縛られ、リングの周囲に見せしめの様に吊るし上げられていく。
 すると観客の一人が進行の白服の元まで歩み寄り、その手に持たれたボードに何やらサインを書き込むと、丁度縛り終えられた失神している女性の所へ案内されて滑車から伸びるロープを渡され、自ら敗退者を吊るし上げて高笑いしていた。

 そして、やはり笑いと興奮で盛り上がる客席。
 ここへ来る途中の司の想像はあながち間違いでも無かった。
 姑息にも素顔は仮面で隠す観客達は、目の前で言われた通り見世物になる者達を圧倒的な優位から見下して笑い物にする愉悦に浸っている。

 信じられない悪辣、なんという不条理。
 こんな事が世にまかり通っていることが悍ましい。
 いや、ここまで来るともはや……恐ろしい。
 得体が知れないとは思っていたが、これはもう真人間が知っていい世界の話では無い気さえした。

「あ、あの……冴木、さん? ホント、俺に……一体、何の用が…………」

 雅人の様な典型的な不良そうな者に下手に出るのは昔から嫌いだった。
 学生時代にはよく虐められたし、金をせびられそうになった事もあったが、どんなに殴られようが蹴られようが絶対に屈服はしなかった。

 しかし、これはもうそういうレベルの話では無い。
 今背後にいる男の機嫌を損ねるということは、不良に因縁を付けられるのと訳が違う。
 だが、そんな司の変わり様に雅人は……。

「あん? なんだよ、またチビリそうな訳? くくッ! だから心配すんなって。俺は他人の人生狂わすなんて暇潰しでやって来た奴だし、お前みたいなナヨナヨした奴は特に痛め付けてやりたいけど、なんでもお前……兄貴の恩人らしいじゃねぇか。ただのヤンキーだった俺にこんな生活をくれた兄貴の恩人なら下手なことはしないから安心しろよ」

 ニヤリと笑い立ち上がる雅人は席の隅にあるバーカウンターに向かい、慣れた手付きでカクテルを用意し始めた。

(本当、何なんだ? 意味分からないよ……)

 先ほどから事ある毎に出て来る雅人の言葉は、どれもこれも全く身に覚えが無い。
 自分が誰かの命を救った? そんな誇らしい行いが出来た試しなど、どこまで掘り返しても司の記憶には無い。だが、そんな司の戸惑い顔も気にせず、雅人は両手にグラスを持って司の横までやって来ると、その一つを司に押し付けてから自分の分を目線に掲げてグラス越しに司を見る。

「司……。ギャグなんかじゃねぇ。ガチで世界を支配出来るとんでもなく頭のイカれた男にな。俺達はもう何でもしていい、誰も俺達に逆らえない……この世界は全部俺達のモノに出来る。マジ、サイコーじゃねぇ?」

「――なッ!?」

 高級な場所で高級な身なりをしてもやはりどこか安っぽい軽薄さを感じさせる雅人だったが、グラス越しのその両目がほんの一瞬まるでを瞬かせて司の全身を震え上がらせる。

 今のはなんだ?
 心臓が早鐘を打ち、異様に喉が渇き、今すぐ手にしたグラスの液体で喉を潤したい衝動に駆られる。

「あ、あの……ホント、そろそろ説明してくれないか? お、俺……まだ何も理解が……」

 手にしたグラスの湖面に立つ波は一向に収まらない。
 しかし、勇気を振り絞り改めて尋ねる司。
 その司の反応にしっかりとマウントが取れたことを確信し、ニヤける雅人がゆっくりと口を開こうとした瞬間……。


「あ~ぁ……やっぱりだ! 雅人君! 何の説明も無しにいきなり一般人君にショック与えるんじゃないわよ! 話がややこしくなるでしょ!?」


 何かを切り出そうとしていた雅人の声が鈴の音の様な新たな声に遮られ、雅人と司は同時にエレベーターの扉の方を向く。

 そこには三人の人影があった。
 まず目に付いたのはプクッと膨らませた頬が可愛らしいものの、こんな悍ましい場には絶対来るべきではない着物姿の幼げな少女。
 そんな少女の隣には何やら白い木の棒の様な物を両手で丁寧に持ちその少女に付き従う曉燕。
 そして、三人目は……。


「雅人、君は自分の趣味がアブノーマルであることをもう少し自覚しなさい。客人にいきなりあんな低俗なモノを見せては、こちらの話の誠意が彼に伝わらないではないか」


 黒いチェスターコートと白のストールを小脇に抱えて、中折れ帽を胸元に持つきっちりとしたスーツ姿をしたまさにダンディズムを体現している初老の男性。
 細身の長身で少しひ弱さを感じるが、積み重ねた歳の重みをしっかり感じさせる威厳があり、何よりもその男が放つ空気すら押し退ける様な存在感に司は心臓を掴まれた様に硬直しながらも、間違いなくこの男こそが雅人の言っていた〝イカれた男〟であると確信した…………。
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