7 / 136
Scene1 埋もれた弱者
scene1-6 伏魔殿の主 後編
しおりを挟む「雅人様、私達は一旦……」
「ん? あぁ、そうだな。ついでに兄貴と姉御を呼んで来てくれ。多分そろそろ帰って来てんだろ?」
「はい、承知しました」
スマホの画面に目を落とす雅人に許可を得て、曉燕と白服達は揃って雅人と司にそれぞれ頭を下げてVIP席を去り、来た時に乗ったエレベーターへと消える。
そして、二人だけにされたバルコニー席で立ちつく司も意に介さず、雅人はスマホを耳に当て通話を始める。その応答の速さからして、どうやら相手はワンコールで雅人の電話に出た様だ。
「よぉ、総監? 急なんだがよ、今からすぐに都内でパトカー十台くらい集めて暴走族っぽく走り回ってくんね? そう、今すぐ。ガンガン蛇行して信号もガン無視。「運転訓練で~~す!」とか拡声器で叫びながらな。あ? 何? 俺がやれって言ってんだろ? 文句ある? …………おぅ、当然だよな。それと報道規制とかもすんなよ? じゃあ、よろしく~~」
「お、おい……」
通話を終え、目の前のテーブルにスマホを投げ置く雅人。
荒唐無稽な会話。有り得ない、そんなことを警察がする訳が無い。
司は自分の中の常識に照らしてそれを否定するが、言い知れぬ不安感が掻き立てられ、ニンマリと下品な笑みを向けて来る雅人の顔に冷や汗が止まらなかった。
「へへッ! 司、そこのモニター点けて見ろよ。それ、テレビも写るからさ」
得意げな表情を浮かべて葉巻の紫煙を鼻から吐く雅人。
司は大きく喉を鳴らし、震える手でテーブルに置かれたリモコンを取りモニターを点けてチャンネルを回す。
今の雅人のあり得ない電話の真意を確かめるなら、どこかのニュース番組でも見てみれば、すぐに速報が入るだろう。
『――との事です。今年の夏も非常に厳しい猛暑が予想され、気象庁は幼児や高齢者の体温管理に警戒を呼び掛け……あ、はい。速報が入りまし……え? あ、あの……これって……』
ニュースを読み上げていたアナウンサーが、画面外に目を向け困惑している様子。
どうやらその速報の内容がにわかには信じられないモノであったらしい。
「お、おい……まさか……」
「ふふん♪」
立ち尽くす司。
得意げに鼻を鳴らす雅人。
そして、アナウンサーは依然戸惑いながらも再び視線を前に向けた。
『し、失礼しました。速報です。つい先程、都心部で警官の乗ったパトカー数十台が突如徒党を組み暴走行為に及んでいるとの情報が入りました。大通りを蛇行し、サイレンを鳴らしながら「これは訓練走行です」と拡声器で叫びながら信号も無視して暴走を続けており、各地で歩行者数名が転倒により負傷したとの報告も……』
「…………」
有り得ない……こんなの仕込みだ。
司はここの備品であるモニターなど信用出来ないと、格安設定の殆どバイトの連絡用にしか使わない自分のスマホを取り出してSNSの書き込みを検索する。
――やべぇ、ポリ族誕生。
――は? ケーサツ狂った?
――お、新手の賃上げ要求か?
――いやいや、これマジで冗談じゃ済まんだろ?
――ポリ「おいガキども! これが本当の暴走だ~!」
馬鹿馬鹿しいふざけたコメントから本気で困惑しているコメントまで、凄まじい勢いで情報が更新されてゆき、中には丁度現場にいたのか動画を添付している書き込みまであった。
「う、嘘……だろ?」
スマホを持つ手が震える。
なんだこれは? 彼らはこの国の治安を守る国家機関で、言わば正義を執行する者達ではないか。
そんな組織が目の前のたった一人の男の悪ふざけた発言にこんなに素早く従っている?
「こ、これって……」
司は雅人を見る。
雅人は足を組み代え顎を反り上げ「どうだ?」と言わんばかりの顔をして口を開く。
「司……もう一度ステージ見てみろよ?」
「――ッッ!?」
司はビクリと肩を震わせながら壊れた機械の様な軋んだ動きで振り返る。
再び見る会場は、白目を剥いて気を失った者から順番に全身を縛られ、リングの周囲に見せしめの様に吊るし上げられていく。
すると観客の一人が進行の白服の元まで歩み寄り、その手に持たれたボードに何やらサインを書き込むと、丁度縛り終えられた失神している女性の所へ案内されて滑車から伸びるロープを渡され、自ら敗退者を吊るし上げて高笑いしていた。
そして、やはり笑いと興奮で盛り上がる客席。
ここへ来る途中の司の想像はあながち間違いでも無かった。
姑息にも素顔は仮面で隠す観客達は、目の前で言われた通り見世物になる者達を圧倒的な優位から見下して笑い物にする愉悦に浸っている。
信じられない悪辣、なんという不条理。
こんな事が世にまかり通っていることが悍ましい。
いや、ここまで来るともはや……恐ろしい。
得体が知れないとは思っていたが、これはもう真人間が知っていい世界の話では無い気さえした。
「あ、あの……冴木、さん? ホント、俺に……一体、何の用が…………」
雅人の様な典型的な不良そうな者に下手に出るのは昔から嫌いだった。
学生時代にはよく虐められたし、金をせびられそうになった事もあったが、どんなに殴られようが蹴られようが絶対に屈服はしなかった。
しかし、これはもうそういうレベルの話では無い。
今背後にいる男の機嫌を損ねるということは、不良に因縁を付けられるのと訳が違う。
だが、そんな司の変わり様に雅人は……。
「あん? なんだよ、またチビリそうな訳? くくッ! だから心配すんなって。俺は他人の人生狂わすなんて暇潰しでやって来た奴だし、お前みたいなナヨナヨした奴は特に痛め付けてやりたいけど、なんでもお前……兄貴の恩人らしいじゃねぇか。ただのヤンキーだった俺にこんな生活をくれた兄貴の恩人なら下手なことはしないから安心しろよ」
ニヤリと笑い立ち上がる雅人は席の隅にあるバーカウンターに向かい、慣れた手付きでカクテルを用意し始めた。
(本当、何なんだ? 意味分からないよ……)
先ほどから事ある毎に出て来る雅人の言葉は、どれもこれも全く身に覚えが無い。
自分が誰かの命を救った? そんな誇らしい行いが出来た試しなど、どこまで掘り返しても司の記憶には無い。だが、そんな司の戸惑い顔も気にせず、雅人は両手にグラスを持って司の横までやって来ると、その一つを司に押し付けてから自分の分を目線に掲げてグラス越しに司を見る。
「司……俺達は選ばれたんだ。ギャグなんかじゃねぇ。ガチで世界を支配出来るとんでもなく頭のイカれた男にな。俺達はもう何でもしていい、誰も俺達に逆らえない……この世界は全部俺達のモノに出来る。マジ、サイコーじゃねぇ?」
「――なッ!?」
高級な場所で高級な身なりをしてもやはりどこか安っぽい軽薄さを感じさせる雅人だったが、グラス越しのその両目がほんの一瞬まるで血の様な赤い光を瞬かせて司の全身を震え上がらせる。
今のはなんだ?
心臓が早鐘を打ち、異様に喉が渇き、今すぐ手にしたグラスの液体で喉を潤したい衝動に駆られる。
「あ、あの……ホント、そろそろ説明してくれないか? お、俺……まだ何も理解が……」
手にしたグラスの湖面に立つ波は一向に収まらない。
しかし、勇気を振り絞り改めて尋ねる司。
その司の反応にしっかりとマウントが取れたことを確信し、ニヤける雅人がゆっくりと口を開こうとした瞬間……。
「あ~ぁ……やっぱりだ! 雅人君! 何の説明も無しにいきなり一般人君にショック与えるんじゃないわよ! 話がややこしくなるでしょ!?」
何かを切り出そうとしていた雅人の声が鈴の音の様な新たな声に遮られ、雅人と司は同時にエレベーターの扉の方を向く。
そこには三人の人影があった。
まず目に付いたのはプクッと膨らませた頬が可愛らしいものの、こんな悍ましい場には絶対来るべきではない着物姿の幼げな少女。
そんな少女の隣には何やら白い木の棒の様な物を両手で丁寧に持ちその少女に付き従う曉燕。
そして、三人目は……。
「雅人、君は自分の趣味がアブノーマルであることをもう少し自覚しなさい。客人にいきなりあんな低俗なモノを見せては、こちらの話の誠意が彼に伝わらないではないか」
黒いチェスターコートと白のストールを小脇に抱えて、中折れ帽を胸元に持つきっちりとしたスーツ姿をしたまさにダンディズムを体現している初老の男性。
細身の長身で少しひ弱さを感じるが、積み重ねた歳の重みをしっかり感じさせる威厳があり、何よりもその男が放つ空気すら押し退ける様な存在感に司は心臓を掴まれた様に硬直しながらも、間違いなくこの男こそが雅人の言っていた〝イカれた男〟であると確信した…………。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ
海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。
衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。
絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。
ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。
大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。
はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?
小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。
カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる