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幼少・少年編
龍に成る④
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そう言っておっさんは喜一を手招きし、喜一が傍に行くと墨を持ってきた部屋を開けて、見せてくれた。
そこは、龍の墓場だった。
色んな龍が、こちらを見つめている。力強い筆さばきで襖に描かれた龍が何十枚もある。
その中でも一際美しい龍がいた。目力があり、凛としている。どこかこちらを見てうっすらと微笑んでいるような龍の襖絵。
それをおっさんは指さして、言った。
「あれが、うたこや」
「綺麗な人やったんやね」
「おう。別嬪やった」
それから喜一とおっさんは龍達を暫く見て回り……「もうええやろ、今日はもう寝ろ」と言うおっさんに喜一はこう言った。
「おっさん」
「おう、なんや」
「お願いがあります」
「なんや……改まって……」
「俺、お金貯めるから。俺の体に龍を彫ってほしい」
「なんやと?」
「俺、刺青したいんや」
「あほなことを」
「あほな事やない!俺……おっさんが書いた絵を見て、ほんまにお父ちゃんとお母ちゃんやと思った。俺の体に刻んでくれたら……離れ離れにならん気がして……」
喜一が唯一、家から持ってきたのは【龍滅丸】。目の前で両親が犯され、犯した男達に項を噛まれた瞬間をこの子はまざまざと見てしまったのだと、おっさんは悟る。
おっさんは何回か、瞬きをした。
瞬きをしている間に、どんどん喜一の顔が俯いていき……とうとうしゃがみこんで、顔を隠してしまった。肩が少し震えているのを見ると泣いているのだ、とおっさんは解ったが。「男が泣くな!」と叱り飛ばしはしなかった。ただ、顎をぼりぼり、と掻きながら、「うん……そうか……」と頷いた。
「よし解った。儂も男や。もしも喜一が儂のいう事を良く聞いて、暮らしたら彫ってやろう。そやけど、お前はまだ子供やから……十八……」
「そんなに待てへん」
「ほな……十五になったらお父ちゃん、お母ちゃんの龍。彫ってやろう」
「おっちゃん……」
「おう」
涙声が、言う。「違うねん」と、一丁前に言う。
「なにが違うねん」、とおっさんも言い返す。
喜一は涙をぬぐいながら、顔を上げた。
「ここの龍……全部……彫って……」
「なんやと」
「お父ちゃん、お母ちゃんはよく【お山の中】に帰りたがっとった……。みんなと一緒にいたかったんよ……。みんなでいたら寂しい思い、せえへん。ここにおる龍、みんな、俺の仲間や。俺……これから独りぼっちで生きて行かなあかん……。そうやったら。体のどこかに……みんなおったらさみしない……」
そう言って喜一はまた顔を隠してしまった。
「俺はさみしい……」
と、言ってぐすぐす泣いた。
おっさんは「うーん」と唸ってから、喜一の頭をぽん、ぽん、と叩いてから喜一を諭した。
「こんなに彫ったら相当痛いぞ」
「そんなん平気や」
「入れ墨背負ったらまともな仕事にもつかれへん」
「元から【外道】の花人は、掃除のおっさんか工場の仕事しかない」
「……儂のいう事聞いて、ええ子にするか」
「……うん」
そうしておっさんは、言った。
「ほんなら、彫ったろ。お前が十五になったら、彫り師野崎金兵衛の、最高傑作を、お前にくれたろ。濃い墨でな、およそ百匹。生きとるように、彫ってみせたる」
それから、四年。
市川喜一は十五才になった。
そこは、龍の墓場だった。
色んな龍が、こちらを見つめている。力強い筆さばきで襖に描かれた龍が何十枚もある。
その中でも一際美しい龍がいた。目力があり、凛としている。どこかこちらを見てうっすらと微笑んでいるような龍の襖絵。
それをおっさんは指さして、言った。
「あれが、うたこや」
「綺麗な人やったんやね」
「おう。別嬪やった」
それから喜一とおっさんは龍達を暫く見て回り……「もうええやろ、今日はもう寝ろ」と言うおっさんに喜一はこう言った。
「おっさん」
「おう、なんや」
「お願いがあります」
「なんや……改まって……」
「俺、お金貯めるから。俺の体に龍を彫ってほしい」
「なんやと?」
「俺、刺青したいんや」
「あほなことを」
「あほな事やない!俺……おっさんが書いた絵を見て、ほんまにお父ちゃんとお母ちゃんやと思った。俺の体に刻んでくれたら……離れ離れにならん気がして……」
喜一が唯一、家から持ってきたのは【龍滅丸】。目の前で両親が犯され、犯した男達に項を噛まれた瞬間をこの子はまざまざと見てしまったのだと、おっさんは悟る。
おっさんは何回か、瞬きをした。
瞬きをしている間に、どんどん喜一の顔が俯いていき……とうとうしゃがみこんで、顔を隠してしまった。肩が少し震えているのを見ると泣いているのだ、とおっさんは解ったが。「男が泣くな!」と叱り飛ばしはしなかった。ただ、顎をぼりぼり、と掻きながら、「うん……そうか……」と頷いた。
「よし解った。儂も男や。もしも喜一が儂のいう事を良く聞いて、暮らしたら彫ってやろう。そやけど、お前はまだ子供やから……十八……」
「そんなに待てへん」
「ほな……十五になったらお父ちゃん、お母ちゃんの龍。彫ってやろう」
「おっちゃん……」
「おう」
涙声が、言う。「違うねん」と、一丁前に言う。
「なにが違うねん」、とおっさんも言い返す。
喜一は涙をぬぐいながら、顔を上げた。
「ここの龍……全部……彫って……」
「なんやと」
「お父ちゃん、お母ちゃんはよく【お山の中】に帰りたがっとった……。みんなと一緒にいたかったんよ……。みんなでいたら寂しい思い、せえへん。ここにおる龍、みんな、俺の仲間や。俺……これから独りぼっちで生きて行かなあかん……。そうやったら。体のどこかに……みんなおったらさみしない……」
そう言って喜一はまた顔を隠してしまった。
「俺はさみしい……」
と、言ってぐすぐす泣いた。
おっさんは「うーん」と唸ってから、喜一の頭をぽん、ぽん、と叩いてから喜一を諭した。
「こんなに彫ったら相当痛いぞ」
「そんなん平気や」
「入れ墨背負ったらまともな仕事にもつかれへん」
「元から【外道】の花人は、掃除のおっさんか工場の仕事しかない」
「……儂のいう事聞いて、ええ子にするか」
「……うん」
そうしておっさんは、言った。
「ほんなら、彫ったろ。お前が十五になったら、彫り師野崎金兵衛の、最高傑作を、お前にくれたろ。濃い墨でな、およそ百匹。生きとるように、彫ってみせたる」
それから、四年。
市川喜一は十五才になった。
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