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幼少・少年編
龍に成る①
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喜一がおっさんに引きずり出されるようにアパートから出ると、向かいの、自分達の住んでいた寮の前で肌色の何かが倒れているのが見えた。
暗がりで良く見えない。喜一が近づこうとすると、おっさんは「死体なんか見るな」と言ったのでギクリ、とした。まさか。
心臓の鼓動が早くなる。
目を凝らす。
暗がりで、その死体はあった。少し小太りの。女の肢体だ。
【逃げてーー!逃げるんやでーー!】
おばさんは、そう言って自分達を逃そうとした。おそらく一条と呼ばれていた龍人に縋りついて、自分達を救ってくれようとした。それなのに。
目の前の道端に服を脱がされて、まるで虫けらのように転がされているおばさんの死骸を見て、また……喜一は涙が溢れた。
「俺のせいや……。おばさんが死んだんは……」
そう呟くと、おっさんが応じた。
「お前が殺したんか」
「俺が……」
「お前がおばさんを手にかけたんか」
「違うけど……」
「ほな、お前のせいやない。ええか、坊主。人は死ぬ。それだけのことや。グダグダ悩む暇はないし、お前が悩んでも何にも変わらんのじゃ。ほら、行くぞ」
おっさんはぐしゃ、と喜一の頭を撫でてから、足早にその場を離れようとした。が、喜一はふと、脳裏に浮かんだものがあった。
「おっさん、ちょっと待って!」
そう言って喜一はその場でおばさんに向かって目をつぶって手を合わせる。黙とうした。
それから自分達の部屋に飛び込んで、箪笥の一番上から【龍滅丸】を取り出した。それを持って部屋から出るとおっさんは眉をしかめる。
「なんや、ガキがそんなもんを持って」
「うん。これ……お父ちゃんがもしもの時はこれを飲めと言うてた。俺は【外道】やから龍人は俺の事……欲しいと思わんやろうけど……。俺……、思ったんや……。花人は醜い。俺……お父ちゃんとお母ちゃんは大好きやけど……龍人に首を噛まれた後のお父ちゃんとお母ちゃんは別人やった。ほんまもんの娼婦みたいやった。俺はあんなんになりたくない。あんなもんになるくらいなら死んだほうがマシや。ましてや……龍人の子供なんか、絶対孕みたくない。そやし、これは持っていく。これだけは絶対持っていく」
「……そうか。好きにしぃ」
おっさんは近くの駐車場に車を停めていると言って、少し歩いた。その間、二人は無言だった。喜一は骨壺のように【龍滅丸】を抱えている。ラクダ色の肌着だけを身に着け、長ドスを持ったおっさん。沈黙のまま駐車場に着くと、そこにはボロボロの軽トラがあった。喜一が黙って助手席に乗り込む。運転席に座ったおっさんは言った。
「坊主……恨むなよ。儂はなあ……お前の父ちゃんと母ちゃんから龍人が来たと電話を貰った。あの子らと儂の元女房は同郷でな……。それが縁で昔世話をしとった。それで……電話が来た時な。その時儂は仕事中やった。儂は刺青を彫るのが仕事や。儂はな……、お前の父ちゃんに言うたんや。「今、墨をいれとる。こちらにお前らが来てくれたら匿う」と言うた。そしたらな……「おじさん、御達者で」と言うのよ。それで「仕事が終わったら来てつかあさい。僕らはあかんかもしれん。そやけど、僕らの子供が一人おるんです。喜一って言うんです。僕らの、かわいい、かわいい子供なんです。おじさん……悪いけど、もらってくれへんやろか」そう言うんや。悪いけどな、坊主。儂はただの耕人や。そやから龍人には勝てん。昔の癖で長ドス持ってきたが……あいつらを目の前にしたら、儂かてあの、死体と同じになるのは、目に見えとる。それが現実や。儂らはあいつらには逆らえん。そやからお前の父ちゃんも言うんたんやろな。「仕事が終わってからでええから……うちの子……迎えに来てもらえへんやろうか……」って言うのや。儂は返事が出来へんなった。そやのに向こうは「よろしゅうお頼み申します」と言って電話を切ってしもうた。儂はな……そのまま、客の背中に墨を入れた。黙々と彫りながら考えた……。このまま……無視したろうか。誰も責めへん……このまま……電話が来たことも忘れてやろうか……」
そやけど。
そう言っておっさんは車のキーを回して、ハンドルを握った。車が動き出す。
「儂はな、坊主。その昔、香具師やった。今の言葉で言うなら人買いじゃ。ある日、丹波の山奥に特別に綺麗で、珍しい匂いのする花人が住んどると聞いて儂は何人か攫ってやろうと思って山に入って行った。思いのほか険しい山でな……、おまけに花人の村の場所も大まかには聞いていたがロクな装備も持たんと行った儂は当然ながら迷った。迷って、迷って……とうとう訳がわからんようになった。おまけに夜が来て……何も見えへん。それでやけくそのようにその場で寝た。そしたらな……。夜中に頬を撫でるもんがある。なんや、と思ったがその手から百合のええ匂いがした。それで、儂はその腕をぐいっと掴んで、両腕でその腕の主を捕まえた。ほうしたら……綺麗な声でな……「抱くか?私を抱いてみるか?」と腕の中のもんが儂を挑発するように笑いながらそのように言う。儂も男やからな、ムキになって言うてやった。「おう、抱いたるわい」。そう言ってほんまにその女か男かも解らんものを抱いた。おまんこがあったので、女やと途中で解った。その女は最高やった。今まで抱いたどの女よりも良かった。儂は半ば放心状態になりながら、抱いて抱いて、抱きまくった。そうして疲れて寝た後、朝になっとった。朝起きると……そこは、不思議な場所やった。段々畑の跡やと後で聞いたが、まるで緑の絨毯を広げたみたいに苔が生えていた。そこで儂は寝ていたのやった。そして、儂の腕の中にはな……天女みたいな女が寝ていた。名前を聞くと、「うたこ」と言った。うたこは発情期を迎えていて、花人達のまぐわいの場で花人を待っていたそうやが……不思議と誰も来なかった。そして儂が来たという訳や。儂はうたこに夢中になった。うたこも満更やなかった。儂は香具師から足を洗い、片手間にやっていた彫師で食べていくことにした。うたこも、儂と一緒に町で暮らしてくれると言った。儂らはな……街に出て、数年は平穏に暮らしていたのや」
暗がりで良く見えない。喜一が近づこうとすると、おっさんは「死体なんか見るな」と言ったのでギクリ、とした。まさか。
心臓の鼓動が早くなる。
目を凝らす。
暗がりで、その死体はあった。少し小太りの。女の肢体だ。
【逃げてーー!逃げるんやでーー!】
おばさんは、そう言って自分達を逃そうとした。おそらく一条と呼ばれていた龍人に縋りついて、自分達を救ってくれようとした。それなのに。
目の前の道端に服を脱がされて、まるで虫けらのように転がされているおばさんの死骸を見て、また……喜一は涙が溢れた。
「俺のせいや……。おばさんが死んだんは……」
そう呟くと、おっさんが応じた。
「お前が殺したんか」
「俺が……」
「お前がおばさんを手にかけたんか」
「違うけど……」
「ほな、お前のせいやない。ええか、坊主。人は死ぬ。それだけのことや。グダグダ悩む暇はないし、お前が悩んでも何にも変わらんのじゃ。ほら、行くぞ」
おっさんはぐしゃ、と喜一の頭を撫でてから、足早にその場を離れようとした。が、喜一はふと、脳裏に浮かんだものがあった。
「おっさん、ちょっと待って!」
そう言って喜一はその場でおばさんに向かって目をつぶって手を合わせる。黙とうした。
それから自分達の部屋に飛び込んで、箪笥の一番上から【龍滅丸】を取り出した。それを持って部屋から出るとおっさんは眉をしかめる。
「なんや、ガキがそんなもんを持って」
「うん。これ……お父ちゃんがもしもの時はこれを飲めと言うてた。俺は【外道】やから龍人は俺の事……欲しいと思わんやろうけど……。俺……、思ったんや……。花人は醜い。俺……お父ちゃんとお母ちゃんは大好きやけど……龍人に首を噛まれた後のお父ちゃんとお母ちゃんは別人やった。ほんまもんの娼婦みたいやった。俺はあんなんになりたくない。あんなもんになるくらいなら死んだほうがマシや。ましてや……龍人の子供なんか、絶対孕みたくない。そやし、これは持っていく。これだけは絶対持っていく」
「……そうか。好きにしぃ」
おっさんは近くの駐車場に車を停めていると言って、少し歩いた。その間、二人は無言だった。喜一は骨壺のように【龍滅丸】を抱えている。ラクダ色の肌着だけを身に着け、長ドスを持ったおっさん。沈黙のまま駐車場に着くと、そこにはボロボロの軽トラがあった。喜一が黙って助手席に乗り込む。運転席に座ったおっさんは言った。
「坊主……恨むなよ。儂はなあ……お前の父ちゃんと母ちゃんから龍人が来たと電話を貰った。あの子らと儂の元女房は同郷でな……。それが縁で昔世話をしとった。それで……電話が来た時な。その時儂は仕事中やった。儂は刺青を彫るのが仕事や。儂はな……、お前の父ちゃんに言うたんや。「今、墨をいれとる。こちらにお前らが来てくれたら匿う」と言うた。そしたらな……「おじさん、御達者で」と言うのよ。それで「仕事が終わったら来てつかあさい。僕らはあかんかもしれん。そやけど、僕らの子供が一人おるんです。喜一って言うんです。僕らの、かわいい、かわいい子供なんです。おじさん……悪いけど、もらってくれへんやろか」そう言うんや。悪いけどな、坊主。儂はただの耕人や。そやから龍人には勝てん。昔の癖で長ドス持ってきたが……あいつらを目の前にしたら、儂かてあの、死体と同じになるのは、目に見えとる。それが現実や。儂らはあいつらには逆らえん。そやからお前の父ちゃんも言うんたんやろな。「仕事が終わってからでええから……うちの子……迎えに来てもらえへんやろうか……」って言うのや。儂は返事が出来へんなった。そやのに向こうは「よろしゅうお頼み申します」と言って電話を切ってしもうた。儂はな……そのまま、客の背中に墨を入れた。黙々と彫りながら考えた……。このまま……無視したろうか。誰も責めへん……このまま……電話が来たことも忘れてやろうか……」
そやけど。
そう言っておっさんは車のキーを回して、ハンドルを握った。車が動き出す。
「儂はな、坊主。その昔、香具師やった。今の言葉で言うなら人買いじゃ。ある日、丹波の山奥に特別に綺麗で、珍しい匂いのする花人が住んどると聞いて儂は何人か攫ってやろうと思って山に入って行った。思いのほか険しい山でな……、おまけに花人の村の場所も大まかには聞いていたがロクな装備も持たんと行った儂は当然ながら迷った。迷って、迷って……とうとう訳がわからんようになった。おまけに夜が来て……何も見えへん。それでやけくそのようにその場で寝た。そしたらな……。夜中に頬を撫でるもんがある。なんや、と思ったがその手から百合のええ匂いがした。それで、儂はその腕をぐいっと掴んで、両腕でその腕の主を捕まえた。ほうしたら……綺麗な声でな……「抱くか?私を抱いてみるか?」と腕の中のもんが儂を挑発するように笑いながらそのように言う。儂も男やからな、ムキになって言うてやった。「おう、抱いたるわい」。そう言ってほんまにその女か男かも解らんものを抱いた。おまんこがあったので、女やと途中で解った。その女は最高やった。今まで抱いたどの女よりも良かった。儂は半ば放心状態になりながら、抱いて抱いて、抱きまくった。そうして疲れて寝た後、朝になっとった。朝起きると……そこは、不思議な場所やった。段々畑の跡やと後で聞いたが、まるで緑の絨毯を広げたみたいに苔が生えていた。そこで儂は寝ていたのやった。そして、儂の腕の中にはな……天女みたいな女が寝ていた。名前を聞くと、「うたこ」と言った。うたこは発情期を迎えていて、花人達のまぐわいの場で花人を待っていたそうやが……不思議と誰も来なかった。そして儂が来たという訳や。儂はうたこに夢中になった。うたこも満更やなかった。儂は香具師から足を洗い、片手間にやっていた彫師で食べていくことにした。うたこも、儂と一緒に町で暮らしてくれると言った。儂らはな……街に出て、数年は平穏に暮らしていたのや」
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